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愛をのせて

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 コンコンと扉を叩く音がした。

「はっ・・・・」
 テオドールは慌てて現実へ戻った。流れ落ちた涙を拭った。

 リリィベルを抱いたまま、扉の向こうに短く返事を返した。
 扉を叩いた主はカタリナだった。

「・・・入れ・・・」
 そのまま、平常心を取り戻したテオドールがリリィベルを抱きなおして膝に乗せた。

 扉が開かれると、カタリナは目を丸くした後、顔を下げた。
「・・・殿下っ・・もうしわけ・・」
「いい・・・リリィを起こすところだ。」

 テオドールの顔はカタリナからは見えなかった。いつもの皇太子の声だった。
「はい・・・お食事のご用意が整ったようでございます。」
「あぁ・・・。」

 テオドールはリリィベルの耳元で囁いた。

「・・・リリィ・・・起きろ・・・」
「・・・・っ・・・・」
 リリィベルは少し身を捩らせた。
 テオドールは、少し笑みをこぼした。

 ほら・・・・

「・・・・テオ・・・?」

 その愛しい瞳が・・・

「食事がくるぞ・・・その後はデートだ・・・。」
「・・・・はい・・・」

 リリィベルは微笑んだ。テオドールはそっとその頬に手を当てた。
 その涙を拭ったのを悟られないように・・・。


 幻・・・ではない・・・・。


 この濡れた指先が・・・それを証明するけれど・・・・。


 俺たちがこうして一緒にいる事は、幻じゃない・・・。


 テオドールは、優しくリリィベルを抱きしめた。
「リリィ・・・愛してる・・・。」

 それは、いつもより小さく・・・弱々しい声だった。

「どう・・・したのです・・・?」
 笑いながら問いかけるリリィベルをただ、抱きしめた。
「んー・・・言いたかっただけだ・・・・。」



 しばらくして、スイートルームのダイニングテーブルに豪華な食事が運ばれてきた。
 そして、セッティングが終わると2人のメイドが皇太子とリリィベルに向かって頭を下げた。

「皇太子殿下、リリィベル様、お目に掛かれて光栄です。ラリサです。」
「レニーです。」

 髪をきっちりと結い上げたまだ少しあどけない少女2人。
「あぁ・・・ラリサとレニーか・・・。ネルトンから話は聞いている。孤児院出身の者だな。」
「はい殿下。この度は孤児院の子供たちをゲイツ神父から救って頂きありがとう御座いました。」
「ありがとう御座いましたっ。」

 しっかりしたラリサに続き、レニーが続く。その様子に2人は笑みを浮かべた。
「とんでもない。今までつらい思いをしただろう?すまなかった。」
 皇太子の言葉に2人は後退った。
「いえいえっ・・とんでもございません!殿下が居なければっ・・・ずっと現状は変わらないままでした。
 このランドールに来ていただけて・・・本当に嬉しくて・・・。」
 ラリサの言葉にレニーも頷く。

「二人はいくつだ?」

「私は14歳です。レニーは13歳で。今年やっと孤児院を出て、ベルシュ様にお救い頂きました。」
「そうか・・・。無事で居てくれてありがとう。ラリサ、レニー・・・。」

 皇太子の言葉に2人は感動していた。
「これまで、孤児院がどうなっていたか分からずいたが、これからはきっと良くなる。
 そなた達も、これからも希望を捨てずに・・・元気でいてほしい。」
 リリィベルもテオドールの言葉に微笑む。

「殿下にそう言っていただけてとても嬉しいです・・・。」
「殿下、ありがとう御座います。今夜は、料理見習いのレイスも殿下の為に心を込めて、お料理しています。レイスの作るデザートはとても美味しいですよ!是非、お食事をお楽しみください。」
「あぁ、ありがく頂くよ。」

 そう言うと2人は笑って、その場を下がった。

 ダイニングルームの照明は少し暗くて、キャンドルが並んでいた。
 2人だけになるとそのキャンドルが主張する。向かい合わせで座る2人に魅力的な空間を。

 食事をゆっくり楽しんだところで、レイスのデザートが運ばれてきた。
 小さなスポンジ生地にオレンジのムースとオレンジの果肉が乗せられあまり甘くない生クリームが添えられている。
「・・・・・・・・」

 そのデザートをパクリと小さな唇が開いて食べる様を、テオドールは見つめた。

「・・・リリィ・・・」
「はい・・・。」
 テオドールは、リリィベルに手を伸ばした。

 届く場所にテオドールが手を伸ばすのは、いつもの癖だった。
 手を握ってほしい合図。

 リリィベルは、ニコッと笑ってその手に手を伸ばして握った。

 その手を見つめて、愛し気に目を細める。

「ちっさい手・・・・。」


 その癖は治らない・・・。

 俺は、昔から、こうして・・・デザート食べる姿を見るのが好きで・・・。

 デザートに気を取られているのも少し邪魔したくて・・・。

 いつも、この手を伸ばしてしまう。

「ふふっ・・・。」
「ん・・・?」
 リリィベルが笑うから、テオドールは首を傾げた。
 そんな様子に・・・

「大きくて・・・大好きな手・・・・。」
「・・・・ふっ・・・」

 ぎゅっと握り返したリリィベルの手と言葉に、テオドールは幸せそうに笑みを浮かべる。

 2人は最後まで微笑み合って、夕食を終えたのだった。


 夕食を終えて、少し時間が経った頃、2人は外出の身支度をした。
「リリィベル様、ストールを・・・。」
「ありがとう。カタリナ。」

 ドレスに少し厚めのストールを羽織る。
「準備はよさそうだな?」
「はい。テオ。楽しみですっ」

 リリィベルは、テオドールの腕に絡みついてその嬉しさを表現した。
「ははっ・・・船の上でははしゃぐなよ?」
「大丈夫ですっ。」

 扉の外では、イーノクとアレックス、フランクが待機していた。
 フランクは気が気ではなかった。2人が護衛についていくことに文句を言っていたから。

「・・・・では、いくぞ。あ、その前に厨房に寄らせてもらう。」
「そうですね。」

 テオドールはリリィベルを連れて歩き始めた。そして振り返る。
「何してる。お前達。」
 イーノクとアレックスに声を掛けて、またスタスタと歩き出した。
 呆気にとられた3人だったが、イーノクとアレックスは、気を引き締めて2人の後に続いた。

 フロントフロアに出ると、皇太子はゲトラン子爵に声を掛けた。
「船に乗るが、その前に厨房のレイスに会いたいのだが、構わないか?」
「あっ・・・はい。殿下。」

 皇太子の笑みに、ゲトラン子爵もすぐにピンときた。
 2人を厨房まで案内する。

 厨房の扉を開けて、ゲトラン子爵はレイスを呼んだ。
 現れたのは、少し頬を赤らめて目を俯かせるレイスという名の少年。

「そなたがレイスだな?」
「はっ・・はいっ。殿下・・・あっお目に掛かれて光栄ですっ・・・。」
 少し人見知りなのだろうか、目がとても泳いでいた。

「素晴らしいデザートだった。そなたが作ったんだろう?ラリサとレニーから聞いた。」
「えっ・・あっ、2人から聞いて・・・わざわざ・・・・?」
皇太子自ら、自分の所に来たことに驚き、目を丸くした。

「もちろんだ。レイス、これからも励んでくれ。とても美味しかったよ。」
「こっ・・・光栄ですっ。」
「そなたがここで頑張っている姿を見られて良かった。ありがとう。」

「そんなっ・・・殿下にそんな・・。」
 テオドールは、レイスの肩に手を置いた。
「皇太子だからとそう言うな。俺は、そなた達がこうして元気で働けている姿を見て嬉しんだ。
 つらかっただろう?よく生きていてくれた。ありがとう。」

「・・・っ・・いえっ・・・・。」
 皇太子の言葉にレイスはうっすらと涙を浮かべた。
「・・・・・ありがとう。レイス・・・・?」
 その涙が、つらさを物語る。肩に手を置いた手に力がこもる。

「これからも強く生きていてくれ・・・。何かあれば、そなた達の力になる。」
「っ・・ありがとう御座いますっ・・・皇太子殿下っ・・・。」

 服の袖で乱暴に涙をぬぐったレイスだった。

「じゃあ・・・明日の朝食も楽しみにしているよ。レイス。」
「はい!!」
 レイスは、涙がはじけるほどの明るい笑顔を皇太子に向けた。


 レイスと分かれ、一行はゲトラン子爵の案内でホテルの中庭から花園につながる湖の船着き場にやってきた。そこではネルトンが舟を用意して待っていた。

「皇太子殿下、リリィベル様!ご用意しましたよ!」
「ありがとうネルトン。あ、申し訳ない、あともう一隻舟を用意してくれるか?」
「あっ・・・はい!」

 テオドールは、イーノクとアレックスに振り返る。
「お前達は後の船で来い。俺たちは先に出る。」
「えっ・・・あ・・・・しかしっ・・・。」

 用意されたのは手漕ぎ舟だ。いくらデートとは言え、皇太子に手漕ぎ舟の舵を取らせるのは。
 そもそも一緒に乗って運ぶつもりだった。
 そう思っていたのだが・・・・。

 テオドールは、イーノクを真剣に見つめた。
「頼むから・・・少し離れてついてきてくれ・・・・。」
「・・・・殿下・・・・」
「・・・ついてきて、構わないから・・・。」

 そう言うと、リリィベルの手を取り、舟に乗った。

「・・・・はい・・・・」

 何も言えなかった。テオドールが消えそうな月に照らされて、切なげな瞳でそう言ったから。



 ちゃぷん・・・・と静かに音を鳴らして、テオドールとリリィベルを乗せた舟が船着き場を離れていく。

 リリィベルは、辺りを見渡し、笑顔でいた。
 遠くの花園では、外灯に、蛍の光がうっすらと見えた。
 そして消えてしまいそうな月が水面に反射して、とても幻想的で綺麗だった。

 目の前を見れば、テオドールが、自ら舟を取って船を進ませている。けれど。

「・・・・・・。」
 リリィベルの笑顔は少し弱まった。

 夜月に照らされたテオドールが、切なげな瞳に見えたから・・・・。


「テオ・・・・?」
「ん・・・?どうした?寒いか・・・?」

 声を掛ければ、いつものテオドールだった。

 切なく見えるのは、この月明りのせい・・・・?


「大丈夫ですか・・・・?」
「なにが・・・?」


「・・・・いえ・・・・・。」

 テオドールの笑みが、妙に・・・弱々しくてリリィベルはそれ以上言えなかった。



 静かな夜の空気の中・・・舟を進ませる水音が響く。

 水面に映る2人が揺れている。月と星も・・・揺れていた。


 湖の中央で、テオドールは舟を止めた。

「テオ・・・・どうなさったのですか・・・まだ・・・。」
「・・・・・・・」

 リリィベルが、花園を振り返り、再びテオドールを見た。
 けれど、リリィベルの不思議そうな顔とは別に、テオドールは少し下を向いていた。

「・・・テオ・・・?」


 リリィベルが名前を呼ぶと、テオドールはそっと、リリィベルの手を取った。
 そして、悲し気に微笑むのだ。
「・・・・なにか・・・ありましたか・・・?」

 リリィベルは少し身を乗り出してテオドールの頬に手を伸ばした。
「・・・・・・・。」
 頬に当たる手に、テオドールはただ微笑んだ。

 それが、少し怖くてリリィベルは不安な気持ちになった。

「・・・リリィ・・・。」
「はい・・・なんでもおっしゃってください・・・。」

 それは切実だった。テオドールが悲しい顔を・・・している・・・。
 それだけで、リリィベルの心は締め付けられた。

「・・・・・。」
 テオドールは何も言わずに、リリィベルを引き寄せて自分の胸に抱きしめた。
 少し大きく揺れた舟に力が入るリリィベル。
「テオっ・・・。」

 だが、強く抱きしめられてリリィベルは、不安ながらその胸に頬を寄せた。ユラユラと揺れた舟が落ち着いた頃、テオドールが口を開いた。


「・・・リリィ・・・・」
「はい・・・・。」

「俺は・・・・小さな頃から・・・・夢を・・見るんだ・・・・。」
「え・・・・?」

 テオドールの顔は見られず、リリィベルは耳を澄ませた。

「お前は・・・夢を見るか・・・?」

「・・・・え・・・・・」
 リリィベルは、一瞬固まった。それは意図が分からなかったからだ。

「俺は・・・いつも・・・夢をみていた・・・・。」
「・・・どんな・・・・」


 引き寄せた身体を少し離して、テオドールはリリィベルの顔を見つめた。
 切なげに細めた瞳で・・・・。


「・・・俺は、お前の夢を・・・・ずっと・・・見ていた・・・。」


「・・それは・・・」

「出会ってからじゃない・・・・・。」



「・・・・ぇ・・・・?」

「・・・っ小さな頃から・・・お前の夢を・・・ずっと・・・。」


 リリィベルは・・・目を見開いた。

「・・・それは・・・・何故・・・私の事など・・・・。」

「あぁ・・・礼蘭(おまえ)は知らない・・・でも・・・・お前なんだよ・・・リリィ・・・・。」


「テオ・・・。」
 テオドールの瞳が、ゆらゆらと水面の様に揺れていた。

「お前は・・・・暁(おれ)の夢を見るか・・・?」


 言葉だけでは、分からない。テオドールの夢。
 リリィベルは・・・瞳を揺らした。


 あなたの夢なら・・・いつも見ている・・・・。


 リリィベルはテオドールを切なく見つめて、鼻先が着きそうな程顔を寄せた。


「あなたの・・・夢なら・・・いつも・・・・見ています・・・・・。」
「・・・今日も・・・見たか・・・・?」

「え・・・?」
「食事の前・・・眠った時だ・・・お前の夢に俺は居たか・・・・?」

「・・・・・・・。」
 リリィベルは、自然と涙目になった。

 確かに、居たのだ・・・・。


 こんな風に・・・今にも壊れそうな顔をした・・・・。



「はい・・・・今と・・・同じ・・・・あなたのその瞳を見ると・・・・。」

「お前の夢の中で・・・・俺はっ。」
「ん‥‥っ」
 リリィベルは、テオドールの唇を塞いだ。



 あなたは・・・・泣いていました・・・・。

 だから・・・私はとても悲しくて・・・・。



 悲しくて悲しくて悲しくて・・・・


 私に必死に手を伸ばすから・・・・



 謝ったのです・・・。


 それしか・・・・出来なかったのです・・・・・。


 私の身体は・・・・あなたに触れられなくて・・・・・。


 とてももどかしくて・・・・悲しくて・・・・・。



 ちゅ‥っと音を立てて、長い口づけを解き、リリィベルは・・・一筋涙を流した。

「・・・夢でも・・・現実でも・・・あなたと一緒です・・・。」

「っ・・・リリィ・・・それは・・・・・・。」


 リリィベルは悲し気に微笑んだ。

「寝ても醒めても・・・あなたと居られて・・・・私は幸せです・・・・。」

「リリィ・・・・。」


「あなたは・・・幼ない頃から・・・私を夢に見て下さっていたのですか・・・?」

「っ・・・あぁっ・・・・」
 縋るように、リリィベルの髪を優しく掴んだ。



「・・・私だと・・・何故・・・分かったのですか・・・・?」


「・・・こんなに愛しい魂を・・・っ・・・俺は忘れられないっ・・・・。」

「っ・・・・」


「忘れない・・・っ・・・忘れたくないっ・・・・


 そう・・・思ったから・・・・ずっと・・・夢に見ていたんだ・・・・。


 リリィ・・・っ・・・お前にずっと・・・会いたかったんだ・・・・。」


「愛しています・・・・。」
 リリィベルは、テオドールの耳元で囁いた。涙をこぼしながら・・・・。


「愛していますっ・・・・愛しています・・・・・・っ」
「リリィっ・・・・・。」


「あなた以外・・・・何も要りませんっ・・・・
 だから・・・・どうか・・何も言わずに・・私を・・離さないでくださいっ・・」


 ぎゅっと抱きしめ合った。星が1つ流れ落ちた。
 水面に映る綺麗な三日月を偽る夜月と、流れ落ちる星が2人を見ていた。



 だからどうか・・・・泣かないで・・・・・・。

 お願いです・・・。


 夢の中のあなたは・・・・その美しい瞳から・・・涙をこぼすのです・・・・。

 私に向かって手を伸ばして・・・・。



 あの黒髪の・・・あなたは・・・・・


 どうして・・・いつも・・・


 涙を流していたのでしょう・・・。



 髪の色が違っても分かるのです・・・・。


 手を伸ばすのが・・・あなただと・・・・。
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