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琥珀色の月

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 静かな波、打ち寄せる大きな波。
 夜は長く2人を、溢れる涙と共に包んだ、もう離れないように繋いだ。



「‥‥‥ご苦労だった。ロスウェル。」
「はい、陛下。」


 皇帝の執務室で、オリヴァーの前に片膝をついたロスウェルいた。
 窓から外を眺めたオリヴァーは、ふっと笑った。

「この花火も、テオが?」
「ええ、事前に計画されておりましたので‥‥。」
「そうか‥‥‥。」


 夜空に舞って散る花火はしばらくの間、止むことはなかった。

 今頃2人は初夜を過ごしていることは周知の事実。
 その時を見計らって花火を上げるという演出まで考えていたテオドールにオリヴァーは呆れた笑みが止まらない。


「無事に、済んだな‥‥本当にお前には苦労ばかり掛けたな。」
「殿下と妃殿下の為でございますから‥‥。」
「随分真剣な顔で、この日を過ごしていたな。」
「‥‥‥なにごとも‥‥起こらぬよう‥‥用心しておりましたから‥‥。」


 今日のロスウェルは、神殿での出来事以降焦る気持ちを隠せていなかった。それくらい用心していたようだ。

 夜空には月と星が輝いている。
 大きな月を包む様に星が瞬いている‥。



「この日を無事に終えられて本当に良かったです‥。」

「ああ、これでテオドールも、妃を持つ皇太子となった。
 一安心だ。」

「‥‥はい、陛下‥‥」


 戸惑いながらロスウェルは返事をした。



 今この時も、月と星が混ざり合おうと必死でもがいている。
 そんな感覚をヒシヒシと感じていた。





 帝国は、皇太子の結婚に祭が夜通し行われている。
 笑い声が絶えない帝国、暁色の空になる頃、静まった。



「リリィ‥‥。」

 薄暗い部屋、カーテンの隙間からあふれる陽に照らされてテオドールは疲れ切ったリリィベルをその腕に抱き締めていた。


 汗が引いたリリィベルの素肌は滑らかで、テオドールはその腕を撫でて温もりを味わった。

 少し身震いして、テオドールの胸にピッタリとくっついたリリィベルに笑みを浮かべた。

「リリィ‥‥」


 飽きる程、声が掠れるほど、一晩中名を呼んだ。
 今世と前世の名を‥‥。
 ずっと、喉につっかえていたその名前を呼ぶと、
 その身体は震え上がるほど悦んでいた。

 そして、涙となり、愛が増えていった。


 戸惑いはしない。違和感もない。
 どちらも同じ魂。


「‥‥れい‥‥」


 ふと、その名を呼んで、テオドールは涙を浮かべた。


 真実は、悲しく残酷なものだったが‥‥

 それでも‥‥‥



 前世での、礼蘭の愛を重く胸に刻んだ。

 泣き崩れた日々‥‥。


 そんな自分に出した礼蘭の答え。



 アレクシスの言った通り‥‥俺は死にたかった‥‥。

 礼蘭の居ない世界は‥‥虚しかった‥‥。



 今ですら、夢じゃないかと不安が込み上げる。

 披露宴の間、少し変わったリリィベルである礼蘭の戸惑いが、繋いだ手から、その愛しい瞳から感じていたから。



 しっかりしなきゃ‥‥不安に駆られてはいけない。

 きっと、2人でそう思っていた。




 まだ、幻じゃないかと‥‥。


 どんなに身体を繋いでも不安が入り混じる愛が止まらなかった。


 夢じゃない、夢じゃないと、そう言い聞かせていた。



「現実だよ‥‥」
 リリィベルの寝顔に、自分に、そしてリリィベルに伝えた。

 この興奮した魂が、落ち着くまで‥‥。何度も。


 さっきまで泣いていたリリィベルの顔を思い出して、子守歌のように・・・・。
 魔法の呪文のように。




 正午前、リリィベルは目を覚ました。そばにはテオドールの寝顔があった。
「・・・・・テオ・・・・。」

 この綺麗な銀髪と暁色の瞳はこの世界での彼の特徴だ。
 皇族に受け継がれる暁色の瞳・・・。そして母親譲りの髪・・・。


 こうして瞳を閉じた姿で、まだカーテンがかけられた薄暗い部屋の中にいると、
 彼の銀髪は闇に包まれて、前世を思わせる黒髪に見えた。

 それがなんだか切なくて、愛しくてまた少し涙が出そうだった。



 〝礼蘭〟と呼ばれると、涙が止まらないのは・・・どうしようもなかった。

 呼ばれると、魂が反応し止められない。
 だからと言って、すでにリリィベルの人生と溶け合っている。
 そこに礼蘭の記憶が混じり合っただけ。

 生まれ変わっても愛は変わらない・・・。



「・・・・ぁ・・・・・。」

 ふと彼の髪に触れ、自身の左手の薬指の指輪が目に入った。
 前世で彼にもらった指輪が、結婚指輪。そして、前世と同じデザインの婚約指輪。

 その指輪に、笑みを浮かべてそのままテオドールの髪をさらりと撫でた。


 前世で用意していた結婚指輪は、私たちの指にはない・・・。

 その代わり、用意した二つを分けたピアス。


 テオドールとの思い出は、前世とは違い少ないけれど愛の詰まった時間だ。


 誕生祭で自分を見つけたと言ったテオドール。
 その瞬間から、礼蘭だと気づき愛してくれていた。



 だから・・・あんなに早く婚約してしまったのね・・・・。


 理由はそれだけではなかったけど・・・・。


 全力で、愛してくれていた・・・・・・・。


 私を礼蘭だと知りながら・・・・。



 生まれ変わっても、覚えていてくれていたのね・・・。





 アレクシスが・・・テオドールに指輪を返してくれた。



「・・・・あとで、彼の話も聞いてみたいわ。」
 小さな声でリリィベルは呟いた。
「彼って誰だよ。」
「っ・・あ・・・起こしてしまいましたか?」

 目の前には少し不機嫌そうなテオドールの顔があった。
「ひどいだろ・・・。俺の前で誰の話をして笑ってるんだ?」
「ふふっ・・違います。アレクシスの事でちょっと・・・。」
「アレクシス?・・・・」

「・・・あとで・・・またお話しましょ・・・?」

 そう言ってリリィベルはテオドールの首に抱き着いた。
 その体を抱きしめて、テオドールは不機嫌だった表情を和らげた。

「・・・・おはよう・・・俺の女神・・・・・。」
 そう呟いて、瞳を閉じた。





 ベッドの中でひとしきり笑い、ハートを飛ばす2人は、扉をノックする音でピタリと固まった。

【そろそろ目覚めてはくれないか?今日もパーティーが控えているんだが?】

「げっ・・・・」
「ぁっ・・・テオっ・・・・今何時ですっ?」

 テオドールは顔を歪めたが、リリィベルは恥ずかしそうに頬を染めてあたふたとシーツに潜った。

 父親が直々に起こしに現れた。テオドールは溜息をついた。
 皇帝は自らその足を運んでくる。普通小説の皇帝はそれほど動かない。
 それがテンプレだと思っていたが、うちの皇帝陛下はフットワークが軽い。

「少し待ってください。」
 面倒くさそうにテオドールはベッドの下に転がったガウンを拾い羽織った。

 そして、扉をうっすらと開き、不服そうな顔を父に向けた。

「皇帝陛下自らお声掛け頂けなくてもよろしいのでは?」
 そうするとオリヴァーはにっこりと笑顔を浮かべた。
「再三にわたり、従者は扉を叩いたそうだ。だが残念な事に聞こえなかったようでな?
 他に誰が盛大に叩く事ができると思う?私だ。この国の皇太子の父で皇帝だからだ。わかったか?」

「・・・・めんどくさっ」
「ちっ・・・これでも待ってやったんだ。さっさと支度しろ。」
 悪態ついた息子に、父は素で返した。

「ほら、カタリナとベリーが入るぞ。お前も準備しろ。まだ結婚式は終わってないんだ。」
「へいへい・・・。」


 皇帝と皇太子の端からベリーが堂々と通り部屋に入る。そのベリーの背にくっついてカタリナも部屋へと入った。

 ベッドの中央でシーツを体に巻き付けて、恥ずかしそうに俯いているリリィベル。

「おはようございます。妃殿下。」
 ベリーの温かい笑顔がリリィベルに向けられる。その笑顔がさらに恥ずかしく朝帰りをした学生のような気分だった。

「ぁ・・・おはよう・・ベリー・・・きょっ・・今日もよろしくね。」

 ぐるぐるにまいたシーツのままカタリナの手を取りベッドから離れた。テキパキとシルクのガウンに包まれようやくシーツからおさらばした。
「妃殿下、温かい香り湯を用意してありますので、そちらへ・・・。」
「うん・・・。そうね・・・。香り湯・・。」



「・・・・・・。」
 テオドールは、リリィベルのその背に目を向けた。そして、大きく口を開いた。

「俺も入っ」
「お控えください皇太子殿下。」
 間髪容れずに、ベリーが厳かにそう告げた。
 ‥‥‥目を据わらせてテオドールはベリーを見た。
「いいじゃねーか。もう夫婦だぞ。」
「・・・・長くなります故、今夜にでも好きになさってください。」

「ちょっ・・・ベリーっ・・・・。」
 真っ赤な顔をしたリリィベルが振り返った。

「だってよ!リリィ!」

 満面な笑みを浮かべたテオドールが自身のバスルームへと向かった。


「もぉ・・・・」

 煙が出そうだった。元々テオドールも暁も明け透けな人間だった。
 それを思い出したリリィベルだった。




 夕方から始まったパーティー。テオドールとリリィベルは磨き上げた体を揃いの衣装を身に纏いホールの真ん中で踊る。

 その姿をハリーとリコーがじっと見つめていた。

「・・・・ハリー、射殺せそうよ?」
 ハリーの真剣な瞳を横目で見たリコーが呟いた。
「そんなわけないだろっ。見てんだよ。」
「それは分かるけど、なんでそんな険しい顔なの?」
「・・・・警備だよ。」
「ここはロスウェル様が結界を張ってるから安全よ。昨日も今夜も虫一匹入れないわ。」

「・・・・そうだけどさぁ・・・・一応、な・・・・。」

 ハリーが気にしているのは、侵入者ではない。

 昨日から月が琥珀色で大きく輝いている。そして、星が控えめに輝いているのが、神秘的で不気味だったのだ。

「・・・・・ぅーん・・・・・。」

 ホールの中心で踊る2人は、ハリーにはもう黒髪にしか見えなかった。

 テオドールの暁色の瞳も、茶色味がかったような瞳だ。リリィベルもふんわりとしたゆるいウェーブのかかった長い髪が黒髪だった。


「・・・ロスウェル様も・・・気づいてるよな・・・・。」
 そう呟いて、皇帝のそばで控えている煌びやかな衣装を着たロスウェルを見た。
 真剣なその眼差しを見る限り、きっと自分と同じのようだ。
 そして・・・・。

 国賓としてきたレオン(父)もそうだ。
 信じられないものを見ているような目で二人を見ている。
 さすがに、最高位の魔術師だ。


「・・・・やっぱ、俺たちだけなのかな・・・・。」
「なにが?」
「いや・・・わかんねぇならいいよ。めんどくせぇし。」
「なによそれっ!失礼ねっ!私は妃殿下の護衛なんだからね!なんかあるなら言いなさいよ。」
「いや、しんどい。」

 そう言ってそこから姿を消した。

「あっ!・・・・ったくっ・・・年下のくせに生意気ね!」
 リコーが眉間にしわを寄せてそう言った。


 城の外に転移したハリーは、琥珀の月を見上げて険しい顔をする。

「・・・なんでそんなに・・・飲み込もうとするんだ?」


 これが、月と星の言い伝えなら・・・・アレクシス神の力なら・・・・

 テオドールはなんだというのだ。



「・・・・この月を止める事は・・・できるかな・・・・・・。」


 ハリーがそう呟いた。

 今の幸せそうな2人を、守りたい・・・・・。

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