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星の記憶 7 ~誕生日の誓い~

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 23歳の春、暁は無事看護師となった。

 もうすぐ訪れる5月28日は礼蘭の誕生日。暁は、覚える事の多い勤務の中、密に計画していた。

 看護師になったら、必ず、礼蘭にプロポーズするのだと。


 礼蘭の誕生日を合格発表よりも楽しみにしていた。

 婚約指輪もコツコツ貯めた貯金で準備した。
 礼蘭の指には、すでにペアリングがあるが、これは正真正銘の婚約指輪。
 そして、2人が付き合った記念日には、入籍して、冬になる前に結婚式を挙げようと。

 その想像は膨らむばかりで、暁は元気いっぱいだ。
 先輩に怒られても、仕事をミスしても、礼蘭とのこれからを考えれば乗り越えられる。正に愛の力だった。

「ただいまー。」
「おかえり!暁!」


 看護学生4年目の夏に、2人は実家近くのアパートを借りた。
 今は2人だけの愛の巣。礼蘭はそこから実家のカフェに通い、パティシエとして働いていた。

 どんな時も抱きしめ合う事が日課の2人は、今日も暁のおかえりの時間を迎えた。

 抱きしめる礼蘭はいつもお菓子作りで甘い匂いがする。
 その礼蘭を抱きしめた時の匂いが好きだった。

「んー・・・甘い・・・。」
「あははっ・・・ケーキの匂い?」
「んーそうだけど・・・でも礼蘭自体が甘い。」
「っふっ・・・暁も同じ匂いするよ?」
「俺は病院の匂いしかしねぇーよ。」
「違うよ?」

 礼蘭はめーいっぱい背伸びをして暁の頭を引っ掴んで下げた。
 思いっきり吸い込んだ暁の匂い。
「私と同じシャンプーの匂いっ・・・私の匂いがするっ。」
「はっ・・・なるほどぉ?俺はすっかりお前と同じ匂いだ。それはよかった。」

 いつも笑顔で楽しい日々だった。礼蘭が用意してくれているご飯はいつも美味しかったし、
 一緒にテレビを見て、時にはゲームしたり、毎日の出来事を話す2人のお風呂の時間。

 産まれた時から一緒の2人は、離れる事を知らなかった。


 少し熱気あふれる部屋の中で、2人はベッドに横たわりその温もりを直に感じる夜。
 暁は、礼蘭の髪を撫でながら、笑みを浮かべた。

「れい・・・ごめん、疲れた?」
「あき・・・いっつも忙しいのに・・よく体力そんなにあるね・・・・。」

 暁の首筋に湿った髪を擦り付けながら礼蘭は笑った。

「しょーがねぇじゃん・・・止まんねー・・・。」
「ふふっ・・・。」
「俺はまだまだ出来るー・・。」

 再び布団の中に潜り込んだ暁に礼蘭は笑った。

 幾つもの夜を2人は愛し合った。

 これから先も、ずっと一緒だと信じている。
 礼蘭も少し期待していた。今度の誕生日。暁からの一言を。

 暁は決してその期待を裏切らないだろうと。長年の直観がそう言っていた。



「ねぇ、如月君て彼女いるの?」
 少し年上の先輩看護師からそんな話を振られた。それは好意か、好奇心か。
 暁は何度も繰り返した台詞をながら作業でもサラリと言える。

「いますよー。もうすぐ結婚しまーす。」
「えぇっ?もう結婚するの!?早くない!?」
「早くないっす。」
「だって23歳でしょ?新卒だよ?やっていけるの?」
「それ金銭面すか?」
「どっちもだよ。歳だって若いし!学生終わってこれから遊び時でしょー?」
「23歳・・・いや、早くねぇっすよ。むしろ待たせすぎなくらい。」

 電子カルテで看護記録を書く暁の隣のパソコンの前に座った先輩は密に近づく。
「まぁでも関係ないか、合コンしない?他の科の子に如月君呼んでって言われてるの。」
「無理っす。俺家帰りてぇっす。」
 先輩には目もくれず、パソコンと向き合っていた。

「えー?そんなんじゃ出世できないよ?男で看護大学卒業して、いずれは役職着くんだから。」
「それが役職に響くなら、俺出世できなくていいっす。」

 相変わらず、礼蘭以外の女には興味もなかった。ジャガイモが歩いているような景色だった。

「もったいなー・・・・如月君人気高いのに。」
「男の看護師少ないからじゃないっすか?」

 カタカタと記録を打ち込む暁に、先輩は笑った。
「そんな事ないよ。だって、モテたでしょ?」
「いや、俺彼女居たんで・・・記憶にねぇっす。」
「マジで言ってる?付き合って長いの?」

 もう呆れたようにその先輩は聞いた。

 その時だけは目を輝かせて、ま暁はいい笑顔を向けるのだった。

「産まれた時から一緒です。だから全然早くないって言ってるんすよ。」

「は・・・?」

「俺たちは産まれた病院も一緒で、家も隣でベビーフォトから2人一緒なんすよ。
 だから俺たちが一緒に居るのは当たり前なんです。23年、やっと結婚出来るんです。

 だから全然、早くないっすよ。」

「そっ・・・そうなんだ・・・。」
 暁が見せた笑顔は、その時だけ眩しくて無駄に格好いい。
 だから余計に女に目の毒だった。

 けれどその台詞で、撃沈する人は増えた。以前の教訓を忘れていない。

「だから、俺はもうすぐ結婚するって、俺の事聞かれたら言っておいてください。
 誰も入る隙ないくらい。彼女以外に応えられないんで。俺、彼女愛してるんです。」

 そう言って、暁はパソコンと先輩から離れた。


「・・・あたしもあれくらい愛してるって言われたいなぁ・・・。」
 その先輩は、暁のその清々しい程の背中を見て呟いた。


 暁の愛は真っすぐで、定規でまっすぐに礼蘭に向かって線を書いたみたいに。

 赤い糸が何重にも結んだ縄みたいに頑丈で。

 礼蘭にだけ向かっている。



 眠るときは腕枕して、暑い日は、足の先をくっつけて。
 寒い日は2人湯たんぽで丸まって・・・。

 決して解ける事のないその深い愛が・・・毎日毎日重くなり強くなる。



 そして、迎えた礼蘭の誕生日。


「れい・・・・ここ覚えてる?」
「うん・・・。」

 そこは、2人が花火を見た部屋だった。高校生だった自分たちが泊った初めてのホテル。
 今は親の同意書がなくても、泊まる事が出来るその部屋。

 大きな窓に、後ろから礼蘭を抱きしめる暁が映る。

「私達大人になったね・・・。」
 礼蘭がそう言って笑った。あの頃より、大人になった2人が映る。
「それって大人の階段上った意味?」
「ふふっ・・・それもそうだけど、私達見て?もう大人だよ?
 あき・・・大人になってもっと・・・格好良くなったね・・。」
「お前は産まれた時からずーっと可愛い。今はもっと可愛い。俺の嫁だから。」
「気が早いよぉ・・・」

 礼蘭は後ろにいる暁の頬に手を伸ばした。
 その手に自らすり寄って、幸せそうに暁は笑った。

「へへっ・・・礼司おじさんにホテルの同意書頼んだ時の顔まだすげー覚えてる。」
「もぉ・・・それ知らなくて、パパにすごい目で見られたんだよ?」
「俺だって、すごい目で見てやったよ。マジだって。」
「あははっ・・・パパに初めてが知られちゃったんだから。」
「いいじゃねーか。今更・・・笑い話だよ。」
「そう思ってるのあきだけだよ。」

 クスクスと笑った2人は幸せの絶頂だった。

 礼蘭の指に、ペアリングと並ぶ、小さな真珠が光る指輪がある。



「・・・・もう・・・・お前は如月 礼蘭になるんだぞ?」
 暁は、礼蘭の指輪をなぞった。
「ふふっ・・うん・・。」
照れくさそうに礼蘭は笑った。

「産まれた時から如月じゃなかった?」
「それはパパたち可哀想だよ。」
「確かに。それは可哀想だな。でも、ずっと・・・俺はお前のものだよ。」

 暁は礼蘭を振り向かせる。

「お前も・・・これからもずっと・・・俺のものだよ・・・・。」

 礼蘭は幸せに微笑んだ。

「あたしは・・・暁のお嫁さんになる為に産まれてきたんだよ!」

 ぎゅっと抱きしめ合って、その夜も甘く、深く愛し合った。
 1つ増えた指輪が光る。2人から弾け飛ぶ汗が真珠にポタリと落ちた。
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