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その目を凝らして 4

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「前にも来ましたが・・・馬車から見るとまた違った印象ですね。」

早朝に城を出たテオドールとリリィベルは、すでに城下まで降りてきていた。
行列を成す馬車から見えたのは、これから賑わう出店を営む国民たちの慌ただしい朝だった。

「あぁ、店を出すのに、今が一番忙しいだろう。俺も幼い頃に母上と花屋をしていた時、
この時間はいつも母上が忙しくしていたな。」

「そうですか。お義母様は・・・きっと楽しくしていたのでしょうね。」
「あぁ、父上と離れていたのに、笑顔はいつも変わらなかった。」
懐かし気に話すテオドールと向き合って座っているリリィベルはその姿を思い浮かべて微笑んだ。

「小さい頃のテオが・・・目に浮かびます・・・。」
「そうか?姿絵を見たのか?」

「あ・・・いいえ・・・。想像したのです。きっと・・・可愛らしい御子だったのだろうと。」
「ははっ・・・そうか。では今は?」

悪戯に微笑んだテオドールは、じっとリリィベルを見つめた。
その視線に頬を染めたリリィベルは、小さく呟く。

「・・・とても・・・格好良くて・・・素敵です・・・・。

何度も・・・・。」

リリィベルは、愛しい視線を返した。

「何度も・・・恋をしてしまいます・・・。」

「・・・何度も?」
テオドールは、リリィベルの手をとった。

その手の甲に口付けをして、リリィベルを見上げた。
リリィベルは、その姿を熱にのぼせたように見つめ返した。

「はい・・・今も・・・何度も・・・。」

「・・・俺も・・・お前を見るたび・・・愛しい・・・。」
リリィベルの手を引いて、そっと顔を寄せた。

引き寄せられて、唇を重ねる。


俺たちは・・・


運命の番(つがい)で・・・恋では言い尽くせない・・・。


魂ごと、愛してしまう存在・・・。


この胸を熱くさせるのは・・・


いつも、その瞳・・・・。



イーノクとアレックスは、皇太子と婚約者の馬車に並行し両側で馬に乗っていた。
馬車の窓にカーテンがついているにも関わらず、
2人は、向かい合ったまま口付けをしている。

それを横目に見た2人は、馬車の窓越しに目が合った。


・・・いつものことだ・・・・


そう、彼らの心は通じていた。

気にしていたら、2人の側で護衛は出来ない。
まさに皇室第二騎士団の理念とも思われる。

リリィベルを見る目は姪っ子の境地。


そして、思う。


カーテン閉めてくれればいいのに・・・・。



初めにやってきたのは、城から2時間ほど離れた最初に拘束したランドール領地だ。ほとんどの貴族が、王都にタウンハウスを建てているが、領地は別だ。ランドールには三家の伯爵家が存在したが、そのうちニ家の伯爵家が闇ギルドに関わっており処刑されている。残ったのは、クーニッツ伯爵家。クーニッツには、夫婦と、まだ幼い息子が2人。当然皇太子と婚約者に害する思いはなかった。だが、会って話をしなければ腹の内はわからない。


領地に入り一際大きなクーニッツ伯爵家の邸の前に馬車を停めた。

イーノクが、門番にテオドールの訪問を伝えると、
門番が慌てて門を開いた。


まずはテオドールとリリィベルの乗った馬車が玄関前まで向かう。


クーニッツ伯爵と夫人は慌てて玄関へやっていた。
それも当然だった。

「皇太子殿下!ごっ‥ご挨拶申し上げます!」
息絶え絶えでやってきた少し小太りの男性と、その夫人。
似たもの夫婦だった。夫人は少し辛うじてカーテシーで礼をした。その様子を皇太子は笑みを浮かべてみている。

「あぁ、突然の訪問で申し訳ない。ベルシュ・クーニッツ伯爵、婚約パーティーにもきてくれていたな。今日は私の婚約者リリィベルも一緒だ。」
そう言われて、リリィベルは綺麗なカーテシーをしたのだった。
「リリィベル・ブラックウォールでございます。」

並んだ2人から後光が刺すほど2人は美しかった。

「殿下‥‥此度は何用で‥‥」
恐る恐るクーニッツ伯爵が口を開いた。

「そうだった。今日はこのランドール領地を見たくてな。
今晩貴殿の屋敷に泊めてもらえるか?」
「わっ‥私の屋敷にですか?!」
「あぁ、たくさん見回るから、私の大事な婚約者を連れて夜に帰る事は出来なくてな。私は彼女が大切で仕方ないのだ。

どうだ?部屋はあるだろう?」

「しっ‥しかし‥我が家に皇太子殿下と婚約者様をお泊めする準備など‥‥」
「あぁ、それは気遣いは無用だ。ありのままで居てくれ。
とりあえず、良いな?」

皇太子は常に皇太子の仮面を崩さなかった。
有無を言わせぬ作戦だ。

「っ‥光栄でございます‥なんのおもてなしも出来ませんが‥‥精一杯手を尽くしますので、何かあれば何なりとお申し付け下さい。」

伯爵は覚悟を決めて、深々と頭を下げた。
夫人も、夫に従い柔らかく笑みを浮かべた。

その様子を見て、テオドールは満足気だった。


そう、これは、突撃訪問。
変に繕わず、不正を慌てて隠させない為の作戦だった。
それでも後ろ暗い者は、どんな手を使っても何かを隠そうとするだろう。

まだこれは始まったばかりなのだ。

「では、殿下、リリィベル様、ゲストルームへご案内致します。」

「あぁ、ありがとう。ここまで約2時間馬車に揺られたのだ。着いて早々厚かましいが、私の婚約者にお茶を用意してくれるか?」

クーニッツ伯爵は微笑んだ。
「もちろんでございます。ランドール領地の名産の紅茶をご用意させて頂きます。」

「あぁ、それは楽しみだ。では行こうか。リリィ。」
「はい、テオドール殿下。」
腕を出して、テオドールはリリィベルをエスコートした。

玄関ホールの観葉植物の陰に、5~6歳ぐらいの子供が隠れていた。

皇太子とリリィベルの姿を目をキラキラさせて見た。

「ニック!見たか?お姫様だ!」
「ザック!王子様だ!」

2人は向かい合って興奮していた。
クーニッツ伯爵夫人はハッとよく観葉植物に隠れている
2人を見た。

「ニコライ!アイザック!」
「「わぁぁ!」」

名前を呼ばれて、ビクッと2人の体が跳ねた。

「まぁ、可愛い!」
リリィベルが、2人を見つけて笑った。
「テオドール殿下!この子達を見てください!とても可愛らしい子。」
「お、この子らがクーニッツ伯爵家の息子達だな?」

「はい殿下、長男のニコライと、次男のアイザックでございます。」
子供達の肩を抱き、夫人は頭を下げた。

「そうか、クーニッツ家代々騎士と官職についていたな。
さぁーて、どちらがその血を引き継いでいるのかな?」

皇太子とリリィベルは2人を笑顔で見つめた。

するとニコライが胸に手を当て頭を下げた。
「皇太子でんか、ニコライ・クーニッツです。ごあいさつもうしあげます。」

「ふっ、ありがとうニコライ、今晩はそなたの屋敷で世話になるが、構わないか?」
大きな目をパチクリさせてニコライは皇太子を見上げた。
「お泊りなさるのですか?」
「あぁ、視察の後彼女を休ませたいんだよ。」


「天使様を?」
そう言ったのはアイザックだった。
「ふっ、あぁそうだ。俺の婚約者は羽が生えていて疲れると飛べないから」
「ちょっ‥‥テオドール殿下っ‥」
リリィベルか恥ずかしそうに袖を引っ張った。

「お前がアイザックだな?」
「えっ?あ、はい!」
堂々として物怖じしてない。
2人を交互に見つめてテオドールは笑みを浮かべた。
「なるほど、よい息子達に恵まれているな夫人。」

「恐れ入ります。殿下‥‥」
夫人は深くお辞儀をした。

「ニコライ、アイザック、また後でな。行こうリリィ

「はい殿下‥。」

またエスコートを始めるとリリィベルはまた天使のような綺麗な笑顔を浮かべた。


「「やっぱり天使っているんだね」」
ニコライとアイザックが顔を見合わせて口にした。


「本当、お綺麗ね‥」
ベルシュに続き歩く皇太子とリリィベルを見ながら夫人も呟いた。

その天使のような姿を数多から欲しがられた婚約者。
愛されし美貌は城の大ホールの照明でも、着ていたドレスのせいでも無かった。

夫人は呟いた。
「アレクシス様に祝福を与えられた様な存在ね。
本当に綺麗‥‥。」



階段を上がった2階の大きなゲストルームに2人は通された。

「どうぞ、こちらをお使いください。」
「あぁ、ありがとう。」
「ありがとうございます。」
「お茶をご用意致します。」
「助かるよ。リリィ、ここに‥」
皇太子はリリィベルをソファーに座らせた。

ベルシュが部屋から下がった。
「‥‥‥‥‥」

皇太子はリリィベルから少し離れて窓から外を眺めた。
屋敷の管理は行き届いている。突然押しかけたこの部屋も綺麗に整っていた。それは普段から屋敷に気を配っている。
そして優秀なメイドや使用人が居るという事だ。

皇太子は、ポケットからロスウェルの小瓶を取りだし、
手の甲に一滴垂らすと、手袋をした。

これから飲み物が運ばれてくる。
警戒や、人を見るのは伯爵の血筋だけでは無い。
一時的な心眼を持ち、誰かが何もしてこないかを見るためでもある。

「テオ、クーニッツ家のお子様達、とても可愛らしい子達でしたね。」
「あぁ、そうだな。」

リリィベルが楽しそうだ。テオドールは、その言葉に振り返り、窓際から離れるとリリィベルの隣に腰を下ろした。

「私達の子は、それ以上にきっと可愛いぞ?」
リリィベルの耳元でそっと囁いた。
「っ‥‥‥テオっ‥‥はっ‥‥‥」
顔を真っ赤にしたリリィベルの手をそっと握った。
「恥ずかしい?そんな事言ってられないだろ?
お前は俺に食われるんだ。口付けで我慢してるぞ‥

初夜がとても、楽しみだ。」
テオドールはリリィベルの額に口付けをした。

「テオっ‥‥‥」
目に、耳に、頬に口付けをした。
「ベルシュが来るまでだ。俺に力を与えてくれ‥‥。
これから視察に出るんだぞ。」

「っ‥‥」
目を閉じて、その口付けに酔いしれそうになる瞬間。
扉の外から声がかかった。

「殿下、荷物運んで参りました。」
先にイーノク達がきたようた。


体を離した皇太子は扉を睨みつけた。


「‥‥‥入れるもんなら入ってみろ‥‥」
ドスの効いた声で返事を返した。




「‥‥‥‥‥」
扉の前で沈黙したイーノクがそこに立っていた。

ガチャっと扉を開けた。
「‥‥失礼します。」
「‥‥チッ‥‥不敬なっ‥‥」
皇太子は嫌がらせだとばかりに、顔を顰めた。
けれど、イーノクは笑顔で口を開く。

「殿下を待っていると日が暮れますから。」


第二騎士団はその強さと皇太子へ忠誠心の強い者達ばかり。
そして、とても仲がいい。
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