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生涯の恋 2
しおりを挟む「暁がいないなんて嫌っ‥‥私はっ‥そんなの‥‥‥」
心細くて、寂しくて、悲しくて
本当に進む先が暗闇があると思ったのは初めてだった。
いつも、少し前を歩く暁が居てくれた‥
この手を引いてくれる人が‥‥‥目の前に居ない道。
アレクシスは、はぁ‥とため息をこぼして髪を掻き上げた。
《仕方ないんだ。君は死んで‥》
「やだ‥‥っ‥‥‥怖いっ‥‥‥。」
《大丈夫だ‥‥私がちゃんと送り届けよう‥‥きっと新しい恋人が》
「私はっ‥‥暁しかしらないっ‥‥好きにならないっ‥」
《君の今の記憶は無くなるから心配ないよ。》
「怖いっ‥‥こわいっ‥‥あきっ‥‥‥あきっ‥‥‥」
どこまで手を伸ばしても、喚いても
私は死人だった‥‥‥。
生きている暁に手が届くはずなどない‥
2度と、会えない‥‥‥私は生き返りはしない‥‥‥。
自分が死んでしまうなんて、大抵思わない‥‥。
生きることに疲れても、明日がしんどく思っても、
死にたいと思っても、朝はやってくるって‥‥
そう思ってた。
でもいざ死んでしまったら、魂の感情は消える事なく、大切な人を残してしまった死人の自分も、
こんな気持ちになる。
誰も見たことのない死後の世界。
大切な人と離れるかもしれないと言う覚悟は、誰も持ち合わせて居ない。
「あきっ‥‥‥暁っ‥‥‥‥。」
体をギュと縮こませて泣いた。
あんなに幸せだって日々が‥‥一瞬で変わるなんて。
暁は‥‥
暁の生きる姿を、年老いていく姿をこの目で見る事はできない。
《‥‥‥そんなに苦しいのなら、私は尚更次の人生を進めるよ。早くこの悲しさを手放しなさない‥‥。》
アレクシスが礼蘭の手を掴んだ。
掴まれた手は、暁と違う。
「あぁっ‥‥いやっ‥‥‥待ってっ‥‥待ってぇっ‥‥‥。」
大粒の涙が宙を舞う。
この人の言っている事はきっと正しいのだろう‥‥‥。
暗闇を進めば、何もなく、暁を愛して居た事も‥‥。
お腹の子供も‥‥何もかもなくなってしまうのだろう‥‥。
ああ‥‥‥嫌だ‥‥‥怖い‥‥‥。
《君がそんなふうになるのだって、冥福を祈らないせいだ。
安らかに眠れない事が‥‥受け入れられないから‥‥。
君の夫は‥‥君に依存し精神を崩壊させ、君に手を合わせる事もない。
大丈夫、消えてなくなるんだ。そのすべてが。》
少し強引に手を引いて礼蘭は光の方へ進む。
けれど、礼蘭にとってそれは光などではなかった‥‥。
ガシャンッ‥‥‥‥
《ん‥‥‥なんだ‥‥?》
引いていた礼蘭の身体が動かなくなった。身体が引き留められる様に。
「きゃあっ‥‥っ‥なにっ‥‥っ‥‥‥」
よろめいて、礼蘭はしゃがみ込んだ。
《なんだこれは‥‥‥。》
アレクシスは眉を顰めた。
座り込んだ礼蘭の両手に巻き付く鎖が見えた。
礼蘭は、目を見開いた。まさに手錠だ‥‥‥。
「ぁ‥‥‥」
後ろから両手首を掴む様なその鎖を見て、愛しさがつのる。この手首に巻き付いているこの鎖が・・・。
それはやがて全身を包み込んだ。
暖かさはない。
銀色に光る冷たい鎖だ。
≪なんと・・・信じられないな・・・。≫
アレクシスは怒り、その鎖に手を伸ばす。
≪愛する妻にこんな鎖をかけるなんて・・・。≫
アレクシスは目の前に右手をかざしてスッと目の前にスライドさせた。
そこに映し出された光景は、想像を超えるものだった。
≪チッ・・・・ふざけたことを・・・・。なんという執念だ・・・・。≫
「暁っ・・・・暁っ・・・・・」
目の前に映し出された光景に、礼蘭は両手をついて這い寄った。
アレクシスが映し出した光景はもやもやと揺れ見えた。
暁が、死人となった礼蘭の体を抱きしめて涙を流していた。
冷たくなった礼蘭の体を温めるように抱きしめる。
嘆きの涙を流し、固くなった体に腕枕をして・・・・。
「あきらっ・・・・・あきっ・・・・・・。」
その暁を見て、礼蘭の鎖がシャランと鳴る。これは暁の執念と愛だ。
その音すら、愛する事が出来た。
自分を放すまいとする。けれど、その見たこともない泣き顔は心を抉った。
「あきっ・・・・・ぁきっ・・・・・。」
手を伸ばしても、触れられない。死人の礼蘭に暁は触れられるのに、
その温もりを感じることは出来ない。
確かに抱きしめられているのに・・・・何も感じる事は出来ない。
涙はとめどなく溢れて手をついた場所を通り抜けて底のない闇に落ちていく。
泣いてる暁の顔に・・・。心の中で後悔が石のように重なる。自分の選んだ行動が引き起こした事だ。
目が充血し、こすった涙に頬が赤くなる。赤くなった鼻先もすべて
自分が起こした行動ゆえだ。
それでも生きていられたなら・・・。暁の側に居られた未来があったのなら・・・・。
守れた事に後悔はないのに・・・・こんなに悲しい。
暁の時は流れ、死人の自分を見る光景に、虚しさが増えていく。
流れていた涙は、止まらないけれど・・・・。
連れて行くなと・・・・泣き叫ぶ暁の愛が・・・・・。
痛くて・・・痛くて・・・・悲しい。
私が生きていたならば・・・・。暁はこんなに苦しむことはなかったのだ・・・・。
それでも、人を助ける事に理由などない。
命をつないだ女の子も・・・無傷で居られた愛する人も・・・・。
私の行動は間違っていなかったけれど・・・・残された暁はどんな絶望の涙を流しているのだろう。
「っ・・・・暁・・・・・暁っ・・・・・・・。」
冷たい唇に、キスをする暁を見た。ドラマのワンシーンのような・・・・。
けれど、どこか他人事に見えた虚しさ・・・。
確かに自分にキスをする・・・。それでも温もりは感じない。
甘くて熱い・・・・暁のキスを・・・・受け止めることは出来ない。
もう二度と・・・・暁の元へは戻れない・・・・。
死しても尚、暁の愛が纏わりついているのが・・・・唯一の幸福だった。
「っ・・・暁が・・・・行くなって・・・・。」
≪そんな物巻きつけていたら、君は生まれ変われないだろう。≫
「そんなのいい・・・・っ・・・暁が泣いてるの・・・っ・・・・私を呼んでっ・・・」
なんて切ない声・・・・行き場をなくした愛情・・・・。
暁は、こんなに自分を愛している。自分がいなくなった事で・・・・。
私は駄目ね・・・・。
死に別れても・・・・暁の愛がうれしくて・・・・。泣いてる暁に触れたい・・・・。
そしたらいつか・・・手が届くかもしれないと・・・・。
これは夢だと・・・・。
悪夢だと・・・・。
タキシードを着た暁の隣をウェディングドレスで歩く私の明日があるんじゃないかと・・・・。
≪君までそんな風になってしまったら・・・どうするつもりだ?浮遊霊になるつもりか?≫
「っ・・・・このまま・・・暁の側に居たい・・・っ・・・離れたくないっ・・・・。
暁の居ない世界は・・・行きたくないっ・・・・行きたくないよっ・・・・」
現実はこんなに残酷で、死に別れると生まれ変わり、生きている人達と交わることのない人生が待っている。
ただ、暁だけの時間は過ぎていく・・・。
私の心は此処に残ったまま・・・・。
「あいしてるっ・・・・・あいしてるよっ・・・・。」
返事をするように、暁に向かって呟いた。
ずっと、離れないと、いつも言っていた愛の言葉・・・。
返事をするのに、届かない・・・。
もう二度と・・・届かない・・・・・。
それでもあなたの側を離れたくない‥‥‥。
鎖で繋いで居られるのなら、そうしていて欲しい‥‥。
けれど、泣き崩れる愛する人を、こんなふうに見るのが
とても苦しかった。
暁の時は刻々と過ぎ、身体ごと離れる瞬間は訪れる。
《天国なんて行くなっ!!!俺がいないところになんて行かせるなぁぁ!!!!!!
あぁっ‥‥やめてってぇ‥‥‥っうぅ‥‥やめぇ‥‥‥って、ねぇ!!!‥‥れいら連れてかないでっ‥‥‥
おれもっ・・・おれもいっしょにっ・・・うぅぅぅっぅうあああああああああああ!!!!!!!
やめろぉぉっっ・・・あぁぁぁぁぁっ・・・・・・・れいらぁぁぁ!!!!》
「っ‥‥‥ぁぁっうぅぅぅ‥‥‥っ‥‥」
暁の泣き叫ぶ声が、自分の身体がなくなる事が‥‥
両親達の泣き顔が、この世に未練を残させる。
《これ以上は君が見ても仕方がないよ。
はぁ‥‥‥その鎖を外そう。》
アレクシスが礼蘭の手に触れようとした。
《生きている人間は、時を刻む‥君を失った悲しみが今すぐ消える事は無くても、彼らの時間は進みいつかは痛みが和らぐ事だろう‥。そんなに心配しなくていい。》
その言葉は、残酷で真実だった。
例え大きな傷を体に負ってもその裂けた傷がくっついていくように‥‥。
この悲しみも時が経てば‥‥少しは薄れていくだろう‥‥。
どんなに悲しくても、必ず‥‥彼らに朝はやってくる。
生きていれば‥‥必ず‥‥。
このままでいるはずがない‥‥。
「‥‥‥‥‥‥」
礼蘭の瞳は暗闇に支配され、黙ってアレクシスを受け入れた。
冷たい鎖が一つ一つと解けていく。
それを眺めながら涙をこぼした。
私に朝は、永遠に来ない。
ここを抜け出さなければ‥永遠に‥‥‥。
身体もない、心も無くなる‥‥。
それでも、暁を愛していたかった‥‥‥。
でもそれも、叶わない‥‥。
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