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あなたなしで

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 テオドールの腕の中で、リリィベルは眠っていた。
「本当に‥‥どうしてこんなに悪いことばかり‥‥。」
 マーガレットが涙ながらに呟いた。

「‥‥これから‥‥それを明かさねばなりません‥‥

 俺ももう‥‥うんざりです‥‥リリィが危険に晒される度‥‥。


 俺は心が‥‥散り散りになる‥‥。」

 穏やかな寝顔を一撫でした。その美しい寝顔が愛しくてたまらない。

 その寝顔に顔を寄せてギュッと瞳を閉じた。


「俺は‥‥‥リリィを守りたいだけなんだ‥‥。

 2人で‥‥幸せになりたい‥‥‥。俺と居ると‥リリィに良くないことばかり起きて‥‥自分が許せないのに‥‥


 手放すことは出来ないんです‥‥‥。」

 オリヴァーは、テオドールを見つめた。


 心底その愛を感じる。2人には障害が多すぎる。

 それでも、2人は離れない。離れられない運命がある。



「マーガレット。」
「はい‥‥。」

「私とテオはこれから地下牢へ行くから、リリィと一緒に休んでくれ‥。明日はパレードに出なければならない。
 君も一緒に休むんだ。リリィのそばにいてあげて。」

「テオは、大丈夫なの?」
 不安そうにマーガレットはテオドールを見た。
 明らかに不安げなテオドールだったが、その言葉を聞き、
 ぐっと唇を噛み締めた。

「はい‥‥リリィが無事ですから‥‥。
 リコーに2人の護衛をしてもらいます。安心して休んでくだい。母上‥‥どうかリリィを宜しくお願いします‥。」

「ええ‥‥わかったわ‥‥。では、私とリリィは私の部屋で休みます。テオ、リリィを部屋へ運んでくれる?」

「はい。ありがとうございます‥。」

 マーガレットに微笑んで、リリィベルを抱き立ち上がった。
 マーガレットの私室のベッドにリリィベルを寝かせて、
 前髪を撫でた。

「おやすみ‥‥リリィ‥‥。」

 何をされても全く起きないリリィベル。
 マーガレットが寝支度をするまでの間。
 テオドールは片時もリリィベルのそばを離れなかった。

 その様子をオリヴァーが見つめている。

「‥‥‥‥‥‥。」



 魔術に掛からない理由は、なんだったのか‥‥。


 もし、マーガレットが同じ目にあっても、自分は
 気づく事が出来るだろうか‥‥。

 抗えない魔術だと感じていた。

 魔術師達だけが、掛からなかった。


 テオドールが魔術を使いこなせたからだろうか?




 リリィベルの髪に口付けを落として、テオドールとオリヴァーはその場から離れた。それをマーガレットが見送った。


 地下牢に行くまで、2人とも気が重かった。
 してやられたのは事実で、今もこうして、魔術師達が危険なもの達を拘束している。




「陛下‥‥。殿下‥。」

 地下牢にたどり着くと、ロスウェルが早々に跪いた。

「おいロスウェル!」
 オリヴァーはロスウェルの肩を掴んだ。

「既にお話は殿下から聞いていらっしゃる事でしょう‥‥。
 私は‥‥リリィベル様を事前にお守りする事が出来ませんでした‥‥。申し訳ありませんでした‥‥。」

 床に額がつくほどロスウェルは頭を下げて、
 後ろではハリー達も跪いている。

「ロスウェル、それはやめろと言ったはずだ。」

 そう言ったのはテオドールだ。

「しかしっ‥‥。」
 慌てて顔を上げたロスウェルに、テオドールは真剣な面持ちで続けた。


「お前達が居なければ、俺達はただの人間だ。

 魔術師に守られ、能天気に過ごしてきた‥‥。

 気を引き締めるにはちょうどいい‥‥。


 ロスウェル、お前は約束通り、リリィに掛けられた魔術を解き、こうして加害者達を抑えてくれているんだ。

 よくやってくれた‥‥ありがとう‥‥。」


「っ‥‥‥‥。」

 ロスウェルはぐっと目に力を込めた。
 でないと、泣いてしまいそうだった。


「ロスウェル。」
 優しく声を掛けたのはオリヴァーだ。

「‥‥お前は私の宝を守ってくれたのだな‥‥。

 ありがとう‥‥。ほんとに、お前は昔から何をやっても天才だな‥‥。ありがとう。」

 そう言って、オリヴァーはロスウェルを抱き締めた。


 バルコニーで、言った。

 オリヴァーの宝物を守ると。


 その力を持って、示してくれた。


「オリヴァー‥‥様‥‥。」


 幼い頃、そう呼んだ。
 勝手に口から滑り落ちると共に、一筋涙がこぼれた。


「ありがとう。ロスウェル‥‥。」
 オリヴァーの瞳も濡れていた。



「オリヴァー様‥‥‥‥すいませんっ‥‥‥


 勝手にっ‥‥あなたとのっ‥‥契約を‥‥」

 ロスウェルの瞳からポロポロとこぼれ落ちた。



 互いにとって、それは契約であっても、絆で間違いなかった。

「いいんだっ‥‥お前が居てくれてっ‥‥

 俺の宝は無事だ‥‥‥っ‥‥‥。」

 そう言ってオリヴァーは、体を離してロスウェルと向き合った。その頬を涙で濡らして笑った。

「ロスウェルっ‥‥‥全てが済んだらっ‥‥‥っ

 またお前を追いかけ回してやるから覚悟しておけっ‥‥。」

「っ‥‥‥。」

 ロスウェルは見ていられずに俯いて冷たい床に涙を落とした。




 テオドールは、鉄格子の中を見て目を細めた。

 こんなに、家族や大切な者達が傷付けられ、
 テオドールは心底怒りが込み上げていた。

 それが全て、自分が原因なら尚のこと。許せなかった。


 要らない悲しい涙を流したこと。

 決して許せない。


「おい‥‥‥そこのクソ女‥‥‥。覚悟は出来てんだろうな‥‥。」


 荒ぶる口調を、向けた。

 目の前で拘束されている。レリアーナへ‥‥。

「‥‥‥‥‥。」
 その瞳に、レリアーナはニヤリと笑った。


「やっと‥‥‥私を見てくれた‥‥。」

「っ‥てめぇ‥‥‥。」


 その笑みにカチンと来て、テオドールの瞳は更に冷ややかになる。



 それでも、レリアーナは嬉しかった。



「憎んで下さい‥‥‥。」

「あん?」


「忘れられない程‥‥‥私を‥‥‥。」


 覚えていてくれるなら、なんだって構わない。


 私を見てくれるなら‥‥構わない‥‥



 私は、あなた無しでは‥‥生きられない‥‥。

 死んでも構わない‥‥‥。


 最悪の思い出として、あなたの胸に刻まれたい‥‥。



「殿下。」

 声を掛けたのはハリーだ。

「なんだ、何かわかったのか?」
 ハリーは気まずそうに瞬きをした。

「‥‥この人、なんですけど‥‥‥。」

「‥‥‥‥?」

 ハリーの表情に、テオドールは険しい顔をしながら首を傾げた。


「この人‥‥見た目変わってますけど‥‥‥

 元侯爵家の‥‥ヘイドン侯爵令嬢です‥‥。」

「っ!‥‥‥じゃあ‥‥‥逃げてた‥‥」
 ハリーの額から汗が流れた。
「はい、‥‥ライリー・ヘイドン嬢です。間違いありません‥‥。ロスウェル様が見破りました。」



 ハリーに向けていた目をレリアーナへ向けた。
 ずっと気味悪い笑みを浮かべている。

「ライリー‥‥ヘイドン‥‥。」



 ああ‥‥やっぱり、俺のせいか‥‥‥。

 この忌々しいこと全て‥‥。


 俺に思いを寄せていたと言う。この女が‥‥‥。


 魔術の力を得て、ここまでやってきた。


 そして、リリィに成り代わろうとした。



「陛下、泣いてるとこ悪いんですけど‥‥。

 逃した火種が、大火事を起こしに帰ってきたようです。

 逃げていた罪人が、自らきた。



 俺は、とんでもない奴に好かれる自分が心底嫌になりますよ‥‥‥。」


 オリヴァーとロスウェルの涙は引っ込んだ。
ロスウェルは涙を拭った。

「ヘイドン家の‥‥ライリー‥‥だと?」
「陛下、これは間違いありません。私には、本来の姿が見えています。どうやって魔術師になったかはわかりません。
ポリセイオ独自の何かがあるはずです。

口を割らせなければ‥‥‥。」

「ポリセイオまで逃げてたなんて‥‥。しかもこんなことを企てて、魔術師にまでなって、俺に嫌がらせしにきたみたいです。‥‥‥俺はこの女の尋問はしません。陛下にお任せします。」


 そう言って、テオドールはその場を離れた。
 隣の公爵のいる所に去っていった。

 オリヴァーは、ライリーを見た。


 去っていくテオドールの後ろ姿を、見つめる眼差し。


 逃れられない恋心が、こんな形になって戻ってきた。

「‥‥‥哀れな‥‥‥。」
 ロスウェルは、そう溢した。


 姿が見えなくなっても、追いかけるその視線。

 報われない恋の沼に落ちた少女。


「やっと、見てくれたのに‥‥‥もう居なくなってしまった‥‥ふっ‥‥‥もう少し‥見ていて欲しかったのに‥‥。」


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