上 下
157 / 240

初めまして、サーテリア王国

しおりを挟む
「んんっ‥‥」

「テオ‥‥?」
「リリィ、今から俺の腕を離すなよ。」
「え?」
「いいから‥‥」

 リリィベルは首を傾げた。
 腕に手を添えていたリリィベルの手に更にテオドールは自身の手を重ねる。表情を見れば何やら機嫌が悪そうだ。
「次は‥‥」
 リリィベルがポツリと呟く。
「ああ‥‥サーテリア王国だ。」
「サーテリア王国‥‥確か‥‥有名な小説がありますね‥。
 私、小さい頃読んだ事があるんです。確か、王子様とお姫様が恋に落ちて国を捨てて‥新たな国を作り‥‥。」
「お前‥‥アレ読んだのか?」
「え?‥‥はい‥‥‥。」

「くそっ‥‥‥。」
 テオドールは悪態をついた。得意の舌打ちまで出た。
「とてもロマンチックな小説‥‥。」

「あの国は洋紙の発祥の地ですよね?あの国から羊皮紙から今の洋紙が広まり、今では当たり前の様になりましたが‥。」
「ああ、おかげで技術も発展し、今や胸糞悪い小説も多いな。」

「‥何をそんなに苛立っていらっしゃるの?」
「‥‥会えばわかる。」


 城の扉が開かれる。開いた扉から太陽の光と共に現れたのは、サーテリア王国の王女とサーテリア王国公爵家の後継者。

「アレキサンドライト帝国皇太子殿下にご挨拶申し上げます。建国記念にこうして殿下にお会いできた事‥大変光栄で御座います。」

 うっとり笑う垂れ目と口元のほくろ。長い黒髪を肩から流した魅惑の美女、ジュエル王女だ。

「テオドール殿下、お久しぶりですね。誕生祭に呼んでいただけなくて私とっても寂しかったのですよ?」
「今回の誕生祭は同盟国は呼んでいない。建国祭で招待する予定であった。道中疲れたであろう。ゆっくり休まれよ。

 ザカール・リックラー小公爵も久しぶりだな。」

「はい、皇太子殿下にご挨拶申し上げます。」

「‥‥‥‥。」

 美しい美女ジュエル王女。そして冷ややかな表情の焦茶色の髪が目元を隠すザカール・リックラー公子。

 リリィベルはゴクっと息を呑んだ。
 テオドールは冷たい表情に早替わりし、先ほどのメテオラ王子達とは何もかもが違う。

 そして何より、ジュエル・サーテリアの目はテオドールだけを見つめ、腕に絡んでいるこちらは見ようともない。

 まるで存在しないかの様な気分だった。

「殿下、今宵の舞踏会、とても楽しみにしておりますの。
 今年からダンスをされる様になったとか‥是非とも私と踊って頂けますよね?」

 ジュエル王女の言葉にテオドールは一瞬眉間に皺を寄せた。
 しかし、リリィベルの手に重ねていた手に力が入った。

「紹介しよう。ジュエル王女。私の婚約者、リリィベル・ブラックウォール嬢だ。‥何か、言うことはないか?」
 氷の様な冷気を醸し出しながら微笑むテオドールの顔。
 ジュエル王女は垂れ目を細めてスッと隣のリリィベルへやっと目を向けた。

「まぁ、いらしたのね‥‥幻だと思っておりました。まさかテオドール皇太子に婚約者が出来るなんて‥‥ただの噂だと思っておりました‥‥。宜しくどうぞ?ジュエル・サーテリアで御座います。」

 ハッキリとした敵意を感じたリリィベル。
 そうと分かればリリィベルも黙ってはいなかった。
 綺麗な微笑みを浮かべて、ジュエル王女に向き合った。

「初めまして、ジュエル王女。テオドール皇太子の婚約者、リリィベル・ブラックウォールで御座います。ようこそお越しくださいました。どうぞ在城中はごゆっくりとお過ごし下さいませ。」

 ジュエル王女の片眉が吊り上がる。

「まぁ‥‥まるでこの城の主人の様におっしゃるのね?」
「ええ、私は皇太子妃の部屋を賜りましたので。お客様がゆっくり過ごして頂ければと思います。」

「本当にいらしたのね?」

「‥‥‥此処におりますわ?ジュエル王女。」
 2人から黒いモヤが出たのは気のせいか。
 しかしテオドールが口を開いた。

「私がダンスをした事を知っておきながら、婚約者が本当に居たのかなどと、まさかその様な事を言われるとは思わなかったな。私の婚約は同盟国であるそなたらの国へ伝わっているだろう。私は1人で踊った訳でも、1人で婚約パーティーを開いた訳でもないんだが?」

「まさかその様な‥相変わらずなお方ですこと。」
 扇子を開いて口許を隠し笑った。
 しかし、テオドールはジュエル王女を冷たく見下ろした。

「我が帝国とサーテリア王国は、古くから親交があるのだ。
 冗談はその辺にしておいて頂かなければな。ジュエル王女?」

「一時は私達の婚約話もある程の仲ですものね?」

「それは早々に断り最早話にすらなっていない。婚約者の前だ。不快な話はやめろ。」
「あら不快だなんて‥‥悲しいですわね‥‥。私はいつでも、貴方様からの求婚を歓迎致しますわ。ふふふっ‥。」

 包み隠そうともしないジュエル王女。テオドールは昔からジュエル王女が嫌いだった。初めて顔を合わせてから嫌いだ。だが、国王は皇帝と友好であった。国王から婚約話が出たが、皇帝はその時ばかりは早々に断ったものの、国王とは裏腹にジュエル王女はいつも舐める様にテオドールを見る。
 甘やかされた王女はどこも同じだった。何を言ってもこの調子なのが1番気に食わなかった。一度でも感情を乱す姿を見たならば即座に反論する所だが、するりと聞き流し同じ言葉を繰り返す。

 スッと王女から目を背けて従者に声をかけた。

「おい‥‥‥早くサーテリア王国の者達を部屋へ案内しろ。後ろがつっかえてるんだ。」

「ではテオドール殿下。お昼にお会いしましょ?」
「失礼致します。皇太子殿下。」
 ジュエル王女は微笑み扇子を仰いで2人の横を通り過ぎた。
 それに続き無表情のザカールも続いた。

「‥‥‥‥。」

 何の気なしに去っていく2人。ザカール小公爵も何を考えているかわからない存在だった。テオドールからすれば上部だけの同盟だった。テオドールが皇帝となった先は行く末は分からない。

 リリィベルも過ぎていく2人を真顔で送ったが、顔が見えなくなりその眉を顰めた。

 テオドールを好きな女など山ほど居る。
 だが、ジュエル王女はまた違った部類の女だった。
 感情を剥き出すことのない徹底された仮面。

 王族として育った彼女は、テオドール同様仮面を持つ者だ。


「‥‥あれがサーテリアだ。」
「はい、殿下。」

 2人とも瞳を閉じて静かに言葉を交わした。

「皇帝陛下とサーテリア国王は友好でな。俺が突っぱねる訳にはいかないが」
「十分突っぱねていたのでは‥‥?」
「はっ、いつもの事だ。これくらいは何とも思わないだろう。お前も見ただろう?」

「まあ‥そのように思いました。」

「あの女は後継者ではないから、いずれ何処かに嫁ぐだろう。遠いところに行ってくれる事を祈っている。」
「では、サーテリアの後継者は‥?」
「ジュエルの下にはまだ幼い王子がいるんだ。だからザカール小公爵が来たんだ。どうなるかわからねーが、王子が真っ当な王子になる事を祈るばかりだな。」

「祈る事が多いですね‥我が国にとっては‥‥。」
「そうだな。じゃなきゃ俺の御世にはどうなるかわからん。」

「それは、陛下が‥‥。」
「俺があの女を毛嫌いしてるのは知っているからな。心配するな。」

「そうですか‥‥‥。」

「テオは何処にいても‥」
「ん?」

リリィベルは言い留まり首を振った。
「なんだ?」

「なんでもありません‥。」
「なんだよ‥止めんなよ。気になるだろ?」


リリィベルは頬を膨らませてそっぽを向いた。
テオドールの腕を掴んでいた手に、ぎゅっと力が籠った。

「テオが言い寄られるのは‥‥イヤです‥‥。」
「‥‥‥‥。」



「‥‥‥お前がそれを言うのか?」

テオドールは半笑いで頬を掻いた。

「言いますっ、テオは私のテオです‥‥‥。」


ふっとテオドールは微笑みリリィベルのこめかみに口付けた。

「なら、しっかりと俺に近づく毒花をへし折ってくれよ?」

「‥‥‥そんなにかっこいいのが悪いのですっ!」
「ふははっお前が言うなよ。この世で最も高価な女のくせに。」

リリィベルの肩を抱き寄せて頭に頬を預けた。
「あなたはこの帝国で高貴ではありませんか。」
「なら高貴と高価で似合いだな。」

テオドールはニヤリと笑った。リリィベルが珍しくヤキモチを妬いているのが心地良かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「ばらされたくなかったら結婚してくださいませんこと?」「おれの事が好きなのか!」「いえ全然」貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ令嬢に結婚させら

天知 カナイ
恋愛
【貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ、令嬢と結婚させられた結果】 「聞きましたわよ。ばらされたくなかったら私と結婚してくださいませんこと?」 美貌の公爵令息、アレスティードにとんでもない要求を突きつけてきた侯爵令嬢サイ―シャ。「おれの事が好きなのか?」「いえ、全然」 何が目的なんだ?と悩みながらも仕方なくサイ―シャと婚約したアレスティード。サイ―シャは全くアレスティードには興味がなさそうだ。だが彼女の行動を見ているうちに一つの答えが導かれていき、アレスティードはどんどんともやもやがたまっていく・・

【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

との
恋愛
「記憶がない?」 「ああ、君が誰なのか分からないんだ」 そんな大ボラを吹いて目を逸らした夫は、領地を持っていない男爵家の嫡男。教師をしているが生活できるほどの給料が稼げず、王宮勤めの父親の稼ぎで暮らしていた。 平民としてはかなり裕福な家の一人娘メリッサに結婚を申し込んできたのはもちろんお金が目当てだが、メリッサにもこの結婚を受け入れる目的が⋯⋯。 メリッサにだけはとことんヘタレになるケニスと父親の全面協力の元、ろくでなしの夫の秘密を暴いて離婚します。 「マーサおばさまが睨むって、ケニスったら何かしでかしたの?」 「しでかさなかったから怒ってる」 「へ?」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結確約。 R15は念の為・・

【完結】 夫はどうやら、遠征先でよろしくやっているようです。よろしくってなんですか?

キムラましゅろう
恋愛
別タイトル 『夫不在で進んでいく浮気疑惑物語』 シュリナの夫、フォルカー・クライブは王国騎士団第三連隊に所属する中隊の騎士の一人だ。 結婚式を挙げてすぐに起きてしまったスタンピード鎮圧のために三ヶ月前に遠征した。 待てど暮らせど帰って来ず、手紙も届かない状態で唯一の情報源が現地で夫に雇われたというメイドのヤスミンが仕入れてくる噂話のみの状態であった。 そんなヤスミンがある日とある噂話を仕入れてくる。 それは夫フォルカーが現地の女性と“よろしくやっている”というものだった。 シュリナは思う、「よろしくってなに?」と。 果たして噂話は真実なのか。 いつもながらに完全ご都合展開のノーリアリティなお話です。 誤字脱字……うん、ごめんね。((*_ _)ペコリ モヤモヤ……申し訳ない! ペコリ(_ _*)) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか?

そらまめ
ファンタジー
 中年男の真田蓮司と自称一万年に一人の美少女スーパーアイドル、リィーナはVRMMORPGで遊んでいると突然のブラックアウトに見舞われる。  蓮司の視界が戻り薄暗い闇の中で自分の体が水面に浮いているような状況。水面から天に向かい真っ直ぐに登る無数の光球の輝きに目を奪われ、また、揺籠に揺られているような心地良さを感じていると目の前に選択肢が現れる。 [未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか? ちなみに今なら豪華特典プレゼント!]  と、文字が並び、下にはYES/NOの選択肢があった。  ゲームの新しいイベントと思い迷わずYESを選択した蓮司。  ちよっとお人好しの中年男とウザかわいい少女が織りなす異世界スローライフ?が今、幕を上げる‼︎    

もふもふ公園ねこ物語~愛と平和のにくきゅう戦士にゃんにゃん~

菜乃ひめ可
児童書・童話
たくさんの猫仲間が登場する、癒やしコメディ。  のんびり天真爛漫なキジトラ子猫が、みんなに助けられながら「にゃっほーい♪」と成長していく物語です。   自称『にくきゅう戦士』と名乗るキジトラ子猫のにゃんにゃんは、果たして公園の平和を守れるのか!?  「僕はみんなの味方ニャ!」  読んでいるときっと。 頭もココロもふわふわしてきますよぉ〜(笑) そう! それはまるで脳内お花(◕ᴗ◕✿)?

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

眼鏡をこよなく愛する人畜無害の貧乏令嬢です。この度、見習い衛生兵となりましたが軍医総監様がインテリ眼鏡なんてけしからんのです。

甘寧
恋愛
「……インテリ眼鏡とかここは天国か……?」 「は?」 シルヴィ・ベルナールの生家である男爵家は首皮一枚で何とか没落を免れている超絶貧乏令嬢だ。 そんなシルヴィが少しでも家の為にと働きに出た先が軍の衛生兵。 実はシルヴィは三度の飯より眼鏡が好きという生粋の眼鏡フェチ。 男女関係なく眼鏡をかけている者がいれば食い入るように眺めるのが日々の楽しみなのだが、この国の眼鏡率は低く人類全てが眼鏡をかければいいと真剣に願うほど信仰している。 そんな折出会ったのが、軍医施設の責任者兼軍医総監を務めるアルベール・ウィルム。 実はこの人、イケメンインテリア眼鏡だったりする。 見習い衛生兵として頑張るシルヴィだが、どうしてもアルベールの尻を追いかけてしまう。 更には色眼鏡の大佐が現れたり、片眼鏡のいけ好かない宰相様まで…… 自分の恋心に気づかない総監様と推しは推しとして愛でたいシルヴィの恋の行方は……?

処理中です...