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その目を凝らして 7
しおりを挟む「皇太子殿下、そしてご婚約者様にまでいらして頂けるとは・・・。」
鼻先を赤くしているその神父は、身なりこそ清潔だが、アルコールの匂いがした。
「えぇ・・・。」
リリィベルは、険しい顔で軽い返事をした。
「ここを管理する者は、お前ひとりか?」
「あぁ、はい。ここでは10歳を過ぎた子供らが交代で、家事を行っております。
これも、大人になった時の為でございます。」
もっともらしい言葉を言いつつも、一目瞭然に行き届いていない。
「・・・では、ここにいる子供たちは何人だ?」
「はぁ・・・30人・・・程度でしょうか。」
「責任者とやらが、そんな曖昧な表現をするのだな。」
「孤児院を運営するのは大変なのです殿下・・・。子供たちも年頃になると急に居なくなる者もおります。」
「ほぉ、それはそなたに何も告げずに?」
「えぇ、恋人でもなんでも作って居なくなるのでしょう・・・。」
まるで他人事のように神父は言った。
「・・・もう良い。中を見させてもらおう。視察に来たのでな。」
「あっ殿下!そんな・・・高貴な殿下が足を踏み入れる場所では御座いません!」
神父は慌てて扉を閉めようとした。
しかし、皇太子はギロリと神父を睨みつけた。
「貴様、私の道を阻むのか?言っただろう、視察だと。私はこれからいくつもの領地を回るのだ。
手間を取らせるな。」
「っ・・・」
怯みながらもギリっと歯を鳴らして神父は扉から退けた。
「いくぞリリィ。」
「はい、殿下。」
皇太子は、カールとサイモンに目でゲイツを差し、右手の親指を下にして軽く下に下げて合図を送った。
それは拘束しておけという合図だった。
「ゲイツ神父!私が毎月支援をしていると言うのにっ・・・」
「クーニッツ伯爵っ・・・知っての通りですっ、運営は子供たちの食費だけで大変なのですっ。」
鬱陶しそうにゲイツ神父は答えるが、その表情は切望する顔だった。
「しかしっ・・・」
クーニッツは足元に居るライアンに目を向けて切なげに瞳を揺らした。
この子たちが快適に過ごせるように支援しているのに、やはり行き届いていない。
皇太子が、この領地に来てくれたのは、本当に救いの手だった・・・。
だが、ゲイツ神父は程なくして、カールとサイモンに両腕を掴まれる。
「なっ・・・何をするんですっ!」
「大人しくしていて下さい。暴れなければ手荒にはしません。」
「ちょっと!!私は何も悪い事などしていないだろ!!」
暴れるゲイツ神父にカールとサイモンは目を合わせた。
「暴れるから拘束しますねー。」
「はーい、大人しくしてくださーい。」
カールとサイモンの判断は早かった。そもそも手荒にしないという合図ではないのだから。
「・・・・・ひどいわ・・・・。」
皇太子とリリィベル達は孤児院の中に入った。
一行は、その劣悪な環境に眉を顰めるばかりだった。そしてリリィベルがそう呟いたのだった。
壁も天井も黒いカビが所々あり、たくさんある窓ガラスも曇って何も見えない。
一体いつから、こんな状態で過ごしてきたのか・・・。
「・・・・・・・・・。」
リリィベルを連れ歩く皇太子は黙って進んだ。
子供たちの気配が所々にあるのを皇太子とイーノク達は感じていた。
だが、どれも怯えている様子で全く出てこない。
リリィベルは一つの部屋を開けた。
そこは子供たちのベッドが並ぶ寝室だった。
部屋の片隅で子供たち5人が身を縮ませている。
その光景に目を細めてリリィベルは、表情を笑顔に変えると少しずつ近づいた。
「こんにちは・・・。みんな。私はリリィベルよ。突然きて驚かせてごめんね?」
子供たちは怯えた顔でリリィベルを見ているが、優しく歩み寄るリリィベルの顔がはっきり見えると
わぁっと表情を和らげた。
そしてその中でも一番小さな子が口を開く。
「・・・おひめさま・・・?」
「ふふっ・・・私には、あなたの方がおひめさまみたいに可愛らしく見えるわ?」
口を開いてくれた子は女の子でリリィベルと同じ金色の髪をしていた。
手入れこそされていないが、大きな瞳で可愛らしい子供だった。
頬に汚れがあるのが痛ましい。
警戒していた子供たちは、少しずつリリィベルの優しい声に安心感を抱き始める。
「あなた、お名前は?」
その小さな女の子の頬を、持っていたハンカチでそっと拭った。
「・・・ベルだよ・・・?」
「まぁ・・・私と似てるわね?私もリリィベルだもの・・・。」
リリィベルの笑顔に釣られて、ベルはにこっと笑った。
「ふふっとってもかわいい笑顔ね。ベル。他のお友達も、お名前教えてくれる?」
それぞれに目を向けてリリィベルは微笑んだ。
1人1人、ぽつりぽつりと名を口にする。
「ライ・・・カイ・・・ララ・・・ロイ・・・そして、ベルね。」
「おひめさまはどこから来たの?」
ララという女の子が聞いた。
「私はね、あそこに居る王子様と騎士様と一緒に来たのよ?とってもお優しい方よ。怖くないわ?」
「・・・王子様っ・・・絵本から来たのっ?」
みんなが興味津々になって目を輝かせた。
「ふふっ・・・王子様はね、みんなを見にいらしたの。どう?ほかの子達にも会えるかしら?」
「うん!いいよ!こっちきてっ?」
5人は嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねまわり、やがて皇太子の前に並んだ。
「こんにちは!王子様!きし様!」
「あぁ、こんにちは。みんな挨拶が出来て偉いな。」
皇太子は膝をついて子供たちに挨拶を返した。
「王子様!どうやってきたの?やっぱり白い馬?」
「ははっ・・・白馬は、城にいる。見たかったか?」
「うんっ!」
「それは申し訳なかった。今日はここにいる皆に会いに来たんだ。案内してくれるか?」
「いいよー?」
子供たちは、知らない人を警戒していただけで、とても明るい子供たちだった。
リリィベルはベルとララと手を繋ぎ歩いた。
一部屋一部屋、子供たちが先に入り、王子様とお姫様がきたと伝えると興味津々で続々と現れた。
ライアンを含め全員で27人だった。
「これで全員か?」
「あとライアン!」
「あぁ、ライアンはさっき会ったんだ。クーニッツ伯爵と一緒だよ。知ってるだろう?」
「クーニッツ伯爵が来てるんですか!?」
皇太子の言葉に反応したのは、一番背の高いこの中で最年長と思われる男の子、エドガーだ。
「あぁ・・・私は伯爵の勧めでここに来た。」
「そうなんですかっ・・・よかった・・・。」
エドガーはほっとした笑みを浮かべた。
「・・・エドガー、少し話せるか?」
「はい・・・。皇太子殿下。」
エドガーは、王子様が、皇太子だと気づいてたようだ。
孤児院の食堂に皆で集まった。孤児院の一画で、皇太子とエドガーが向かい同士で座った。
「エドガー、お前はいくつだ?」
「僕は、13歳です。」
「そうか、クーニッツ伯爵が来て良かったと言うのには、理由があるんだろう?
それにここの現状をすべて教えてほしい。伯爵が知らない事もあるだろう?」
「っ・・・・」
エドガーは少し身震いした。
「大丈夫だ。ゲイツ神父は、俺の騎士達が部屋にいる様に伝えてあるから。
お前が恐れる事はなにもないよ?」
安心させるように皇太子は言った。
エドガーは俯いて、少しずつ話してくれた。
「僕は・・・クーニッツ伯爵が来るのを待ってました・・・。前に居た13歳に達した子達は、
伯爵が管理するホテルで働いてると知っているので、少しでも、この孤児院の・・・・
小さい子達の口に多く食べ物が入るように・・・。ここを出た人たちも、今でも、
神父様には・・・知られぬ様に・・・食べ物や着る物を持ってきてくれます・・・。
それで、何とか、食いつないできました・・・。
家事をするのは、生活の為になるので、することは別に構いません。
ですが、神父様が・・・酒に酔うと子供たちを手を出すので・・・
俺も・・・子供たちをかばうのに必死だったんです・・・・。」
そう言って、エドガーは腫れた腕を見せてくれた。
「・・・・・・・」
紫色に変色した腕を見て、皇太子は怒りを露わにする。
「・・・お前と同じぐらいの子は・・・・?他にはいないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・」
その言葉に、エドガーは瞳に涙を浮かべた。
「リック・・・って友達が・・・いましたが・・・・
2か月前に・・・神父様に吹っ飛ばされて・・・打ちどころが悪くてっ・・・・
死にました・・・・。」
ポタポタと涙を零してエドガーは泣いた。その姿に皇太子は胸を痛める。
「・・・それだけ聞けば、十分だ。お前たちは、この孤児院の中で神父に暴行を受け、
しっかりとした衣食も保証されていなかった。伯爵の支援金も、酒に消えたかもしれんな・・・。」
「っ・・時々っ・・来てくれる伯爵がっ・・・僕たちには救いでしたっ・・・。
優しくてっ・・・服とかっ・・食べ物とかっ・・・荷馬車に持ってきてくれてっ・・・。
それだけでもっ・・・どれだけありがたかったかっ・・・・。」
「そうか、伯爵が居てくれて、良かったな・・・。
この国の皇太子でありながら、お前たちのような者達を救えなかった事を謝りたい。
申し訳なかった・・・。」
エドガーは、その言葉にぱっと顔を上げて慌てた。
「そんなっ・・・殿下に謝ってもらうだなんてっ・・・・。」
慌てるエドガーに、皇太子は真剣に向き合った。
「皇帝陛下は、この国の父だ・・・。どんな身分の人間も、陛下が大いなる父だ。
陛下は、お前達一人一人の命を軽んじる事はない。
そして、私はそんな陛下の補佐する皇太子。失った命が悔やまれるが・・・。
お前達が生きていてくれてよかった・・・。それに・・・。」
皇太子は笑顔で、リリィベル達と遊んでいる子供たちを見た。
「こんな環境に居ながらも、あの子達はしっかりと笑顔を忘れずにいてくれた。
とてもありがたい・・・。そしてこれからは、私たちが責任を持つよ。」
「悪い奴は、皇太子がお仕置きするんだ。その正義を持ってな。」
エドガーに目を向けて皇太子は力強く言った。
「っ・・・本当ですかっ・・・・?」
「あぁ・・・。」
皇太子は、優しく笑った。
涙をいっぱい溜めたエドガーに皇太子は優しく口にする。
「リックの墓もちゃんとして、この孤児院を生まれ変わらせよう。
よく頑張ったくれたな・・・。エドガー。」
「うっ・・・ありがとうございますっ・・・・。」
エドガーは、安堵の涙を流した。
今まで、良くしてくれたのはクーニッツ伯爵だけだった。
ランドール侯爵一家を見たことがあったが、ゴテゴテと着飾った侯爵と夫人、令嬢。
誰もが、孤児院になど目もくれなかった。汚い身なりの自分たちにはゴミをみるような目を向けた。
「・・・・・・・。」
けれど・・・。
この部屋の一画で綺麗なドレスだったのに、汚れた子供たちを相手に遊ぶあのお姫様は、
全力で子供たちと向き合い、同じくドレスと頬を黒くしてくれた。
お風呂にも入れないで匂いだってするだろうに・・・。
目の前にいる子供の笑顔を喜ぶかの様に、笑顔を浮かべて・・・。
世の中には・・・・優しい人たちがいる事を、彼らも知るだろう。
「皇太子殿下と、ご婚約者様が・・・来てくださって良かったです・・・。」
「お礼は、クーニッツ伯爵に伝えてくれ。彼が功労者だ。」
そう言って、皇太子は立ち上がった。
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