4 / 16
メニュー2「きゅうそくのホットケーキ」
1
しおりを挟む
「--社長。どうしましょう」
経営者というものは常に選択を迫られる。
この選択一つで、何十、何百の金が動くこともある。選択を誤れば明日の生活が危ぶまれることもある。
経営者の肩には常に、従業員、そしてその家族の生活が重く重くのし掛かってくるのだ。
幾ら部下達と相談を重ねたところで、最後に決めるのは責任者。結局は己との戦い。
毎日見慣れたこの景色。ふと違う場所でじっくり考えを巡らせたいこともある。
「……一時間だけ時間をちょうだい」
男は席を立ち会社を出た。
オフィス街を抜け、ひより商店街に足を運ぶと相変わらずの賑わいが広がっている。
午後三時半をまわり、主婦達が夕飯の買い出しに訪れている。八百屋や肉屋はここぞとばかりに声を張り上げ通行人に声をかける。
近年中々見慣れない、下町情緒溢れるこの商店街を日和町の住人は皆愛していた。
「……いて」
よそ見をしながら歩いていると、何かが肩にぶつかった。
視線を戻すと、スーツ姿のサラリーマンが慌てた様子で男を見上げている。どうやら彼にぶつかってしまったのだろう。
「申し訳ない。こちらの前方不注意で……怪我はないですか?」
「い、いえっ! 大丈夫です! 申し訳ありませんでした!」
サラリーマンは顔面蒼白になりながら深々と頭を下げると、慌てた様子でその場を走り去っていった。
怪我がなくてよかったが、そこまで怯えなくても……。
「そんなに俺って怖い顔してるかね」
ふと独り言を呟いた。
首を傾げながら視線を前方にやると見慣れた店が見えたので「ああ……」と男の中で一つの予想が思い浮かんだ。
もしかして今のサラリーマンは--。
ふっ、と笑みを零しつつ一軒の店の前で足を止めた。
「カフェひなたぼっこ」よく見慣れた看板の下。軒下の専用ベッドでひなたぼっこをしている看板猫と目があった。
「よぉ、トラ坊。今日も変わらずふてぶてしい顔してるな」
俗にいう“ぶさかわ”な茶トラの猫に声をかけると、彼は不機嫌そうに一声鳴くと寝床を離れ散歩に出かけていった。
自分が来るとこの猫は煩わしそうな顔をしてどこかへ立ち去っていく。もしかしたら嫌われているのかもしれない。
男は尻尾を揺らして歩く虎次郎を見送り、店の扉を開けた。
男--三浦俊史は仕事に行き詰まると必ずこの店を訪れる。
昔馴染みの男。瀬野弘太郎が一人営む、このこぢんまりとした小さなカフェへ。
経営者というものは常に選択を迫られる。
この選択一つで、何十、何百の金が動くこともある。選択を誤れば明日の生活が危ぶまれることもある。
経営者の肩には常に、従業員、そしてその家族の生活が重く重くのし掛かってくるのだ。
幾ら部下達と相談を重ねたところで、最後に決めるのは責任者。結局は己との戦い。
毎日見慣れたこの景色。ふと違う場所でじっくり考えを巡らせたいこともある。
「……一時間だけ時間をちょうだい」
男は席を立ち会社を出た。
オフィス街を抜け、ひより商店街に足を運ぶと相変わらずの賑わいが広がっている。
午後三時半をまわり、主婦達が夕飯の買い出しに訪れている。八百屋や肉屋はここぞとばかりに声を張り上げ通行人に声をかける。
近年中々見慣れない、下町情緒溢れるこの商店街を日和町の住人は皆愛していた。
「……いて」
よそ見をしながら歩いていると、何かが肩にぶつかった。
視線を戻すと、スーツ姿のサラリーマンが慌てた様子で男を見上げている。どうやら彼にぶつかってしまったのだろう。
「申し訳ない。こちらの前方不注意で……怪我はないですか?」
「い、いえっ! 大丈夫です! 申し訳ありませんでした!」
サラリーマンは顔面蒼白になりながら深々と頭を下げると、慌てた様子でその場を走り去っていった。
怪我がなくてよかったが、そこまで怯えなくても……。
「そんなに俺って怖い顔してるかね」
ふと独り言を呟いた。
首を傾げながら視線を前方にやると見慣れた店が見えたので「ああ……」と男の中で一つの予想が思い浮かんだ。
もしかして今のサラリーマンは--。
ふっ、と笑みを零しつつ一軒の店の前で足を止めた。
「カフェひなたぼっこ」よく見慣れた看板の下。軒下の専用ベッドでひなたぼっこをしている看板猫と目があった。
「よぉ、トラ坊。今日も変わらずふてぶてしい顔してるな」
俗にいう“ぶさかわ”な茶トラの猫に声をかけると、彼は不機嫌そうに一声鳴くと寝床を離れ散歩に出かけていった。
自分が来るとこの猫は煩わしそうな顔をしてどこかへ立ち去っていく。もしかしたら嫌われているのかもしれない。
男は尻尾を揺らして歩く虎次郎を見送り、店の扉を開けた。
男--三浦俊史は仕事に行き詰まると必ずこの店を訪れる。
昔馴染みの男。瀬野弘太郎が一人営む、このこぢんまりとした小さなカフェへ。
0
お気に入りに追加
327
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
【完結】引きこもり令嬢は迷い込んできた猫達を愛でることにしました
かな
恋愛
乙女ゲームのモブですらない公爵令嬢に転生してしまった主人公は訳あって絶賛引きこもり中!
そんな主人公の生活はとある2匹の猫を保護したことによって一変してしまい……?
可愛い猫達を可愛がっていたら、とんでもないことに巻き込まれてしまった主人公の無自覚無双の幕開けです!
そしていつのまにか溺愛ルートにまで突入していて……!?
イケメンからの溺愛なんて、元引きこもりの私には刺激が強すぎます!!
毎日17時と19時に更新します。
全12話完結+番外編
「小説家になろう」でも掲載しています。
身分を隠して働いていた貧乏令嬢の職場で、王子もお忍びで働くそうです
安眠にどね
恋愛
貴族として生まれながらも、実家が傾いてしまったがために身分を隠してカフェでこっそり働くことになった伯爵令嬢のシノリア・コンフィッター。しかし、彼女は一般人として生きた前世の記憶を持つため、平民に紛れて働くことを楽しんでいた。
『リノ』と偽名を使って働いていたシノリアの元へ、新しく雇われたという青年がやってくる。
『シル』と名乗る青年は、どうみても自国の第四王子、ソルヴェート・ステラムルにしか見えない男で……?
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる