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月の記憶 〜赤と黒〜
しおりを挟む「ご結婚おめでとうございます。」
「「ありがとうございます!!!」」
8月10日、正午に2人は役所に婚姻届を提出した。
役所を出てからすぐ、暁は礼蘭を抱き上げてクルクルと回った。
「礼蘭!如月礼蘭!!!」
真上から見た満面の笑みで幸せそうにそう叫んだ。
「はぁーーーい!!!!」
「いい返事!!100点満点!!」
降ろした礼蘭を人目憚らずに抱きしめた。
噛み締めた。この瞬間を。
身体がゾクゾクするほど、幸せが溢れた。
「やっと俺の礼蘭だっ‥‥‥俺とれいが夫婦になったぞ!」
「ふふっこれから宜しくね、ご主人様?」
「ははっ俺についてこい!!お嫁さん!!」
気が済むまで、抱きしめた。すれ違う人達に笑われても、
2人の笑顔に人々は笑った。ノリよく拍手してくれる人もいた。
思い描いていた未来は現実となり、夫婦になった。
新しく作られる戸籍は俺を夫として、その妻、礼蘭の名前が刻まれる。
俺達が家族になった。
語彙力飛んでいくくらい。言葉が見つからない。
ただ、幸せだと‥‥心からそう思った。
その夜も、2人の家族が集まり泣き笑いで大宴会となった。
プロポーズから今日まで、2人の周りは笑顔で満ちていた。
2人の両親が生まれた時からの2人の大量の写真を持ち寄った。その数は数え切れず、中の2人は笑ったり、泣いたりしている姿があふれた。写真の中でも2人はいつも一緒だった。
この写真達は、結婚式でも使う予定だ。
たくさんの写真も見ながら、静かに笑う楓と悠。
父親達は酔っ払って大声で笑っていた。
「あ、これ可愛いね。ほら、病院でさ、4人で撮った写真だわ?」
「あーホント!懐かしい‥‥暁は女の子?ってよく聞かれたわね。」
「そうだったぁ~。青い服とか着せてさぁ~色で男の子ですって主張してたわ。ふふふっ。ま、それも常識よね?女の子ですか?ってのは」
「あはは!それもそうね?!でもホント、双子?って言われてりしてね?いやーここに母親2人でいるわー!なんてよく笑ったわね!」
「そうそう!!終いには私達まで姉妹扱いされてね?!いやいやーって!面白かったぁ~。」
楓と悠の目の前にある、母2人と暁と礼蘭が映った写真。
笑いながらその目尻に浮かぶ涙。
「本当‥‥こんな風に縁が繋がってくなんてね‥‥。仲は良かったけど、まさか付き合ってからずーっと仲良しで、今や夫婦よ?どっちも私達の子になったのね‥‥‥。」
楓が静かに涙をこぼした。
「暁に、礼蘭を大事にしてもらって‥‥。嬉しいわ‥‥。」
涙を拭いて、嬉しそうに笑う。
その涙は悠にまで巻き込んで2人で笑い泣き。
その光景を見て、礼蘭も瞳を濡らした。
暁は礼蘭の肩をそっと抱きしめて微笑んだ。
「みんな‥‥喜んでるね。」
「ああ‥‥。」
「良かったね‥‥。」
「これからもっと、こんな瞬間は増えてくよ‥。俺達が、幸せをたくさんあげよ?」
「うん‥‥。」
寄り添って、微笑んだ。
この世界で両親達が出会い、同じ病院で産まれたことに感謝した。もし暁が、礼蘭が居なかったら‥‥。
産まれてからずっと‥一緒にいられたのは、神様の導きだ。
俺達は、運命だった‥‥‥。
これからも、ずっと一緒だ‥‥‥。
あとは、4人の為に、2人のために幸せな結婚式をしよう。
忘れられない程の幸せな‥‥‥‥。
夫婦になった2人の生活はこれまで過ごした時間がある分大きな変わりはなかった。表札が一つになったくらいだ。
けれど、夫婦というだけで、二人の情熱はこれまでよりも大きく変わっていた。
「おめでとう如月君。」
「ありがとうございます。宮木さん。」
職場で結婚した事に最初にお祝いの言葉をくれたのは、プリセプターの宮木だった。
ほかの女性たちはその事実に落胆しているのが大半だった。それでも暁の結婚を祝ってくれる女性もいる。
暁の情熱は女性たちにとっては羨ましいほどだった。
どこに行けば、こんなに自分を思ってくれる男性がいるのだろうか、世界中を眺めたいくらいだ。
「宮木さん、結婚式是非来てもらいたいです。」
「あぁもちろん。喜んで。」
笑顔で返事をしてくれた宮木と暁はとてもいい関係を築いていた。
一方で礼蘭は、制服に如月というネームプレートを付け始めた。
礼司がこっそり用意したものだった。今までは礼司と楓、礼蘭は同じ苗字だったが、暁の妻となった礼蘭。
それだけでも結婚しました。と言う事実をつけて歩いてるようなもの。照れくさく嬉しいことだった。
大好きな暁の苗字を名乗る事は、くすぐったかった。
あとは結婚式を待つのみだ。結婚式の準備が進み、冬が来る。
特に冬に思い入れはなかった。
だが2人は冬も好きだった。冬になると寄り添う事が増える季節だった。
寒い夜は一層抱きしめあって眠る。雪が降ると、お揃いのニット帽と手袋をつける。
暁と礼蘭の結婚式は12月3日。
暁は、その日に願いを込めていた。愛する妻にサンキューという語呂合わせに惹かれたせいだ。
そんな所にまで愛を託した。出会ってくれた感謝を、愛する妻に自分のすべてをかけて愛を誓う。
そしていつか、1人が2人になった自分たちに3人目の家族が来る事を夢みて・・・・。
そうして、結婚式前日、礼蘭は実家に帰った。昼間にはエステと翌日にむけてやることがある。
「・・・・・・ここにも、思い出がいっぱい・・・・・。」
壁にはたくさん、此処にも暁との思い出の写真がある。
幼稚園の時から、泊まりに来ていた暁と遊び疲れて一緒に眠った夜。
暁を思い続けた毎日・・・。
思いが叶い、暁の恋人になった夜の気持ちも、
暁に、迫られた夕暮れも・・・・。
親に内緒で、こっそり愛を交わした熱も・・・・。
暁がこの部屋で勉強をして、その膝を枕に眠った夜も・・・。
全部が暁への思いと、たくさんの記憶が根強く残った部屋だ。
「・・・・また、来るね。」
思い出がたくさん詰まった部屋に、礼蘭は微笑んだ。
「・・・・ただいまぁ・・・・」
その日、暁は夜勤が明けた朝だった。礼蘭の居ない部屋は寂しかった。
おかえりがないんだとふと思い出して、しゅんと眉を下げた。
でも、明日は結婚式。そう思うだけで、明けのハイテンションは維持された。
「俺も髪切りに行くんだった・・・。っしゃぁ行くか!」
仕事用の鞄を放り投げて、財布と携帯電話を持ち暁はすぐに部屋を出て行った。
午前11時、暁は美容室でふと眠りそうになった。美容師に洗ってもらう髪の気持ちよさに酔いしれて
夜勤の疲れが一気にやってきた。洗いあがりに鏡の前に戻ったところまでの記憶は何とか保っていた。
「如月さん。携帯鳴ってますよ?」
美容師の人が、暁の肩を叩いた。
「んぁ・・・やべ、俺寝てた?」
「はい、ぐっすり、もう終わってますよ?それより電話・・・。」
「あ、礼蘭だ!」
着信が礼蘭だとわかると暁は顔をぱぁっと明るくして電話に出た。
【もしもーし暁?】
「おーう。」
【今どこ?まだ美容室?】
「そうだよ。なんか寝てたみたい。起こされた。」
【そっか、お疲れ様だね。大丈夫?】
「おう大丈夫だよ、いやぁお兄さんのシャンプー超気持ちいからさぁ・・・ついな。」
【ふふふっ・・・あ、あたしもね、この後もケアがあるんだけど、ママと三人でお昼ご飯食べれない?】
「おおいーぞ?お前式場のサロンだったよな?」
【そうだよ!暁はいつもの美容室だよね?】
「そうそう、だからそうだなぁ・・・・15分くらいでそっちいける。それまで待てるか?」
【大丈夫だよ!ママがね、式場の近くのレストラン行ってみたいって。】
「そっか、じゃあ地図送っといて。」
【うん!わかったぁ~、あ、気を付けてきてね。急がなくていいから。】
「大丈夫だよ。気を付けるから。お前もナンパなんかされんなよ?」
【ふふふっ、大丈夫、夫待ってますって言うから。】
「ふはっ・・・相変わらずえぐいな夫って単語。」
【半年くらいになるのにまだ慣れないね。】
「ほんとそれな。・・・ま・・・明日が過ぎたら・・・」
暁は優しい瞳を目の前の鏡に映した。
「もっと実感増して・・・ほかの事も考えなきゃならなくなるからな。」
【・・・?なあに?旅行先の事?】
「なんでもねーよ。じゃ、すぐそっち行くから。なんなら店入ってて。」
【わかったぁ、じゃあ待ってるね。気を付けてね。】
「うーい・・・・愛してるよ。」
【私も愛してるよ】
「切るぞ。」
【はーい】
ぷつっと電話は途切れた。
側にいた美容師が顔を赤くして暁を見ていた。
「如月さん、そんな涼し気に愛してるなんて言うなんてえぐいです。」
「え?普通じゃないの?俺たち・・・付き合ってから毎日欠かした事ねぇけど・・・。」
「まぁじっすか。やべーっ」
「なんだよ。毎日愛してるのに、愛してるって言わない理由ないだろ?じゃ、会計で。」
さらっと暁は席を立った。
髪もセットして、磨きをかけて礼蘭に会うのは心が弾んだ。
格好よくなったら、もっと好きになってくれるだろうか。
未だにそんな事も考える。寝ぐせだらけの髪も、寝ぼけた顔も全部知ってる。
それでも、外で会うときは、礼蘭が恥ずかしい思いをしないように格好いい自分で居たい。
そして、礼蘭がまた惚れ直してくれる事があったら、うれしい・・・。
もっともっと好きでいてほしい。どんな時も、礼蘭が愛してくれる自分で居たい・・・。
弾む足で礼蘭が送ってきた地図の目的地に向かって歩いた。
少しだけ口角が上がるのを必死で堪えていた。
もう籍を入れてから時間がたっているのに・・・・。
愛する妻に向かって歩く道は、まだまだ遠かった。
レストランの一角が見え始めた。レストランの玄関から、礼蘭の後ろ姿が見えた。
横断歩道を渡れば、もうすぐだ。
礼蘭はあたりを見回し、横断歩道の前に立っていた暁の姿を見つけ、満面の笑みを浮かべた。
「あきら!」
「・・・・・・・。」
俺の名を呼ぶ声と、その笑顔が眩しくて目が眩んだ。
あぁ・・・・・愛してる・・・・・。
その笑顔を・・・・とても・・・・・・・。
横断歩道が、青に変わり暁は足を進めた。
後ろから赤いランドセルと黒いランドセルを背負った女の子と男の子が走ってきた。
それを横目に暁は笑った。
「・・・俺らかよ。」
幼かった自分たちが、ここまでやってきた。
この2人はこの先・・・どんな時間を歩むのだろう・・・・。
もしかしたら・・・・俺たちのように、永遠の愛を・・・・・・・・。
ドサッ!っと女の子が転んだ。
「あっおい、大丈夫か?」
暁が咄嗟に女の子を抱き起した。
「あぁ~もぉなにやってんだよぉ!こんなところで転ぶなよぉ!」
男の子は焦った顔で女の子に向かってそう言った。
暁はくすっと笑って女の子の砂を払った。涙を瞳にいっぱい溜めたその女の子。
「痛かったなぁ?ほら、道路の真ん中だから俺が連れてってやるから。」
暁は、女の子を抱き上げた。
「あ・・・ありがとう、お兄ちゃん・・・・。」
涙をこぼしながら女の子は暁にそう言った。
「大丈夫だよ。予行練習予行練習。」
「よこうれんしゅう?」
横断歩道を歩き始めようとしたとき、咄嗟に体が弾き飛ばされた。
女の子を見ていた暁の目の前に広がったのは、礼蘭の焦った顔だった・・・・。
ドォォン!!!!!!!!
グシャァ!!ガシャ!!!キキィィィィィーーーーー・・・・ドォォォォン!!!!!!
まるで爆発したような音が響いた。
「・・・・・・・え・・・・・・・・?」
ふと気づいたとき、暁は女の子を抱えたまま横断歩道の手前に突き飛ばされていた。
男の子は、暁の向こう側の道でへたり込んでいた。
少し先で煙が上がる大型のトラックが電柱に食い込んでいた。
トラックの先では、腰を抜かした通行人が数人いた。
ざわざわし出した近くにいた人々が群がってくる視界の真ん中で、
ただ、その目の前で、礼蘭だけが・・・・・・真っ赤な血を流して倒れていた。
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