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夢が叶うまで

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 昼餐会はそれぞれの思いが入り混ざったものとなった。
 一連の空気から、早々と席を立ったのはザカール小公爵だった。頭を下げてダイニングルームから去っていった。
 ジュエル王女はそんな事は気にもせずに向かいの席に居るテオドールを見つめてミニトマトを口にした。

 テオドールとリリィベルは、王女の視線には目もくれずにオスカーやシリウスと話を交わす。その後リリィベルはポリセリオのレリアーナに目を向けた。

「レリアーナ王女、お料理はお口に合いますか?」
 リリィベルの言葉にレリアーナは静かに微笑んだ。

「はい。とても美味しいです。ただ、こういう場は初めてで御座いますので、少し緊張しております。」

「気になさらないでくださいね。両陛下も殿下もとてもお優しいの。お話もそうだし、食事の際は堅苦しい事はお嫌いだし。あ、帝国の果物はとても美味しいのよ?是非召し上がって?」

 そう言ってリリィベルは自らテーブルに並ぶ大皿から取り小皿に移してレリアーナの前に差し出した。

「リリィベル嬢にその様な事を‥‥」
 戸惑ったレリアーナにリリィベルは微笑んだ。

「両陛下と殿下とはいつもこうなのです。美味しい物は分け合って‥一緒に楽しむのです。私達は今日初めて会ったばかりですけれど、私はあなたと美味しい物を分け合いたいと思いました。」

 その言葉にレリアーナ王女はぽかんと口を開いた。

「普段‥わざわざ食事が自分用にあるのに‥ですか?」

「ええそうなの。私も城に入って初めてだったんです。
 でも、平民の家族がテーブルを囲んで食事を分け合って笑顔で話をしながら食べる様に、皇族でも家族なのだから、美味しい物を共有して笑って食べるの。美味しい物を大切な人に分けたいと思う気持ちはみんな一緒だものね。

 殿下ったらね。ご自分のフォークで私の口に下さるの。まるで雛鳥よね?でもそれが素敵なの。両陛下が殿下をそうして育てていたからなのよ。私は両陛下も殿下のお考え方が大好きなの。だからあなたにも‥。

 美味しいと思う物を自分の手で取り分けて共有したいのです。受け取ってくださいますか?」


 それは食べやすいマスカットとイチゴだった。舞踏会の前でお腹いっぱい食べる事は出来ない為の気遣いだった。

 その皿を見てレリアーナはゆっくりと口角を上げた。

「嬉しいです。リリィベル嬢‥。」
「ドレスを着なくてはならないから、私が気に入ってる果物だけれど、城に献上される果物はとても美味しいの。」

 リリィベルの無邪気な笑顔が眩しくレリアーナに映った。
「頂きますわ。」
 レリアーナはイチゴをフォークでさして一口かじった。
 甘酸っぱいイチゴは、納得できるくらい美味しかった。


「とても美味しいです。リリィベル嬢。」
「それは良かったです。レリアーナ王女。」

 レリアーナの向かいでは、モンターリュ公爵が微笑んでいる。

「もうすっかりアレキサンドライト帝国の皇族ですね。
 リリィベル嬢は。リリィベル皇太子妃とお呼びするのがよさそうですね。」

「あっ‥‥いえっ私はまだもちろん教育を受けて妃の部屋を賜りましたがっ‥‥まだまだ。でも、殿下の隣相応しい、国民にとって良い皇太子妃になりたいと常日頃思っております。」

 恥ずかしそうに頬を染めてリリィベルは公爵にそう言った。

「いいんだぞ?皇太子妃と呼んで。」
 横からテオドールがリリィベルに頬を寄せた。
「もぉ殿下っ‥‥甘やかさないで下さいませっ‥‥」
「ははっ。お前以外居ないのに頑固だな。」
「そう言う問題じゃありません。しっかりと教育を受けて、
 結婚式をして‥‥あなたの隣に立ちたいのです。」
「ふっ、待つしかないなぁ‥‥。」

 いつでもどこでも2人は愛し合っているのが伝わる。
 その微笑ましい姿をミカエル王太子も笑って見ていた。


「‥‥レリアーナ王女も、テオドール殿下の様な素晴らしい方を王婿を迎えられればいいですね。」

 モンターリュ公爵はグラスの水を飲んで、レリアーナに告げた。

 その言葉に、レリアーナはドキっと胸を鳴らして公爵をじっと見た。

「アレキサンドライト帝国の皇太子殿下がこの様に婚約者様を大切になさる方だとは存じませんでした。‥‥帝国は安定されていますね。それは‥皇太子殿下が皇帝になった世も、
 きっと続くのでしょう。輝かしい未来だ‥‥。」

「公爵のおっしゃる通りですわね‥‥。」

 レリアーナは、皿に乗せられたイチゴをもう一口食べた。
 ただその時だけは酸っぱさだけを感じた。

「‥‥‥美味しいですわ。リリィベル嬢‥。」
「よかったです。レリアーナ王女。」


 輝かしい未来。


 未来の皇太子妃。



 永遠の愛を誓ってくれる男性。


 最高の地位、最高の男。



 そんな男に愛される女性。


 誰もが羨む御伽話の様な愛のかたまり‥。



 こんな近くで、肌に感じる。


 その愛しさの欠片が舞う。


「あなたは、ポリセリオの王女です。王婿を迎えるのは義務ですよ。」

 テオドールとリリィベルが笑顔で話を交わす中で、
 密かにその言葉は届いた。


「もちろんです‥‥。」

 緊張した面持ちで、レリアーナはマスカットにフォークを刺した。



 昼餐会は正午前に終わり、各自準備が始まる。

 本番の今日、テオドールとリリィベルには濃紺の生地の正装とドレスでシトリン宝石を砕き混ぜた糸で、一針一針丁寧に刺繍された衣装が作られていた。2人が並ぶとそのシトリンがついた糸の刺繍が天の川の様にテオドールの肩からリリィベルのドレス裾へと流れる様に作られていた。そして、いつぞやのオーダーメイドしたピアスが用意されている。
 今夜2人の耳にそれが飾られる事となる。

 互いに入浴で分かれた2人。それぞれ準備が終わるまでの時間がある。テオドールは相変わらずフランクが側にいるだけで準備を進める一方で、リリィベルにはベリーとカタリナを含め4人のメイド達が準備に当たった。
 予めシミュレーションされていたドレスに合う髪型とピアス。ネックレスと控えめで品のあるティアラ。

 テオドールも普段とは違い前髪をサイドパートで流しキリッとした美しい顔が見える。2人の装いは完璧だった。


 舞踏会で各国要人と皇族が入場する1時間前。
 テオドールはリリィベルの部屋に入った。

「リリィ、準備はどうだ?」

 いつもの様にノックもせずにテオドールは入っていく。
 テオドールが勝手に入ってくる習慣が出来た為、リリィベルの支度中は衝立が置かれる様になった。

 しかし、テオドールにはなんの意味もないものだった。

「殿下は1秒でもお待ちになれないのですか?」
 ベリーの小言が今日もある。
「待ってるだろ?急かした事あったか?」

 鼻歌でも歌いそうなくらい軽いノリでテオドールは返した。


「大丈夫です。準備は出来ております。」



 衝立の向こうから声がした。

 テオドールは衝立の向こう側にヒョイっと顔を出した。
「今日もきれ‥‥‥い‥‥‥‥‥‥‥‥。」




 テオドールの時は止まった。

「今日も‥なんです?テオ‥‥‥。」




 振り返った愛する人を見て、テオドールは言葉を無くした。


「もぉ‥‥何もおっしゃって下さらないのですか?」



「どうですか?‥‥‥似合ってますか‥‥?」



「このドレスで貴方の隣に並ぶのをとても楽しみにしていたんです。」



「ね‥‥‥。テオ‥‥‥‥。」



「‥‥‥‥‥‥。」


 テオドールはただ黙った。
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