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㉓ミカの試練(ミカエル)
しおりを挟む俺はグレイシス侯爵様の部屋を出ると、お嬢様の部屋に向かう前にお茶の用意をする為、キッチンに向かった。
今日はレイラお嬢様にとって忘れられない日になってしまっただろう。
レイラお嬢様の気を少しでも紛らわすことが出来ればいいんだが・・・
そう思いながら、俺は馬車の中で話していたアールグレイのミルクティーの用意をして、レイラお嬢様の部屋へと向かった。
部屋に入ると、レイラお嬢様はミーナに髪を乾かしてもらっていた。
表情は穏やかで落ち着いている。
良かった。少し落ち着かれたみたいだ。
俺は食事をするかレイラお嬢様に確認するが、やはり答えは「いらない」だった。
予想はしていたので、お茶と一緒にスコーンを用意して来ていた。
俺がレイラ嬢様の方へ近づくと、紅茶の香りに気がついたのか、レイラお嬢様がぱっと嬉しそうな顔になる。
「アールグレイのミルクティーね!」
俺はレイラお嬢様のその笑顔に癒されるんだよ。
レイラお嬢様にそう言いたい。
けど、俺は使用人。立場をわきまえないといけない。
俺と一緒にお茶をしたいと言ってくれたレイラお嬢様と、しばらくの間、紅茶とスコーンの話で盛り上がる。
そして、食べ終わった頃、レイラお嬢様が改まって俺に謝辞を述べる。
俺は感謝されることは出来ていない。
レイラお嬢様に怖い思いをさせて、怪我までさせた。
俺はレイラお嬢様の白い肌のあちこちに、小さな擦り傷があるのを見る。
俺は全然守れていない。
俺はちゃんと守れなかったことをレイラお嬢様に詫びた。けれど、レイラお嬢様はそれを否定する。
俺が居たから助かったのだと言ってくれる。
そして、話している最中、レイラお嬢様が急に言葉を詰まらせた。
見ると、みるみる青ざめた表情になっていく。
しまった、レイラお嬢様に今日の事を思い出させてしまった。
身を縮めて震えるレイラお嬢様を見て、俺は戸惑った。
今俺が触れると、余計怖がらないだろうか、男に触られるのは嫌じゃないだろうか・・・
俺はレイラお嬢様の隣まで行って少し距離を開けてしゃがみこむと、レイラお嬢様の顔色を伺うように下から見る。
「レイラお嬢様、俺が触れても大丈夫ですか?」
俺は触れていいのかわからず、レイラお嬢様に確認する。
すると、俺が傍にいることに気がついたレイラお嬢様が、俺に飛びついてくる。
俺はその行動が予想外で、レイラお嬢様を受け止めるのが精一杯で、後ろに倒れそうになるのを何とか堪えるが、尻もちをついてしまった。何とも不格好な状態だ。
「ミカ!!怖かった・・・っ!」
俺にしがみついて震えるレイラお嬢様を、俺はそっと抱きしめた。
しばらく背中をぽんぽんと優しく叩きながら抱きしめていたら、少し落ち着きを取り戻したレイラお嬢様が問いかける。
「・・・ミカ、何故触れていいのか聞くの?」
何故・・・レイラお嬢様は俺が怖くないのだろうか、
「・・・今男に触れられるのは、怖いかと思いまして・・・」
俺は、俺の一言で、また嫌な事を思い出さないか戸惑いながら答える。
すると、レイラお嬢様は俺の胸に埋めていた顔を上げて俺を見る。
「ミカに触れられて嫌なんて事は絶対無いわ。大丈夫よ。」
その顔には戸惑いも、遠慮も無く、当たり前の事のように答えるレイラお嬢様。
この顔は・・・俺の事、完全に男と見てないな・・・
まぁ、何度も思ってたことだけど、今日ほど自覚させられる日は無いな。
だけど、そのおかげで、こうしてレイラお嬢様の傍に居られるんだと思うと・・・なんか微妙だな・・・
「はは、信頼頂けて光栄です。」
俺は思わず複雑な思いを表に出して笑ってしまう。
「何それ、ミカ、変よ?」
俺の表情を見て、レイラお嬢様がクスクスと笑う。
「そうですか?」
俺は笑うレイラお嬢様をしばらく見つめる。
良かった。少し嫌な事を忘れてもらえたようだ。
だけど、夜一人になるのは怖いんじゃないだろうか?前回の時もあまり眠れなかったようだし・・・
「レイラお嬢様、今日は眠れそうですか?」
俺の問いかけに、レイラお嬢様は何かをしばらく考えられているようだった。
たぶん、一人になるのは怖いけど、俺を拘束する事を戸惑っているのだろう。
「眠れそうになければ、傍に居ますので、どうか安心してお休みください。」
俺はレイラお嬢様にそう伝える。
「それだとミカが休めないわ。」
やっぱり、レイラお嬢様は俺の事を心配してくれていたんだ。俺の事を心配するなんて、レイラお嬢様らしい。
だから俺は、いくらでもレイラお嬢様の為なら・・・と思える。
「私は一日くらい寝なくても大丈夫です。」
そう答える俺に、レイラお嬢様は即答で答える。
「それはダメよ!・・・じゃあ、わたくしが眠ったらミカもこの部屋で寝ていいわ。」
いい案だとでも言うように、レイラお嬢様が俺を見る。
もしもし?レイラお嬢様、それどういう意味か分かってます?
同じ部屋で寝る?
いくら俺の事を男と思ってなくても、それは不味くないですか?
「ん?どうしたの?ミカ?」
あ、ダメだ、レイラお嬢様、完全に俺の事を男と思ってないわ。
「私も一応男なんですけどね・・・」
複雑な思いで言う俺を、レイラお嬢様はきょとんとした顔で見つめる。
・・・いたたまれない・・・俺が悪かった。
レイラお嬢様は純粋なんだよな。
俺は使用人、言わば、物だ。
物が変なことを考えたのがいけない。
「分かりました。レイラお嬢様がお眠りになったら私はここのカウチを使わせていただきます。よろしいですか?」
俺はカウチを借りることを確認すると、レイラお嬢様も申し訳なさそうに謝る。
「うん、本当はベッドでちゃんと休んで欲しいけど・・・ごめんね。」
「全然大丈夫ですよ。私はどこででも寝れます。」
レイラお嬢様は使用人の俺の事まで心配してくれる。
本当にお優しい方だな・・・
と思っていたら、レイラお嬢様が悪戯っぽく言う。
「わたくしのベッドで一緒に寝る?」
・・・・・・
「レイラお嬢様!」
さすがにそれは笑えない。
失礼ながらレイラお嬢様にゲンコツをコツンと当てる。
レイラお嬢様は舌を出して笑っていた。
「ミカ、手繋いでいい?」
レイラお嬢様が布団に入られると、俺を見て言う。
その可愛い仕草に、思わず理性が飛びそうになるが、ぐっと堪える。
俺は失礼してベッドの脇に座ると、レイラお嬢様の手をそっと握った。
手の温もりにほっとしたのか、レイラお嬢様はしばらくして寝息をたて始める。
この状況、かなりヤバいな。
俺、頑張れ・・・
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