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天の定め

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「あぶなっ‥‥、大丈夫か?」

 馬車の目の前に女の子が飛び出してきた。それをテオドールがひょいと抱き上げた。

「わぁ!お兄ちゃんありがとう!!」

 その両手には男の子と女の子の人形を抱き抱えている。
「よそ見してたら危ないぞ?その人形ごと潰される。」
 テオドールは優しく女の子に言った。


「こうたいしさまとおきさきさまの人形がつぶれたらたいへん!!」
 目を大きく開いて慌てた女の子。
 そばで見ていたリリィベルは、2人に寄り添った。

「危ないから本当に気を付けないとね?」
「うん!ありがとう!」

 女の子は最後に満面の笑みを浮かべて2人の元を去っていった。その人形を大事そうに抱えながら。

 それを見送りテオドールはリリィベルを見ると静かに笑みを浮かべた。


「そんな顔するな。大丈夫だ。」

「‥‥‥はい‥‥‥‥」

 無意識に、テオドールの行動が前世の暁とリンクする。
 きっと恐怖心を抱いたのだと、すぐにわかった。


「だからお前も‥‥‥2度と手の届かない所へは行かないでくれ‥。」

 リリィベルの手の甲に口付けしてそれを願う。
「もう‥‥あなたから離れません‥‥。」

「あぁ、そうしてくれ‥‥。」


 そうして一息ついたところだった。

 馬車は避けたし、女の子も助かった。



 けれど、何が起こるかだなんて、生きている人間には予測することはできない。



 ここは人通りも多いし、道は広く馬車もよく通る。
2人の後ろを馬車がまた通り過ぎた。

今し方通り過ぎた馬車は石畳の道を勢いよく通り、でこぼこの石に大きく弾み、ガシャンと大きな音を立てた。
 その音に振り返った時、それは勢いよく飛んだ。
 音がした方へ向いた時、目の前にハリーの焦った顔が見えた気がする。






 やぁ、人生は・・・・どうだった。







 辺りは一転して暗くなり、目を開いているのか閉じているのか分からなかった。

 ただその一言だけが響いた。




「ここは・・・・・どこ・・・・?」


≪結婚式はどうだった?念願の結婚式だ。涙無くして語れまい・・・。≫


「おいっ・・・その声・・・・」




 アレクシス・・・・・・。



 あの結婚式前夜以来、アレクシスの声は聞こえなかった。
 ステンドグラスのアレクシスの元、結婚式を挙げた。





≪残念なことに、そなたの魂は、私の前にある。だが、お前は約束通り、
 あの子の魂を返すことなく過ごせた。それは褒めてやろう・・・・。


 よくやった・・・・これで・・・・罪は償えたことだろう・・・・・。≫


「罪・・・・?なんの・・・・?」



≪お前は前世で一人を消したのだ。それが彼女の願いであっても・・・。

 私は願いを聞く代わりに誓っていた。必ずや、お前に罪を償わせるとな・・・・。≫




 全身が震えた。だが、手を開いて握ったところで姿は見えない。何も確認できない。
 ただ、アレクシスの声だけが届いてくる。


≪そなたの使い者が必死に私を警戒していたようだが、無駄な足掻きよ・・・。
 私の力に介入するなど、不可能。私はそなたに・・・天罰を下したのだ。≫




 天罰・・・・。


 ああ、そうか、俺が礼蘭に縋り、消滅させたから・・・・・。


 俺は、罰を受けているんだ・・・・。



≪よかっただろう?この人生は・・・。満足できたか?≫


「・・ああ・・・・そうだな・・・・俺は・・・・礼蘭に会えて・・・・

 愛し合って・・・結婚式を挙げて・・・・・



 とても・・・っ・・・・幸せだった・・・・・。」


 身体と頭は・・・だらりと力が抜け下を向いた。




 そう、言われるということは・・・・。


 俺は・・・・




≪ああ・・・そなたは死んでしまった。≫



 心を読んだアレクシスから告げられた。それは・・・胸にぐさりと刺さった。



「・・・俺・・・死んだの・・・・?」

≪ああ、まるで前世の礼蘭のようだな。痛くはなかっただろう?≫


「・・・礼蘭も・・・痛くなかった・・・・?」


≪ああ、なんせ一瞬の出来事だった・・・。≫


「・・そっか・・・それは・・・・よかった・・・・・。リリィは・・ケガはしてないか・・・・?」



 出てきた言葉、死んだ事実より残してきたリリィベルの安否だった。


≪無事だ。まあ・・・そうだな、身体は無事だ。≫

「・・・死んだ俺を・・・」


≪ああ、泣き崩れている・・・。昔のそなたのように・・・・≫





「そうか・・・・そっかっ・・・・やっぱり・・・・・・。」



 両手で顔を覆った。




 俺たちは、運命の番(つがい)と言いながら‥これ以上の時間を過ごせないのか・・・。



≪私は、そなたを・・・・月で飲み込んでしまいたかったのだ。


 私の言い伝えを覚えているだろう?なぜ、私が神と崇められる世界で生まれたのかを・・・。


 そなたと礼蘭の魂が出会い、願いを叶えた時、私はそなたの運命を生まれた時から決めていた。


 人ひとりを消してしまうのは、私にとっても罪なのだ。その代償は必ず払わねばならない。


 そなたらの願いを叶えた後は、もうお前に残る願いはあるまい。≫




「はっ・・・・そんなっ・・・願いなんてっ・・・・」



≪山ほどあったか、それは悪いことをしたなぁ・・・だが、

 星を生かす代わりに、そなたが犠牲にならなければ、月と星の均衡は保てない。



 それがそなただ・・・・。≫




「・・・・・リリィっ・・・・・。」




 また、俺たちの手は、離れてしまったのか・・・・・。

 あんなに一緒にいると誓ったのに・・・・。俺たちは・・・・。



 ただ、同じ時を生きていたかったのに・・・


 欲張ったから・・・?前世と今を両方抱えたまま、俺たちが気持ちを通わす事が・・・・。




 だって、仕方ないだろ・・・。





 こんなに愛してるのに・・・・。





「リリィっ・・・・っっ・・・リリィっ・・・・・。」





 約束したのに・・・・。また、守れなかった・・・・。


 お前は今・・・・泣いている・・・・?


 俺の味わった絶望を・・・。お前にも与えてしまうなんて・・・・・。


≪はあ・・・。さあ、次の世へ、案内するよ。


 そなたの罪は償われた。魂は続き巡るのだ・・・・。永遠に・・・・・。≫




「・・・・リリィの・・魂が居ない・・・・世界へ・・・・・?」


≪同じことを・・・言うんだな?そして言うのだろう?






 愛する者の魂が居ない世界は嫌だと・・・・。≫



「・・・・ああ・・・そうか・・・・・礼蘭も・・・・そう言ったんだな・・・?」



≪そしてそなたが鎖で繋いだ。死に急がなければ・・忘れられずにいたものを・・・・
 そなた一人の為に、人々の記憶と生命を歪めた礼蘭も、礼蘭の魂を離さなかったそなたも・・・。


 さあ、今世のリリィベルに罪を償わせるのは嫌だろう?


 大人しく逝ってくれ。そなたの人生は、ここで終いだ。≫





 ああ・・・・いやだ・・・・リリィ‥‥お前と離れるのは・・・・・。


それでも今度はお前じゃなくて、俺で良かったと‥‥。




こんな気持ちか‥‥‥愛する人が怪我をせずに済んで、
死んだのは自分だと思えば‥



また失ったら‥‥‥正気を保つことは出来ない。



これでいい。死ぬのなら、俺で良かった‥‥。


それに決めていたと言ったな‥‥。





《ああ、お前の命はここで終わりだ。天の定めだ。》
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