138 / 240
新月の魂
しおりを挟む
バタンっと勢いよく皇太子の部屋の扉は閉じられた。
「・・・・・・・」
黙って手を握っていたテオドールが動かずに、リリィベルはその背を見つめた。
なんて言ったらいいか分からなかった。
リベルという愛称のこと。護衛騎士として仕え、グレンの言った通り、眠った自分を部屋に運んでくれた事があった事。すべてテオドールと出会う前の話だった。それでも、その事実を知られてしまうなんて夢にも思わなかった。
「・・・リリィ・・・。」
リリィベルが口を開く前に、テオドールが口を開いた。
「はい・・・。」
「お前は・・・・。」
少しだけの沈黙が、怖かった。何を言われるのだろうかと・・・。
少しでもグレンとの仲を疑われたら?
グレンの前で、寝顔を晒した事を問い詰められたら?
彼だけに許した愛称を許さないと言われたら?
「お前は・・・黒髪が好きか・・・・?」
「え・・・・・?」
「だから・・・黒い髪・・・好きか・・・・?」
その背から伝わったのは、髪の事だった。
「なぜそんな事を・・・。」
「・・・・・・なんとなく・・・・・・・。」
テオドールの胸に渦巻くこの気持ちは、暁だった自分が悔やんでいるからだ。
母親譲りの銀髪。前世と今世が違う髪の色。顔だけは同じなのに。
グレンの黒髪が、急に恋しくなった自分・・・・。
リリィベルは、ただテオドールの背に抱き着いた。
「私は・・・テオが好きです・・・。」
「・・・俺がどんな髪色だとしても・・・?」
リリィベルは瞳を閉じてテオドールの背の温もりを離さぬ様に寄り添った。
「あなたが、赤い髪をしていても・・・水色の髪色でも・・・・
あなたという存在を・・・いつの世も愛したと思います・・・・。」
それは真実だ。リリィベルは指輪を持ってこの世に産まれてきた。
それはテオドールと巡り合う為の目印。
リリィベルは、意を決してテオドールの目の前にまわった。
「私がっ・・・あなたと同じ指輪を持って産まれた事をお忘れですかっ・・・?」
その言葉を口にしたら、涙が浮かんできた。
「!・・・・リリィ・・・・。」
リリィベルはポロポロと涙を流した。
「私はっ・・・あなたしか愛した事がありませんっ・・・・。
あなたに会う為にこうして生まれたのにっ・・・・・。」
テオドールは、その時、正気に戻った。
2人の指に光る指輪。それが、どれだけ大事で、2人を繋ぐ物だったか・・・。
「っ・・・・ごめんっ・・・・。」
急に焦りが込み上げて、テオドールはリリィベルを抱きしめた。
「ごめんっ・・・・。」
「っ・・・私はっ・・あなたを愛してっ・・・。」
「分かってる・・・すまないっ・・・・バカな事を言った!泣かないでくれ・・・・。」
リリィベルの涙を見れば、心臓が潰されそうな程痛い。
「・・・本当にごめん・・・・。」
テオドールは瞳を閉じて、リリィベルの瞼に口付けた。
暁だった自分が、羨ましくて・・・。
グレンの髪色が・・・悔しくて・・・。
何度愚かな事を繰り返せば気が済むんだ・・・。
これじゃあ、愛を疑うも同然だ・・・。
俺の為に産まれてきたと、何度も伝えてくれているリリィベルに・・・・。
「リリィっ・・・。」
「私はっ・・・グレンを好きだった事はありませんっ!」
「!!・・・わかったからっ・・・。」
「私はっ・・あなたを愛してますっ・・・・。」
「わかったからっ・・・。」
「お願いですからっ・・・二度とっ・・・他の人の元に私を渡さないでくださいっ・・・。」
「・・・違うんだっ・・・アレはっ・・・・・。」
「あなたがっ・・・私を手放すようで・・・怖かったですっ・・・。」
「そんな事あり得ない!!!」
「うぅっ・・・私はっ・・あなただけの女ですっ・・・・。」
「あぁっ・・・リリィっ・・・・。」
2人はそのままベッドになだれ込んで抱きしめ合った。
テオドールの腕の中で涙を流すリリィベルを、テオドールはただ抱きしめて、その涙を唇で拭う。
胸が痛い・・・。
俺の愚かな感情が・・・・。
リリィを傷つけた・・・・。
また泣かせてしまった・・・。
「リリィっ・・・愛してるっ・・・・。」
ただその言葉を、何度もリリィベルの耳元で囁いた。
何度も何度も・・・その身に刻みたい程、囁いた。
「・・・・・・・。」
やがて泣きつかれて眠ってしまったリリィベルを抱きしめながら、テオドールは悲し気に瞳を閉じた。
自分とグレンと、どちらが好きかと問うたも同然だった・・・。
どうかしてる・・・。
それでも、聞かずにはいられなかった。
その黒髪に、惹かれはしなかったか・・・・。
俺を思い出してくれなかったか・・・。
リリィベルの中の礼蘭に聞きたかった・・・・。
俺の取り戻した記憶と、苦しみに共鳴し続けたリリィベルに・・・・
なんてことを言ってしまった・・・?
だが、聞いてしまった。
俺と出会う前も・・・俺を思い出してくれたか・・・・。
欲が多いにも程がある・・・。
こうして指輪を持って産まれてきてくれたのに・・・・。
ジリジリと胸が痛くて、耐えきれずにリリィベルから静かに離れ、テオドールはバルコニーに出た。
冷たい秋風に当たり・・・頭を冷やすようにため息をついた。
今夜は真っ暗闇だった。星だけが輝いている。
「俺は馬鹿だ・・・・。」
黒髪、幼馴染・・・。空白の16年・・・。
悲しいんだ・・・・。
寂しいんだ・・・・。
この胸が、魂が・・・それを羨んでドンドンと胸を叩く。
リリィベルは、自分の婚約者で、これからの未来があるのに・・・・。
過去くらい・・・グレンにくれてやればいい・・・。
俺は・・・それよりもっと・・・ひどいじゃないか・・・。
他の人と結婚し・・・・子を・・・。
「うぐっ・・・・。」
そう思った瞬間に、吐き気がした。
コポコポと込み上げてくる異物を吐き出したかった。
何が幸せだ・・・。
俺の前世の人生・・・・。礼蘭のいない人生の・・・どこが・・・・・。
「くそっ・・・・どうしてっ・・・・・。」
泣きたくなる程、嫌悪した。
顔も思い出せない妻だった人・・・。
俺は、本当に・・・どうして・・・・。
ドカッ!!!
バルコニーの柱に頭を打ち付けた。
「っ・・・ぅ・・・・っ・・・・。」
《人生はどうだった・・・・?》
《お前は、これまで健康的で、普通の幸せな人生を送った。良かったな。》
初めて言われたアレクシスの言葉が頭の中を駆け巡った。
あの時俺は、悔いはないと言った。幸せだったと・・・。
礼蘭を失った世界で、幸せだったものか・・・。
思い出一つ思い出す度に、指輪を見るたびに・・・・。
リリィの顔を見るたびに・・・・。
ついにしゃがみこんでテオドールは涙をこぼした。
「っ・・・どうしてっ・・・・どうしてっ・・・・・。」
どうして幸せだったと言えた?
気持ち悪い・・・・。
それなのに、リリィをあんな風に追い詰めて・・・。
俺はもっとひどいじゃないか・・・・。他の女と・・・・・・。
「ごほっ・・・っうぅっ・・・・・。」
考えるだけで、止まらない吐き気が押し寄せる。
口元を押さえて、テオドールは泣いた。
どうして、幸せだなんて言えたんだ。
俺が死ぬまでの間に礼蘭は居なかった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
返して貰った記憶のカケラ。
礼蘭とは隣の家で生まれ、生まれた時からずっと一緒だったこと。
礼蘭の為に剣道を始めた事。
礼蘭と幼馴染の枠を超えて、恋人になった事。
初めてキスをした事。
初めて身体を抱いた事。
礼蘭に指輪を贈った事。
礼蘭と結婚をすると・・・・。
そこからの記憶がない・・・・。
あんなに幸せだったのに、その先に、礼蘭が居なかった事。
死んでアレクシスに言われるまで、礼蘭を忘れていた事。
「ぅ・・・がはっっ・・・・」
テオドールはとうとうその場に吐き出した。
気持ち悪い思いを。
気持ち悪い・・・・。
俺が1番・・・最低だ・・・。
吐き出すと身体が震えてきた。耐えられない。
この身体はリリィベルだけのものなのに。
グレンに嫉妬し、リリィベルを追い詰め、駄々を捏ねて、
泣かせて。俺を愛してると死ぬ程言わせて置きながら‥
自分は・・・・。
心が震える。もう全て打ち明けたい・・・。
全部吐き出してしまいたい・・・。
俺は暁だと・・・お前は礼蘭だと・・・。
生まれ変わって、また巡り合ったのだと・・・。
だが、何故俺のそばに居なかった?
何故、アレクシスに俺の幸せを願った。
お前は・・・。
「・・・お前は・・・いつ・・・」
俺の前から居なくなった・・・・。
「おや、大丈夫ですか?」
膝をついて涙を流すテオドールの前に現れた。
星しかない夜に水色の髪。
「ロス‥ウェル‥?」
にっこり笑ったいつものロスウェルが何故かそこに現れた。
「あぁあぁ、こんなに汚れて。」
指をパチンっと鳴らすと、テオドールの身は綺麗になった。
「今日は新月ですね・・・。なんだか、変な感じで・・。
言葉に出来ないんですけど・・・。」
テオドールの前にしゃがみ込んだロスウェルの顔が微かに見えた。
「ロスウェル・・・・」
涙を流しながら、テオドールは名を呼んだ。
「殿下・・・。遅くなりましたが、お帰りなさい。」
ロスウェルが笑ったのが見えた。
「俺は・・・皇太子なんかじゃ・・・」
「え?」
テオドールの顔が激しく涙に歪んだ。
「俺はっ・・・皇太子なんかじゃないっっ・・・・」
その場に蹲ってだだそう泣いた。
「なにを・・・・」
何を言い出すんだと、ロスウェルは焦った。
ここに現れたのは、新月の夜で、テオドールが気に掛かったからだった。
彼は月だ。
そう思ってもう何年が過ぎただろう。
だから、姿を隠す新月はいつもテオドールが気にかかっていた。
オリヴァーにも伝えられない。この伝えようのない事。
案の定、今夜のテオドールはおかしかった。
いや、想像以上だった。
「うぅぅ・・・・っっ・・・・ぁぁっ・・・・っ」
「・・殿下っ・・・」
ロスウェルはテオドールの肩を掴んだ。
「どうしたらいいんだっ・・・もうわかんねぇ・・・っ」
フリフリと頭を揺さぶった。
「殿下、落ち着いて下さいっ・・・」
「俺はぁっ・・・テオドールじゃっ・・・・っ・・」
ボロボロ泣きながら、ロスウェルの両腕を掴んだ。
「違うっ・・俺だけどっ・・・俺なはずなのにっ・・・っ」
「殿下・・・」
月がない夜は‥‥テオドールの髪が黒くなる‥‥。
「俺はっ‥‥‥なんでっ‥‥‥うぅっ‥‥っ‥」
「では‥‥‥あなたは‥‥誰なのですか‥‥‥?」
ロスウェルは意を決してそう聞いた。
月がない夜、現れる黒髪のあなた。
その男は、泣きながら顔を上げ胸をぎゅっと掴んだ。
「おれはっ‥‥‥っ‥あいつはっ‥‥‥っ」
ロスウェルは真剣にその言葉を読み通ろうとした。
あいつとは、リリィベルの事だろう‥‥。
新月の夜に現れる黒髪の2人。
「俺達はっ‥‥‥ずっと一緒だったんだっ‥‥‥。
永遠に‥離れないっっ‥‥‥それなのにっ‥‥っ‥‥
あいつは俺を残してっ‥‥‥ぅぅっ‥‥っ」
「‥‥‥‥‥」
ロスウェルは、胸に秘める覚悟をした。
リリィベルと出会ってから、それは起こり始めた。
新月になるとテオドールの銀髪は黒く見えるようになった。最初は、月がない夜だからだと思った。
照らす月がないから、銀色の髪が黒く見えるのだろうと。
もちろん、他の人には分からないだろう。
だが、違う‥‥。
今日この夜に会ったテオドールには‥
いや、2人には‥‥
救われない魂が‥‥宿っている。
「・・・・・・・」
黙って手を握っていたテオドールが動かずに、リリィベルはその背を見つめた。
なんて言ったらいいか分からなかった。
リベルという愛称のこと。護衛騎士として仕え、グレンの言った通り、眠った自分を部屋に運んでくれた事があった事。すべてテオドールと出会う前の話だった。それでも、その事実を知られてしまうなんて夢にも思わなかった。
「・・・リリィ・・・。」
リリィベルが口を開く前に、テオドールが口を開いた。
「はい・・・。」
「お前は・・・・。」
少しだけの沈黙が、怖かった。何を言われるのだろうかと・・・。
少しでもグレンとの仲を疑われたら?
グレンの前で、寝顔を晒した事を問い詰められたら?
彼だけに許した愛称を許さないと言われたら?
「お前は・・・黒髪が好きか・・・・?」
「え・・・・・?」
「だから・・・黒い髪・・・好きか・・・・?」
その背から伝わったのは、髪の事だった。
「なぜそんな事を・・・。」
「・・・・・・なんとなく・・・・・・・。」
テオドールの胸に渦巻くこの気持ちは、暁だった自分が悔やんでいるからだ。
母親譲りの銀髪。前世と今世が違う髪の色。顔だけは同じなのに。
グレンの黒髪が、急に恋しくなった自分・・・・。
リリィベルは、ただテオドールの背に抱き着いた。
「私は・・・テオが好きです・・・。」
「・・・俺がどんな髪色だとしても・・・?」
リリィベルは瞳を閉じてテオドールの背の温もりを離さぬ様に寄り添った。
「あなたが、赤い髪をしていても・・・水色の髪色でも・・・・
あなたという存在を・・・いつの世も愛したと思います・・・・。」
それは真実だ。リリィベルは指輪を持ってこの世に産まれてきた。
それはテオドールと巡り合う為の目印。
リリィベルは、意を決してテオドールの目の前にまわった。
「私がっ・・・あなたと同じ指輪を持って産まれた事をお忘れですかっ・・・?」
その言葉を口にしたら、涙が浮かんできた。
「!・・・・リリィ・・・・。」
リリィベルはポロポロと涙を流した。
「私はっ・・・あなたしか愛した事がありませんっ・・・・。
あなたに会う為にこうして生まれたのにっ・・・・・。」
テオドールは、その時、正気に戻った。
2人の指に光る指輪。それが、どれだけ大事で、2人を繋ぐ物だったか・・・。
「っ・・・・ごめんっ・・・・。」
急に焦りが込み上げて、テオドールはリリィベルを抱きしめた。
「ごめんっ・・・・。」
「っ・・・私はっ・・あなたを愛してっ・・・。」
「分かってる・・・すまないっ・・・・バカな事を言った!泣かないでくれ・・・・。」
リリィベルの涙を見れば、心臓が潰されそうな程痛い。
「・・・本当にごめん・・・・。」
テオドールは瞳を閉じて、リリィベルの瞼に口付けた。
暁だった自分が、羨ましくて・・・。
グレンの髪色が・・・悔しくて・・・。
何度愚かな事を繰り返せば気が済むんだ・・・。
これじゃあ、愛を疑うも同然だ・・・。
俺の為に産まれてきたと、何度も伝えてくれているリリィベルに・・・・。
「リリィっ・・・。」
「私はっ・・・グレンを好きだった事はありませんっ!」
「!!・・・わかったからっ・・・。」
「私はっ・・あなたを愛してますっ・・・・。」
「わかったからっ・・・。」
「お願いですからっ・・・二度とっ・・・他の人の元に私を渡さないでくださいっ・・・。」
「・・・違うんだっ・・・アレはっ・・・・・。」
「あなたがっ・・・私を手放すようで・・・怖かったですっ・・・。」
「そんな事あり得ない!!!」
「うぅっ・・・私はっ・・あなただけの女ですっ・・・・。」
「あぁっ・・・リリィっ・・・・。」
2人はそのままベッドになだれ込んで抱きしめ合った。
テオドールの腕の中で涙を流すリリィベルを、テオドールはただ抱きしめて、その涙を唇で拭う。
胸が痛い・・・。
俺の愚かな感情が・・・・。
リリィを傷つけた・・・・。
また泣かせてしまった・・・。
「リリィっ・・・愛してるっ・・・・。」
ただその言葉を、何度もリリィベルの耳元で囁いた。
何度も何度も・・・その身に刻みたい程、囁いた。
「・・・・・・・。」
やがて泣きつかれて眠ってしまったリリィベルを抱きしめながら、テオドールは悲し気に瞳を閉じた。
自分とグレンと、どちらが好きかと問うたも同然だった・・・。
どうかしてる・・・。
それでも、聞かずにはいられなかった。
その黒髪に、惹かれはしなかったか・・・・。
俺を思い出してくれなかったか・・・。
リリィベルの中の礼蘭に聞きたかった・・・・。
俺の取り戻した記憶と、苦しみに共鳴し続けたリリィベルに・・・・
なんてことを言ってしまった・・・?
だが、聞いてしまった。
俺と出会う前も・・・俺を思い出してくれたか・・・・。
欲が多いにも程がある・・・。
こうして指輪を持って産まれてきてくれたのに・・・・。
ジリジリと胸が痛くて、耐えきれずにリリィベルから静かに離れ、テオドールはバルコニーに出た。
冷たい秋風に当たり・・・頭を冷やすようにため息をついた。
今夜は真っ暗闇だった。星だけが輝いている。
「俺は馬鹿だ・・・・。」
黒髪、幼馴染・・・。空白の16年・・・。
悲しいんだ・・・・。
寂しいんだ・・・・。
この胸が、魂が・・・それを羨んでドンドンと胸を叩く。
リリィベルは、自分の婚約者で、これからの未来があるのに・・・・。
過去くらい・・・グレンにくれてやればいい・・・。
俺は・・・それよりもっと・・・ひどいじゃないか・・・。
他の人と結婚し・・・・子を・・・。
「うぐっ・・・・。」
そう思った瞬間に、吐き気がした。
コポコポと込み上げてくる異物を吐き出したかった。
何が幸せだ・・・。
俺の前世の人生・・・・。礼蘭のいない人生の・・・どこが・・・・・。
「くそっ・・・・どうしてっ・・・・・。」
泣きたくなる程、嫌悪した。
顔も思い出せない妻だった人・・・。
俺は、本当に・・・どうして・・・・。
ドカッ!!!
バルコニーの柱に頭を打ち付けた。
「っ・・・ぅ・・・・っ・・・・。」
《人生はどうだった・・・・?》
《お前は、これまで健康的で、普通の幸せな人生を送った。良かったな。》
初めて言われたアレクシスの言葉が頭の中を駆け巡った。
あの時俺は、悔いはないと言った。幸せだったと・・・。
礼蘭を失った世界で、幸せだったものか・・・。
思い出一つ思い出す度に、指輪を見るたびに・・・・。
リリィの顔を見るたびに・・・・。
ついにしゃがみこんでテオドールは涙をこぼした。
「っ・・・どうしてっ・・・・どうしてっ・・・・・。」
どうして幸せだったと言えた?
気持ち悪い・・・・。
それなのに、リリィをあんな風に追い詰めて・・・。
俺はもっとひどいじゃないか・・・・。他の女と・・・・・・。
「ごほっ・・・っうぅっ・・・・・。」
考えるだけで、止まらない吐き気が押し寄せる。
口元を押さえて、テオドールは泣いた。
どうして、幸せだなんて言えたんだ。
俺が死ぬまでの間に礼蘭は居なかった。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
返して貰った記憶のカケラ。
礼蘭とは隣の家で生まれ、生まれた時からずっと一緒だったこと。
礼蘭の為に剣道を始めた事。
礼蘭と幼馴染の枠を超えて、恋人になった事。
初めてキスをした事。
初めて身体を抱いた事。
礼蘭に指輪を贈った事。
礼蘭と結婚をすると・・・・。
そこからの記憶がない・・・・。
あんなに幸せだったのに、その先に、礼蘭が居なかった事。
死んでアレクシスに言われるまで、礼蘭を忘れていた事。
「ぅ・・・がはっっ・・・・」
テオドールはとうとうその場に吐き出した。
気持ち悪い思いを。
気持ち悪い・・・・。
俺が1番・・・最低だ・・・。
吐き出すと身体が震えてきた。耐えられない。
この身体はリリィベルだけのものなのに。
グレンに嫉妬し、リリィベルを追い詰め、駄々を捏ねて、
泣かせて。俺を愛してると死ぬ程言わせて置きながら‥
自分は・・・・。
心が震える。もう全て打ち明けたい・・・。
全部吐き出してしまいたい・・・。
俺は暁だと・・・お前は礼蘭だと・・・。
生まれ変わって、また巡り合ったのだと・・・。
だが、何故俺のそばに居なかった?
何故、アレクシスに俺の幸せを願った。
お前は・・・。
「・・・お前は・・・いつ・・・」
俺の前から居なくなった・・・・。
「おや、大丈夫ですか?」
膝をついて涙を流すテオドールの前に現れた。
星しかない夜に水色の髪。
「ロス‥ウェル‥?」
にっこり笑ったいつものロスウェルが何故かそこに現れた。
「あぁあぁ、こんなに汚れて。」
指をパチンっと鳴らすと、テオドールの身は綺麗になった。
「今日は新月ですね・・・。なんだか、変な感じで・・。
言葉に出来ないんですけど・・・。」
テオドールの前にしゃがみ込んだロスウェルの顔が微かに見えた。
「ロスウェル・・・・」
涙を流しながら、テオドールは名を呼んだ。
「殿下・・・。遅くなりましたが、お帰りなさい。」
ロスウェルが笑ったのが見えた。
「俺は・・・皇太子なんかじゃ・・・」
「え?」
テオドールの顔が激しく涙に歪んだ。
「俺はっ・・・皇太子なんかじゃないっっ・・・・」
その場に蹲ってだだそう泣いた。
「なにを・・・・」
何を言い出すんだと、ロスウェルは焦った。
ここに現れたのは、新月の夜で、テオドールが気に掛かったからだった。
彼は月だ。
そう思ってもう何年が過ぎただろう。
だから、姿を隠す新月はいつもテオドールが気にかかっていた。
オリヴァーにも伝えられない。この伝えようのない事。
案の定、今夜のテオドールはおかしかった。
いや、想像以上だった。
「うぅぅ・・・・っっ・・・・ぁぁっ・・・・っ」
「・・殿下っ・・・」
ロスウェルはテオドールの肩を掴んだ。
「どうしたらいいんだっ・・・もうわかんねぇ・・・っ」
フリフリと頭を揺さぶった。
「殿下、落ち着いて下さいっ・・・」
「俺はぁっ・・・テオドールじゃっ・・・・っ・・」
ボロボロ泣きながら、ロスウェルの両腕を掴んだ。
「違うっ・・俺だけどっ・・・俺なはずなのにっ・・・っ」
「殿下・・・」
月がない夜は‥‥テオドールの髪が黒くなる‥‥。
「俺はっ‥‥‥なんでっ‥‥‥うぅっ‥‥っ‥」
「では‥‥‥あなたは‥‥誰なのですか‥‥‥?」
ロスウェルは意を決してそう聞いた。
月がない夜、現れる黒髪のあなた。
その男は、泣きながら顔を上げ胸をぎゅっと掴んだ。
「おれはっ‥‥‥っ‥あいつはっ‥‥‥っ」
ロスウェルは真剣にその言葉を読み通ろうとした。
あいつとは、リリィベルの事だろう‥‥。
新月の夜に現れる黒髪の2人。
「俺達はっ‥‥‥ずっと一緒だったんだっ‥‥‥。
永遠に‥離れないっっ‥‥‥それなのにっ‥‥っ‥‥
あいつは俺を残してっ‥‥‥ぅぅっ‥‥っ」
「‥‥‥‥‥」
ロスウェルは、胸に秘める覚悟をした。
リリィベルと出会ってから、それは起こり始めた。
新月になるとテオドールの銀髪は黒く見えるようになった。最初は、月がない夜だからだと思った。
照らす月がないから、銀色の髪が黒く見えるのだろうと。
もちろん、他の人には分からないだろう。
だが、違う‥‥。
今日この夜に会ったテオドールには‥
いや、2人には‥‥
救われない魂が‥‥宿っている。
0
お気に入りに追加
31
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*
音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。
塩対応より下があるなんて……。
この婚約は間違っている?
*2021年7月完結
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います
結城芙由奈
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので
結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中
王妃の手習い
桃井すもも
恋愛
オフィーリアは王太子の婚約者候補である。しかしそれは、国内貴族の勢力バランスを鑑みて、解消が前提の予定調和のものであった。
真の婚約者は既に内定している。
近い将来、オフィーリアは候補から外される。
❇妄想の産物につき史実と100%異なります。
❇知らない事は書けないをモットーに完結まで頑張ります。
❇妄想スイマーと共に遠泳下さる方にお楽しみ頂けますと泳ぎ甲斐があります。
【完結】今夜さよならをします
たろ
恋愛
愛していた。でも愛されることはなかった。
あなたが好きなのは、守るのはリーリエ様。
だったら婚約解消いたしましょう。
シエルに頬を叩かれた時、わたしの恋心は消えた。
よくある婚約解消の話です。
そして新しい恋を見つける話。
なんだけど……あなたには最後しっかりとざまあくらわせてやります!!
★すみません。
長編へと変更させていただきます。
書いているとつい面白くて……長くなってしまいました。
いつも読んでいただきありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる