上 下
26 / 240

彼女の世界線

しおりを挟む
「リリィベル」


「お父様!」

庭園の花々に包まれた中で、名を呼ばれた彼女は振り向いた。
穏やかな風に吹かれて金髪の髪が靡いた。まだ幼い彼女の瞳はぱっちりとした夜空のような濃紺の色をしていた。妖精の様な愛らしい少女だった。そのリリィベルと呼ばれた彼女は父親に駆け寄って行った。

「またここにいたか。私の可愛いリリィは・・・・」
「ふふっだってここ好きなの!だってお母様の好きだった場所だったのでしょ?
まるでお母様がいるみたいに思うの!だからここにくるのよ?」

「本当・・・お前はますますアナベルそっくりになってきたな。でも、今日はここまでだ。
また身体を壊してしまったら・・・」

「大丈夫よお父様、最近はすごく身体が元気なの!」
「そう言って、こないだも倒れてしまったじゃないか…私の寿命が縮んでしまう…」
「ふふっごめんなさい。お父様になにかあったら、帝国は大騒ぎになってしまうものね。」

「あぁ、お前も知っているだろう?アレキサンドライトの第一王子殿下がもうすぐ8歳を迎えるそうだ。
誕生祭に行かなければならない。だから身体を大切にするんだ。」

「そうね!初めて王都に行けるの!私すっごく楽しみなの!」

彼女の笑顔は眩しかった。娘を抱いた父はとても穏やかな笑みを浮かべた。
そして、高い城壁に包まれた中の庭園から要塞のような屋敷へ戻っていった。


リリィベル・ブラックウォール


アレキサンドライト北部の国防の要、ブラックウォール辺境伯が治める地。
ダニエル・ブラックウォールとその妻、アナベルの一人娘としてリリィベルは生を受けた。
母のアナベルはリリィベルの産後、肥立ちが悪くリリィベルが4歳の時、天に召された。

彼女は、7歳を迎えた頃になり、時々倒れては数日寝込むことがあった。
それは不定期に前触れもなく訪れる。

けれど、時が経つとまた元気を取り戻す。原因はわからず対症療法しか手はなかった。

帝国の第一王子の誕生祭に向けて、ブラックウォール家も王都へ向かった。。
王都へは馬車で10日ほどかかる。10日掛けてたどり着いた王都のブラックウォール家のタウンハウスでそれは訪れた。
彼女の発作は、その身を切り刻まれるような痛みが突然起こり、叫び苦しいものだった。
高熱と痛みで意識を保てないほどに・・・・。

ベッドに横たわる娘にすがるようにその手を握るダニエル。
「リリィ・・・・疲れが溜まってしまったのだろか・・・。早く良くなってくれ・・・・」
祈りを込めるように、掴まえておけるように、ダニエルは彼女の側を離れなかった。


そんな数日経った後、彼女はゆっくり目を覚ました。
「あぁ・・・やっと目を覚ましてくれた。私のリリィ具合は大丈夫か?」
「お父様・・・・私、また・・・・」

「あぁ・・・何もしてやれなくてすまない・・・・」
「・・・謝らないでお父様・・・・」
弱々しく笑う娘を痛ましく思うダニエルだった。

「お父様・・・今日は・・・・」
「リリィ、誕生祭はもう終わってしまって・・・。私は挨拶だけしてすぐ戻った。
側を離れてすまなかった・・・。」

「ふふっ・・・大丈夫ですお父様。お父様はこの国の要、顔を出さないわけにはいかないでしょう?」
「だが・・・」

「お父様がいて、アレキサンドライトの北部は守れていると私はアピールしたかったのですよ?
行ってくださってよかった。ねぇお父様、第一王子殿下はどんな方でしたか?」
「あぁ、皇太子妃のマーガレット様と同じ銀髪で、皇太子殿下とそっくりなお顔立ちだった。」
「へぇ・・・銀髪って珍しいですね?」
「あぁ、マーガレット様の生家グランディール家の者は銀髪で産まれることが多いんだ。」
「すごーい・・・」

絵本の物語を聞くように、彼女は笑っていた。
そんな娘の身体をゆっくりと起こしてあげた。

「さぁ、リリィ、お腹は減っていないか?」
「えへへ・・・お腹減ってます。」

「では、身体によい食べ物を持ってこさせよう。あぁ・・・目を覚ましてくれて本当に良かった。」
「心配かけてごめんなさい。お父様。」

ダニエルはぎゅっと小さな愛しい娘を抱きしめた。

妻のアナベルも天に召され、リリィベルが不思議な発作を起こす様になった。

数日経てば元気にはなるが、その苦しみに歪む姿は、心臓を引き裂かれるような思いだった。


「あっ、でもね?お父様」
「どうした?」

「私夢を見ていたのです…」
「なに?」
「とても…なんだか幸せな夢でした。今は良く思い出せないのですが…」
「それなのに、幸せだったと?」

「不思議ですよね?覚えてないのに、幸せだなんて・・・」
「そう・・・・だな・・・。」



ダニエルは何度も聞いていた。苦しむ娘はいつもこう言うのだ。


『たすけてあげて』

『泣かないで』


と、苦しみもがきながら


誰を?自分に向けての言葉ではない・・・・。


泣かないでと、自分はその閉じた目から溢れる涙を流し苦しんでいる。


そして、娘が苦しむ夜に限って


・・・・月が雲に隠れている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「ばらされたくなかったら結婚してくださいませんこと?」「おれの事が好きなのか!」「いえ全然」貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ令嬢に結婚させら

天知 カナイ
恋愛
【貴族嫌いの公爵令息が弱みを握られ、令嬢と結婚させられた結果】 「聞きましたわよ。ばらされたくなかったら私と結婚してくださいませんこと?」 美貌の公爵令息、アレスティードにとんでもない要求を突きつけてきた侯爵令嬢サイ―シャ。「おれの事が好きなのか?」「いえ、全然」 何が目的なんだ?と悩みながらも仕方なくサイ―シャと婚約したアレスティード。サイ―シャは全くアレスティードには興味がなさそうだ。だが彼女の行動を見ているうちに一つの答えが導かれていき、アレスティードはどんどんともやもやがたまっていく・・

【完結】結婚した途端記憶喪失を装いはじめた夫と離婚します

との
恋愛
「記憶がない?」 「ああ、君が誰なのか分からないんだ」 そんな大ボラを吹いて目を逸らした夫は、領地を持っていない男爵家の嫡男。教師をしているが生活できるほどの給料が稼げず、王宮勤めの父親の稼ぎで暮らしていた。 平民としてはかなり裕福な家の一人娘メリッサに結婚を申し込んできたのはもちろんお金が目当てだが、メリッサにもこの結婚を受け入れる目的が⋯⋯。 メリッサにだけはとことんヘタレになるケニスと父親の全面協力の元、ろくでなしの夫の秘密を暴いて離婚します。 「マーサおばさまが睨むって、ケニスったら何かしでかしたの?」 「しでかさなかったから怒ってる」 「へ?」 ーーーーーー ゆるふわの中世ヨーロッパ、幻の国の設定です。 完結確約。 R15は念の為・・

【完結】 夫はどうやら、遠征先でよろしくやっているようです。よろしくってなんですか?

キムラましゅろう
恋愛
別タイトル 『夫不在で進んでいく浮気疑惑物語』 シュリナの夫、フォルカー・クライブは王国騎士団第三連隊に所属する中隊の騎士の一人だ。 結婚式を挙げてすぐに起きてしまったスタンピード鎮圧のために三ヶ月前に遠征した。 待てど暮らせど帰って来ず、手紙も届かない状態で唯一の情報源が現地で夫に雇われたというメイドのヤスミンが仕入れてくる噂話のみの状態であった。 そんなヤスミンがある日とある噂話を仕入れてくる。 それは夫フォルカーが現地の女性と“よろしくやっている”というものだった。 シュリナは思う、「よろしくってなに?」と。 果たして噂話は真実なのか。 いつもながらに完全ご都合展開のノーリアリティなお話です。 誤字脱字……うん、ごめんね。((*_ _)ペコリ モヤモヤ……申し訳ない! ペコリ(_ _*)) 小説家になろうさんにも時差投稿します。

未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか?

そらまめ
ファンタジー
 中年男の真田蓮司と自称一万年に一人の美少女スーパーアイドル、リィーナはVRMMORPGで遊んでいると突然のブラックアウトに見舞われる。  蓮司の視界が戻り薄暗い闇の中で自分の体が水面に浮いているような状況。水面から天に向かい真っ直ぐに登る無数の光球の輝きに目を奪われ、また、揺籠に揺られているような心地良さを感じていると目の前に選択肢が現れる。 [未知なる世界で新たな冒険(スローライフ)を始めませんか? ちなみに今なら豪華特典プレゼント!]  と、文字が並び、下にはYES/NOの選択肢があった。  ゲームの新しいイベントと思い迷わずYESを選択した蓮司。  ちよっとお人好しの中年男とウザかわいい少女が織りなす異世界スローライフ?が今、幕を上げる‼︎    

もふもふ公園ねこ物語~愛と平和のにくきゅう戦士にゃんにゃん~

菜乃ひめ可
児童書・童話
たくさんの猫仲間が登場する、癒やしコメディ。  のんびり天真爛漫なキジトラ子猫が、みんなに助けられながら「にゃっほーい♪」と成長していく物語です。   自称『にくきゅう戦士』と名乗るキジトラ子猫のにゃんにゃんは、果たして公園の平和を守れるのか!?  「僕はみんなの味方ニャ!」  読んでいるときっと。 頭もココロもふわふわしてきますよぉ〜(笑) そう! それはまるで脳内お花(◕ᴗ◕✿)?

【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される

鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。 レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。 社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。 そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。 レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。 R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。 ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

眼鏡をこよなく愛する人畜無害の貧乏令嬢です。この度、見習い衛生兵となりましたが軍医総監様がインテリ眼鏡なんてけしからんのです。

甘寧
恋愛
「……インテリ眼鏡とかここは天国か……?」 「は?」 シルヴィ・ベルナールの生家である男爵家は首皮一枚で何とか没落を免れている超絶貧乏令嬢だ。 そんなシルヴィが少しでも家の為にと働きに出た先が軍の衛生兵。 実はシルヴィは三度の飯より眼鏡が好きという生粋の眼鏡フェチ。 男女関係なく眼鏡をかけている者がいれば食い入るように眺めるのが日々の楽しみなのだが、この国の眼鏡率は低く人類全てが眼鏡をかければいいと真剣に願うほど信仰している。 そんな折出会ったのが、軍医施設の責任者兼軍医総監を務めるアルベール・ウィルム。 実はこの人、イケメンインテリア眼鏡だったりする。 見習い衛生兵として頑張るシルヴィだが、どうしてもアルベールの尻を追いかけてしまう。 更には色眼鏡の大佐が現れたり、片眼鏡のいけ好かない宰相様まで…… 自分の恋心に気づかない総監様と推しは推しとして愛でたいシルヴィの恋の行方は……?

処理中です...