よみじや

松田 詩依

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3.「ともだちだから」

3-2

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「急性白血病だって」
 静かな病室。腕に点滴を繋いだ優紀はいつものように微笑んでいた。
「……ということで、半年くらい入院することになりました」
「――――は」
 耳を疑う言葉に沙希の口から間の抜けた声が漏れる。
「あ、白血病っていうのはね。私も詳しくは説明できないんだけど、先生によると体の中の白血球が――」
 極めて明るく自分の病状を説明する優紀の話を、沙希は半分も理解できなかった。
「それでね、治すためにこれから抗がん剤の治療とかが――」
「……ねぇ優紀」
 沙希が言葉を遮るように優紀の手を掴んでも、それでも彼女の口は饒舌に動き続ける。
「優紀ってば!」
 強い口調で名を呼ぶとようやく優紀が言葉を止めた。
 無理矢理貼り付けたような笑みを浮かべる優紀と目を合わせ、沙希は静かに言葉を続ける。
「……無理しなくていいから。本当のこと話して」
 小刻みに震えている優紀の手を優しく摩りながら、沙希は彼女の言葉を待つ。
「――突然すぎて。まだ、よくわからない」
 俯きがちに放たれた言葉は、嘘のように弱々しく、酷く震えていた。
「ちゃんと治療すれば治る病気だからって先生はいってたけど……やっぱり、不安だよ」
 顔を上げた優紀の瞳は不安で溢れている。
「大丈夫。優紀なら大丈夫だって。絶対すぐよくなるよ」
 優紀を安心させるように微笑みながら、沙希は三年前のことを思い返す。
 中学二年生の時、足を故障した沙希は大好きな陸上から離れた。
 辛いリハビリ。足が治っても思うように残せない結果。そんな辛い時期を支えてくれたのは家族と優紀だった。
 沙希が八つ当たりをしても優紀はその苛立ちごと全て受け止め、優しく笑って励まし続けてくれていた。ならば今度は自分が優紀に恩を返す番だ。 
「私が優紀を支えるから。だから、一緒に頑張ろうよ」
「……ありがとう、沙希」
 その力強い言葉に、優紀は嬉しそうに微笑み、沙希の手を握り返した。
 検査疲れか、眠そうに欠伸を零した優紀を気遣って病院を後にした沙希は、その足で本屋を訪れ、白血病に関する本を何冊か購入する。
 親友が侵されている病を知り、少しでも彼女の支えになれるように。
 これまでの日常は一瞬にして崩れ去ったが、沙希も優紀も折れることなくしっかりと前を向いていた。



 優紀の入院生活が始まった。
 沙希は部活休みの水曜日、そして土日には欠かさず見舞いに訪れた。
「優紀、調子はどう?」
「沙希! 来てくれたんだ」
 病室の扉からひょこりと顔を覗かせると優紀は嬉しそうに頬を綻ばせた。
「入院生活はどう? 少しは慣れた?」
「ずっと病院の中だし、やることなくて暇だよ。沙希が来てくれてよかった」
 退屈そうに背伸びをする優紀の側に、沙希はパイプ椅子を引き寄せ座る。
 本当にやることがないのだろう。ベッドサイドに積み重なった本の山は以前来た時より高くなっていた。
「白血病の治療は辛いって本で読んだけど……体は平気?」
「そんなに心配しなくても今のところは元気だよ。本当に皆心配性なんだから」
 苦笑を浮かべる優紀を見て、沙希ははっとした。 
 優紀を不安にさせてはいけない。せめて自分がいる間は病気を忘れて過ごせるようにと、沙希は暗い表情をやめ笑みを浮かべた。
「そうだ。ノート持ってきたんだよ。優紀に見せるのに頑張ったんだから」
 病の話題を逸らすように鞄の中から授業ノートのコピーを取り出し優紀に差し出す。
「まさか沙希にノートを見せてもらう日が来るとはね。普段は私が貸してたのに」
「いつものご恩を返させていただきます」
 わざとおどけながら沙希が頭をさげると、優紀の顔にぱっと花が咲いた。
「そういえば今日学校でね――」
 他愛のない話を聞き、優紀は楽しそうに相槌を打つ。
 学校のこと、駅前にできた新しいお店、テレビドラマの話。話題は尽きることなく、病室には終始二人の明るい声が聞こえていた。
「水瀬さん、夕食ですよ」
 十八時頃、看護師が夕食を運んで来ると同時に沙希は席を立った。
「……っと、もうこんな時間か。じゃあ、また土曜日に来るね」
「うん、またね。来てくれてありがとう」
 看護師と入れ替わる形で、沙希は優紀に別れを告げる。手を振った後は振り返ることなく病室を出て、扉を閉めてから小さく息をついた。
 別れるときは絶対に振り返らないと決めていた。それでも扉が閉まる時に一瞬だけ見えた優紀の寂しそうな顔が脳裏に焼き付いている。
 どうか、どうか。優紀が早く元気になりますように――。
 心の中でそう何度も唱えながら、沙希もまた寂しそうに病院を後にするのだった。



《明日から無菌室に移動になるからしばらく会えなくなる》
 沙希の元に優紀からメッセージが届いたのはそれからしばらく経ってからのことだった。
 抗がん剤治療により白血球が減少し免疫力が著しく下がる為、感染症対策として無菌室という部屋で数週間過ごすようだ。面会できる人間は極僅かに絞られており、友人である沙希が見舞いに行くことは難しくなる。小さな病室に一人きり――優紀が抱える不安や心細さはより一層強まることだろう。
「なにかできることないかな……」
 メッセージを読んだ沙希は困ったようにベッドに倒れ込んだ。
 これまでは直接話せていたが、これからはそうはいかなくなる。会えずとも、優紀を元気付けられるようなことはないだろうかと唸りながら頭を悩ませていると、スマホが震えた。
《うらやまし~。私も退院したら飲んでみたいな》
 リンスタの投稿に優紀からコメントが送られてきていた。
 最近大流行しているタピオカを友人と飲みにいった際に撮った写真。本来ならば優紀もその場にいたはずなのに、と思うとちくりと胸が痛んだ。 
《今度絶対飲みにいこ!》
 見舞いの品にタピオカは持っていけるのだろうか、などと考えつつ返信を打っていると頭に稲妻が駆けた。
「……これだ」
沙希はむくりと体を起こす。
 慌てて調べてみれば、無菌室でもスマホの持ち込みができネットも繋げられるようだった。当然、優紀もスマホは持ち込むはず。
 離れていても繋がれる方法が目の前にあるじゃないかと、沙希の表情がぱあっと晴れていく。
 これこそ自分の得意分野。私にしかできないことだ、と沙希は強くスマホを握りしめた。


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