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火花
しおりを挟む俯いていたリリィベルだったが、テオドールに甘やかされて笑顔が戻った。
此処は、皇族と婚約者という私的な場。グレンには居心地の悪い空間に変わった。
あんなものを見せられるはずではなかった。
「ハーニッシュ卿。」
「陛下。どうぞグレンと呼んでください。私は平民ですから・・・。」
「ははっ・・・グレン、幼い頃のリリィの話が聞きたいな。同じ屋敷に居たのだ。知ってるだろう?
それに、リベルという愛称も、ダニエルもリリィと呼ぶのだが。」
グレンは、その言葉に嬉しそうに笑った。
マーガレットは、陰でオリヴァーのわき腹を小突いた。
「えっ?」
驚くオリヴァーが密にわき腹を摩った。
しれっとマーガレットは知らんぷりをした。
「リベルという愛称は、お嬢様が11歳で私が13歳の時、騎士団の試合で優勝を収めた時に褒美として。」
「褒美?」
「はい、大人たちに勝った私の褒美として・」
「へぇ~・・・確かにリリィと呼ぶ方が一般的だが。」
「はいっ・・・。リベルとは・・・私だけが許されたお嬢様の愛称です。
当時のお嬢様が、ご提案してくださいました。平民の身分ですが幼馴染ですから。」
グレンは本当に幸せそうに笑ってそう言った。
「もぉっ・・・グレンったら・・・私が11歳になる歳の話よっ・・・。」
「はい。ですが、許されたのはリベル?お嬢様ですよ?」
そう言って笑みを浮かべたグレンは熱い瞳でリリィベルを見た。
今度はリリィベルが居心地が悪そうだった。
ティータイムを過ごしてから、グレンの瞳が気になって仕方ない。
「リベルかぁ・・・。まぁ、その愛称もいいな。」
テオドールがシャンパンを一口飲んでそう言った。
「いくら皇太子殿下でも、この愛称だけは、譲れませんよ?リベルお嬢様が、私だけに許して下さった愛称ですから。ね?リベル・・・。」
「そんな・・・幼い頃の・・・話よ・・・・。」
「でも、俺にはそれが生涯の宝物ですよ。なにせ・・・この世でただ一人許された男になりました。」
リリィベルは俯いた。今更恥ずかしい思い出だった。
あの北部で、幼馴染だった彼が遊び相手だった自分。まるで不貞を働いた気分だった。
婚約者の前で、こんな話をされるなんて・・・。
テオドールが、グラスをテーブルに置いた。
「それは生涯大切だな・・・。きっと、俺もそう思うだろう。」
テオドールの言葉に、リリィベルはテオドールの方を向いた。
テオドールの表情は、ニヤリと笑っていた。
「えぇ・・・。この身に不相応ではありますが、宝物なのです。」
「本当だ。このように美しい幼馴染も居て、平民ながらに教育も受け、そなたは幸運な男だ。」
テオドールの言葉に、グレンもニヤリと笑った。
「私も、そう思います・・・。両親は早くに亡くしても、私を大切にしてくださったダニエル様と、
お嬢様と共に育てて頂いたのですから・・・。恩返しがしたいと常々思っているのです。」
「そうだな。大切にしなければ・・・。父君は人を見る目がある・・・。」
「・・・・・。」
「育てた者は、剣術を学び、教養も学び・・・立派な騎士となり爵位まで手にするのだ。
素晴らしい人材を育てたものだ・・・。」
グラスを揺らして、また一口シャンパンを飲んだ。
「そなたの様な強き者が北部でリリィを大切にしてくれたから、こうして無事に私はリリィに出会う事が出来たのだから・・・。」
「!!・・・・。」
グレンは、グッっと拳を握った。
「えぇ・・・リベルは・・・身体も弱かったもので・・・。本当に目が離せないお嬢様です。」
「ふっ・・・そうだなぁ。俺のリリィは羽が生えたように軽くて、抱きしめていないと不安になる。」
「本当に、リベルはとても細くて軽くて・・・身体が弱いのに庭園のベンチで眠ってしまうんです。いつも抱き上げて部屋に運んだのですが、そんな所も心配していたのですよ。」
「あぁ本当に・・・私も毎晩心配になるんだよ。俺の胸に身体を預けても少しも重くないから。」
この時、2人の間で初めてバチバチと火花が散った。
オリヴァーは、マーガレットに小突かれた理由をやっと理解した。
ただの幼馴染だと思っていたグレンだったが、こうした言葉を言うという事は、
リリィベルに思いを寄せていた事は明白だ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
オリヴァーは静かにマーガレットを見た。
目が合ったマーガレットが、ぷくっと頬を膨らませていた。
ごめん。と瞳を一度閉じた。
許しません。とマーガレットが二回瞳を閉じた。
「テオっ・・・。」
「ぁん・・?」
「私もうお腹いっぱいだわ?」
「あぁ俺もだ。腹ん中がパンパンだ。頭もな。」
「でしょっ?お義母様、お義父様っ・・・私達これで下がろうと思います。」
「あぁうんそうしようか。」
オリヴァーは罪滅ぼしのように早口でそう言った。
リリィベルはテオドールの腕をそっと掴んだ。
「リベル?君の大好きなデザートは食べないの?」
グレンがそう言った。
「えぇっ・・・もうお腹いっぱい・・・。」
冷汗を浮かべながらリリィベルはテオドールを立ち上がらせた。
テオドールはリリィベルの肩に腕を回した。
「デザートは、部屋で二人で食べるさ。一つのデザートを分け合ってな。」
そして去り際に、グレンに向かって目を細めた。
「最後にいいか?」
「はい。なんでしょう。」
にっこりと笑ったグレンが、応じる。
「・・・リリィの好きなデザートなんだか知ってるか?」
「えぇもちろん。」
「じゃあせーので言ってみようぜ?」
「せーの。」
「「イチゴとチーズケーキ。スフレじゃなくレアチーズ。あとアイスに乗ったパリパリのチョコレート。」」
二度目の火花が盛大に上がった。
「うぅっ・・・・。」
リリィベルは今すぐこの場から消えたかった。
目を細めたまま険しい顔のテオドールと、笑顔のままのグレンが見つめ合った。
「・・・・・・まぁ、幼馴染だからな。」
「えぇ。当然です。」
ニコリと笑ったグレンはその顔を崩さない。
「でも一つ教えてやろう。」
「なんでしょう。殿下。」
テオドールが、とうとう得意の爆弾を放り投げる。
「俺の口から直接与えられるアイスとチョコレートが溶けるのが一番好きだそうだ。」
「・・・・・・・・そうですか。本当に、仲睦まじい事ですね。」
「俺の舌で溶けるアイスの冷たさとチョコレートが」
「テオもう行きましょう!!!」
リリィベルがテオドールの手を引っ張り、ダイニングルームから2人は去った。
オリヴァーとマーガレットは、静かにグレンを見た。
ニコリと笑顔のグレンがそのままでいる。
だが、次第にこめかみに血管が浮き出てきた。
ボォッ!っと炎が上がったように見えた。
それはきっと、テオドールも同じだろう。
皇太子宮にリリィベルの手を引き、テオドールが足早に進む。
リリィベルに至っては、もう煙が出そうな程顔を真っ赤にしていて、テオドールについていくのでやっとだった。
くそっ・・・!!!
グレンだか紅蓮華だかしらねーが!
ハーニッシュだかハニーフラッシュだかしらねーが!!!!!
リベルリベルとやかましいんだよ!くそが!!!!!!
しっかり俺と張り合いやがって・・・・。
リリィを・・・・思っている事を、幼馴染の言葉に隠して・・・。
あれは・・・
前世でも好きだった食べ物だ・・・・。
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