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5.「まちぼうけ」
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しおりを挟む「……あまり人目につかないところで試しましょう」
「それならいい場所がある」
こんな通りの真ん中で屋台を広げるわけにもいかず、寺田は屋台を見つけた高架下に案内した。
以前より落書きの数が増えているこの場所は通行人からも車からも早々人目につくことはないだろう。
「……どう、あければいいんですか」
いざ屋台を開けようとした女は困ったように手を止めて寺田を見た。
寺田が若い頃はよくラーメン屋台がチャルメラを鳴らしながら住宅街を回っていたものだが、このような古びたリヤカー屋台なんて今の若者は触れるどころか見るのも初めてに違いない。
そうはいえども寺田も屋台にそう何度も触れているわけではない。二人で試行錯誤しながら、とりあえずトタン屋根の下を囲っている木板を開けた。すると屋台の下部の木板がかこんと下がり、ラーメン丼を余裕で一つ置けそうな幅のカウンターが顔をだした。どうにか身を寄せ合えば大人三人は横並びできそうな広さだ。横には収納棚。大きな作業スペースには寸胴等を火にかける穴もある。
意外と作りが簡易的なのか。はたまた修理工が使いやすいように改良してくれたのか。想像より遥かに簡単に屋台らしい姿が出来上がった。
多少埃臭くはあるが、寺田が最後に見た時から大きく劣化しているようには見えなかった。
「あの、これ……よかったら」
女は荷台下の収納棚に入っていたであろう赤い丸椅子を寺田に差し出した。
それを受け取った寺田はカウンターの前に腰掛け、向かい合うカウンター越しに女が立った。
天井近くについている裸電球に積もった埃を拭き取り、明かりを灯せば、食べ物こそないが立派な屋台店の完成だ。
「意外と広々しているな。これ使って店でも始めたらどうだ?」
「今時屋台を引いてる人なんて怪しまれるだけですよ」
屋台が完成した達成感からか一瞬話題に花が咲いたものの、それはすぐに枯れてしまう。
「……まぁ、何も起こるはずない、よな」
沈黙が訪れること数分、以前と同じように相変わらず屋台にはなんの変化も見られなかった。
やはり無駄足だったか、と寺田は小さくため息をついた。
夕日は沈みかけ、川の近くはぶるりと身震いするほど肌寒くなってきた。
「……もういいよ。無理に付き合わせてすまなかったね。ありがとう」
半ば無理矢理に引き止めてしまったが、暇を持て余している寺田と違い年若い彼女はなにか用事があったに違いない。早く解放してあげなければと寺田が腰をあげると、屋台の下で何かを探していた女はむくりと体を起こした。
「暖簾と提灯つけたらそれっぽくなりますよね。あの、ライターとかお持ちですか?」
女の手には真っ赤な提灯と、紺色の暖簾が握られていた。
まさかここまで彼女がのり気だったとは思わず、寺田は呆気にとられたままライターを差し出した。女が提灯の蝋燭に火を灯し、暖簾を入り口に下ろすと屋台は一層威厳を放った。
こうしていると本当に屋台に一杯飲みにきた感覚になってしまい、ついつい寺田は椅子に腰を下ろしなおしカウンターに肘をついて寛いでしまった。
「この屋台……よみじやっていうんですね」
「なんだかお嬢ちゃん、本当に店主みたいだな。様になってるよ」
「ありがとうございます」
寺田が褒めると女は照れ臭そうに僅かに唇の端を持ち上げた。
どこか張りつめていた空気が僅かに緩んだ時、遠くの方から時報が聞こえてきた。
夕焼け小焼け。誰もが一度は聞いたことのある童謡の音色は懐かしくもあるがどこか悲しげで寂しい音だった。
この時報が鳴り終わったら今度こそ帰ろう。そう寺田が心に決めていた時、小さな変化が起きた。
「調子悪いのかね」
「……なんでしょう」
二人は耳を疑った。時報の音が壊れたラジカセのように歪み始めたのだ。
最初は寺田の耳がおかしくなったのかと思ったが、女も同様に眉を顰めながら時報に耳を傾けている。
エコーでもかかっているかのように音は反響し、さらには歪み、そしてとうとう時報は最後まで流れることなく音は止まってしまった。
機械が故障したのかと、二人で顔を見合わせた瞬間、ごおっと強い風が吹きつけて思わず二人は目を閉じた。
「え」
再び目を開けた時思わず間抜けな声が口から漏れてしまう程、目の前の風景はまるっきり変わっていた。
夕焼けで全体が橙に染まっていたはずの景色は、暗幕でも降ろされたかのように真っ暗闇が広がっていた。聞こえていた風の音も、車の音もぴたりと止んでただ川の流れる音だけが聞こえてくる。
「ここは……」
思い立ったように暖簾を避けて屋台の外に出て行こうとする女の手を、寺田は慌てて掴み引き止めた。
「外に出ないほうがいいよ」
「……様子を見に行かないと」
「明らかにおかしな場所にいるときは、下手に動かない方が身のためだ」
長年オカルトものの本などで寺田が得てきた知識。
明らかに自分たちの世界と違う場所に迷い込んでしまったら、闇雲に動かないこと。まさか生涯なんの役にも立たないと思っていた知識がこんなところで役立つ時がくるなんて。
真剣な面持ちで寺田に説得された女は、未だ不審そうながらも頷いて再び椅子に座りなおした。
「ここはどこなんでしょうか」
「よみじやは、三途の川で死んだ人間と会える……って都市伝説通りなら、ここは三途の河かもしれないな」
冗談めかしながら寺田は肩を揺らして笑った。
幾ら日が沈みかけていたとて、一瞬にしてここまで真っ暗になることはそうない。にわかには信じられないが、ここが自分たちがいた高架下とは明らかに違うことはなんとなく察していた。
それから川の音だけが聞こえる屋台の中で二人はどうすることもできずただじっと黙っていた。
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