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繋いで、心 3
しおりを挟む〝この痕が消える前に帰ってくる‥〟
湯船に浸かったリリィベルは、テオドールが付けた花の痕を指でなぞった。
心は妙に落ち着いて居た。
あんなに不安で仕方なかった心。
テオドールが側に居ない、だから、気を緩ませるわけにはいかない。
心を強く持って居なければ‥‥。
この痕が強くしてくれる。
身体に流れた熱が、彼の一部のように。
私の中に、彼の熱がある‥。
だから‥‥泣いてはいけないの‥。
「ハリー達は大丈夫なのか?」
皇室の馬車がポリセイオまでの道を行く。
「ああ、はい。私もギチギチに拘束しておきましたので。」
テオドールの向かいに座るロスウェルはへらりと笑った。
この豪華な馬車も、ロスウェルの魔術により普通の馬車となんら変わりない馬車に映っているだろう。
こんな馬車に皇太子が乗っているとは誰も思わない。
「ふーん‥‥。」
テオドールは虚ろに腕を軽く組んで、背もたれに寄りかかった。ロスウェルはそんなテオドールを見て眉を下げた。
もうこれ以上謝るなと言われて迂闊に声も出せない。
そして今も不安定なリリィベルを置いて、憎きポリセイオまでの道を行く。
最も、ポリセイオまでの道は遠い。
森の中に入っては、瞬間移動をして、点々とする予定だった。
「‥‥殿下。」
「なんだよ‥‥。」
「これから始まるのは探し物です。」
「あ?」
「詳しくは聞いて居ないのでしょう?目的を果たしてとっとと帰りましょう。」
「なに探すんだよ。」
「‥‥‥愛です。」
「見えんのかよ。」
その返ってきた言葉にロスウェルは笑った。
「いいえ、見えないです。でも殿下なら見えるかも知れませんね。」
「魔術師が必要だからお前が居るのに、俺が必要かよ。」
「必要ですよ‥‥。殿下は、陛下に似て、愛情深い方ですから‥‥。」
「俺の愛は身内限定、リリィ専用‥‥‥外じゃ役にたたねぇよ。」
「そんな訳ないでしょう?あなたは‥帝国で数々の信頼できる臣下を自ら見つけ出してきたのですから‥。」
「そんなもん、少し話せばわかんだろ‥‥。」
「いいえ、人の裏側など簡単に見つけられませんよ。
だから、殿下が必要なのです。」
「‥‥‥煽てたって、俺の機嫌はすぐ直んねーよ‥?」
「でしょうね‥‥貴方の心はリリィベル様だけが、握って居ますから‥‥。さ、とっとと行きますか‥これ以上殿下の機嫌が悪くならないうちに。」
森の小道に入ると、ニコリと笑ったロスウェルは指をパチンと鳴らした。
ロスウェルの転移魔術でその日の明け方。2人はポリセイオ近くの領地の手前までたどり着いた。
その頃、リリィベルはテオドールのベッドに1人身体をくの字に曲げて、毛布に包まっていた。
テオドールの匂いがするジャケットを羽織ってベッドに入った。ベッドは、とても広く冷たかった。
マーガレットに一緒に寝ようかと言われた。
だが、断った。
テオドールが経つ前、このベッドで起きた熱情を独り占めしておきたかった。
もちろんシーツも替えられて、跡など残っていない。
彼の代わりはこのジャケット、部屋の残り香。
たくさんの夜2人で眠った思い出。
いつも、どんなに遅くても抱き締めて眠ってくれた。
彼のジャケットに袖を通して身体を抱き締めると、
彼に抱き締めてもらっている様な気がした。
寝ては覚めて、テオドールの枕を抱き締めて。
ここなら、誰にも心配を掛けずに少し泣けた。
何処にいても、私のことを忘れないでいてくれる‥
想ってくれる‥
愛してくれる‥‥
大丈夫、大丈夫‥
私は生きているから‥‥。
「転移気持ちわりぃ‥。」
「えぇ?そうなんですか?」
「城の中は平気だけど、こんなにバンバン色んな所まで飛ばれると気持ち悪りぃな‥‥‥。」
夜深く、森の中に一つの家があった。
しばらく住まわれていないであろうその家の中。
ロスウェルが灯したランプ代わりの淡い光で照らされて見えたのは埃まみれの床、腐りかけたテーブルとイス。
小さな揺籠とベッド。
それはまるで、テオドールが幼少期過ごしたあの花屋の部屋を思い出させた。
初めて目を開け、自分が誰だと説いた時に見た天井に似ていた。
綺麗にしたら、きっとそんな感じだっただろう。
「ここは‥‥レティーシャ様が王妃になられる前に住んでいた家だそうです。」
「王妃は公爵家の人間だろ?なんでだよ‥。」
少し気怠いテオドールでもたくさん疑問が浮かんだ。
もちろんテオドールは何も聞いていない。
ロスウェルは静かに、魔術でその埃やテーブルを綺麗にしながら口を開いた。
「レティーシャ様は、ここで、レオンと言う魔術師と2人で暮らしていたそうです。」
「レオン?」
「はい、それが‥‥‥オリヴァー様が今助けたい人。
レティーシャ王妃が、助けて欲しいと願った方です。」
「‥‥‥お2人は兄妹だそうですよ?」
「‥‥‥捕えられているのか?兄が‥‥。」
「兄であり、夫‥‥‥だそうですよ。」
「は?」
テオドールは目を丸くした。日本で住んでいたが、
大昔の話じゃないか?と首を傾げた。
「普通の両親から生まれたにも関わらず、彼らはマジョリカブルーの髪色で兄妹として産まれ‥‥そして、愛し合うようになった。だが、不潔だと、許されないと世間から弾かれた
2人は産まれた地から追い出され、それでも人から離れたこの家で、愛し合い‥‥2人は子を儲け、幸せに暮らしていた。」
綺麗になった椅子にロスウェルは腰掛け、
テオドールは辺りを見回していた。
「‥‥‥ですが、国王に見初められた彼女は、襲撃され、
転移しようと試みた時、未熟な子供の魔術が邪魔をして失敗し、子供と愛する妻を守りたい一心でレオンは己の心臓を差し出したが捕えられた。
けれど、夫を守りたい妻も、身を捧げた‥‥。
夫の命を守るため‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「ここまで聞けば、お分かりになるでしょう。」
「ああ‥‥父上が助けたいと言うのも無理はないな。」
「さすが、陛下の息子ですね。殿下。」
テオドールは諦めた様に小さく笑った。
「父上がそんな話を聞いたら、怒るに決まってる‥。
まして本人から頼まれたんだろ。自分の結婚を諦めて、
俺と母上を7年守り通した人だ‥‥嫌でもわかる。
それで、魔術師が必要な理由はなんだ?」
「それが、レティーシャ様は、公爵家の人間となったのですが、レオンを救いたいが為に公爵家に願い出た。
公爵家の為に国王に嫁ぐから、夫の命を奪わないでくれと、
そして、保護魔術を施す事を許された。だが、自分の魔術で辿れぬ場所に隠す羽目になった。
私達がこの帝国にいる事は、奇跡に思った事でしょう‥。」
テオドールは、複雑な面持ちで俯いた。
「ライリーにだってできたんじゃないのか?事情を話せば‥‥。」
「いえ、ライカンスが居ますから、無理でしょう‥‥。
魔術師を作ったのはライカンスの思惑で、自分達の意思ではない。そもそもそれだって人が死ぬ様なものです。
ライリーが魔術師になったのは、奇跡です‥。
奇跡と失敗が重なり、魔術師がいると知った。
レティーシャ様とレオンは今しか逃げられません。
そして、私達の助け無くして生きるのは無理です。
レオンは、部屋から出たら、死んでしまうとの事‥‥。
辛うじてレティーシャ様の魔術で、今まで命を繋いできたのです。」
「必死になる訳だな‥‥俺と‥‥同じくらい‥‥。」
古びたソファーの背に腰を預けて、テオドールは瞳を揺らした。
事情は分かった。これは‥魔術師を公にした自分が取るべき責任と、感じた。父は間違っていない。
「ええ、殿下なら分かってくれると。陛下は仰っていましたよ。リリィベル様を心から愛する殿下は、きっと解決するだろうと‥。そして、今にも壊れそうなあなた方を、とても心配していました。離れる事で、わかる事もある事でしょう。
陛下もそれを実感された方です‥。だからこそ‥。」
「ああ、分かってる。だが‥‥リリィは‥‥。」
ロスウェルは薄明かりの下、微笑んだ。
「あの方は、自ら輝いて居られます。あなたと離れ、
心寂しい事でしょう。ですが‥‥‥
貴方と言う存在に、輝き続けます‥。
殿下とリリィベル様は、そういう存在なのです‥。」
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