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その目を凝らして 8
しおりを挟むカールとサイモンが立つ扉の前に皇太子が向かった。
クーニッツ伯爵がライアンを連れてソワソワとしていた。
ビシッと、足を直してカールとサイモンが皇太子の方を向いた。
「あっ、殿下っ‥」
伯爵がオドオドしながら声を掛けた。
「クーニッツ伯爵、大丈夫だ。子供達は食堂にいるから、
ライアンを連れて行ってやれ。エドガーもそなたを待っているぞ。」
皇太子は笑顔でそう言った。
「後は我々の仕事だ。任せてくれ。」
クーニッツ伯爵の肩に優しく手を置いた。
「ここへ連れてきてくれて感謝する。おかげで掃除出来そうだ。」
ニヤリと皇太子は笑った。
「悪い顔‥‥」
カールがぽそっと呟いた。
「‥‥‥‥」
パシ!っとサイモンがカールの頭を叩いた。
クーニッツ伯爵とライアンがそばを離れると、
皇太子は扉に手を掛けた。
「サイモン、カール、裁きの時間だ。」
「魚みたいに三枚に?」
ガシッ!
サイモンがまたカールの頭を引っ叩いた。
「カール、次言ったら減給な。」
皇太子は扉を開いた。
扉の中で、手を拘束されたゲイツ神父が床に座っている。
「よぉ、神父。神父という言葉は、お前には相応しくないようだ。」
「っ殿下‥‥なぜ私を拘束されるのですっ!
私はこの孤児院を切り盛りして20年っ、貴方様が産まれる前から!!私は此処で!子供らを育ててきました!」
ゲイツは必死に訴えた。
「育てた‥か、そんな赤っ鼻してよく言うな。このアル中が‥‥子供らに聞いた。お前がした事は子育てではない。
子供らが必死で生き延び大人になったのだ!お前の様な残忍な男に屈せぬ様その心を鍛えてな。
クーニッツ伯爵からの支援以外にも、孤児院には国からも援助している。」
「ならば!!現場を知らぬ国が!孤児院で大勢の子供を育てるのにどれだけの金と労力が必要なのか知らないのです!
あんな金では足りません!!」
ゲイツの言葉に、皇太子は首を傾げた。
「ほぉ‥‥おかしいな。帝都の孤児院では、足りぬなど声を挙げた者は居ないし、帝国中の孤児院の子供らの人数に応じて必要な金を支援している。皇帝陛下が、帝国の子供らを思い出している予算だ。足らぬならば陛下は直々に調査し、再検討なさるであろう。それを管理するはずの領主は死んだがな。だが、受け取るはずの孤児院の神父が金をくすねていれば、子供に入る食べ物や衣服が揃わないだろう。」
「っ‥‥私はなにも!!」
「リック‥‥‥この名に聞き覚えがあるか?」
ゲイツの言葉を遮り、皇太子は言った。
その顔は怒りで満ちていた。
「エドガーの腕も見たぞ。私は‥‥。
そして、リックという名の子は、お前に突き飛ばされ死んだそうだぞ。」
「そっ‥‥その子は病気でっ‥‥‥」
目を泳がせてゲイツは呟いた。
「なるほど、病死としたか?それともまだ生きている事にして今月の支援金を受け取ったのか?まぁいい、帳簿や書類を見ればわかるだろう。それともそれも雑なものだったか。
最早それも謎に包まれるな。
だが、わかっているのは、子供が体罰を受け、命を落とし、
幼い子供らが劣悪な環境で過ごしていたと言う事だ。
お前の言う事は信用に足らぬ。お前は城に連行され裁きを待て。陛下は国思いな方なのだ。
お前の罪は決して、軽くは済まない。断言しよう。
終身刑だ。私が陛下に直訴する。」
「やっっ‥‥‥やめてくださいっっ‥私は悪くありません!」
ゲイツは膝ヨタヨタと歩き皇太子に近付いた。
それをカールとサイモンが剣を突き立て阻む。
呆れた顔をして皇太子は言った。
「そう言って‥‥やめてくれとお前に訴えた子はこの20年に何人いた事だろうか‥‥‥」
「やっ‥‥‥ぃやっ‥‥‥わたしはっ‥‥‥」
ゲイツは震えた。
その言葉に脳裏に浮かんだ。これまで、やめてくれと叫んだ子供達の残像が大波の様に押し寄せた。
「ちがっ‥‥‥イライラしてっ‥‥‥うるさくてっ‥‥」
頭をブルブル振って頭の中で繰り返される子供の泣き声に
ゲイツは怒りの表情を浮かべた。
「うるさいんだ!!!!っ‥‥なぁくなぁぁぉ!!!
ぉぁぁああああ!!!」
「‥‥‥‥」
己の罪に飲まれ、幻覚に惑わされ声を荒げる姿。
これが、子供達が見ていた姿だったのだろう。
皇太子は、その姿を見て呟いた。
「いい大人がうるせーんだよ‥‥‥
カール、サイモン、フィリップと合流して領地の警備騎士団にこの者を帝都の地下牢に送れと伝えろ。陛下に渡す手紙と一緒にな。手紙を書くから口を塞いでおけ、子供達が怯える。待機していろ。」
「はい殿下。」
サイモンは早々とゲイツの口を布で巻いた。
孤児院の執務室を漁り、便箋を探し出した皇太子は経緯を書き記しカールに渡した。
「俺達はクーニッツ伯爵邸に戻る。警備騎士団に引き渡して屋敷へ戻ってこい。」
「畏まりました。」
カールとサイモンはフィリップと3人で神父を連れて孤児院を離れた。
皇太子は執務室の帳簿や資料を持って食堂へと再び向かった。
「あっ殿下!」
「あっ‥ははっ‥リリィ‥」
皇太子はリリィベルの姿を見て困った様に笑った。
リリィのドレスはあちこち汚れていた。綺麗な頬も黒くなっている。
「お前達まで‥‥」
その場にいたイーノク達まで汚れていた。
「殿下っ、リリィベル様のお召し物を汚してしまって‥
申し訳ありません。お詫びにお召し物を贈らせて下さいませ‥」
クーニッツ伯爵が頭を下げた。
「なにを言うのです。伯爵!私は楽しく子供達と遊んだだけですっ。謝る事などありませんよ!」
リリィベルは子供らを抱きしめながら笑った。
「みんなお揃いよ!ねーみんな?」
「うん!」
その中でもベルが1番リリィベルに懐いた様子だった。
リリィベルの頬を包み笑顔を浮かべるベル。それを笑って受け入れた。
「さて‥この子らをどうするか‥大人が不在のまま置いてはいけないしな‥」
皇太子が考え込むと、クーニッツ伯爵は声を挙げた。
「殿下!この子らを私の屋敷へ連れて帰りたいのですが‥よろしいですか?」
皇太子は目をパチクリさせた。
「ぜ‥全員か?」
「はいっ‥‥エドガーも怪我をしておりますしっ‥私がしばらく彼等の面倒を見ようと思います‥。
部屋はありますし!小さい子らならベッドを2人で使っても此処よりは良いです‥。お風呂にも入れてあげたいし‥食事も!!」
「わかったわかった!大丈夫だ伯爵、私が断るものか。そもそもそなたの家ではないか。私に許可はいらん。
管理者が不在なのだ。私からお願いしたいところだ。
孤児院を修繕するようにしよう。それまでそなたにこの子らの世話を頼む。」
伯爵は、目をうるうるとさせながら笑った。
「よかったっ‥‥みんなっ‥‥ここが良い環境になるまで私の家においで!私の息子達と遊んでおくれ?
なっ?」
子供達はそれを、大いに喜んだ。
全身で嬉しさを表現する子供達に、一行は笑顔を浮かべた。
孤児院をその身一つで子供達は出た。夕暮れの街を、皇太子一行が守る様に連れて歩く。
誰かが誰かの手を取り、大人達が前方と後方を歩いた。
皇太子とリリィベルは、ベルと、ララを連れ手を繋いだ。
「おひめさま!これから行くところはどんなところ?」
ベルの問いかけにリリィベルは笑顔で答えた。
「あの優しいおじさまの家よ?みんなで温かいお風呂に入って、ご飯を食べましょうね。」
「本当?!」
「えぇ、本当よ?」
「やったー!!あったかいお風呂初めて!!」
「‥‥‥‥」
皇太子とリリィベルは悲しげにベルとララを見下ろした。
「テオ‥‥」
「どうした?」
夕陽に照らされて、リリィベルは綺麗な瞳をテオドールに向けた。
「子供達が‥幸せに暮らせる世を‥‥作って下さい‥‥」
「‥‥お前も、その1人だぞ?私の妃になるのだから‥
お前が思うことを、存分にその権力で活かしてほしい。」
「では‥‥私も‥‥必ず‥お役に立つ妃になると誓います‥。
連れてきてくださって、ありがとうございました。
皇太子妃が何たるかを‥‥改めて、この胸に刻みます‥。」
「‥‥‥あぁ」
その強い瞳は、リリィベルの本来の瞳だった。
最近沈みがちだった心に、その決意が胸に蘇る。
「俺はお前を信じている‥‥。」
その言葉に、リリィベルは笑みを浮かべた。
「ふふっ‥‥私もあなたを信じています。私の王子様‥‥。」
そう言ったリリィベルは、夕陽に照らされて
いつにも増して美しかった‥‥。
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