上 下
47 / 70

サヘルの町

しおりを挟む
 シアンを連れた一行は予定どおり昼前にサヘルの町に入ることができた。町はそれなりに活気があったが、町の人たちの表情には陰りがあるように見えた。
 馬車が領主であるギルドア侯爵の屋敷につくと、体格のいい壮年の男が出てきた。
「ギルドア侯爵のご子息、ガモワ様ですね?私は親衛隊隊長、ライル・エストリアといいます」
馬からおりたライルが声をかけると、男はうなずいた。
「ご苦労だったな。父上から知らせはきている。荷物を取りにきたのだろう?そろそろ昼食だが、昼食はどうするつもりできたんだ?」
ガモワの言葉にライルは呆れてしまった。仮にも侯爵の子息であるにも関わらず、ガモワには品がなかった。
「シアン様の昼食も用意してありますのでお気になさらずに。早速荷物をまとめたいのですが、よろしいですか?」
「ああ、かまわん。部屋かシアンに聞くといい」
ガモワはそう言うとさっさと屋敷の中に戻ってしまった。
「シアン様、お部屋に案内をお願いできますか?」
「はい。こっちです」
ライルの言葉にうなずいてシアンが屋敷に入る。ライルとジル、他に数人の騎士が共に屋敷に入り、他は馬車のそばに待機した。

 シアンの部屋は屋敷の奥だった。それなりに広い部屋ではあったが、あまり日当たりはよくない部屋。そこは質素と言うにはあまりに物がなかった。
「ここが僕の部屋です」
そう言ってシアンが部屋に入る。彼はクローゼットを開けると数着の服を取り出してベッドにおき、机の上の本と女性物の髪飾り、ネックレス、そして引き出しの奥から指輪を取り出してその隣においた。
「持っていきたいのはこれくらいなんですけど」
「わかりました。では早速運んでしまいましょう」
ライルはうなずくと持ってきた箱に服や本を入れた。そして、形見があると聞いていたため持ってきていた鍵付の箱をシアンに渡した。
「大切なものはこの箱にどうぞ」
「綺麗な箱ですね。僕が使っていいんですか?」
細かい装飾がされた箱をシアンがそっと受けとる。ライルはにこりと笑ってうなずいた。
「その箱はルクナ公爵様からあなたへの贈り物です。本当は屋敷で渡す予定だったようですが、形見の品があると聞いていたのでお持ちしました」
「公爵様が。ありがとうございます」
シアンは驚きながらも大切そうに箱を抱き締めると、その中に髪飾りやネックレスを入れた。
「シアン様、その指輪はもしや、先王陛下からいただいたものですか?」
ライルが目を留めたのはシアンが箱に入れようと手にした指輪だった。
「はい。これはお父様がくれたものです。大事にしなさいって言われました」
「それはぜひ、指に嵌めておいてください」
「え、いいんですか?」
ライルの言葉にシアンが驚いた顔をする。ライルはうなずくと自分の剣の鞘を見せた。
「ご覧ください。この鞘に入っている紋章と同じものが指輪にもあるでしょう?」
そう言われてシアンが指輪を見る。確かに指輪にはライルの剣の鞘と同じ紋章が彫られていた。
「これは?」
「これは王家の紋章です。本来ならば王家の人間しか持つことを許されないものですが、親衛隊の隊長のみ、特別に持つことを許されています」
「え、じゃあこの指輪って」
「恐らく先王陛下があなたのために作らせたものかと。ですから、それは指に嵌めておいてください」
シアンは小さくうなずくと指輪を嵌めた。だが、まだ幼いシアンの指には大きくすぐに抜けてしまう。するとジルがネックレスのチェーンを差し出した。
「よければ使ってください。城に戻ってからもっと立派なチェーンと取り替えてネックレスにするといいですよ」
「ありがとうございます」
シアンは嬉しそうに笑うと指輪をチェーンに通してネックレスにし、首にかけた。
「その指輪のこと、侯爵はご存知なのですか?」
「いいえ、知りません。教えてはいけないってお父様に言われていたので」
シアンの言葉にライルはうなずいた。この指輪を最初から出していれば、シアンが先王の子であることは疑いようがなかったはずなのだ。
「では帰りましょうか。思ったより早くすんだので、昼食は町を出てからと思いますがいかがですか?」
「はい。お任せします」
ライルはうなずくとジルに荷物を持たせて部屋を出た。

 シアンたちが玄関に戻ると、騎士たちは立ち上がって出迎えた。
「何もなかったか?」
「はい」
ライルの問いに騎士が答える。ライルはうなずくと様子をうかがっていた侍従に目を向けた。
「我々はこれで失礼するが、ガモワ様へご挨拶は可能か?」
「挨拶は不要と言いつかっております」
「わかった」
侍従の言葉にうなずいたライルは騎士たちに帰還を告げた。
 シアンも馬車に乗り、その膝には母の形見が入った箱が抱かれている。生まれてからずっと住んでいた場所だが、シアンには寂しさはなかった。これからはもう少し外の世界を見れるだろうか、色々な人と出会えるだろうか。不安と少しの期待を胸に、シアンはギルドア侯爵の屋敷をあとにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

処理中です...