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招かれざる方がいらっしゃいました③
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湯屋の従業員たちは至って冷静に動いていたが、内心は誰も彼もが慌てふためいていた。伊織はいつも圧倒的な力でこの湯屋を守ってきた。伊織が倒れるところなど誰も見たことがなかった。伊織ならばどんな敵が相手でも大丈夫。そんなふうに思っていた従業員たちにとって伊織が倒れる姿は衝撃的すぎた。
客たちへの説明を終えた玉城が医務室に行くと、手前のベッドに律華が横たわっていた。包帯を巻かれてはいるが、そこまで顔色は悪くない。律華に付き添っていた藤華は玉城を見ると頭を下げた。
「律華の容態は?」
「それほど深い怪我はなかったようですが、先日の怪我が開いてしまったそうです」
「そうか」
玉城は不安そうな藤華の頭をポンと撫でて医務室の奥の部屋に入った。
奥の部屋では伊織がベッドに寝かされ、点滴を受けていた。その姿はすでに人間のものに戻っているが、顔色は血の気が失せて青を通り越して真っ白になっていた。
「玉城、客への対応ご苦労だったな」
入り口で足を止めた玉城に声をかけたのは湯屋の専属医師である紅だった。紅は人間で、きちんと医学部を出て医師免許を持っており、東洋医学や薬学、呪いにも通じていた。
「紅。伊織の容態は?」
「ひとまず命に別状ない。だが、最後の煙、あれは恐らく障気だろう。それを多量に吸い込んだことによって肉体が激しく衰弱している。普通の人間ならば死んでいた。伊織の体から迸ったあの光はなんだ?恐らくあれのおかげで煙も黒い玉も消し飛んだんだだろう」
「わからん。俺もあんなのは初めて見た。だが、あれは浄化の光だ。伊織は今まで鬼の力を使うことはあったが、陰陽師の力を使うことはほとんどなかった」
「鬼の力と陰陽師の力が相反するからか?」
紅の問いに玉城は「そうだ」とうなずいた。
「先祖返りのせいで大昔に交わった鬼の血が伊織は濃い。そして父親は鬼神と恐れられる徨葵殿だ。陰陽師としてより鬼としての性質のほうが強すぎた。それがわかっていたから雪音殿も陰陽師の力を使わせようとはしなかったし、徨葵殿も鬼の力の御し方を教えた」
「ということは、今まで眠っていた陰陽師の力が土壇場で目覚めたか。まあ、何はともあれそのおかげで伊織は無事だった。が、問題がある」
紅の言葉に玉城の表情が険しくなる。紅は白衣の胸ポケットから棒のついた飴を取り出すと包みを剥がして口に入れた。
「障気を多量に吸い込んだからか、陰陽師の力が覚醒したからか、意識が戻らない。それどころか陰陽師の力が暴走しているんだろうな。ここまで伊織を抱いてきた九郎の両腕は焼け爛れていた。お前も気づいてるだろう?」
紅の言葉に玉城は忌々しげにうなずいた。すぐにでも伊織のそばに行きたいのに、部屋の入り口から足が動かない。動けない。近づけば命が危ういと本能が警鐘を鳴らしていた。
「今伊織に近づけるのは人間か神だけだ。歯痒いだろうが、目覚めた時にお前がボロボロだと伊織が気に病む。無茶はしないことだ」
紅の言葉にうなずいて玉城は部屋を出た。すると、さっきは閉まっていた律華の隣のベッドのカーテンが開いている。そこには両腕に包帯を巻いた九郎が座っていた。
「九郎、すまん」
「気にするな。最初はなんともなかったんだ。ここに連れてくる途中でまた体が淡く光ってな。あれは妖を祓う浄化の光だ。危うく俺も祓われるところだったが、恐らく主殿が無意識に力を押し込めた。だからこの程度ですんだのさ」
そう言った九郎の両腕は指先から二の腕まで包帯が巻かれた痛々しいものだった。
「俺より問題なのは主殿の意識がいつ戻るかということだ」
「そうだな。見たところ体の衰弱も激しい。鬼の力が弱まったせいで陰陽師の力が覚醒したなら、今、伊織の中では相反する力がせめぎあっているだろう」
玉城の言葉に九郎は険しい顔をした。
「主殿は鬼の力のほうが強いだろう?もし陰陽師の力のほうが勝ってしまったら、主殿はどうなる?」
「わからん。陰陽師として目覚めるだけならよいが、最悪…」
言葉を切った玉城が唇を噛む。言葉には言霊が宿る。その続きを口にして言霊を宿らせたくはなかった。
「徨葵殿に知らせを出す。恐らく気づいてはおられるだろうが、何か知恵を貸してくれるかもしれん」
「蘆谷道満のほうは?あれで諦めたと思うか?」
九郎の問いに玉城は首を振ってすぐさま否定した。
「あれがそう簡単に諦めるとは思えん。神の怒りに触れてすら懲りん奴だ。必ずまた何か仕掛けてくる」
「戦える連中には言い聞かせておくか。壱号館の人間たちはどうする?」
「壱号館の地下には湯屋を囲む結界よりさらに強力な結界を張ったシェルターがある。壱号館の従業員は何かあったらそこに入るよう佳純に言ってある」
九郎はそれを聞くと少し安心したように笑って立ち上がった。
「さて、俺も参号館に帰る。この腕でも指示くらいは出せるからな」
「無理をするなよ?浄化の光に焼かれた傷は痛む」
「わかっているさ」
苦笑しながら答えて九郎は医務室を出ていった。玉城も本当なら伊織のそばにいたかったが、それが叶わない今、やれることをしなければいけなかった。
執務室に戻った玉城は壱号館に内線をかけて被害がないことを確認した後、窓を開けてから自分の髪を1本引き抜いた。長い銀糸に息を吹き掛けると、それは小さな管狐に姿を変えた。
「徨葵殿の屋敷に行け。湯屋と伊織の現状を伝えるんだ」
玉城の言葉を聞いた管狐が窓からひゅっと飛んで行く。それを見送って玉城は戦闘のせいで弱まったり綻びができた結界を張り直した。いつもは伊織の力と自分の力を練り込んで作り上げる結界。それを今回は玉城の力のみで作り上げた。
客たちへの説明を終えた玉城が医務室に行くと、手前のベッドに律華が横たわっていた。包帯を巻かれてはいるが、そこまで顔色は悪くない。律華に付き添っていた藤華は玉城を見ると頭を下げた。
「律華の容態は?」
「それほど深い怪我はなかったようですが、先日の怪我が開いてしまったそうです」
「そうか」
玉城は不安そうな藤華の頭をポンと撫でて医務室の奥の部屋に入った。
奥の部屋では伊織がベッドに寝かされ、点滴を受けていた。その姿はすでに人間のものに戻っているが、顔色は血の気が失せて青を通り越して真っ白になっていた。
「玉城、客への対応ご苦労だったな」
入り口で足を止めた玉城に声をかけたのは湯屋の専属医師である紅だった。紅は人間で、きちんと医学部を出て医師免許を持っており、東洋医学や薬学、呪いにも通じていた。
「紅。伊織の容態は?」
「ひとまず命に別状ない。だが、最後の煙、あれは恐らく障気だろう。それを多量に吸い込んだことによって肉体が激しく衰弱している。普通の人間ならば死んでいた。伊織の体から迸ったあの光はなんだ?恐らくあれのおかげで煙も黒い玉も消し飛んだんだだろう」
「わからん。俺もあんなのは初めて見た。だが、あれは浄化の光だ。伊織は今まで鬼の力を使うことはあったが、陰陽師の力を使うことはほとんどなかった」
「鬼の力と陰陽師の力が相反するからか?」
紅の問いに玉城は「そうだ」とうなずいた。
「先祖返りのせいで大昔に交わった鬼の血が伊織は濃い。そして父親は鬼神と恐れられる徨葵殿だ。陰陽師としてより鬼としての性質のほうが強すぎた。それがわかっていたから雪音殿も陰陽師の力を使わせようとはしなかったし、徨葵殿も鬼の力の御し方を教えた」
「ということは、今まで眠っていた陰陽師の力が土壇場で目覚めたか。まあ、何はともあれそのおかげで伊織は無事だった。が、問題がある」
紅の言葉に玉城の表情が険しくなる。紅は白衣の胸ポケットから棒のついた飴を取り出すと包みを剥がして口に入れた。
「障気を多量に吸い込んだからか、陰陽師の力が覚醒したからか、意識が戻らない。それどころか陰陽師の力が暴走しているんだろうな。ここまで伊織を抱いてきた九郎の両腕は焼け爛れていた。お前も気づいてるだろう?」
紅の言葉に玉城は忌々しげにうなずいた。すぐにでも伊織のそばに行きたいのに、部屋の入り口から足が動かない。動けない。近づけば命が危ういと本能が警鐘を鳴らしていた。
「今伊織に近づけるのは人間か神だけだ。歯痒いだろうが、目覚めた時にお前がボロボロだと伊織が気に病む。無茶はしないことだ」
紅の言葉にうなずいて玉城は部屋を出た。すると、さっきは閉まっていた律華の隣のベッドのカーテンが開いている。そこには両腕に包帯を巻いた九郎が座っていた。
「九郎、すまん」
「気にするな。最初はなんともなかったんだ。ここに連れてくる途中でまた体が淡く光ってな。あれは妖を祓う浄化の光だ。危うく俺も祓われるところだったが、恐らく主殿が無意識に力を押し込めた。だからこの程度ですんだのさ」
そう言った九郎の両腕は指先から二の腕まで包帯が巻かれた痛々しいものだった。
「俺より問題なのは主殿の意識がいつ戻るかということだ」
「そうだな。見たところ体の衰弱も激しい。鬼の力が弱まったせいで陰陽師の力が覚醒したなら、今、伊織の中では相反する力がせめぎあっているだろう」
玉城の言葉に九郎は険しい顔をした。
「主殿は鬼の力のほうが強いだろう?もし陰陽師の力のほうが勝ってしまったら、主殿はどうなる?」
「わからん。陰陽師として目覚めるだけならよいが、最悪…」
言葉を切った玉城が唇を噛む。言葉には言霊が宿る。その続きを口にして言霊を宿らせたくはなかった。
「徨葵殿に知らせを出す。恐らく気づいてはおられるだろうが、何か知恵を貸してくれるかもしれん」
「蘆谷道満のほうは?あれで諦めたと思うか?」
九郎の問いに玉城は首を振ってすぐさま否定した。
「あれがそう簡単に諦めるとは思えん。神の怒りに触れてすら懲りん奴だ。必ずまた何か仕掛けてくる」
「戦える連中には言い聞かせておくか。壱号館の人間たちはどうする?」
「壱号館の地下には湯屋を囲む結界よりさらに強力な結界を張ったシェルターがある。壱号館の従業員は何かあったらそこに入るよう佳純に言ってある」
九郎はそれを聞くと少し安心したように笑って立ち上がった。
「さて、俺も参号館に帰る。この腕でも指示くらいは出せるからな」
「無理をするなよ?浄化の光に焼かれた傷は痛む」
「わかっているさ」
苦笑しながら答えて九郎は医務室を出ていった。玉城も本当なら伊織のそばにいたかったが、それが叶わない今、やれることをしなければいけなかった。
執務室に戻った玉城は壱号館に内線をかけて被害がないことを確認した後、窓を開けてから自分の髪を1本引き抜いた。長い銀糸に息を吹き掛けると、それは小さな管狐に姿を変えた。
「徨葵殿の屋敷に行け。湯屋と伊織の現状を伝えるんだ」
玉城の言葉を聞いた管狐が窓からひゅっと飛んで行く。それを見送って玉城は戦闘のせいで弱まったり綻びができた結界を張り直した。いつもは伊織の力と自分の力を練り込んで作り上げる結界。それを今回は玉城の力のみで作り上げた。
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