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その悲しみは誰のもの
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城の外で、国民達の怒号が遠くに響く。
リリィベルはベリーとカタリナと私室にいた。
皇太子が、広場で罪人達の処刑を行っている。
「‥‥9年前を思い出します‥」
「え‥?」
ベリーの言葉に、リリィベルは悲しげな顔を向けた。
「当時テオドール王子殿下がこの城に来てから‥
オリヴァー皇帝陛下がまだ、皇太子だった頃の事でございます‥。当時もこうして、皇太子がその断罪の場に立ち‥
あの小さかったテオドール王子様は‥オリヴァー様にそっくりです‥。あの時も皇帝陛下の代わりに‥。」
「そう‥だったの‥‥。」
リリィベルは温かい紅茶を一口飲んだ。
「陛下は‥‥大丈夫かしら‥‥」
「皇后様が‥‥ついておりますから‥」
「‥‥そうね‥‥」
リリィベルはそれを昔話としてしか知らなかった。テオドールと同じ歳だったが、
知らない過去、この賑やかな帝都で、当時のオリヴァー皇太子が、異母弟の処刑を行った。
その場に現在の皇太子であるテオドールが処刑の責任者として立っている。
北部にいたリリィベルは何も知らずに育った。
ただ、テオドールが城に上がってからの8歳の誕生日、
本当は行くはずだった。
リリィベルは7歳から、謎の発作を起こす様になった。
帝都ついたタウンハウスで起こした発作で、
誕生祭に行く事は叶わなかった。
初めて誕生祭に来た時、テオドールと踊ったその後から
発作は起こらなくなった。
あれはなんだったのだろう‥‥
今は何事もなく、健康そのものだった。
テオドールに出会って、まるですべてがこの時のための様に‥‥。
毎年の誕生祭に行く事を禁じられ、この歳まで来られなかった。
そして出会った。運命の人‥‥。
時々、心の中で、魂で、ドンドンと叩く音が聞こえる。
そして‥‥‥
誰かの泣いてる声がする‥‥。
そう思い始める様になった。
そして、胸が詰まる程の痛みと苦しみ、そして悲しみが溢れる。
けれど、それと同時に、抑えきれない愛が溢れる。
この上なく愛しい感情。
テオドールと出会った感情。これは紛れもない。自分の感情。
だけど、この胸を引き裂くような感情は・・・。
ワァァァァァァァァァァァ!!!!!!!
一際大きな国民たちの怒号が、城まで響いた。
「っ・・・・・」
リリィベルは、そっと身を縮こませた。
人の命が消えていく音・・・。
これに恐怖を覚えたリリィベルは、小さく震えた。
罪を働いた人、死んで当然・・・・。
この世界は、こうして大々的に罪人たちは、その死をもって罪を償う。
それを見る人たちは、思い知る。罪を働けば裁かれる。
・・・・・この世界・・・・・・?
「っ・・・テオっ・・・・」
思わず名を呼んで耳を塞いだ。
ふわりと・・・リリィベルの身体をベリーが抱きしめた。
「リリィベル様・・・」
「っ・・・ベリー・・・怖いわ・・・・。」
「大丈夫です・・・。すべての罪は・・・皇太子殿下が・・・。」
「違うのっ・・・わかってるわ・・・。なのに・・・。」
リリィベルの瞳に恐怖の色が宿る。
自分の中で、何かが狂い始める音がした。歯車が外れるような、
ドクンと胸を打つ。それは断頭台が落ちる音か・・・自分の音か・・・。
「・・・・ここはっ・・・・私はっ・・・・・・。」
テオ・・・あなたなしでは・・・私は生きていけない・・・・。
リリィベルはぎゅっと瞳を閉じて、時が過ぎるのを待っていた。
自分に暗殺者が向けられた事も
テオドールを愛する女たちに敵意を向けられた事も・・・。
父親に暗殺者を向けられた事も・・・。
つらかったけど・・・怖くなかった。
「・・・テオっ・・・・テオっ・・・・・・。」
でも、テオドールと離れる事は1番怖い。
あの、テオドールに似た・・・皇帝陛下の涙・・・・。
怖い・・・。
何がそんなに怖いの?と自分自身に問いかける・・・。
でも何かが分からない・・・。
それがとても・・・・怖い・・・・。
夕暮れが城を照らす頃。
湯を浴び終えて着替えを済ませたテオドールは執務室に居た。髪はまだ湿っていて、
髪から滴る雫が肩を濡らした。
何人もの首が飛んで転がったあの景色は、罪だと分かっていても、
すっきりするなんて事はない。あれだけ殺したいと思っていたオリバンダー一家も。
変わり果てた姿になって、その首を切り落とし、身体を八つ裂きにした。
それですら、怒りと共に、何とも言えない感情が込み上げた。
死んで当然だ。リリィベルを狙っていた者達など・・・。
死ぬ前にはそんな風に思っていた。
暗殺者だって、たくさん殺した。それですら、皇帝に止められるまで続けた残虐行為だった。
けれど、断頭台の景色は、前世の自分が顔を出して
その景色に、目を背けたくなるのを、必死でこらえた。
この世界で、皇太子として生きる自分がそうさせた。
「・・・・・・・・終わった・・・・・・・・。」
皇太子の自分がそう呟いた。
そんな時、ブレスレットが光った。
2回宝石を叩いて、その者は現れた。
「・・・あっ・・・リコーか・・・どうした?」
テオドールはハリーかロスウェルが来ると思っていた。
普段リリィベルについているリコーがここへ来る事は珍しい事だった。
「殿下、少し宜しいですか?」
「どうした?リリィについてか?」
「はい・・・あの・・・・。」
リコーが少し俯いた。
「どうした。何があった?」
テオドールは焦った。もう脅威は払ったはずなのに・・・。
「あの・・・昼間、リリィベル様の様子が・・・」
「あ・・・処刑の事か・・・?」
「えぇ・・・そうなのですが・・・・。とても・・・怯えていらして・・・・・。」
「・・・そうか・・・これから行くところだった。」
「はい・・・。いつもどんな時でも、あまり取り乱さないお方なのですが、
今日は・・・なんだか・・・普段と違って・・・・。」
「無理もない・・・皇太后も死に・・・陛下も今は失意の中、心配しているんだろ・・・。」
リコーは・・・両手の指先をもじもじさせながら切なげに口を開く。
「・・・・殿下の名を・・・何度も呼んでおられて・・・・。
食事も出来ない様子で・・・やがて、ブランケットにくるまって・・・ソファーから動かず・・・。」
テオドールは眉を顰めた。
「リコー、ありがとう。すぐ行くから。俺が行くまでリリィのそばに。」
「はい、殿下・・・。」
事を告げると、リコーは姿を消した。
テオドールは、執務室からは少し遠いリリィベルの部屋へ向かった。
ガチャっと音を立てて扉を開いた。
その部屋の中で、音に反応したベリーと、ブランケットにくるまったリリィベルが身体を震わせた。
「・・・リリィ・・・・?」
聞いてはいたものの、その幼い子の様なリリィベルに驚きを隠せなかった。
声を掛けられ、それがテオドールだと分かった時、リリィベルは瞳を揺らした。
「テオっ・・・・・テオっ・・・・」
ソファーにブランケットを落として、テオドール目掛けて走った。
リリィベルを抱き留めたテオドールは、ベリーとカタリナに目配せした。
静かに、ベリーとカタリナが部屋を下がる。
部屋に2人きり、テオドールはリリィベルの背を撫でた。
「リリィ・・・どうした?怖かったか・・・?側に居られなくてすまなかった・・・。」
「テオっ・・・・テオっ・・・・・。」
「・・・母上も、父上についているから・・・不安だったか?」
「テオっ・・・・・。」
何を聞いても、名を呼ぶだけだった。
瞳を固く閉じて、小さく震えている。
その様子は確かにおかしかった。今まで見たことのない様子だった。
「・・・リリィ・・・・?俺の顔を見ろ。」
耳元でそう囁いた。
ピクっ・・・とリリィベルの身体は、跳ねるとその閉じていた目をゆっくり開いて
声がする方へゆっくりと向けた。
見上げた先で、テオドールの優しい微笑みがあった。
「俺の女神?・・・恋しかったか・・・?」
「・・・テオ・・・」
リリィベルは、やっと力んだその身体を緩ませた。
その感触を感じ、テオドールはいつもの様にリリィベルを片腕で抱き上げた。
「翼を折られたか・・・?そんなに震えてどうしたんだ?
お前の鳥かごがお前を捕まえに戻ったぞ・・・?」
笑みを浮かべながら、テオドールはベッドの端にリリィベルを膝に抱えて座った。
髪を撫で、細い腹を抱き優しい声で囁く。
「・・・リリィ・・・大丈夫だぞ?俺がいるぞ・・・・?
ほら・・・いつものしてくれよ・・・・。」
そう言って、瞳を閉じた。
リリィベルはその顔を見て・・・ゆっくりとテオドールの頬を包んだ。
「・・・ん?」
テオドールがいつもの。と言った事とは違った。
「んっ・・・・」
いつも帰った時、休憩の時、顔を合わせた時、頬に口付けをくれるリリィベルだったが、
この時は、まるで離さないとばかりに唇を重ねたのだった。
少し目を見開いたテオドールだったが、その口付けを黙って受け止める。
「・・・はぁっ・・・・」
それは彼女には珍しい・・・激しい感情と口づけだった。
テオドールはうっすら頬を染めて、目を少し開けた。
映ったリリィベルの長い睫は涙に濡れていて、必死さが伝わった。
「・・・っ・・・リッ・・・リリ・・・んっ・・・」
合間に名を呼ぶことも難しくて、テオドールは、その必死の訴えをやがて包むように返した。
そそり立つ様な感情を抱き、リリィベルを必死で追いかけた。
今日のすべてをかき消すような激しさ。
やがて離れて絡んだ視線、テオドールは少し息を切らしてリリィベルを見た。
「・・・リリィ・・・」
名を呼ぶと、リリィベルは、大粒の涙をたくさん瞳に溜めて、流れ落ちていく。
「・・・どうした・・・。我慢できなくなるぞ・・・?」
少し笑みを浮かべて言った。その必死の涙を少しでも止めたかった。
「・・・っ・・・あなたは・・っ・・・生きていますね・・・・・。」
「え・・・・?」
「私もっ・・・生きて・・・いますね・・・・・・。」
テオドールは、眉を顰めた。リリィベルがそう口にしたのは、
今日の処刑の事を言っている?たくさんの命が消えたこと・・・・?
悲しんでいるのか・・・?罪人の命を・・・・・。
「・・・・あぁ・・・・生きてるよ・・・・。
お前を置いて・・・どこに行くと言うんだ・・・・・?」
俺は昔・・・反対の言葉を・・・口にしなかったか・・・・・・?
〝置いていくな〟と・・・・・
「私もっ・・・・生きていますっ・・・・テオっ・・・・・・・
胸がっ・・・苦しいのですっ・・・・。」
ボロボロと泣いて、リリィベルは言った。
そんなリリィベルをテオドールは抱きしめた。
「そうか・・・。お前は生きている・・・。その苦しみも・・生きているが故だ・・・。」
「テオっ・・・あなたが居ないとっ・・・・生きていけないっ・・・・。」
「あぁ・・・俺に出会う為に産まれた愛しい人・・・そうだろう?」
そう・・・あなたに会う為に産まれた・・・・。
「テオっ・・・・テオっ・・・・。」
その激しさは・・・夜になっても醒めなかった・・・・。
リリィベルはベリーとカタリナと私室にいた。
皇太子が、広場で罪人達の処刑を行っている。
「‥‥9年前を思い出します‥」
「え‥?」
ベリーの言葉に、リリィベルは悲しげな顔を向けた。
「当時テオドール王子殿下がこの城に来てから‥
オリヴァー皇帝陛下がまだ、皇太子だった頃の事でございます‥。当時もこうして、皇太子がその断罪の場に立ち‥
あの小さかったテオドール王子様は‥オリヴァー様にそっくりです‥。あの時も皇帝陛下の代わりに‥。」
「そう‥だったの‥‥。」
リリィベルは温かい紅茶を一口飲んだ。
「陛下は‥‥大丈夫かしら‥‥」
「皇后様が‥‥ついておりますから‥」
「‥‥そうね‥‥」
リリィベルはそれを昔話としてしか知らなかった。テオドールと同じ歳だったが、
知らない過去、この賑やかな帝都で、当時のオリヴァー皇太子が、異母弟の処刑を行った。
その場に現在の皇太子であるテオドールが処刑の責任者として立っている。
北部にいたリリィベルは何も知らずに育った。
ただ、テオドールが城に上がってからの8歳の誕生日、
本当は行くはずだった。
リリィベルは7歳から、謎の発作を起こす様になった。
帝都ついたタウンハウスで起こした発作で、
誕生祭に行く事は叶わなかった。
初めて誕生祭に来た時、テオドールと踊ったその後から
発作は起こらなくなった。
あれはなんだったのだろう‥‥
今は何事もなく、健康そのものだった。
テオドールに出会って、まるですべてがこの時のための様に‥‥。
毎年の誕生祭に行く事を禁じられ、この歳まで来られなかった。
そして出会った。運命の人‥‥。
時々、心の中で、魂で、ドンドンと叩く音が聞こえる。
そして‥‥‥
誰かの泣いてる声がする‥‥。
そう思い始める様になった。
そして、胸が詰まる程の痛みと苦しみ、そして悲しみが溢れる。
けれど、それと同時に、抑えきれない愛が溢れる。
この上なく愛しい感情。
テオドールと出会った感情。これは紛れもない。自分の感情。
だけど、この胸を引き裂くような感情は・・・。
ワァァァァァァァァァァァ!!!!!!!
一際大きな国民たちの怒号が、城まで響いた。
「っ・・・・・」
リリィベルは、そっと身を縮こませた。
人の命が消えていく音・・・。
これに恐怖を覚えたリリィベルは、小さく震えた。
罪を働いた人、死んで当然・・・・。
この世界は、こうして大々的に罪人たちは、その死をもって罪を償う。
それを見る人たちは、思い知る。罪を働けば裁かれる。
・・・・・この世界・・・・・・?
「っ・・・テオっ・・・・」
思わず名を呼んで耳を塞いだ。
ふわりと・・・リリィベルの身体をベリーが抱きしめた。
「リリィベル様・・・」
「っ・・・ベリー・・・怖いわ・・・・。」
「大丈夫です・・・。すべての罪は・・・皇太子殿下が・・・。」
「違うのっ・・・わかってるわ・・・。なのに・・・。」
リリィベルの瞳に恐怖の色が宿る。
自分の中で、何かが狂い始める音がした。歯車が外れるような、
ドクンと胸を打つ。それは断頭台が落ちる音か・・・自分の音か・・・。
「・・・・ここはっ・・・・私はっ・・・・・・。」
テオ・・・あなたなしでは・・・私は生きていけない・・・・。
リリィベルはぎゅっと瞳を閉じて、時が過ぎるのを待っていた。
自分に暗殺者が向けられた事も
テオドールを愛する女たちに敵意を向けられた事も・・・。
父親に暗殺者を向けられた事も・・・。
つらかったけど・・・怖くなかった。
「・・・テオっ・・・・テオっ・・・・・・。」
でも、テオドールと離れる事は1番怖い。
あの、テオドールに似た・・・皇帝陛下の涙・・・・。
怖い・・・。
何がそんなに怖いの?と自分自身に問いかける・・・。
でも何かが分からない・・・。
それがとても・・・・怖い・・・・。
夕暮れが城を照らす頃。
湯を浴び終えて着替えを済ませたテオドールは執務室に居た。髪はまだ湿っていて、
髪から滴る雫が肩を濡らした。
何人もの首が飛んで転がったあの景色は、罪だと分かっていても、
すっきりするなんて事はない。あれだけ殺したいと思っていたオリバンダー一家も。
変わり果てた姿になって、その首を切り落とし、身体を八つ裂きにした。
それですら、怒りと共に、何とも言えない感情が込み上げた。
死んで当然だ。リリィベルを狙っていた者達など・・・。
死ぬ前にはそんな風に思っていた。
暗殺者だって、たくさん殺した。それですら、皇帝に止められるまで続けた残虐行為だった。
けれど、断頭台の景色は、前世の自分が顔を出して
その景色に、目を背けたくなるのを、必死でこらえた。
この世界で、皇太子として生きる自分がそうさせた。
「・・・・・・・・終わった・・・・・・・・。」
皇太子の自分がそう呟いた。
そんな時、ブレスレットが光った。
2回宝石を叩いて、その者は現れた。
「・・・あっ・・・リコーか・・・どうした?」
テオドールはハリーかロスウェルが来ると思っていた。
普段リリィベルについているリコーがここへ来る事は珍しい事だった。
「殿下、少し宜しいですか?」
「どうした?リリィについてか?」
「はい・・・あの・・・・。」
リコーが少し俯いた。
「どうした。何があった?」
テオドールは焦った。もう脅威は払ったはずなのに・・・。
「あの・・・昼間、リリィベル様の様子が・・・」
「あ・・・処刑の事か・・・?」
「えぇ・・・そうなのですが・・・・。とても・・・怯えていらして・・・・・。」
「・・・そうか・・・これから行くところだった。」
「はい・・・。いつもどんな時でも、あまり取り乱さないお方なのですが、
今日は・・・なんだか・・・普段と違って・・・・。」
「無理もない・・・皇太后も死に・・・陛下も今は失意の中、心配しているんだろ・・・。」
リコーは・・・両手の指先をもじもじさせながら切なげに口を開く。
「・・・・殿下の名を・・・何度も呼んでおられて・・・・。
食事も出来ない様子で・・・やがて、ブランケットにくるまって・・・ソファーから動かず・・・。」
テオドールは眉を顰めた。
「リコー、ありがとう。すぐ行くから。俺が行くまでリリィのそばに。」
「はい、殿下・・・。」
事を告げると、リコーは姿を消した。
テオドールは、執務室からは少し遠いリリィベルの部屋へ向かった。
ガチャっと音を立てて扉を開いた。
その部屋の中で、音に反応したベリーと、ブランケットにくるまったリリィベルが身体を震わせた。
「・・・リリィ・・・・?」
聞いてはいたものの、その幼い子の様なリリィベルに驚きを隠せなかった。
声を掛けられ、それがテオドールだと分かった時、リリィベルは瞳を揺らした。
「テオっ・・・・・テオっ・・・・」
ソファーにブランケットを落として、テオドール目掛けて走った。
リリィベルを抱き留めたテオドールは、ベリーとカタリナに目配せした。
静かに、ベリーとカタリナが部屋を下がる。
部屋に2人きり、テオドールはリリィベルの背を撫でた。
「リリィ・・・どうした?怖かったか・・・?側に居られなくてすまなかった・・・。」
「テオっ・・・・テオっ・・・・・。」
「・・・母上も、父上についているから・・・不安だったか?」
「テオっ・・・・・。」
何を聞いても、名を呼ぶだけだった。
瞳を固く閉じて、小さく震えている。
その様子は確かにおかしかった。今まで見たことのない様子だった。
「・・・リリィ・・・・?俺の顔を見ろ。」
耳元でそう囁いた。
ピクっ・・・とリリィベルの身体は、跳ねるとその閉じていた目をゆっくり開いて
声がする方へゆっくりと向けた。
見上げた先で、テオドールの優しい微笑みがあった。
「俺の女神?・・・恋しかったか・・・?」
「・・・テオ・・・」
リリィベルは、やっと力んだその身体を緩ませた。
その感触を感じ、テオドールはいつもの様にリリィベルを片腕で抱き上げた。
「翼を折られたか・・・?そんなに震えてどうしたんだ?
お前の鳥かごがお前を捕まえに戻ったぞ・・・?」
笑みを浮かべながら、テオドールはベッドの端にリリィベルを膝に抱えて座った。
髪を撫で、細い腹を抱き優しい声で囁く。
「・・・リリィ・・・大丈夫だぞ?俺がいるぞ・・・・?
ほら・・・いつものしてくれよ・・・・。」
そう言って、瞳を閉じた。
リリィベルはその顔を見て・・・ゆっくりとテオドールの頬を包んだ。
「・・・ん?」
テオドールがいつもの。と言った事とは違った。
「んっ・・・・」
いつも帰った時、休憩の時、顔を合わせた時、頬に口付けをくれるリリィベルだったが、
この時は、まるで離さないとばかりに唇を重ねたのだった。
少し目を見開いたテオドールだったが、その口付けを黙って受け止める。
「・・・はぁっ・・・・」
それは彼女には珍しい・・・激しい感情と口づけだった。
テオドールはうっすら頬を染めて、目を少し開けた。
映ったリリィベルの長い睫は涙に濡れていて、必死さが伝わった。
「・・・っ・・・リッ・・・リリ・・・んっ・・・」
合間に名を呼ぶことも難しくて、テオドールは、その必死の訴えをやがて包むように返した。
そそり立つ様な感情を抱き、リリィベルを必死で追いかけた。
今日のすべてをかき消すような激しさ。
やがて離れて絡んだ視線、テオドールは少し息を切らしてリリィベルを見た。
「・・・リリィ・・・」
名を呼ぶと、リリィベルは、大粒の涙をたくさん瞳に溜めて、流れ落ちていく。
「・・・どうした・・・。我慢できなくなるぞ・・・?」
少し笑みを浮かべて言った。その必死の涙を少しでも止めたかった。
「・・・っ・・・あなたは・・っ・・・生きていますね・・・・・。」
「え・・・・?」
「私もっ・・・生きて・・・いますね・・・・・・。」
テオドールは、眉を顰めた。リリィベルがそう口にしたのは、
今日の処刑の事を言っている?たくさんの命が消えたこと・・・・?
悲しんでいるのか・・・?罪人の命を・・・・・。
「・・・・あぁ・・・・生きてるよ・・・・。
お前を置いて・・・どこに行くと言うんだ・・・・・?」
俺は昔・・・反対の言葉を・・・口にしなかったか・・・・・・?
〝置いていくな〟と・・・・・
「私もっ・・・・生きていますっ・・・・テオっ・・・・・・・
胸がっ・・・苦しいのですっ・・・・。」
ボロボロと泣いて、リリィベルは言った。
そんなリリィベルをテオドールは抱きしめた。
「そうか・・・。お前は生きている・・・。その苦しみも・・生きているが故だ・・・。」
「テオっ・・・あなたが居ないとっ・・・・生きていけないっ・・・・。」
「あぁ・・・俺に出会う為に産まれた愛しい人・・・そうだろう?」
そう・・・あなたに会う為に産まれた・・・・。
「テオっ・・・・テオっ・・・・。」
その激しさは・・・夜になっても醒めなかった・・・・。
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