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⑫魔王様の過去
しおりを挟む魔王様に攫われて魔王城に来てから2週間、魔王城にも慣れ、いろんな人と話をすることが出来たけれど、特に私は魔王様の事を何も思い出すこと無く過ごしていた。
「アリア様、書庫からの帰りですか?」
声をかけられて振り向くとリリアム様が居た。
私が本を抱えているのを見て書庫に行っていたのが分かったのだろう。
「ええ、ちょうどお茶にしようと思ってたんですの、リリアム様もご一緒にどうかしら?」
「うん、いただきます。」
私とリリアム様は私に使っていいと言われているサロンに行って侍女さんにお茶をお願いした。
「何か分かりましたか?」
リリアム様が切り出した。
「いいえ、何もわからないわ。魔王様は私に何を思い出して欲しくないのかしら」
「思い出さなくていいと言われたんだから思い出さなくて良いんじゃないのか?」
リリアム様は魔王様命な感じなので魔王様の言葉は絶対らしい。
「良くないわ。なんの為に呼ばれたのか分からないで居るなんて出来ない」
「魔王様が居ていいと言ってるんだろう?ならいいじゃないか」
「魔王様は優しいからね、つい甘えちゃうけれど、このままじゃいけない気がするの」
何となく思い出さないといけない気がするけど、全然思い出せない。
前世の記憶は鮮明にあるのに私の脳内どうなってるの?
「魔王様はお優しい。けれど、あんなににこやかに笑う人ではなかった。アリア様が来てからだよ、あんなに笑われるようになったのは」
「そうなの?」
「ああ、まるで昔の魔王様のような・・・いや、気にしないで」
途中まで言いかけて聞かなかった事にしてくれというようなリリアム様に私は当然食いついた。
「昔の魔王様?前にも今みたいに笑っていた時があったんですの?」
「うん、まぁ・・・」
歯切れ悪く言い淀むリリアム様。
「昔の魔王様の事、教えてくれないかしら?
お願い」
「アリア様に話すことではないと思うし、あまり気分のいい話ではないよ」
「うん、それでもいいわ。お願い」
何か思い出すヒントになるかもしれない。
「分かった。私の知っていることを話す」
「あれは41年前、ちょうどここに城が移される前の話だ。その頃の魔王様はまだ魔王様ではなく、王太子の立場で、魔王様には幼なじみの恋人がいたんだ。恋人とはとても仲が良くて2人ともよく笑う方だった。将来はご結婚されると思っていた」
魔王様恋人がいたのね。まぁ、175歳にもなって付き合ったこともありませんなんてことはないと思うけれど、今いらっしゃらないって事は破局したのかしら?
「その方は今は?」
質問するとリリアム様は少し言いにくそうに言葉を詰まらせる。
「・・・死んだ」
「え?ご病気?」
「いや、・・・殺されたんだ」
殺された?誰に?何があったのかしら。
「あの方はとても優しい方だった。その日はたまたま森の近くまで遊びに来ていて、あの方は森の中から助けを呼ぶ声を聞いたんだ。そして一緒に居た私の静止を聞かずに森へ入って行ってしまった。私はなんとも言えない不安と危険を感じて慌てて魔王様を探しに行った」
リリアム様の言葉に胸が詰まる。
とても嫌な予感がする。
「少し離れた所にいた魔王様を見つけて慌てて森へ入ると、そこには数匹の魔物が息絶えて居て、その向こうには20人ほどの鎧を着た人間が居た。あの方は魔物と人間の間で血を流して倒れていた。私と魔王様は人間の持つ剣から滴る血を見て全てを悟った。
魔物に襲われていた人間をあの方は助けたんだ。魔物の亡骸が全てあの方特有の魔力による死に方だったからだ、そしてあの方は助けた人間達に後ろから一斉に襲われ、剣で貫かれて息絶える寸前だった。あの方は血まみれで息絶えだえの状態で魔王様を見た瞬間、にっこり笑ってそのまま・・・」
口早に喋った後にリリアム様が息を詰まらせる。
「なんて事!助けてくれた人を殺すなんて!」
人間の言い分はきっと巨大な力を持つ魔人を恐れたのだろう。けれど、あまりにも酷すぎる。
「私がちゃんと止めていれば、私が一緒に行っていれば・・・姉様・・・っ」
そう言って泣き出すリリアム様。
どうやら魔王様の昔の恋人はリリアム様のお姉様だったようだ。
「ごめんなさい、リリアム様にとっても辛いお話だったのね、でも、リリアム様は魔王様を連れて行った。その判断は間違っていないと思うわ」
「本当にそう思うか?その後どんな事があったか知っているのか?」
まだ続きがあるの?何があったのかしら。
「姉様の亡骸を抱いて魔王様は発狂した、魔王様をも刃に掛けようと襲ってきた人間達を全て殺したんだ。それでも収まらない魔王様はそのままその兵士達の国へ行き、一瞬で一国を滅ぼしてしまったんだ。魔王様はあの時魔の闇に落ちていた。魔の闇に落ちると正気を失い戻れないと言われている」
・・・一瞬で・・・ゴクリと唾を飲み込む。
そう言えば、魔物の森に隣接していた国が一夜にして亡びたって歴史を勉強した気がする。そして魔の森が広がったと。魔王を怒らせてはいけない。魔王は恐怖の対象として習った。
「でも、今の魔王様は優しい魔王様だわ。魔王様は正気に戻ったのよね?どうして?」
リリアム様は首を横に振る。
「分からない。戻ってきた時には正気を取り戻していた。そして父王よりも遥かに凌ぐ魔力を手に入れた魔王様は王の座を譲られ、直ぐにここに城を移すことを決められたんだ。ただ、前のように笑わなくなっていた。アリア様、あなたが来るまでは」
リリアム様は複雑な表情で私を見る。
「正直、姉様を殺した人間が憎い。なのに何故か魔王様は突然人間のアリア様を連れてきた。私がずっとそばに居て取り戻すことが出来なかった笑顔を取り戻してくれた。悔しいが、貴方は魔王様には必要な方なんだよ」
リリアム様は複雑な気持ちで私の事を見ていたのだと分かった。
そして、私が皆から受け入れられたのは魔王様が私の存在によって変わったからなのだと。
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