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夢は幻

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「‥‥‥違いますか?」

 魔塔で、ハリーの言葉に一同が黙った。
 テオドールはスッと目を細めた。
 ハリーは真っ直ぐにレオンを見つめた。それは苛立ちと罪悪感が満ちていた。

「あなたの言うことだって‥俺だってわかります‥‥。
 あなたが、僕の父だと言うことも‥‥今は、受け止めきれてないけどっ‥‥でもそうだとしてもっ‥‥。

 リリィベル様ただお一人がっ‥‥‥。


 傷を負われ、苦しみっ‥‥妬みや、俺達の昔の事情が‥‥

 リリィベル様のこんな未来を生み出してしまった‥‥。」



「だからって‥‥‥お前に何ができる‥‥‥。」
 そう言ったのはテオドールだった。
 オリヴァーが眉を顰めた。
「おいテオ!ハリーはリリィを心配してっ」

「んなのわかってます‥‥。ですが‥‥‥こうなった以上、レオンやレティーシャ王妃を責める事ができますか‥‥。

 過去を変える事が出来ますか、俺の婚約者になる前に戻るのか?俺とリリィが出会わなければ、こんな傷は負わなくて済んだんだろうな‥

 だが、俺はリリィを愛してるし‥‥出会わなければなんて思わない‥‥。


 どんなに大切で、守りたくても‥‥傷を付けないことなんて事出来やしない!

 俺の婚約者にならなければ‥‥あいつはもっと幸せだったか?


 リリィのことを心配してくれるのなら、そんななかった未来の話なんかしないでくれ‥‥‥。


 それは俺とリリィの道だ‥‥お前らは関係ない!!!


 お前がどんなに罪悪感に支配されようと、それでどんなに傷付こうと、俺達の人生だ‥‥。

 俺は何度も、リリィと出会う道を選ぶ‥‥。
 どんな危険に晒されようと、リリィがいる未来に行きたい。

 その道の途中にお前らが居た。


 お前の辿った道の途中に俺達がいた‥‥。



 犠牲‥‥確かにそうだな‥‥‥。



 でも、これは、俺とリリィの人生だから‥‥。」

 テオドールは、ハリーを見た。それは優しく微笑んだ顔だ。

「ありがとう、ハリー。リリィを本気で、心配してくれて‥‥。俺も、リリィの為にならなんだってする‥‥。


 リリィが悲しいのならそばに居る‥‥。


 だが、きっと‥‥リリィは、俺が居る茨のこの道をついてきてくれたと思ってる‥‥。


 だから、お前らもこれ以上は責め合う事もせず、この先をただ一緒に歩んで欲しい‥‥。

 俺は、俺の身内になった者みんなひっくるめて先に進みたい。

 お前らの人生、俺達の人生‥‥共にありたい。

 だってそうだろ?みんな個々なんだ。其々が思う信念を持っていて欲しい。でも、みんな、一緒がいいんだよ。


 そう思えるのは、これまで生きてきた時間の積み重なった今だろ?」

「‥‥‥殿下は‥‥自分勝手です‥‥。」
 ハリーは目を逸らした。

「そうだな‥‥愛する人を、危険から救う事が出来ないで‥‥
 無能だな‥‥男として‥‥

 でもな‥‥‥リリィがいない人生は、俺はいらない‥‥。

 それくらい、俺はリリィと共に生きていたい‥‥‥。

 自分勝手だな‥‥。」


 ハリーはわかっている。テオドールとリリィベルが切れぬ糸で結ばれている事。

 月と星、同じ夜空にある存在。

 テオドールとリリィベルは‥‥離れる事のない運命。
 とても言葉では言い尽くせない‥‥。

 ロスウェルも、そう感じていることを知っている。
 このレオンと言う、父も‥‥。

 だからこそ、心配になる。

 傷ついても、傷ついても‥‥2人は離れない‥‥。


 何故こんなにも惹かれ合うのか。なぜ、こんなに一対のような存在なのか‥‥。



「でも殿下‥‥これだけは言わせてください‥。」

 ハリーは真剣な瞳でテオドールを見つめた。
 その瞳は少し恐ろしかった。

「リリィベル様‥‥ちゃんと掴まえていて下さい‥‥。

 日に日に、あの方の輝きが‥‥霧に隠れるように見えます。
 俺はそう感じています。

 それが何を意味するのか、俺にはわかりません‥。

 これは、外から与えられた害じゃなく、
 内なる思いからくるものです‥。

 リリィベル様は、とても今消えてしまいそうなくらいだと、俺は感じています。

 だから、目を離さないで下さい‥‥‥。」


「‥‥っ‥‥‥。」
 テオドールはゴクっと喉を鳴らした。


 恐ろしくて、震えそうになった。

 リリィベルは‥‥‥今朝も‥‥‥


 今にも消えてしまいそうだった。


「ああ‥‥わかってる‥‥‥‥。」

 ただ、そう答えた。
 本能的に感じた。魂が警告している。

 結婚式を早めたいと言った時から、感じていた。

 俺達は、もしかしたら‥‥同じ事を繰り返すんじゃないかと‥‥。


 沸いては消える。前世の自分の危機感と、
 今世の番狂せで、彼女といる世界があるはずだと‥‥。




 重く苦しい空気の中、ロスウェルとオリヴァー、テオドールと約束通りに皇族と魔術師の契約が行われた。

 今回は叫び出すことはなかったテオドールは、リリィベルの事で胸がいっぱいだった。
 再び刺された剣山から流れる血は、リリィベルを思うだけで痛みも鈍く感じた。

 それと同時に、レオンも契約を交わした。
 レオンの持つマジョリカブルーの髪色が、リリィベルの恐怖を煽らぬように。そして、大公家の一員とする為だった。
 髪色だけを変える事も出来たが、レオンの願いだった。


 こうして、何もかもが元通りになった。
 魔術印が再び出来た事で、テオドールは一時的な魔術を使えるようになり、ロスウェルとレオンの髪色はベビーブルーになった。

 力は制約されようとも、ロスウェルの魔術は今まで通り筆頭魔術師を名乗るに不足はない。



「リリィ、戻ったぞ?」
 テオドールが私室に戻ってきた。リリィベルは変わらず窓際の椅子に座って外を眺めていた。

 テオドールがリリィベルのそばに行きその頭を撫でて、頬に唇を寄せた。

「リリィ?」
「あ‥‥おかえりなさい‥テオ。」
 頬の口付けをお返しに、リリィベルは微笑んだ。

 だが、明かす事の出来ない頭痛がリリィベルを襲っていた。

「どうした?ずっと窓の外ばかり見つめて‥‥街に行きたいのか?」
「あ‥‥うーん‥‥‥そういう訳ではないのです‥。
 でも、なんだか目が離せなくて‥‥、でもテオのことばかり考えてしまいました。」
「ははっ‥‥そっか、それは嬉しいな。ところで‥‥母上は?」

 テオドールはリリィベルの前に膝をつき、リリィベルの手を取り小さくリリィベルの細い指を撫でた。

「私達の結婚式の予算表と披露宴の演出表を持ってきてくださるそうで‥‥一度お部屋にお戻りに‥‥。」

「そうか、どれくらい経ったか知らないが、少し体が冷えてるな。」

 そう言うと、テオドールはリリィベルを抱き上げて、
 いつもの暖炉の前のロッキングチェアに座った。

 ゆらゆら揺れて、微笑んだ。

「風邪ひいちまうだろ‥‥。一緒にあったまろうぜ?」
「はい‥‥。」

 身長差のある2人、テオドールの膝に座ってもリリィベルの頭はテオドールの肩にコテンと預けられた。

 その収まりの良さがテオドールは心底気に入っている。
 昔もそうだった。


 礼蘭も小さくて‥‥とても愛らしかった記憶が蘇ってくる。

「リリィ?」
「はい?」

「結婚したら‥‥新婚旅行に行かないか?」
「え‥‥どちらへ?」

「船で1週間程で行けるカサラニールと言う南国があるんだ。海が透き通るように綺麗で、まぁ、カサラニール国の王に挨拶しなきゃならねぇけど、確か、南国特有のホテルがあってな?‥‥前に本で見た事があるんだ。カサラニール王国そのものが一つの島だ。国王に許可を取って、そこへ‥‥。」

 思い描く旅行にテオドールは笑みがこぼれていた。
 そんなテオドールの顔を見て、リリィベルはおっとりと笑った。

「どこへでも行きます‥‥一緒なら、どこへでも‥‥。
 テオと居られるだけで、私はこんなにも幸せなのですから‥‥。」


 テオドールの匂いと体温を感じると、自然と頭痛も治る思いでリリィベルはふわふわとした温かな気持ちになる。

「‥‥‥それに‥‥‥」

「それに?」


 テオドールが聞き返した時、リリィベルはテオドールの胸にそっと手を乗せてその鼓動を感じた。

 近過ぎて少し篭って聞こえる愛しい声。


「貴方の‥‥子を‥‥1日でも早く‥‥この身に宿したいです‥‥。」

「‥‥‥うっ‥‥‥リリィ‥‥‥まだ日は暮れてないぞ‥‥?」

 少し頬を染めて、テオドールはリリィベルの腰に腕を回した。さらに密着したテオドールの耳元でリリィベルは目を細めて囁いた。


「‥‥‥それが、私の夢です‥‥。あなたとあなたの子と、
 一生幸せに暮らしたい‥‥。ダメですか?」

「ダメな訳‥‥ないだろ‥‥。そんな事言うなんて‥‥結婚式の前に出来ちまうぞ‥‥?」
 コツンと額を合わせテオドールは大きめに口を開けた。


 食らうようなその口付けに、リリィベルは痛みを忘れたかった。



 私は‥‥‥何度も夢に見るのです‥‥。

 あなたが子を抱く姿を見ては‥‥‥
 遠く離れて声も出せない程の真っ暗闇の世界を‥‥‥。
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