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手紙を届けるよ

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思わぬ休暇にテオドールは急いで身支度をした。
平民騎士の様なラフな身なりで。
「殿下、本当にすぐ行かれるのですか?」
フランクがテオドールの脱ぎ散らかした服を拾い歩き問いかけた。

「あぁ!時間がない!あ、フランク馬を用意してこい!
俺の愛馬を裏門へ連れて行け。」
「あぁ、はい‥‥」

フランクが外に出るとテオドールはブレスレットの宝石を3回指で叩いた。

「はぁーい‥どうしましたか?殿下」
現れたのはハリーだった。同時にハリーは人差し指を一本立て、くるんっと軽く円を描く。この部屋に遮断と防音の術をかけたのだった。

「よぉハリー!頼みがあるんだ。」
「なんすか、機嫌いいですね。」
「ははっそうだ。休暇をもらった!」
「へぇ~それなのに俺は呼ばれたんですか?」
「不服か?」
「俺達は丸一日働いてるんですよ?」
「あぁ感謝してる!例の研究は進んでるか?」

「まだ、未完成ですけどねー。まぁ順調です」
「そうか!!おつかれっ!!」
ハリーの肩をポンポン叩き労った。

「うわこわっ!殿下、頭打ったんですか?」
「失礼なやつだ!いいから!俺の言う事聞いてくれ!」
「なんですかぁ?」

面倒臭そうにハリーは間の抜けた声で聞いてきた。

「これから1人で城下にでる!だから俺が合図するまで俺の顔がわからない様に術をかけてくれ!」

「えぇ~‥」

「術解いて欲しいときは2回叩くから、また1回叩いたらまた術をかけるんだ!あ、そばに人がいたらその人も一緒に!」

「もしかしてブラックウォールのご令嬢に会いにいくんすかー?」
ニヤッとハリーは笑った。

「あぁなんだ、もうお前達も知ってるのか。」
特に恥ずかし気もなくテオドールは言った。

「そりゃあ有名ですよー。誕生祭では石の様に動かなかった殿下が王女と踊ってその後、そのご令嬢と踊り狂ってたんですから。」

「踊り狂ってはねーよ!」
「いやいや、あれは明らかにやり過ぎですよ。目立つなって方が無理ですけどねー。なんせ月と星が踊ってたんですから。」
サラッとハリーは言った。

「っ‥どんな比喩だよっ」
テオドールは少し焦りつつも受け流した。

ハリーも成長してから、魔術は鍛えられロスウェルに一歩及ばない程度。他の者達も優秀だが、小さな頃から知っていたハリーは、ロスウェルを凌ぐ程の心眼を持っている事が分かっている、だから余計にハリーの言葉には恐怖心があった。

「まぁ、いーっすけど、血、貰いますね。」
針を構えてテオドールに向き合った。
「おぉっ取ってけ‥‥2人分だ。好きなだけ。」

テオドールの指先にチクッと針を刺し血を出す。
そして、ハリーも同じ指でその血を塞ぐ。

ハリーの手の甲に魔術紋様が刻まれた。

「じゃあこれでいいっすよ?」
「あ、馬に乗るまではいいから、門に着いたら1回合図する。」
「はーい」

ハリーはヒラヒラとテオドールに手を振った。
そして、両手を自分の顔を周りでパン、パン、パンっと手を鳴らし、その姿を消した。

「‥‥‥いつも思うけど、ハリーのアレ、お祓いしてるみてぇなんだよな。」

消えたハリーにテオドールは呟いた。


剣を腰にぶら下げ、部屋を出て裏門へ向かった。

「フランク、サンキュー」
「えっ?なんて?」
フランクは、サンキューを知らない。

馬に飛び乗り、テオドールは早々と出ていった。
そしてブレスレットの宝石を1回叩いた。
これでテオドールだと悟られる事はないだろう。見てもその人だと気付かない様になっている。

馬の駆けるリズムの様に、テオドールの胸も弾んでいる。

会いたい‥

早く会いたい‥

その一心で馬で駆ける。


城下に出て馬から降り、あちこちら見回る。
ブラックウォール家のタウンハウスは‥

思い返してみる。

〝いいか?ブラックウォール家のタウンハウスは、
お前達が住んでいた花屋から見て左側をずっと行くと大きな邸宅の高い柵が並び始める。そこがブラックウォールのタウンハウスだ。家の紋章もあるから気づくだろう。〟

陛下は去り際に教えてくれた。

そして今は空き家となっている前の自宅の花屋を横目に、
歩いて行った。

すると控えめだけれど、上品な佇まいのタウンハウスが見えてきた。

「あー‥どうやって入ろうかな‥」

門を見上げ、首を傾げた。今は皇太子とは誰も気付かない、
急に訪問したら、追い返されるかもしれない。

「しゃーねぇ、裏から登るか‥」

不法侵入だな。

馬を近くの木に繋いでおき、裏にそっと周り高い柵を登り、てっぺんから飛び降りた。
運動神経が良くて良かったとおもう。

邸宅を見渡すと、日当たりの良い場所にバルコニーがついている。

可愛らしい花柄のレースが風に靡いて見えた。

「あそこ‥だな?」

年頃の女、日当たりの良い部屋、レースがいろいろ物語る。

幸い2階であるから、バルコニーの下にある2つ並んだ縦長い窓枠を足場にバルコニーの柵に掴まれそうだ。

「よっ‥」

軽快に狭い窓枠に足を掛け、勢いをつけて飛びバルコニーの鉄柵端に両手を掛ける。そして、ぶら下がった勢いと、自身の身体を揺らし反動をつけてくるりとバク転をするように1回転して、バルコニーの縁に両足で着地した。


ちゃんと見てやったけど、
バルコニーの柵尖ってなくてよかったー
てか、神業すぎだろ俺‥‥


「やってみるもんだなー」


感心してる場合じゃない‥‥。確かめないと‥

「‥‥‥‥‥」

ドキドキしながらレースの隙間から中を見た‥。


ソファーに座りながら本を読んでいるリリィベルがいた。

「‥‥っ‥」

その横顔にまた恋をする‥‥‥

上品で、ページを捲るその指先までもが‥‥


俺はブレスレットの宝石を2回叩いた。

そして、窓のガラスをコンコンと叩いた。
音がした方を見るリリィベル。

「まぁっ‥」
両手で口元を抑えて立ち上がった。
そして、慌ててショールを羽織った。

その姿にテオドールは笑みを浮かべた。

「良い風が吹いてるな‥‥ここは居心地が良さそうだ。」
「殿下‥‥‥どうやって‥‥‥」

テオドールはその場から離れない。

「違うだろ?リリィ、俺は名前で呼べって言っただろ?
逆らう気か?」

悪戯に笑って見せた。

「っ‥‥‥‥テ‥オ‥様‥‥‥」
リリィベルの顔はどんどんと赤く染まっていく‥。

「手紙を届けにきたぞ?」
そう言ってシャツのポケットから折り畳んだ1枚の紙を取り出した。

その紙を指先で挟み、手を伸ばす。

「テオ‥様自ら‥?」
おずおずとゆっくり近づきその紙を受け取った。

「あぁ、急いでたから‥それに落として無くされない保証もない。俺が1番確実だ‥」
そう言って笑った。

「読んでくれ」
頭を少し窓に傾けて、優しく言った。

リリィベルは紙を開いた。
文字を見てパッとテオドールをみた。


〝sarainikita〟


「‥‥‥返事は?」

「そんな‥‥‥今から‥‥?」
驚いているリリィベルにテオドールは手を伸ばし
その頬に触れた。

「あぁ‥いやか?」 

「‥お父様が‥心配を‥‥」
「ははっ‥‥じゃあ置き手紙をしていこう?
紙をくれるか?」

「テオ様‥何故中へは?」
不思議そうにリリィベルは言った。

「リリィ?俺は紳士だと、自分で思っているんだが、
そんな事言ったら、食べられてしまうぞ?」

「っ‥‥いやっ‥その‥‥そんなつもりではっ‥‥‥」
真っ赤になって後退り、机から紙とペンを慌てて持ってきた。

テオドールの顔も見ずに、両手で差し出すリリィベル。
「ぷっ‥‥まったく‥‥やる事成す事俺をくすぐるな‥」

そう言いながら、窓ガラスを机に、受け取った紙にサラサラと書いた。

「これでいいだろう‥。」

満足気に笑う。


「さぁ、これを置いていこう。早くしないと‥1日はあっという間だぞ?」

「‥‥‥‥」
手紙を見て、リリィベルは心配そうな顔をしていた。

けれど‥‥‥


机に手紙を置き置き石に、自身が持つアレキサンドライト
の宝石を1つ置いた。


しかし、リリィベルはピタリと固まった。
「テオ様っ、私、このままの姿で行くわけには‥‥」
「ははっ、十分綺麗だ。それ以上綺麗なドレスを着られては、俺が浮くだろ?俺はこんな成りだぞ?それでいい。」

「テオ様ったら‥‥‥」
悩むリリィベルだった。



けれど、真剣な眼差しで、テオドールは黙って手を伸ばす‥



「‥‥‥っ‥‥‥」
その姿に、吸い寄せられてしまいそう‥‥



リリィベルは真っ直ぐにテオドールを見つめた。
優しい笑顔のテオドールをみていると、

身体が、心が止められない‥‥

手を伸ばしてしまう‥


テオドールがリリィベルの手を握った。
「‥‥後悔‥させないから‥攫われてくれ‥‥‥
俺はお前と一緒に居たいんだ‥」

「テオ様‥‥」


「私を‥‥どこへ‥‥‥?」


「‥‥‥2人の、世界だ‥‥」

テオドールはリリィベルの手を引いた。

そして、バルコニーに出た2人は下を向いた。

「テオ様‥どうやってここを‥?」
不安そうな顔をしたリリィベル。

「リリィ、いくぞ?」」
そう言って、テオドールはリリィベルの背と膝に手を回した。

「わぁぁっ!」
勢いよく抱き上げられて慌ててテオドールにしがみ付いた。

「いいぞ!そのまま掴まってろよ!」

テオドールは勢いよくバルコニーから飛び降りた。

ビュォっ‥と‥風に切り、着地と同時に膝を折り地面に降り立った。
しかし、しばらくは動かなかった。足がジンジンと痛んでいた。

「テオ様‥‥大丈夫‥ですか?」

「ははっ‥気にするな。もう治った。」

この痛みすらも楽しいとテオドールは笑った。
その笑顔にリリィベルも笑顔になる。

「次は、ロープを吊るしましょ?」

「ははっそうだな!用意しておこう!」

そう言いながら、リリィベルを地面に下ろす。
ブレスレットを1回叩いた。

「リリィ、裏から出るぞ。」
ひそひそと声を小さくして、手を引いた。


「テオ様、冒険に行くみたいですねっ」
「あぁ、楽しい時間になるさ‥」


こうして、2人は裏庭から2人の世界へ飛び出て行ったのだった。
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