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キタカラキタオトコ 1

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 マッケランの視察は、順調だった。
 多くの武器や鎧を献上している工房の責任者の男に会った。
 その者は、元のマッケラン伯爵から大きな工房を任された顎鬚を生やした勇ましい男だった。
 なんでも、先代の皇帝陛下に仕えていた騎士だった者だという。

 工房の一画で、テオドールとリリィベルはその男、ルーカスと話をした。
「では、ルーカス、そなたは元々は皇室騎士団に居たのだな?それも第一?」
「えぇ、私はリリィベル様の祖父、アドルフ様の後釜です。この通り、足を負傷しまして騎士は引退しましたが、どうにも、この身を守る鎧や剣が小さな頃から大好きで、騎士になったのです。

「では・・・・騎士団長だったというのか?」
「まあ、アドルフ様には敵いませんが、これでも必死で務めて参りました。
 しかし・・・こんな西部で、アドルフ様の孫のお嬢様にお会いできるとは夢にも思いませんでした。」
 
 ルーカスは、少し瞳を潤ませていた。そして懐かしそうにリリィベルを見つめた。
「なるほど、グレース様に似ていらっしゃる。・・・殿下、先日の事件は耳にしておりました。
 この歳で、こんな有様で、アドルフ様の孫のリリィベル様をお守りできず悔やんでおりました。

 ・・・ですが、殿下とご婚約された事、誠に嬉しく思っております。」

 ルーカスの表情で、その敬愛を感じる事が出来る。ルーカスの表情に2人は微笑んだ。
「その様子では、かなり親しかったようだな?」
「私は、アドルフ様に鍛えられたも同然です。あの方と私は、10程歳が離れておりますが、
 若干13歳にて、当時の騎士団長から勝利を勝ち取ったお方。そして騎士団長についてからは、何よりグラムとの戦で敵の指揮官の首を取り、アドルフ様の名を知らぬ者などおりませんでした。

 本当に・・・お強い方でした。そして何より・・・グレース様と仲睦まじく、今のお二人を見ているようです。

 私はアドルフ様が北部へ行ったのち、現在、同盟国となったアルセポネ王国との戦で、足の腱を斬ってしまい・・・このザマで御座います。」

 ルーカスの左足は松葉杖なしでは歩けない。

「アルセポネか・・・あの国が一番最近の同盟国だな。」
「はい・・・アルセポネの総司令官を追い詰め、白旗を上げたアルセポネが、帝国の同盟国となり
 この帝国に忠誠を誓いました。同盟の証に送られたのが、ここにある鎧の原材料となる金属板です。」

「騎士を退いても、ここで武器や鎧を作っていたのか・・・。」
「えぇ、私は平民でしたが、アドルフ様率いるグラムとの戦で男爵位となり、騎士団長になってからは、伯爵位を賜りましたが、引退と共に爵位は返上し男爵に戻りました。幸い独り身ですから・・・。
 ここで武器を作り、帝国がより良い品物を作り帝国をお守りする事が、今の私には生きがいなのです。」

「そうか・・・だが、そなたの後継者が居なければ・・・。」
「この工房には弟子がおりまして・・・その子は親無しで、すでに私には家族同然の子です。
 まだ13歳と若いのですが、これからどんどん腕も上げるでしょう。

 その子に、男爵家を継いでもらおうと思っています。」

 ルーカスが振り返った先には、茶髪で短髪の少年が働いていた。
 汗を流しながらその手で金属板を槌で叩いている。
 その姿を穏やかに優しく見守っている。

「そうか・・・。帝国の為に尽くしてくれて感謝する・・・。ルーカス・・・。」
「とんでもございません。」
「では、そなたがフォルトナー男爵だったか・・・。」
「えぇ、そうです。すみません。仕事が忙しくて貴族らしい事は・・・」
「そんな事はない。こうして帝国の為に働いているのだから。」
「ありがとう御座います。殿下・・・。」

「マッケランにはシュペール男爵家とフォルトナー男爵家だったか・・・。」
「シュペール男爵にはお会いになっていないのですか?それより・・・ヒューストン子爵が居られるはずですが。」

 その名前が出て皇太子は肩眉を吊り上げた。
「あぁ、今朝ヒューストン子爵家を出たところだ。出来ればその話は避けたい所だな。」
「なにか・・?」
「言うならば、子爵家に俺の希望は託せないというところだ。」
「はぁ・・・・左様ですか・・・。まぁ、あそこにはお嬢様が居られましたな。
 なるほど・・・。」

 皇太子を見てルーカスはニヤリと笑った。

「ヒューストン子爵のご令嬢はここらでは、有名ですからな・・・・。」
「理解が早くて助かるな。」

「この後も、そなたの案内を受けたいが、どうだ?時間をもらえるか?」
「もちろんでございます殿下。この工房で働く者達は優秀ですから。」


 その後、ルーカスと皇太子一行は工房の中を見て回り、現地の話を聞いた。
 ルーカスは元騎士団長という事もあり、忠実で真面目な男だった。
 工房で働く者達や、街の民たちとも交流が多く、少し外をあるけばルーカスに声は山ほどかかる。
 皇太子を引き連れた今日はなおのことだった。

 第一印象もそうだが、話を聞けば聞くほど信頼に足る男だった。

 工房に戻ると、皇太子は大事な話をルーカスに告げた。
「ルーカス・フォルトナー男爵。そなたに頼みたい事がある。」
「はい?」

 ルーカスはきょとんとした顔をした。
「このマッケランの領主とならないか?爵位は伯爵。この地はフォルトナー領地となる。
 どうだ?」
「なっ・・・・私が伯爵ですか!?」
「あぁ、是非とも伯爵位に返り咲いてほしい。この地の民は皆そなたを慕っているようだし。
 子爵には俺の希望を託せない。だが、そなたにならその希望を託せる。」

 ルーカスは瞳を泳がせた。

「ですが・・・私の足はこのありさまですよ?」
「それなら、私にいい考えがあるのだ。」
「えっ・・・・?」

 皇太子とリリィベルは、ルーカスと工房長室に入った。

 そして、魔術師の治癒魔術の準備をした。
 椅子に座らせたルーカスの足に手をかざした。側でリリィベルも見守っている。

「殿下・・・なにを・・・?」
「待っててくれ・・・。」

 皇太子は額に汗を浮かべた。長年の古傷を治癒する事は容易な事ではなかった。
 出発時に受け取った小瓶8個目にして、血を二滴。
 皇太子の手のひらから溢れる黄金の光は眩い程だったが、なかなかその傷を癒す事が出来ない。
 皇太子は、ポケットから小瓶を一つ取り出して一瓶丸ごと手の甲にぶちまけた。

「くっっ・・・・・。」
 燃えるような熱が手に集中する。気を抜くと意識が持っていかれそうだった。

 先程以上の光を放ち、皇太子は、その古傷の足の腱が縫われていくのを感じた。

「でんかっ・・!大丈夫ですか!?」
 皇太子は全力疾走した後の様な苦し気な表情で足に集中する。

 やがてその手を離した時、床にドスンと座り込んだ。

「はぁっ・・・・はぁっ・・・・。」
「テオ!!」
 座り込んだ皇太子にリリィベルが駆け寄ってその背を支えた。
 そして勢い余って皇太子に近寄るルーカスだったが

「殿下!・・・・あれ・・・・足が・・・」

 無我夢中で皇太子の身を案じて乗り出した足は普通に動いてその場にたどり着いた。
 気付いて足を見た時には、違和感等全く感じられずルーカスは信じられなかった。

「殿下・・・一体なにを・・・・。」

 苦し気な皇太子だったが、片目を開くと、ニヤリと笑った。

「はぁっ・・・っ・・そなたの様な者を・・・救いたくて・・・っ・・・

 そして何より・・・私の為・・でも・・・ある・・・・。」

「ですがこれはっ・・・」

 リリィベルの身体に持たれて、皇太子は息を整えた。

「・・・・まだ秘密にしていてくれ・・・。いずれ公表されるから、その時に・・・。

 今は・・・・・奇跡とだけ思っていてくれ・・・・。どうだ・・・?動くだろう・・・?」


 ルーカスはゆっくりとその場で立ち上がった。
 長年の痛みと動かなかった足は、時を巻き戻した様に動く。

「はい・・・足が・・・・足がっ・・・動く・・・・っ・・・・。」

 次第にルーカスの瞳に涙が浮かんだ。

「・・・それは・・っ・・・良かった・・・・。」
 皇太子は弱々しく微笑んだ。代償は大きかったが、それだけ価値のある事だった。

「殿下・・・。大丈夫ですか・・・?」

「あぁ・・・すぐに落ち着くから心配するな・・・。

 恩を返せと言うつもりはない・・だが、再度問いたい・・・・・。私と陛下を信じ、もう一度伯爵となり、

 この領地を・・・守ってくれないか・・・・?」


「・・・私で・・・よろしいのですか?」

「あぁ・・・私は自分で見た者を信じる・・・。そなたは領主に相応しい器だ。
 功績もある・・・。そして民の信頼も・・・そして私もそなたを信頼できる・・・。

 どうか頼まれてほしい・・・。両陛下と・・・私とリリィベルの未来の為に・・・。」

 ルーカスは、わが身を顧みず足を不思議な力で治した皇太子を見つめた。
 どんな力にせよ、1人の為にここまでしてくれる。皇太子は情に厚い人物だった。
 風変りな皇太子と聞いていたが、それは恐らく噂ではとどまらないが、
 真実、皇太子はその地位に相応しい人物なのは間違いないと、ルーカスは深くそう思った。


「殿下の・・・その真っ直ぐな、人間を尊重して下さる姿が・・・・
 私にはアドルフ様の様に・・・思えます・・・。」

「ははっ・・・リリィの祖父のような人物に例えられるなんて・・・光栄だ。
 私は・・まだっ・・・なんの功績も残していない・・・若輩者だ・・・・。」

「そんな事は御座いません!・・・アドルフ様も・・とても情に厚い方でした・・・。
 そして何より愛情深く・・・まさに、殿下のようなお人です・・・。」


「では・・・そのアドルフに似た私を信じ、私を支える爵位を受けてもらえるか・・・?」

 リリィベルに持たれている皇太子に、ルーカスは膝をつき騎士の礼をし頭を下げた。

「・・・皇太子殿下のご厚意を受け、長年の足が蘇りました。これからは殿下の手足となり、
 この地を治め・・・両陛下と皇太子殿下・・・リリィベル様の為に忠誠を誓います。」

 その凛々しい元騎士団長の礼は、皇太子を満足させるものだった。
 皇太子は、汗を流したまま微笑んだ。

「ありがとう・・・。ルーカス。宜しく頼む。

 爵位授与式があるから・・・それまでも・・・そしてその後も・・・たの・・・・・」
 ぐたりとテオドールの身体から力が一気に抜けた。

 リリィベルはその様子に青ざめた。

「テオっ?・・・・テオっ!!!!!!」

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