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神様は人の子を見る・10、霊山の神と神堕ちのもの

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 神社を飛び立った白羽は近くの霊山に向かった。静華に会いにくるときはいつもその山で寝泊まりをするのだが、今回はずっと静華の神社を宿代わりにしていた。
 霊山につくと様々な精霊が声をかけてくる。木々や植物の精霊たちは静華の周りの異変に気づいているようで、口々に無事でよかったと言った。
「いつもはここを宿代わりにするのに、今回はずっと静華の神社にいるのか?」
一際力ある声が白羽に尋ねる。大きな木の根本に降り立った白羽は恭しく一礼して笑った。
「いつもここを騒がせるのは申し訳なく。それに、今回はそばにいたほうが何かと都合がいいので」
そう言った白羽に声の主は小さく笑う。白羽の目の前に立っているのはこの霊山の神だった。
 昔から信仰の対象となってきた山。その山の神は力が強く、白羽や静華より長い年月を生きていた。
「静華のそばに、目のいい人間がいるようだな。静華がずいぶん気に入っていると鳥たちが教えてくれた」
「お耳が早い」
山の神の言葉に白羽が笑う。山の神は白羽の纏う気に穢れを感じて首をかしげた。
「どうした?珍しく穢れがあるな」
「実は静華が気に入りの人間が神堕ちに拐われまして。穢れの種を植え込まれたのを私の神域で癒しました。恐らくその名残でしょう」
苦笑して話す白羽に山の神は眉をひそめた。
「神堕ちとは、穏やかでないな」
「覚えておいででしょうか?数百年前、静華が神から堕としたものを」
白羽の言葉に山の神は記憶を探った。そして、思い当たるものを思い出した。
「ああ、いたな。人の子に過ぎた加護を与えたもの。確か、ただの人の子を神にしようとしていたのだったか」
「はい。何かしら特殊ならば許されることでしょうが、人ならざるものを見ることもできず、霊力が多いわけでもない。本当にただの人の子でしたからね。本人の意思どころか、あの子にはあのものの姿も見えてはいなかった」
「そのようなものを神にしたとて、不幸になるだけだ。そう何度諌めても聞く耳を持たず、結局力を与えられた人の子は狂って死んでしまった。それを重く見た神々の話し合いで神格を剥奪することを決めたのだったな。そして、それを実行したのが静華か」
山の神の言葉に白羽は深くうなずいた。
「そうです。あのとき静華は命までは取らなかった。それが、今になって仇となったようです」
「静華と、静華が目をかけている人の子が狙われたか。静華を恨むのは筋違いだというのに」
そう言ってため息をつくと山の神は白羽に目を向けた。
「それで?お前はその神堕ちのものの始末に我を使おうと言うのか?」
「使おうなど滅相もない。ただ、お力をお貸しいただければとお願いにあがりました。静華はあのとおりあの場を動けません。私だけでは力不足。どうか、稀なる目を持つ人の子を助ける力をお貸しください」
白羽が深々と頭を下げる。山の神はうなずくと小さく笑った。
「わかった。我も力を貸そう。とはいえ、我もここを動けぬ身。何ができるかはわからんがな。あの神堕ちをこの地に連れてくれば我が封じてやろう」
「ありがとうございます」
山の神の言葉に白羽は深く礼を言って山を去った。

 白羽が神社に戻ってきたのは翌日の夕方だった。
「やっと戻ったか」
「ああ。霊山に言って山の神の助力を願ってきたのさ」
社殿の屋根で出迎えた我は白羽の言葉を聞いてうなずいた。出掛けると聞いたとき、恐らく霊山に行ったのだろうと予想はついていた。
「そうか。ありがたい」
「私も霊山のそばの川で禊をした。もう問題ない。あの子はどうしている?」
白羽に尋ねられて我は眉をひそめた。
「体調を崩している。恐らく神域から出た反動だ。だが、体調が戻るまではここの宮司に世話になるそうだ」
「そうか。なら安心だな」
白羽はうなずくと我の愛し子がいるだろう宮司の住居に目を向けた。
「あの子が回復したら、今までどおり私がそばにいよう。今度は気づかれないように姿と気配を消して常にそばにいることにする」
「私もあの子に改めて加護を与えた。本人は気づいていないだろうが。また、あの子を狙ってくると思うか?」
我の問いに白羽は険しい表情でうなずいた。
「あの子を狙えばきみの気が乱れる。最悪神堕ちする。おそらくあれはきみの神堕ちを狙っているのだろう」
「愚かな」
白羽の言葉に我は唇を噛んだ。たとえ我が神堕ちしてもあのものが再び神になることはない。我に復讐するなど無駄なことなのだ。それでも誰かを恨まずには生きられなかったのかと思うと、あのとき我が殺しておけば苦しめずにすんだのではと後悔もした。
「我は、あのときあのものを殺すべきだった」
「そうだな。きみはあれにやり直して、別の生き方を見つけてほしかったのかもしれないが、結果としては生かしたことが仇となったな」
我の呟きに白羽は静かに答えてくれた。
「あのとき殺さなかったのはきみの優しさだ。だから、今度はしっかり殺してやるといい。今となっては、殺してやることが優しさだろう」
「ああ、わかっている…」
過去の過ちは自らの手で正す。あれを殺すのは我の役目だ。
「ま、そう気を張るな。あまり気を張っていると人の子らが怖がるぞ?」
そう言って笑う白羽に我も小さく笑みを浮かべた。

 愛し子が回復して家に帰るとき、約束どおり白羽もついていった。送り届けたら戻ってくるかと思いきや、戻ってきたのは深夜になってからだった。
「ずいぶん遅かったな?」
「ああ、あの子が眠るまでそばにいたからな」
「眠るまで?」
我が訝しげに眉を寄せると、白羽は苦笑して社殿の屋根に降り立った。
「気丈に振る舞ってはいるが、やはりひとりになるのは怖いと言った。だから、眠るまでそばにいたのさ」
「そうか、そうだな。今まで普通に生きてきた人の子だ。いきなりあのような目にあえば、恐ろしくもあろう」
考えが至らなかった自分を情けなく思いながらうつむくと、白羽は笑いながら我の頭をポンと撫でた。
「そんな顔をするな。外でのあの子のことは任せておけ。だから、ここにきたときはきみがあの子を可愛がってやればいい」
そう言って笑う白羽に我は呆れたように笑いながらもうなずいた。
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