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人見知りとクマのぬいぐるみ

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 幼い頃に大切にしていたモノはあるかな?
 大事にしたモノには魂が宿るって知ってるかい?
 それはボク達『おもちゃ』にも言える事なんだ。
 ただ、街中にひっそりとたたずむレンタルおもちゃショップ『魔法屋』のおもちゃ達は少し違う。
 ボク達は大切にする気持ちをレンタル料として頂くちょっと変わったおもちゃ屋さんのおもちゃなのさ。
 そのおもちゃ屋さんには変わったルールがある。
 ま、お客さんには少し理解し難いものだけどね。

 【ルール】

 一つ。お店に入れるのは一日一組まで。
 一つ。お店に入れるのは子供同伴で心の清いご家族様のみ。
 一つ。おもちゃをレンタル出来るのは生涯に一人一回で一つだけ。
 一つ。レンタル期間は一年間。自動的に返却されるのでお店に来る必要はありません。
 一つ。レンタル料として金銭は一切受け取りません。店主に説明を受けた後、そのままお持ち帰り下さい。

 こんな感じかな。
 おっと。お客さんが来たみたいだ。じゃあボクはこれで失礼するよ。
 今日はボクが選ばれるといいなー。

 ◇

 今日のお客さんは小さい女の子と優しそうなお母さん。

「ふぁあ~!」

 女の子は目をキラキラ輝かせて棚に並ぶおもちゃをゆっくりと順に見て回っている。
 このお店の変わっている所はルールだけじゃない。
 来店した子には一つだけ相性の良いおもちゃの声が聞こえる。ボク達にはそういう魔法が掛けられているのさ。
 簡単に言うとフィーリングってヤツかな。
 だから、ボク達は例え聞こえていなくてもお客さんが来たら一生懸命話し掛けているんだ。

「奈々。どれにするか決まった?」

「うーんっとねー……」

 口元に人差し指を当ててどれにしようかと悩んでいるナナちゃんがボクの方へと近付いてきた。
 これはチャンスかも知れない。ボクの声が聞こえたら嬉しいな。

『こっちだよ。ボクを選んで欲しいな』

「あーっ!」

 声が聞こえたみたいだ。
 ボクを手に取ったナナちゃんは宝物を見つけたみたいに凄く目をキラキラさせている。

「ねぇ、ママー! ナナ、ね。このタヌキにする!」

 ボクを選んでくれたのは嬉しいけど、タヌキって……。ボク、クマのぬいぐるみなのに……。

「あら? 可愛いタヌキさんね。じゃあ、タヌキさんをお店の人の所へ持っていきましょうね?」

「うん!」

 ママまでタヌキって……。
 ナナちゃんはボクを持ってママとレジへ行き、カウンターに置いてあるベルを鳴らしてお店の人を呼び出す。

「はい。何か御用ですか?」

 奥から出てきた胡散臭いマジシャンみたいな格好のおじさんはここの店主でボク達に魔法を掛けてくれた魔法使い。
 見た目は怪しいけど、子供が大好きで優しい人だ。

「このぬいぐるみをレンタルしたいんですけど」

「ナナ、ね。このタヌキ、ほしーの!」

 ナナちゃんはボクを掲げて『これにしたんだよ』と自慢気に見せる。

「ははは。このぬいぐるみが気に入ったんだね? 時に、お母さん。レンタルするのは問題ないのですが、ルールはお読みになられましたか?」

 このお店のルールは入り口を入ってすぐの壁に大きく貼り出してある。

「はい。よく分からなかったけど、読みました」

「最初は理解に苦しむと思いますがその内分かりますので。では、細かな説明を……」

 おじさんはお母さんとの話を終えるとナナちゃんへ顔を向けてニコッと笑って優しく話しかけた。

「お嬢ちゃん。ぬいぐるみに名前を付けたかい?」

「あっ! ナナ、わすれてた。えーっとねー……」

『カッコイイ名前がいいなー。ナナちゃん、頼むよ!』

 僕をジッと見つめて考えていたナナちゃんが捻り出した名前は——

「タヌキチ!」

 結局、タヌキ絡みだった。

「うん。良い名前だね。一年間だけど大切にしてあげてね」

「うん! ナナ、ずっとたいせつにする!」

 ナナちゃんはルールの事をきっと分かっていない。おもちゃをレンタルする子達はみんなそうだ。
 だけど、それは良い事なのかも知れない。
 だって、別れを気にせず一緒に楽しい日々を過ごせるのだから。

「お待たせしました。このままお持ち帰り頂いて大丈夫です。ありがとうございました」

 おじさんが深々と頭を下げるとお母さんは軽く会釈してナナちゃんを連れて店を後にした。

 ◇

「ただいまー!」

「奈々。ちゃんとお靴揃えないとダメでしょ?」

 靴を脱ぎ捨てておウチの中へ駆けて行くナナちゃんをママが注意したけど、言う事を聞かず一目散に一階奥の部屋へ行く。

「タヌキチ! ここがナナのおへやだよ!」

『可愛いお部屋だね』

 ナナちゃんはボクに早くお部屋を見せたかったのか。なんだか嬉しいな。

「うん! ナナのおへや、かわいいの!」

『ナナちゃんはここで一人で寝てるのかい?』

「ううん。ナナがねるまでママがいっしょにいてくれるの」

『優しいお母さんだね』

「うん。ママ、やさしいの」

 ボクとナナちゃんが話していると部屋にママがやってきた。

「奈々? 誰とお話してるの?」

 ママが不思議に思うのも無理はない。ボクの声が聞こえているのはナナちゃんだけなのだから。

「タヌキチ!」

「え? ぬいぐるみ?」

「ママ! タヌキチだよ!」

「はいはい。タヌキチね。で? 奈々はタヌキチとお話してたの?」

「うん。タヌキチ、おしゃべりできるの。タヌキチ、ママにごあいさつして」

 ママには聞こえないだろうけど、一応挨拶してみるか。

『タヌキチです。一年間、お世話になります』

「……」

 反応が返ってこない。やっぱり聞こえていないみたいだ。

「ママ! タヌキチがごあいさつしてるでしょ!」

「え? 挨拶してくれてたの? ママには何も聞こえなかったわ」

 ナナちゃんは僕の声が聞こえているから何も返事をしないママに怒っているけど、僕の声が聞こえていないママの反応は至極当然。
 しかし、理不尽に怒るナナちゃんに対してのママの言動は魔法屋を訪れるに相応しい家族のモノだと思わされる。

「ごめんね、タヌキチ。私に挨拶をしてくれていたんだってね。何て言ったかは聞こえなかったけど、これから奈々の事、よろしくね」

「よろしくだってー、タヌキチ」

 ママがニコリと笑って僕の頭を撫でながら言葉が通じている感じで話しかけた事でナナちゃんは喜んで笑顔に戻った。

『ナナちゃんの事は僕に任せて。なんて言ったって僕はナナちゃんの友達だからね』

 ◇

 その日の夜。ナナちゃんはおそくに帰ってくるパパに僕を紹介しようと頑張って起きていたけど、結局パパが帰ってくる前に眠ってしまった。
 ナナちゃんの小さな寝息だけが聞こえる照明が落とされた子供部屋に一筋の光が差し込んできた。
 泥棒かと思ってナナちゃんを起こそうとしたけど、僕がそうしなかったのは小声で独り言を言うその人物がナナちゃんのパパだと直ぐに分かったからだ。

「あちゃ~。完全に寝ちゃってるなぁ。ママから奈々が起きて待ってるって聞いて、急いで帰ってきたんだけど。一足遅かったか……」

 差し込む廊下の光で薄っすら見えるパパの顔はとても優しそうだけど、今は凄く残念そうな表情をしている。
 よっぽど起きているナナちゃんとお話したかったのだろう。
 眠るナナちゃんの頭をソッと撫でるパパは、ナナちゃんに抱きしめられている僕へと視線を移して話しかけてきた。

「ママが言っていた喋るぬいぐるみのタヌキチ君って君の事だね? 奈々にしか声が聞こえない不思議なぬいぐるみなんだってね」

『そうさ。僕は魔法屋特製のおもちゃ、今の名前はタヌキチさ』

「タヌキって聞いていたけど、どう見てもクマだよなぁ……」

『お? パパは分かる人だね』

「タヌキでもクマでもどっちでもいいや」

『僕としてはクマと認識して貰いたいけどね』

「タヌキチ君。一方的で申し訳ないけど、君にボクの声が聞こえているものだとして、頼みごとをしておくよ」

 パパは真剣な眼差しで僕を見つめた。

『なんだい? 急に改まっちゃって』

「奈々は人見知りで中々友達が出来ないってママから聞いている。君にはボク達に喋るように話しているそうじゃないか」

『ナナちゃんが人見知りって……意外だね』

「ウチは共働きだし、奈々は一人っ子だから、きっと寂しい思いをしていると思うんだ。だから、君が友達になってくれたのは非常に有難いと思っている」

『そんなにハッキリ言われると照れるなー』

「でも、君はレンタルでいつまでも一緒に居ないらしいじゃないか」

『うん。一年後にはお別れしないといけないね』

「君が居なくなるまでで構わないから、奈々に友達の大切さを教えてあげて欲しい」

『任せておくれよ。ナナちゃんにお友達が出来るのは良い事だ、って僕が教えてあげるよ』

「一方的に話してしまってすまないね。君にボクの声が届いていると信じているよ。じゃ、おやすみ」

 パパは物音を立てないように静かに子供部屋を出て行った。

『パパ。安心してね。パパの気持ちはちゃんと僕にもナナちゃんに届いているから』

 ◇

 レンタルから数ヶ月が経って、ナナちゃんのおウチの生活にもかなり馴染んできた。
 ナナちゃんのおウチは共働きで平日の家に誰もいない間、ナナちゃんは保育園に預けられている。当然の事のように僕はナナちゃんに連れられて一緒に保育園で同じ時間を過ごす。
 送り迎えは基本的にママがしてくれて、夜ご飯の時間まで家の中でナナちゃんは僕と遊ぶ。
 パパは大体、ナナちゃんが寝てしまった後に帰ってきて、休みの日もお昼まで寝ている事が多い。ちょいちょい、ナナちゃんに無理矢理起こされているけど。
 休みの日にもなればナナちゃんはママにべったりで買い物について行けば、お菓子を強請ねだって駄々をねたり、騒ぎ疲れてお昼寝したりと、繰り返される日常に付き合わされる僕は中々退屈しない。
 そんな変わらない穏やかな日常でもちょっとしたスパイスが効く時もある。

 とあるお休みの日のお昼ご飯の時だった。
 その日のお昼ご飯はナナちゃんの大好きなママ特製のオムライス。テンションが上がりに上がったナナちゃんはケチャップをオムライスやお皿の外にもいっぱいかけて、口の周りや服をベタベタにして遊びながら食べていた。

『ナナちゃん。食べ物で遊んじゃダメだよ? そんな事していたらママに怒られちゃうよ?』

 僕が注意を促してもナナちゃんは聞く耳持たずで遊びながら食べるのに夢中。
 流石にナナちゃんの良くない行動を目撃したママは少し呆れた様子で注意をする。

「もー、ダメでしょ? 奈々。あーあ、こんなに汚しちゃって」

『ほら、やっぱりママに怒られた』

 それでもキョトンとしているナナちゃんは、

「めっ! でしょ。タヌキチ」

 何を思ったのか隣の椅子に座らせていた僕の口元に零した食べ物をこすり付けてママの真似をして叱りつけてくる。
 小さい子は良く真似をしたがるけど、ナナちゃんもそうなんだろうか。
 ……この汚れ、ちゃんと落ちるかなぁ……?

「ナナじゃないよ? タヌキチが、めっ! なの。わるいこなの」

 ……そうきましたか。
 食べ物どころか、零した事自体を僕になすり付けるナナちゃん。

「そう? じゃあ、悪い子のタヌキチはご飯抜きにしようかしら? それとも、お尻をいっぱい叩いた方がいいかしら? 奈々はどっちがいいと思う?」

 ママの提案は僕にとっては滑稽こっけいなモノだ。
 しかし、その滑稽な提案もナナちゃんには効果抜群だった。

「ママ……ごめんなさい」

「あら、どうしたの? 奈々は何もしていないでしょ? タヌキチが悪い子なんじゃないの?」

 ママの問いかけにナナちゃんは段々ションボリしてきてうつむいて涙を零し始めた。

「タヌキチ、わるいこじゃないの。ナナ、ウソついたの」

『ナナちゃん……』

「じゃあ、これは奈々がやったのね?」

「……うん。ママ……ナナのおしり、たたく?」

「叩かないわよ。奈々、色んな事を失敗するのはいいのよ? 失敗して上手になっていくのだから。でもね、それを誰かの所為にしたり、人を傷つけるウソをつくのは良くないとママは思うなぁ」

「ママ、タヌキチ。ごめんなさい」

『大丈夫だよ。これでナナちゃんも一つ賢くなったのなら、僕は何も気にしないさ。ただ、僕を抱くたびにケチャップの匂いでナナちゃんがオムライスを食べたくなっちゃうかもしれないけどね』

「ごめんなさい出来て偉いわね。奈々」

「えへへー」

 さっきまで泣いていたのに、褒められて直ぐに照れる事が出来るナナちゃんは本当に素直な子だ。
 照れるナナちゃんから僕へと視線を移したママは少し困った顔をした。

「それにしても、結構汚れが目立つわね」

「タヌキチ、ばっちぃ!」

 そりゃあ、汚れもするさ。自分で動けないのだから、綺麗な体を維持出来るワケがない。
 移動の度に引きられ、毎晩のようにナナちゃんのよだれまみれ、食べれもしない食べ物を口部分に押し付けられているのだから汚れない方がおかしい。
 さっき、更に汚れを増やされたしね。

『ばっちぃと言う割にはとても楽しそうにしてるね。奈々ちゃん』

 友達が汚れているのを楽しさに変えてしまうなんて無邪気というのは怖いもんだ。

『そう言う奈々ちゃんこそ、いっぱい汚れているじゃないか』

「う? わぁ~、ナナもばっちぃ。ママー。ナナ、タヌキチとおふろはいるー」

『ぬいぐるみの僕とお風呂だなんて、ナナちゃんは本当に面白い事を言うね。そんなのママが許すワケがないだろ?』

「仕方ないわね。すぐに準備するから、それまでにご飯を食べちゃいなさい」

「はーい!」

 ママはナナちゃんの面白い発想を取り入れるタイプだったか。でも、本当に僕をお風呂に入れないよね?

 ◇

 あー……体が重い。
 まさか本当にお風呂へ一緒に入るとは思わなかった。
 お湯を目一杯吸った僕の体は凄く重たくなっている。痛みや温度なんかは感じない僕だけど、重みくらいは感じるさ。

「ママー。タヌキチ、びちょびちょ」

「奈々がお風呂に入れるからでしょ?」

「だってタヌキチがおふろにはいるっていったもん」

 そんな事、僕は一言も言った覚えがない。

『ママ。またナナちゃんがウソをついているよ』

 と言っても、聞こえないよねー……。

「そうなの? タヌキチはチャレンジャーね。ほら、奈々。乾燥機にかけるからタヌキチを貸して」

 ママはある程度僕の水気を取ると乾燥機に入れてスイッチを押し、すぐにナナちゃんの体を拭いてパジャマを着せる。

『……あー、目が回る』

「きゃはははは! タヌキチ、ぐるぐる~」

 服を着終わったナナちゃんは乾燥機の中でひたすら回る僕をとても楽しそうに止まるまで眺めていた。
 ……ちょっと、中の綿がかたよっちゃったけど、ナナちゃんが喜んでくれているなら良いかな。
 綺麗になった僕を連れ回して遊ぶナナちゃんは、かなり日数が経ってから僕の綿が偏っている違和感に気付いた。

「う? タヌキチ、ヘンッ!」

 手厳しい一言。

『今頃気が付いたのかい? そりゃあ、綿が偏っているから変な感じはするだろうね』

「ママー」

 下手に自分で何とかしようとせず、ママのところへ連れて行くのは賢明な判断だ。

「どうしたの?」

「タヌキチ、びょーきになった」

『病気だなんて失礼だね。僕はいたって健康さ。おもちゃだからね。ただ、綿が偏っているだけさ』

 僕を渡されたママは直ぐに病気の正体がただの綿の偏りだと気付いた。

「これはお薬が必要ね。近所の手芸屋さんにお薬入りの綿を買いに行きましょうか」

「おくすり? それでタヌキチ、びょーきなおる?」

「もちろん、直るわよ。奈々もお手伝いしてね?」

「うん! ナナ、おてつだいする!」

 流石、ママ。ナナちゃんの扱いが上手い。
 僕にただ綿を詰め直すのではなく、ナナちゃんに手伝わせて色んな事を経験させてあげる事を考えている。
 つまらない事ではなく、楽しい事として教えているのが実に良い。
 ま、楽し過ぎて僕の両手両足は綿がパンパンに詰められて少し太くなったけどね。

 ◇

 パンパンに詰まっていた綿も次第に日々の加えられる圧力で元の太さに戻ってきた頃、ナナちゃんは僕を着飾る事に興味が湧いていた。

「タヌキチ。おきがえしましょうね~」

『着替えるもなにも、僕は最初から何一つ服を着ていなけど……』

「あれ? リボンできない……」

『あー、なるほど。着替えって、リボンを付けるって事だったんだね。上手く結べないなら、ママに教えて貰ったらどうかな?』

「ママー。タヌキチにリボンしてー」

 僕を脇に抱えリボンを数本握り締めて、大きな声をあげてママの所へ駆けて行く。

「どこにリボンを付けるの?」

「こことねー、ここと……ここ!」

「じゃあ、ママが教えながら一つ付けてあげるわね。奈々も自分でタヌキチにリボンを付けてあげたいでしょ?」

「うん!」

 お手本を見せながらナナちゃんの速度に合わせてママがリボンをほどこしてくれる。ナナちゃんもママの付けてくれたリボンに負けじと一生懸命リボンを結ぶ。

『いっぱい付けるんだね? 今の流行はこういう感じなのかな?』

「タヌキチ、うるさい!」

 怒られちゃった。

『ごめんね。今、集中してるところだったね』

 苦戦しつつも途中で投げ出さないナナちゃんに僕は少し感心した。
 こんなに頑張ってリボンを付けようとするなんて、僕を大事にしようとしてくれている気持ちのあらわれかな?

「できたー!」

 夢中になってリボンを結んでいた結果、持ってきたリボンを全て使い果たし、僕の体はリボンだらけになっていた。

『いっぱい付けてくれたのは嬉しいけど、これじゃあぬいぐるみの部分よりリボンの部分の方が多いよね?』

「タヌキチ、カッコイイよ!」

『そうかい? カッコイイなんて照れるなー』

 ナナちゃんが飽きてリボンを外してくれるまで僕も満更ではない感じで過ごした。一生懸命付けてくれた気持ちは嬉しいからね。

 ◇

 いっぱいリボンが付いているのに飽きて外し始め、一つ残された首のリボンが板についてきた頃の出来事だった。
 保育園でアクシデントが発生した。
 いつも明るく元気でワガママなナナちゃんだけど、人見知りが激しく外ではあまり喋らない。
 その所為か保育園でも一緒に遊ぶ友達は居らず、僕が来てからはいつも部屋の隅っこで僕と遊んでいる。
 だけど、そこへ最近入園してきた女の子が割って入ってきた。

「ねぇ? なにしてるの? なんでいつもひとりなの?」

 彼女はナナちゃんに興味津々だ。これは絶好のチャンス。
 このチャンスを切っ掛けにお友達になれば、僕が居なくなった後でもナナちゃんが保育園で寂しい思いをしなくて済む。
 だけど、話しかけてくれているのにナナちゃんは覗き込んでくる彼女から逃げるように黙ったままソッポを向いてしまった。
 でも、その行動にめげずに彼女はナナちゃんに話しかけてくれる。

「いきなりでごめんね。ワタシはアイカ。あなたのおなまえは?」

 ナナちゃんより少し大人っぽい言葉遣いのアイカちゃんは物腰が柔らかで優しい感じがする。
 それでもナナちゃんは黙って強張こわばった表情で固まったまま。

『ナナちゃん。アイカちゃんが話しかけてくれているのに黙っていては失礼だよ? 自己紹介してくれたんだから、ナナちゃんも名前を教えてあげなきゃ』

「……ナナ」

 促されてやっと口を開いたかと思えば、不機嫌そうに名前だけをボソッと呟いただけ。
 これではアイカちゃんも他の子と同じようにナナちゃんを構わなくなってしまう。
 なんとかしてあげなくてはと考えていると、アイカちゃんは意外にも不躾ぶしつけな態度をとるナナちゃんへ優しく接してくれた。

「ナナちゃんっていうのね? ねぇ、そのぬいぐるみちょっとワタシにもさわらせてほしいな」

 もっとコミュニケーションを取ろうと僕の腕をアイカちゃんが掴んだ瞬間、

「ヤダッ! タヌキチはナナのなの!」

 強く拒んでアイカちゃんに勢い良く背を向けようとした所為で僕の腕が取れてしまった。

「タヌキチ……?」

 片腕が取れた僕を目の当たりにしてナナちゃんは放心してしまっている。

『あちゃ~。やっちゃったね』

「ごめんなさい。すこしさわりたかっただけなの」

 決してアイカちゃんが悪いわけではない。ただの不可抗力だ。
 でも、ナナちゃんにとってはそんなものはどっちでもいい事だった。僕の腕が取れてしまったのは事実だから。
 放心していたナナちゃんは現状を把握してきたのか、僕の腕をアイカちゃんから取り返すと更に部屋の隅へ行き、角にうずくまるようにして僕をギュッと抱き締め絶え間なく涙を流して声をあげずに静かに泣いていた。
 その後、ママが迎えに来るまで誰が話しかけてもナナちゃんは一言も喋る事はなかった。
 ママに抱っこされて帰るナナちゃんが泣き止まずにいると、ママがささやくように話しかける。

「奈々。先生やアイカちゃんからお話を聞いたわ。タヌキチの腕が取れちゃったんだってね」

「ママ。タヌキチ、しんじゃった」

『僕は生きているよ? だから、泣かないで。腕が取れたくらい平気さ』

 ナナちゃんからすれば、壊れてしまう事は死ぬ事と同じに感じてしまうのだろう。だから、僕がなんと言ってもナナちゃんはウソを言っていると思って泣き止んでくれない。

「タヌキチはママがちゃんと直してあげるから。ほら、もう泣き止んで?」

「……うん」

「奈々。一つママと約束してくれるかな?」

「……なーに?」

「アイカちゃんに意地悪したみたいだから、タヌキチが直ったらアイカちゃんにごめんなさいをして仲良く遊ぼうね?」

「でも、タヌキチはナナのだもん……」

「そうね。だけど、少しくらいアイカちゃんに貸してあげてもいいんじゃない? 奈々はタヌキチといつも一緒に居られるでしょ?」

「うん……わかった」

「奈々は良い子ね。ママ、頑張ってタヌキチを早く直すから待っていてね」

「うん」

 やっぱりママには敵わないや。
 ナナちゃんを泣き止ますだけでなく、アイカちゃんとの間も取り持ってしまった。
 僕をママに預けたナナちゃんはションボリしながら事ある毎にママへ僕が直ったかを確認しにきては、またションボリして戻っていくというのを夜まで繰り返した。

「ねぇ、ママ……。タヌキチ、なおった?」

「まだよ。明日、保育園から帰ってきた頃には直ってるから、早く寝なさい」

「……うん……」

 いつもなら寝ている時間なのにナナちゃんは僕の事を心配して数分毎にママの元へ訪れては今にも泣きそうな顔で僕の様子を聞いている。
 こんなにも大切に想ってくれているなんて、とても嬉しい。

『ナナちゃん。もう少し待っていてね。すぐ元通りになって戻ってくるから』

 この家に来てからナナちゃんと長い時間離れるのは初めてだ。
 寂しいけどナナちゃんも寂しいのを我慢しているのだから僕も我慢しなくちゃ。
 ママは職場にまで僕を持って行って休憩時間まで費やしてとても早く僕を直してくれた。
 僕を隠し持って保育園へ奈々ちゃんを迎えに行ったママは、敢えてすぐにナナちゃんへ直った僕を会わせず、少し意地悪っぽいサプライズをする。

「おかえり、奈々」

「……ただいま……」

「あら? まだ元気がないの? そんな感じじゃ、タヌキチに笑われちゃうわよ?」

「はわぁ~! タヌキチ! ママ、ありがと! はひゃひゃあ~! タヌキチ、タヌキチ~!」

 直った僕を渡されたナナちゃんの機嫌は鰻登り。
 僕の手を持って嬉しさを表現するように振り回してはしゃいでいる。

『直って嬉しいのは分かるけど、そんなに振り回したらまた腕が千切れちゃうよ——あっ』

 目一杯振り回すもんだから、脇の部分が少し破れちゃった。折角、ママが直してくれたのにナナちゃんは本当に仕方がない子だ。

「ママー。タヌキチ、ビリッてなった」

『ほら、言わんこっちゃない。もっと大事にしれおくれよ』

「タヌキチ、めっ!」

 なんで僕が怒られたのかさっぱり分からない。
 また、ママに直して貰う事になるのか……ごめんね。ママ。

 ◇

 再度直して貰った僕は翌日の幼稚園へ奈々ちゃんに連れられてきた。
 一日奈々ちゃんと居なかっただけで幼稚園へ一緒に来るのが久々に思える。

『いいかい? ナナちゃん。今度はケンカしちゃダメだよ?』

「……うん」

 お部屋に入ったナナちゃんは積み木で遊んでいるアイカちゃんの方へトボトボと歩み寄っていって消え入るような声で話しかけた。

「アイカ……ちゃん」

「なーに? ナナちゃん」

 アイカちゃんは一昨日の奈々ちゃんの振る舞いが無かったみたいに笑顔で対応してくれる。

「えっとね……その……」

『頑張って! ナナちゃん』

 ナナちゃんがモジモジと喋り出し難そうにしていると、アイカちゃんはナナちゃんに向かい合って立ち、

「ごめんなさい。ナナちゃんのだいじなぬいぐるみこわしちゃって」

 頭を下げて謝ってきた。
 それを目の当たりにしたナナちゃんは泣き出しそうなのを堪えているような震える声でアイカちゃんへ言葉をかけた。

「ナナがわるいこなの。アイカちゃんにいじわるした。アイカちゃん、ごめんなさい」

 抑えきれなかった涙が抱き締められている僕の頭にポツポツと落ちてくる。

『ナナちゃんもアイカちゃんも偉いね。ほら、もう少しだよ、ナナちゃん。『一緒に遊ぼ』って言おう?』

 ナナちゃんは涙を拭うとアイカちゃんの手を取って声を絞り出した。

「アイカちゃん。ナナと……いっしょに……あそぼ」

 頑張って仲良くしようとするナナちゃんへアイカちゃんはとても優しい笑顔で応えてくれた。

「うん! いっしょにあそぼう!」

 この日から二人は仲良く一緒に遊ぶようになった。

『優しいお友達が出来てよかったね。ナナちゃん』

 ◇

 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。今日で僕がナナちゃんのおウチにきて、丁度一年になる。
 一年だけしか僕と一緒に過ごせない事をナナちゃんはきっと忘れている。今日、僕とお別れしないといけないなんて言ったら泣いてしまうかも知れない。
 だけど——。

「タヌキチ。なにしてあそぶ? ナナは、ねー。おままごとがしたいの。タヌキチもおままごとしたいでしょ?」

『ナナちゃん。ごめんね。僕は遊べないんだ』

「イヤッ! タヌキチはナナとあそぶの! おままごとするの!」

『駄々を捏ねないでちゃんと聞いて欲しい。僕は今日、お店に帰るんだ。だから、一緒に遊ぶ事は出来ないし、ナナちゃんと今日でお別れしないといけない』

「おわかれ?」

『そう。お別れ。バイバイするって事だよ』

「イヤッ!」

『ごめんね。ナナちゃん。これは決まりだから奈々ちゃんが『嫌だ』って言っても僕はお店に帰っちゃうんだ』

「タヌキチはずっとナナと一緒にいるの……。バイバイしないの……」

 いつもの家で泣き喚いて駄々を捏ねるナナちゃんとは違って、今日のナナちゃんは静かに涙を流して願望を訴えるだけ。
 きっとナナちゃんは小さいながらも僕の言葉の意味を理解したのだと思う。

『ねぇ、ナナちゃん。最後に僕のお願いを一つ聞いて欲しいな』

「さいご……」

『お別れするのは凄くツライと思うけど、僕が帰っていくのをナナちゃんの優しくて温かな笑顔で見送って欲しい』

 子供が大事なおもちゃを失うのは例えようのないくらいのツラさがあると思う。それでも、ナナちゃんは僕の最後のお願いを叶えてくれた。
 涙は絶えず流れているけど、眩しいくらいの笑顔をナナちゃんが見せてくれると、僕の体が淡い光に包まれ出した。
 もうお別れの時間だ。

『ナナちゃん。良い思い出をありがとう。時々で良いから、僕と一緒に過ごした日々を思い出してくれると嬉しいな。いつかまた会えたら僕を手に取って話しかけてね。その日を楽しみに待ってるよ』

 僕の体はナナちゃんの手をすり抜けて少し高い位置に浮く。

『じゃあ、またね』

 僕の声はちゃんとナナちゃんに届いたかな?
 きっと伝わっていると信じて、僕は光に包まれてとおじさんの待つ魔法屋へと飛んで行った。


 魔法屋へ戻ってきた僕へおじさんが嬉しそうに話しかけてくる。

「おかえり。どうだった? 楽しかったかい?」

『うん。とても、ね』

「そうかい。それは良かった。次はどんな子に会えるか楽しみだね」

『うん。また僕の声が聞こえる子に出会えるまで一休みさせて貰うよ』

 ◇

 あれから二十年経った今でも何一つ変わらないお店の棚で出会いがあるのを待っている日々。
 ほら、今日もお母さんと来た可愛らしい小さな女の子が棚に並ぶおもちゃを眺めて目を輝かせている。

「美奈。どれにするか決まった?」

『へぇ。ミナちゃんって言うのか。僕はクマのぬいぐるみだよ。僕を選んで欲しいな』

「コレがいいの! タヌキさん! おはなしするの!」

 僕を選ぶ子は失礼な子ばかりなのか——さっきも言ったけど僕はクマのぬいぐるみだ。

「そう。その子が良いのね? じゃあ、レジへ持って行きましょうか」

 レジへ行って呼び鈴でおじさんを呼ぶのも、出てきたおじさんがするルール説明も何一つ変わらない。
 ただ、同じ事の繰り返しも悪くないと思える時が来るんだ。

「お嬢ちゃん。ぬいぐるみに名前を付けたかい?」

「あっ! ミナ、忘れてた。えーっとねー……」

『カッコイイ名前を頼むよ? ミナちゃん』

「ママー。ママはなにがいいとおもう?」

「そうねぇ……。ちょっとママにもそのタヌキさんを良く見せてくれるかしら」

「うん。はい! どうぞ」

 手渡された僕をジッと見つめた後にママはソッと僕の頭を撫でて、

「ママはタヌキチが良いと思うなー。ね? あなたもそう思うでしょ? タヌキチ」

 子供のような笑顔で話しかけてくれた。

『やっぱりナナちゃんだったか。大きくなったね。また、君に会えて嬉しいよ』

 当然、僕の声は今のナナちゃんには聞こえない。
 だけど、ナナちゃんは僕の返事が聞こえているみたいに話してくれる。

「うん。やっと会えたね、タヌキチ。もうタヌキチの声は聞こえないけど、美奈がタヌキチの声を聞けるみたいなの」

『そうみたいだね』

「だから、私の時みたいに美奈とお友達になって沢山お話してあげてね。私はあなたから沢山の大切な思い出を貰ったおかげで大切なお友達も出来たわ。美奈にも沢山の大切な思い出を作ってあげてね」

『もちろんさ! 君と作った大切な思い出のように、今度はミナちゃんと一緒に掛け替えのない思い出を作ってみせるさ』

「タヌキチ。よろしくね」

 ナナちゃんは昔と同じように僕をギュッと抱きしめた後に、ミナちゃんへと僕を返した。

「ママ? ないてるの? どこかいたいの?」

 涙ぐむママの顔を心配そうに覗き込むミナちゃんにママは、とても優しい笑顔で答えた。

「大丈夫よ。ちょっと——いえ、とっても嬉しい事があったの。それより、美奈。タヌキさんのお名前は決まった?」

「うん! タヌキチにする!」

「そう。それじゃ、おウチへ帰りましょ」

「うん! 帰るよ、タヌキチ」

『じゃ、おじさん。行ってくるよ』

 想いや優しさが時にはこうやって奇跡を起こしてくれる。
 こういう事があるから手に取られるまで棚の上で同じ毎日を過ごしていても悪くはないと思えるのさ。
 魔法屋のおもちゃだけじゃない。きっと他のお店に並ぶおもちゃ達も大切にしてくれる人を待ち望んでいると思う。
 だから——僕が受けた分の優しい想いが他のおもちゃ達にも奇跡や出会いをもたらしてくれると心から願っているよ。
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