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5.「まちぼうけ」
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「まちぼうけ」
いつ来るかも分からない相手を、彼女はどんな気持ちで待っていたのだろうか。
心配しただろうか。心細かっただろうか。呆れただろうか。腹が立っただろうか。
待ち合わせをしたのは駅前の喫茶店。窓際の一番奥の端っこに座っていた彼女と目があった。
男の姿を認識した彼女は、驚き、不安、怒り、呆れ、それらの一連の感情が表情に出ていた。
肝心の初デートに大遅刻する大馬鹿者がいるだろうか。
肩で呼吸を整えながら、男はゆっくりと彼女の元へ向かった。向かいの席に座ることなく、深々と頭を下げた。申し開きの言葉すら思い浮かばなかったのだ。
「やぁっときた」
柔らかい声が聞こえてきて、男は恐る恐る顔を上げると、彼女は柔らかい安堵の表情を浮かべていた。
「貴方を待ってたらこんなことになっちゃったの」
彼女はいたずらっ子のように笑いながら、テーブルに置かれていたグラスを指差した。
ヘタまで真っ赤なチェリーが浮かぶそれは、上が白、下が緑、それらが混ざり合って黄緑色に近くなった液体はお世辞にも美味しそうとはいえない代物へと変化していた。
原型を留められないほどの長い時間、彼女はそれに口をつけずに男を待っていたのだろう。
「……先に飲んでればよかったのに。それ、俺が飲みますよ」
「流石に腹が立ったから先に飲んで、貴方にお金を払ってもらうつもりだったの。でも……」
男はグラスに手を伸ばそうとすると、彼女はすっとそれを自分の前に持っていった。
「いいの」
「……それ、絶対美味しくないだろ」
「いいの。いいったら、いいの。私は、これがいいの」
頑なな彼女は店員を呼ぶともう一つ同じものを注文した。
結局彼女は男の分が運ばれて来るまでそれに口をつけることはなかった。
「貴方と一緒に飲みたくて、結局待ってしまったわ。あたしも相当な馬鹿よね」
そうしてようやく一口それを口にした彼女は、自分自身に呆れたように、けれどとても幸せそうに微笑んだ。
待ち惚けをさせたというのに、なんだか彼女はとても嬉しそうで、罪悪感から背中を小さく丸めていた男もつられるように微笑んだ。
喫茶店の隅っこで、くすりくすりと笑いあった。
ただ一緒にいるだけで、ただ顔をあわせるだけで、これ以上の幸せはないと思っていた――遠い遠い昔の思い出。
いつ来るかも分からない相手を、彼女はどんな気持ちで待っていたのだろうか。
心配しただろうか。心細かっただろうか。呆れただろうか。腹が立っただろうか。
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男の姿を認識した彼女は、驚き、不安、怒り、呆れ、それらの一連の感情が表情に出ていた。
肝心の初デートに大遅刻する大馬鹿者がいるだろうか。
肩で呼吸を整えながら、男はゆっくりと彼女の元へ向かった。向かいの席に座ることなく、深々と頭を下げた。申し開きの言葉すら思い浮かばなかったのだ。
「やぁっときた」
柔らかい声が聞こえてきて、男は恐る恐る顔を上げると、彼女は柔らかい安堵の表情を浮かべていた。
「貴方を待ってたらこんなことになっちゃったの」
彼女はいたずらっ子のように笑いながら、テーブルに置かれていたグラスを指差した。
ヘタまで真っ赤なチェリーが浮かぶそれは、上が白、下が緑、それらが混ざり合って黄緑色に近くなった液体はお世辞にも美味しそうとはいえない代物へと変化していた。
原型を留められないほどの長い時間、彼女はそれに口をつけずに男を待っていたのだろう。
「……先に飲んでればよかったのに。それ、俺が飲みますよ」
「流石に腹が立ったから先に飲んで、貴方にお金を払ってもらうつもりだったの。でも……」
男はグラスに手を伸ばそうとすると、彼女はすっとそれを自分の前に持っていった。
「いいの」
「……それ、絶対美味しくないだろ」
「いいの。いいったら、いいの。私は、これがいいの」
頑なな彼女は店員を呼ぶともう一つ同じものを注文した。
結局彼女は男の分が運ばれて来るまでそれに口をつけることはなかった。
「貴方と一緒に飲みたくて、結局待ってしまったわ。あたしも相当な馬鹿よね」
そうしてようやく一口それを口にした彼女は、自分自身に呆れたように、けれどとても幸せそうに微笑んだ。
待ち惚けをさせたというのに、なんだか彼女はとても嬉しそうで、罪悪感から背中を小さく丸めていた男もつられるように微笑んだ。
喫茶店の隅っこで、くすりくすりと笑いあった。
ただ一緒にいるだけで、ただ顔をあわせるだけで、これ以上の幸せはないと思っていた――遠い遠い昔の思い出。
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