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今だけは

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「テオ」

「‥‥‥はい」


「やってくれたな‥‥‥」




「まぁ、なんだかねぇ‥‥」

 バコン!っと良い音を鳴らしたテオドールの頭。
「てぇっ‥‥‥」
 頭を押さえしゃがみ込んだ。良い振り下ろしだった。
 眉間に皺を寄せたオリヴァーの渾身の一撃だった。

「なんだかねぇじゃないだろう!結局式には3人で歩いた事になるじゃないか!!!」

「‥‥腹は出てないでしょ‥‥まだあんなか細いのに‥‥
 それにリリィはコルセットはしてなかったようですよ‥‥。そんなもんは必要な」
 バコンっと再び良い音が鳴り響いた。
「そういう問題ではない!!!母体に負担であっただろうが!!だからあれ程式を終えるまでやるなと念を押したんだ!!!」

 オリヴァーのお叱りにテオドールは少し頬を膨らませた。
「‥‥嬉しくないんですか?孫が出来たのに‥‥」

「そんな訳あるか!!時期の問題だ!!予定がっ!!!
 狂うだろうが!!!!」
「あぶねっ」
 再び振り下ろされた拳を、今度はしっかりと避けた。

「式と同時進行になったのはまぁ、悪かったなって思ってますけど、俺は嬉しいですよ。」
「っ‥‥‥」

 そう言ったテオドールの瞳は、今日の哀しげなものとは掛け離れたものだった。

 ギリっと奥歯を噛み締めてオリヴァーはわなわなとどうしようもない気持ちを持て余していた。

「わっ‥‥私だって嬉しいに決まってるだろう!」
「それならなんで殴るんですか、やめてください。」
「ほんっとにお前はっ‥‥死にかけたと思ったら子供がっ‥‥もっとこう‥‥ぐっ‥‥どうなってんだお前はっ!!」

「いや、普通です‥‥。」
「こぉのっ!!」


 この気苦労と言葉が伝わらないしれっとしている浮かれた新郎に、ついつい手が出そうになる。



「まぁ陛下、はぁい、深呼吸しましょ。」
 そこに割って入ったのは、回復したロスウェルだ。

「‥‥だっ‥‥だっ‥‥‥メテオラにも行くんだぞっ?!」

「なんとかなるよなぁ?ロスウェル」
 何でもないようにテオドールはロスウェルに問い掛けた。

「あはぁ‥‥‥まぁ‥‥‥ははっ‥‥‥」
 ロスウェルはオリヴァーの顔色を見つつ、笑ってやり過ごそうとした。
「ほら、ロスウェルが大丈夫だって。」
「くっ‥‥‥もぉぉ‥‥‥」


 執務室の机に頬杖をついて頭を抱えた。


 今は5月下旬、メテオラのオスカー王子の王太子戴冠式は夏、ちょうどテオドールの誕生祭の前後になるだろう。


「安定期に入る頃でしょう。最大の注意を払い出席、または俺だけでメテオラまで行きます。陛下、世継ぎが出来たのに‥‥」

 困っちゃう。と言いたげなテオドールの表情に、ギンっとオリヴァーの目が光る。

「はぁっ‥‥まだ先で良かったんだが‥‥」

「こればかりは授かりものです。それに後悔などありません。むしろ俺は、この喜びを誰にも邪魔されたくありません。不満ですか?そんなに言うなら産まれても抱かせませんよ?」

「んなっ!!それが父に向かって言う言葉か!!!」
「おめでとうの一言くらい言ってください。」

「おめでとう!!!!」
 怒り顔で威勢のいい声を張り上げオリヴァーは言った。
 それへ、ロスウェルが花をばら撒いた。
 オリヴァーの気持ちを少しでも和ませたい長年の付き合いの意思を汲んでの行動だった。


 テオドールはニコッと笑った。

「ありがとうございます。父上。王子か、王女か、楽しみですね?」

「ああ!!!そうだな!!!!泣いて喜びたいところだが!!なんせ問題続きでな!!!うれし涙を流す余裕もないわ!!」

「ははっ、もう少し落ち着いたら公表しましょう。
 多少のズレならわかりません。ねぇ?父上?


 私だって、人知れず城下で産まれたのですから?
 余裕ですよね?ね?父上?」

「ぐっ‥‥おまえって奴は‥‥っ‥‥‥」


 それを言われたら何も言えないオリヴァーだった。
 作り笑顔のテオドールは、両手をパァンと叩いた。


「さっ!私はつわりが始まった妃の元へいかねばなりませんのでこの辺で。失礼致します。

 ロスウェル。」


「はぇ?」

 突然名を呼ばれ、素っ頓狂な声が出た。


「後で呼ぶから‥‥よろしく頼む。」

 そう言いながら執務室の扉を開けた。
 その顔は、真剣な瞳で、ロスウェルは戸惑った。

「‥‥はい、畏まりました。殿下‥‥」
「では‥‥私はこれで。」



 パタンと閉じられた扉、オリヴァーはぐぬぬっと目を細めて溜息をついた。

「まったく‥‥‥誰に似たんだ‥‥」
「陛下そっくりですけどね。」

 その言葉にまたしてもオリヴァーの目は氷の様に冷たくロスウェルに向けられた。

「ほら、妃殿下に出会う前の殿下そっくり、こわぁ」
「なっ!ロスウェルおまえっ!!」

 オリヴァーが立ち上がると同時に、ロスウェルはにこっと笑って指をパチンと鳴らした。


 早々とトンズラしたのだった。


「ったく‥‥どいつもこいつも‥」




 廊下を踏み締める音は少々激しかった。
 テオドールは真顔ながらに怒りに似た感情を抱いていた。

 時期が早かったのは悪かったと思っている。

 だが、あれ程言われるとなんだかムカムカしてくる。

 これは、この世の父には分かり得ぬこと。


 どれだけリリィベルとの子を望んでいたか、伝わるはずもない。


 再びやってきた我が子を、喜んで欲しかっただけだった。
 まだ捨てきれぬ哀しさと後悔。


 それでも分かってくれると思って居た自分は少々浅はかだった。




 けれど、邪魔をされたくない。





 やっとの思いでした決心。




 この世界での自分の役割はわかっている。


 だが、その前にする事がある。




「‥‥‥‥今だけは‥‥‥」


 そう、今だけは許してほしい。


 何と言われようとも、今だけは‥‥‥。





 早足で向かった先、皇太子妃の部屋。
 扉を開けるとリリィベルは窓際にある椅子に腰掛けて窓の外を眺めて居た。


 ぼぅとしているのか、テオドールの訪問にも気付かないようだった。


 目の付かぬところでカタリナは控えていた。
 カタリナはすぐに気付いたが、テオドールは自身の口に人差し指を立てて微笑んだ。

 その仕草にカタリナは安心したように笑みを受け頭を下げた。

 カタリナは妊娠しているリリィベルが心配でたまらなかった。表情も優れない様子にこうして控えているしか出来なかったのだろう。



 テオドールと代わるようにカタリナは部屋を後にした。
 テオドールはそっと静かにリリィベルに近付いた。

「ふぅ‥‥」

 外を眺めながらリリィベルは溜息をついた。

「おやおや、外に飛び出したい小鳥のようだな。」

 聞き慣れた声にハッとしてリリィベルは振り向いた。
「テオ!‥‥いつ‥いらしたので‥‥」

「今だ。どうした、気分が優れないか?」
 その言葉にリリィベルは少しだけ俯いた。
「まだ・・・信じられなくて・・・。」

「・・・・・そうか・・・・・・。」

 つわりは昨日が初めてだった。結婚式の準備に追われて月のものの周期も本人も忘れていた。
 本当に自覚は全くなかったのだろう。

 テオドールは、リリィベルの頭をポンポンと撫でて微笑んだ。
「つわりは個人差だからわからないが、あまりおまえの苦しむ姿は見たくないな。」
 優しい声色がリリィベルの気持ちを落ち着かせる。
 温かな掌にリリィベルは少しだけ口角を上げた。

「・・・・テオは・・・・」
「・・・ん?」

 リリィベルは言葉に詰まり俯いた。
 テオドールはリリィベルの想いを少なからず感じ取っていた。
 無理もない。この世で子を授かったとは言え、
 前世を思い出した今、素直に喜べないこのもどかしさを・・・・。
 どう思えばいいだろうかと。

 だが、テオドールは確信していた。


 テオドールは、リリィベルの前に片膝をついた。そしてリリィベルの手を取りそっと手に口づけた。

「リリィ・・・心配いらない。」
「・・・テオは・・・テオは・・・・。」

「・・・・運命だって・・・言ったろ・・・・?」

「・・・・・・。」


 リリィベルの感情は複雑だった。テオドールの言葉が胸に突き刺さり
 慰めにもなり、つらい過去を思い出す。

 それが涙で、思いを現すしかできなかった。

 言葉にできないその思いを、テオドールは、今は抱きしめてあげることしかできない。


 それでなくても、妊娠中の感情の波がこれからどんどん激しくなるだろう。
 テオドールは、リリィベルを抱きしめる手に力を込めた。





 今夜・・・夜空の下で・・・・。


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