上 下
137 / 240

火花

しおりを挟む
 
 俯いていたリリィベルだったが、テオドールに甘やかされて笑顔が戻った。
 此処は、皇族と婚約者という私的な場。グレンには居心地の悪い空間に変わった。

 あんなものを見せられるはずではなかった。

「ハーニッシュ卿。」
「陛下。どうぞグレンと呼んでください。私は平民ですから・・・。」
「ははっ・・・グレン、幼い頃のリリィの話が聞きたいな。同じ屋敷に居たのだ。知ってるだろう?
 それに、リベルという愛称も、ダニエルもリリィと呼ぶのだが。」

 グレンは、その言葉に嬉しそうに笑った。

 マーガレットは、陰でオリヴァーのわき腹を小突いた。
「えっ?」
 驚くオリヴァーが密にわき腹を摩った。
 しれっとマーガレットは知らんぷりをした。

「リベルという愛称は、お嬢様が11歳で私が13歳の時、騎士団の試合で優勝を収めた時に褒美として。」
「褒美?」
「はい、大人たちに勝った私の褒美として・」
「へぇ~・・・確かにリリィと呼ぶ方が一般的だが。」
「はいっ・・・。リベルとは・・・私だけが許されたお嬢様の愛称です。
 当時のお嬢様が、ご提案してくださいました。平民の身分ですが幼馴染ですから。」

 グレンは本当に幸せそうに笑ってそう言った。

「もぉっ・・・グレンったら・・・私が11歳になる歳の話よっ・・・。」
「はい。ですが、許されたのはリベル?お嬢様ですよ?」

 そう言って笑みを浮かべたグレンは熱い瞳でリリィベルを見た。

 今度はリリィベルが居心地が悪そうだった。
 ティータイムを過ごしてから、グレンの瞳が気になって仕方ない。

「リベルかぁ・・・。まぁ、その愛称もいいな。」
 テオドールがシャンパンを一口飲んでそう言った。
「いくら皇太子殿下でも、この愛称だけは、譲れませんよ?リベルお嬢様が、私だけに許して下さった愛称ですから。ね?リベル・・・。」

「そんな・・・幼い頃の・・・話よ・・・・。」

「でも、俺にはそれが生涯の宝物ですよ。なにせ・・・この世でただ一人許された男になりました。」

 リリィベルは俯いた。今更恥ずかしい思い出だった。

 あの北部で、幼馴染だった彼が遊び相手だった自分。まるで不貞を働いた気分だった。
 婚約者の前で、こんな話をされるなんて・・・。


 テオドールが、グラスをテーブルに置いた。
「それは生涯大切だな・・・。きっと、俺もそう思うだろう。」
 テオドールの言葉に、リリィベルはテオドールの方を向いた。

 テオドールの表情は、ニヤリと笑っていた。

「えぇ・・・。この身に不相応ではありますが、宝物なのです。」
「本当だ。このように美しい幼馴染も居て、平民ながらに教育も受け、そなたは幸運な男だ。」

 テオドールの言葉に、グレンもニヤリと笑った。

「私も、そう思います・・・。両親は早くに亡くしても、私を大切にしてくださったダニエル様と、
 お嬢様と共に育てて頂いたのですから・・・。恩返しがしたいと常々思っているのです。」

「そうだな。大切にしなければ・・・。父君は人を見る目がある・・・。」
「・・・・・。」

「育てた者は、剣術を学び、教養も学び・・・立派な騎士となり爵位まで手にするのだ。
 素晴らしい人材を育てたものだ・・・。」

 グラスを揺らして、また一口シャンパンを飲んだ。


「そなたの様な強き者が北部でリリィを大切にしてくれたから、こうして無事に私はリリィに出会う事が出来たのだから・・・。」

「!!・・・・。」

 グレンは、グッっと拳を握った。

「えぇ・・・リベルは・・・身体も弱かったもので・・・。本当に目が離せないお嬢様です。」

「ふっ・・・そうだなぁ。俺のリリィは羽が生えたように軽くて、抱きしめていないと不安になる。」

「本当に、リベルはとても細くて軽くて・・・身体が弱いのに庭園のベンチで眠ってしまうんです。いつも抱き上げて部屋に運んだのですが、そんな所も心配していたのですよ。」

「あぁ本当に・・・私も毎晩心配になるんだよ。俺の胸に身体を預けても少しも重くないから。」




 この時、2人の間で初めてバチバチと火花が散った。

 オリヴァーは、マーガレットに小突かれた理由をやっと理解した。
 ただの幼馴染だと思っていたグレンだったが、こうした言葉を言うという事は、
 リリィベルに思いを寄せていた事は明白だ。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
 オリヴァーは静かにマーガレットを見た。
 目が合ったマーガレットが、ぷくっと頬を膨らませていた。

 ごめん。と瞳を一度閉じた。
 許しません。とマーガレットが二回瞳を閉じた。


「テオっ・・・。」
「ぁん・・?」
「私もうお腹いっぱいだわ?」
「あぁ俺もだ。腹ん中がパンパンだ。頭もな。」
「でしょっ?お義母様、お義父様っ・・・私達これで下がろうと思います。」
「あぁうんそうしようか。」
 オリヴァーは罪滅ぼしのように早口でそう言った。
 リリィベルはテオドールの腕をそっと掴んだ。

「リベル?君の大好きなデザートは食べないの?」
 グレンがそう言った。
「えぇっ・・・もうお腹いっぱい・・・。」

 冷汗を浮かべながらリリィベルはテオドールを立ち上がらせた。
 テオドールはリリィベルの肩に腕を回した。
「デザートは、部屋で二人で食べるさ。一つのデザートを分け合ってな。」

 そして去り際に、グレンに向かって目を細めた。

「最後にいいか?」
「はい。なんでしょう。」

 にっこりと笑ったグレンが、応じる。

「・・・リリィの好きなデザートなんだか知ってるか?」
「えぇもちろん。」

「じゃあせーので言ってみようぜ?」

「せーの。」


「「イチゴとチーズケーキ。スフレじゃなくレアチーズ。あとアイスに乗ったパリパリのチョコレート。」」


 二度目の火花が盛大に上がった。

「うぅっ・・・・。」
 リリィベルは今すぐこの場から消えたかった。

 目を細めたまま険しい顔のテオドールと、笑顔のままのグレンが見つめ合った。

「・・・・・・まぁ、幼馴染だからな。」
「えぇ。当然です。」
 ニコリと笑ったグレンはその顔を崩さない。

「でも一つ教えてやろう。」
「なんでしょう。殿下。」

 テオドールが、とうとう得意の爆弾を放り投げる。

「俺の口から直接与えられるアイスとチョコレートが溶けるのが一番好きだそうだ。」
「・・・・・・・・そうですか。本当に、仲睦まじい事ですね。」

「俺の舌で溶けるアイスの冷たさとチョコレートが」
「テオもう行きましょう!!!」

 リリィベルがテオドールの手を引っ張り、ダイニングルームから2人は去った。


 オリヴァーとマーガレットは、静かにグレンを見た。
 ニコリと笑顔のグレンがそのままでいる。

 だが、次第にこめかみに血管が浮き出てきた。


 ボォッ!っと炎が上がったように見えた。


 それはきっと、テオドールも同じだろう。



 皇太子宮にリリィベルの手を引き、テオドールが足早に進む。
 リリィベルに至っては、もう煙が出そうな程顔を真っ赤にしていて、テオドールについていくのでやっとだった。




 くそっ・・・!!!


 グレンだか紅蓮華だかしらねーが!


 ハーニッシュだかハニーフラッシュだかしらねーが!!!!!


 リベルリベルとやかましいんだよ!くそが!!!!!!




 しっかり俺と張り合いやがって・・・・。


 リリィを・・・・思っている事を、幼馴染の言葉に隠して・・・。



 あれは・・・


 前世でも好きだった食べ物だ・・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

政略結婚した夫の愛人は私の専属メイドだったので離婚しようと思います

結城芙由奈 
恋愛
浮気ですか?どうぞご自由にして下さい。私はここを去りますので 結婚式の前日、政略結婚相手は言った。「お前に永遠の愛は誓わない。何故ならそこに愛など存在しないのだから。」そして迎えた驚くべき結婚式と驚愕の事実。いいでしょう、それほど不本意な結婚ならば離婚してあげましょう。その代わり・・後で後悔しても知りませんよ? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載中

その眼差しは凍てつく刃*冷たい婚約者にウンザリしてます*

音爽(ネソウ)
恋愛
義妹に優しく、婚約者の令嬢には極寒対応。 塩対応より下があるなんて……。 この婚約は間違っている? *2021年7月完結

私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした

さこの
恋愛
 幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。  誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。  数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。  お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。  片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。  お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……  っと言った感じのストーリーです。

処理中です...