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前編
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――このように適度に糖分を補給しつつ、一行は暗黒竜ユランが出現した森の奥へと進んだ。
北の森は昼なお暗く、鬱蒼としている。この森の、入り口付近ならまだしも、深部へ踏み込もうという者は滅多にいない。これといった資源があるわけでなく、毒蛇や狼といった危険な生きものが生息しているからだ。せいぜい竜の発見に至った今回のように、兵士が時折見回るくらいである。
「だから、竜がオルガ川にいたのに、気づかなかったのかな? でっかい竜なんでしょ? そんなのがのっしのっしとどこからか移動してきたら、すぐに分かりそうだし」
「というか、よく考えたらどこから来たんだろうな、その竜は? 突拍子もなく現れたって、変じゃないか?」
「だから急だって言ってんじゃん!」
今更ああだこうだと論議する兵士たちを、キーラは殴ってやりたくなった。
「昔話に出てくる人食い竜は、異国から飛来したとか異世界から召喚されたとか、割と派手な登場で、当時の住民もパニックになったみたいでしたけど。今回は誰も気づかなかったんですよね……」
「……………」
ジラントは皆の会話に入ろうとせず、俯いて歩いている。キーラはそれが少々気がかりだった。
なんにせよ今回の竜騒動について、現時点では詳細は分からないようだ。
それなのに、キーラばかりが犠牲にならねばならないとは、不公平で理不尽ではないだろうか。
――もっとほかの方法、あるんじゃない!?
疑問と失望と、そして意地悪な気持ちが湧き出てきて、キーラは話題を変えた。
「ねーねー、ホント、うちの親って薄情だよねー。兵士くんたちはどう思う? カラツィフは、そーゆー血も涙もないような奴がアタマ張ってるんだよー?」
「あっ、ラプシン様は素晴らしい方です!」
「そうですよ! カラツィフファーストをモットーにやってこられて、だからおかげさまで、みんなの生活は豊かになりましたし!」
忠誠心を試すかのようなキーラの挑発に、兵士たちは生真面目に反論した。
「それに……ああいう立派な長だからこそ……。生贄に、我が子を選ばれたのではないかと……。長として、他の住民を選ぶなんて、非道なことは……。特に、ラプシン様のようなお優しい方が、できるはずはありません……」
兵士の、言葉を選んだとぎれとぎれの弁明はもっともだ。
赤の他人を「竜にくれてやれ」などと言ったならば、アレクセイ・ラプシンの評判は地に落ちる。長など、続けられないかもしれない。
だから、「犠牲は身内のみに収める」。親としては非情であっても、住民を束ねる者としてはそれが正解なのだろう。
「――つまり私は、あのクソジジイの立場を守るために、殺されるっつーことね?」
「それは……」
兵士は二の句を継げないでいる。キーラと同僚のやり取りを聞いていた別にの兵士が、我慢ができなくなったのか、口を挟んできた。
「ラプシン様に迷惑ばっかりかけてきたあなたが、批判できる立場ですか!? チャラチャラと遊んでばかりで、素行不良で……! ラプシン様はあなたのことで、とても悩んでおられたんだ!」
「……………」
キーラはしばし目を伏せた。今まで見せたことのない彼女の厳しい横顔に、しかし気づいたのは、近くを歩くジラントだけだ。
キーラはすぐに顎を上げると、眉を吊り上げた。
「あ? クズ娘だから殺してもいいってか? ケンカ売ってんの、あんた? はーい、呪殺一号、けってーい! 私が竜に食われたら、一番にあんたを呪い殺すかんな!」
「えっ、ええええええ!? お、お許しくださいいいい……!」
キーラを非難した兵士がガタガタと震え出す。ジラントはため息をついてから、兵士に声をかけた。
「もう戻られてはいかがです? ここから先は、僕が責任を持って、こいつを竜のところへ連れていきますから」
「で、でも……」
「竜だって、キーラを食らうだけで満足せず、やっぱりカラツィフを攻撃しようってこともあるでしょうし。集落を守る人間は、多いほうがいいのでは」
キーラ以外の人間と接するとき、ジラントは年齢よりもずっと落ち着いて見える。
「だけどよお、ジラントだけに、こんなつらいことを押しつけるのは……」
迷っている兵士たちに向けて、キーラはニヤニヤと笑いながら、不気味な呪詛をつぶやいた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死」
「ひっ……!」
兵士たちは互いの顔を見て、頷き合う。そして自分たちより五つほどは年下だろうジラントに、情けなく頭を下げた。
「じゃ、じゃあ、ジラント。よろしく頼むわ……」
「はい、確かに。なにがあるか分かりませんし、カラツィフの警護、頑張ってくださいね」
こうしてジラントに自分たちの役目を押しつけると、兵士たちはそそくさと小走りに、来た道を引き返していった。
「けっけっけっ」
兵士たちをあざ笑ったキーラは、彼らの姿が見えなくなるとジラントに寄り掛かり、猫なで声を出した。
「ジラントぉ……。このまんま、逃してくれるう?」
「……いやだね! 往生際の悪い! おとなしく竜のエサになっとけ!」
「なんだとぉ!? あんた、可愛い幼馴染を見殺しにすんの!?」
自分の頼みを無情にもきっぱり断ったジラントに、キーラはくわっと牙を剥きかけて――だが、体から空気を抜くように、大きく息を吐いた。
「……んじゃ、さっさと行こうか」
「お、おう……」
兵士といういわば部外者が消えて、ジラントと二人きりになった途端、キーラの顔つきは一変した。
小憎らしさは消え、道の先を見据えた目は澄み、どこか凛々しい。背筋をぴんと伸ばし、率先して前に進む。――その行く先には、死が、待ち構えているというのに。
「親すら立ち会う度胸がないっつーのに、あんたも貧乏クジ引いたよね~。長いつき合いだから、ほっとけないって感じ?」
「ああ、まあ……」
暗い森を歩くキーラは、死出の旅路に出たというのに饒舌だ。
ジラントは気もそぞろだった。相変わらず頻繁に、腰に提げたカバンを触っている。
「だけど、キーラ。さっきのあの泣き言はなんなんだ? お前いつも、『太く短く生きたい』って言ってたじゃないか」
キーラは「うーん」とひとつ伸びをしてから、せせら笑った。
「完全燃焼したんなら、短い人生でもいいけどさっ。道半ばにして、ぽっと出の化けもんに食われておしまいって、そりゃ違うでしょ! 文句も言いたくなるさー。ま、もういいけど」
「……いいのか?」
「いいよ。しょうがないじゃん!」
「……………」
キーラは、先ほど兵士たちに絡んでいたときとは別人のように、すっきりした顔をしている。むしろジラントのほうが納得していないような、なにか言いたげな様子だ。
「あ、そうだ、ジラント。あんた、あのオタクな趣味、いい加減やめなよ? 私、あとちょっとで死んじゃうから、あえて言うけどね。ほら、あれ。なんだっけ? あのカルト宗教。昨日だってわざわざ隣の国の、そこんとこの道場だかに行ってたんでしょ?」
「『ジグ・ニャギ教』は、カルトじゃない!」
ジラントはむきになって言い返した。
二人の会話に出てきた「ジグ・ニャギ教」とは、最近になって名前をよく聞くようになった新興宗教のことだ。
「ジグ・ニャギ教は神様に感謝し、親兄弟や隣人に感謝しようという人道的、かつ哲学も内包する、奥深い教義が特徴で……」
ジラントはくどくどと、オタク特有の早口でしつこい説明を始めた。それを遮るように、キーラは声を荒げる。
「あんたが心酔してる、それ! 中二病患者御用達だって、知ってるんだからね! 妖怪退治、破アアアア!とかやるんでしょ? 寒い! 痛い! 恥ずかしい!」
「う、うるさい……」
ジラントの気勢は削がれたようだ。どうやらキーラの指摘は、完全には間違っていないらしい。
「あんたがそのカルト宗教の、僧侶になりたいって言い出したときは、正気を疑ったわ! マジやめとけって! あんた、せっかく頭はいいし、うちのクソジジイのお気に入りなんだからさ。普通に留学でもして、まっとうな仕事に就いたほうがいいって!」
「……………」
キーラの言い分はそのとおりで、確かにジラントがハマっているらしいくだんの宗教を調べたならば、妖怪退治とかサイキックバトルとか異世界転生だとか……。そのようなワードが頻繁に出てくる。真偽は不明だが、怪しい要素がふんだんに詰まったものであるのは確かなようだ。
横を歩く幼馴染がおとなしくなったのをいいことに、キーラは畳み掛けた。
「そう、そうだよ、早まらないで! うちのジジイ、あんたのこと、頼りにしてるって言ってたし! 幹部候補だって! 優秀な部下ができたら、ジジイも暇になって休めるだろうし。あいつ、実はちょっと血圧が高くてさあ。もう歳だし」
「――なんだか僕のことを想って、というよりは、単にラプシン様のことを心配してるみたいだな? キーラ」
「そっ、そんなことないけどぉ!?」
ジラントがやり返すと、キーラは口ごもった。
二人であれこれ言い合っているうちに、どうやらオルガ川の最上流部に着いたようだ。
暗黒竜ユランは、この辺りで目撃されている。
二人は足を止め、目を凝らした。
「うーん? あ……!」
前方に、黒く大きな塊が見える。
向こうもキーラたちに気づいたらしい。山のように大きななにかが、ズルリズルリと這い寄ってくる。
おぞましいその動きに、キーラの背筋は寒くなった。――本能的な恐怖を感じる。
「ひえっ……」
これまで威勢の良かったキーラも流石に顔色をなくし、金縛りに合ったかのように立ち尽くした。
徐々に、キーラたちに近づいてくる塊の正体が、明らかになっていく。
――竜だ。
「本当にいたんだ……!?」
「……!」
伝説に聞いたとおりの巨大な体躯。長い首の上には、恐ろしげな顔が鎮座している。立派なたてがみからは丸太のような太い角が、そして口元からは鋭く長い牙が覗く。瞳は血のように赤く光っていた。
これが、暗黒竜ユランなのか――。
何度も絵本で見させられた、形を持つ災厄。なんの罪もない人々を爪と牙で引き裂き、その悲鳴と恐怖ごと平らげた恐ろしき悪魔。
膝小僧がガクガクと笑い出す中、キーラはなんとか声を絞り出し、背後に立つジラントに言った。
「も、もういいよ、ジラント。あんた、帰んなよ。巻き添え、食らうかもしれないじゃん……!」
「でも……」
「私一人でいいって!」
永遠の別れはもうすぐだ。キーラは急いでつけ加えた。
「あっ、あと、ほんの時々でいいから、母様の様子を伺ってやって。あの人、最近、酒の量が増えてて、心配だからさ……」
「キーラ……」
ジラントが返事をする前に、キーラは前へ一歩、踏み出した。
「ほらっ! 来てやったよ! ユランって人――じゃない、竜か! 食うならさっさと食いなよ! そんで、お腹いっぱいになったら、とっとといなくなれ! カラツィフになんかしたら、祟ってやるからね!」
北の森は昼なお暗く、鬱蒼としている。この森の、入り口付近ならまだしも、深部へ踏み込もうという者は滅多にいない。これといった資源があるわけでなく、毒蛇や狼といった危険な生きものが生息しているからだ。せいぜい竜の発見に至った今回のように、兵士が時折見回るくらいである。
「だから、竜がオルガ川にいたのに、気づかなかったのかな? でっかい竜なんでしょ? そんなのがのっしのっしとどこからか移動してきたら、すぐに分かりそうだし」
「というか、よく考えたらどこから来たんだろうな、その竜は? 突拍子もなく現れたって、変じゃないか?」
「だから急だって言ってんじゃん!」
今更ああだこうだと論議する兵士たちを、キーラは殴ってやりたくなった。
「昔話に出てくる人食い竜は、異国から飛来したとか異世界から召喚されたとか、割と派手な登場で、当時の住民もパニックになったみたいでしたけど。今回は誰も気づかなかったんですよね……」
「……………」
ジラントは皆の会話に入ろうとせず、俯いて歩いている。キーラはそれが少々気がかりだった。
なんにせよ今回の竜騒動について、現時点では詳細は分からないようだ。
それなのに、キーラばかりが犠牲にならねばならないとは、不公平で理不尽ではないだろうか。
――もっとほかの方法、あるんじゃない!?
疑問と失望と、そして意地悪な気持ちが湧き出てきて、キーラは話題を変えた。
「ねーねー、ホント、うちの親って薄情だよねー。兵士くんたちはどう思う? カラツィフは、そーゆー血も涙もないような奴がアタマ張ってるんだよー?」
「あっ、ラプシン様は素晴らしい方です!」
「そうですよ! カラツィフファーストをモットーにやってこられて、だからおかげさまで、みんなの生活は豊かになりましたし!」
忠誠心を試すかのようなキーラの挑発に、兵士たちは生真面目に反論した。
「それに……ああいう立派な長だからこそ……。生贄に、我が子を選ばれたのではないかと……。長として、他の住民を選ぶなんて、非道なことは……。特に、ラプシン様のようなお優しい方が、できるはずはありません……」
兵士の、言葉を選んだとぎれとぎれの弁明はもっともだ。
赤の他人を「竜にくれてやれ」などと言ったならば、アレクセイ・ラプシンの評判は地に落ちる。長など、続けられないかもしれない。
だから、「犠牲は身内のみに収める」。親としては非情であっても、住民を束ねる者としてはそれが正解なのだろう。
「――つまり私は、あのクソジジイの立場を守るために、殺されるっつーことね?」
「それは……」
兵士は二の句を継げないでいる。キーラと同僚のやり取りを聞いていた別にの兵士が、我慢ができなくなったのか、口を挟んできた。
「ラプシン様に迷惑ばっかりかけてきたあなたが、批判できる立場ですか!? チャラチャラと遊んでばかりで、素行不良で……! ラプシン様はあなたのことで、とても悩んでおられたんだ!」
「……………」
キーラはしばし目を伏せた。今まで見せたことのない彼女の厳しい横顔に、しかし気づいたのは、近くを歩くジラントだけだ。
キーラはすぐに顎を上げると、眉を吊り上げた。
「あ? クズ娘だから殺してもいいってか? ケンカ売ってんの、あんた? はーい、呪殺一号、けってーい! 私が竜に食われたら、一番にあんたを呪い殺すかんな!」
「えっ、ええええええ!? お、お許しくださいいいい……!」
キーラを非難した兵士がガタガタと震え出す。ジラントはため息をついてから、兵士に声をかけた。
「もう戻られてはいかがです? ここから先は、僕が責任を持って、こいつを竜のところへ連れていきますから」
「で、でも……」
「竜だって、キーラを食らうだけで満足せず、やっぱりカラツィフを攻撃しようってこともあるでしょうし。集落を守る人間は、多いほうがいいのでは」
キーラ以外の人間と接するとき、ジラントは年齢よりもずっと落ち着いて見える。
「だけどよお、ジラントだけに、こんなつらいことを押しつけるのは……」
迷っている兵士たちに向けて、キーラはニヤニヤと笑いながら、不気味な呪詛をつぶやいた。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死」
「ひっ……!」
兵士たちは互いの顔を見て、頷き合う。そして自分たちより五つほどは年下だろうジラントに、情けなく頭を下げた。
「じゃ、じゃあ、ジラント。よろしく頼むわ……」
「はい、確かに。なにがあるか分かりませんし、カラツィフの警護、頑張ってくださいね」
こうしてジラントに自分たちの役目を押しつけると、兵士たちはそそくさと小走りに、来た道を引き返していった。
「けっけっけっ」
兵士たちをあざ笑ったキーラは、彼らの姿が見えなくなるとジラントに寄り掛かり、猫なで声を出した。
「ジラントぉ……。このまんま、逃してくれるう?」
「……いやだね! 往生際の悪い! おとなしく竜のエサになっとけ!」
「なんだとぉ!? あんた、可愛い幼馴染を見殺しにすんの!?」
自分の頼みを無情にもきっぱり断ったジラントに、キーラはくわっと牙を剥きかけて――だが、体から空気を抜くように、大きく息を吐いた。
「……んじゃ、さっさと行こうか」
「お、おう……」
兵士といういわば部外者が消えて、ジラントと二人きりになった途端、キーラの顔つきは一変した。
小憎らしさは消え、道の先を見据えた目は澄み、どこか凛々しい。背筋をぴんと伸ばし、率先して前に進む。――その行く先には、死が、待ち構えているというのに。
「親すら立ち会う度胸がないっつーのに、あんたも貧乏クジ引いたよね~。長いつき合いだから、ほっとけないって感じ?」
「ああ、まあ……」
暗い森を歩くキーラは、死出の旅路に出たというのに饒舌だ。
ジラントは気もそぞろだった。相変わらず頻繁に、腰に提げたカバンを触っている。
「だけど、キーラ。さっきのあの泣き言はなんなんだ? お前いつも、『太く短く生きたい』って言ってたじゃないか」
キーラは「うーん」とひとつ伸びをしてから、せせら笑った。
「完全燃焼したんなら、短い人生でもいいけどさっ。道半ばにして、ぽっと出の化けもんに食われておしまいって、そりゃ違うでしょ! 文句も言いたくなるさー。ま、もういいけど」
「……いいのか?」
「いいよ。しょうがないじゃん!」
「……………」
キーラは、先ほど兵士たちに絡んでいたときとは別人のように、すっきりした顔をしている。むしろジラントのほうが納得していないような、なにか言いたげな様子だ。
「あ、そうだ、ジラント。あんた、あのオタクな趣味、いい加減やめなよ? 私、あとちょっとで死んじゃうから、あえて言うけどね。ほら、あれ。なんだっけ? あのカルト宗教。昨日だってわざわざ隣の国の、そこんとこの道場だかに行ってたんでしょ?」
「『ジグ・ニャギ教』は、カルトじゃない!」
ジラントはむきになって言い返した。
二人の会話に出てきた「ジグ・ニャギ教」とは、最近になって名前をよく聞くようになった新興宗教のことだ。
「ジグ・ニャギ教は神様に感謝し、親兄弟や隣人に感謝しようという人道的、かつ哲学も内包する、奥深い教義が特徴で……」
ジラントはくどくどと、オタク特有の早口でしつこい説明を始めた。それを遮るように、キーラは声を荒げる。
「あんたが心酔してる、それ! 中二病患者御用達だって、知ってるんだからね! 妖怪退治、破アアアア!とかやるんでしょ? 寒い! 痛い! 恥ずかしい!」
「う、うるさい……」
ジラントの気勢は削がれたようだ。どうやらキーラの指摘は、完全には間違っていないらしい。
「あんたがそのカルト宗教の、僧侶になりたいって言い出したときは、正気を疑ったわ! マジやめとけって! あんた、せっかく頭はいいし、うちのクソジジイのお気に入りなんだからさ。普通に留学でもして、まっとうな仕事に就いたほうがいいって!」
「……………」
キーラの言い分はそのとおりで、確かにジラントがハマっているらしいくだんの宗教を調べたならば、妖怪退治とかサイキックバトルとか異世界転生だとか……。そのようなワードが頻繁に出てくる。真偽は不明だが、怪しい要素がふんだんに詰まったものであるのは確かなようだ。
横を歩く幼馴染がおとなしくなったのをいいことに、キーラは畳み掛けた。
「そう、そうだよ、早まらないで! うちのジジイ、あんたのこと、頼りにしてるって言ってたし! 幹部候補だって! 優秀な部下ができたら、ジジイも暇になって休めるだろうし。あいつ、実はちょっと血圧が高くてさあ。もう歳だし」
「――なんだか僕のことを想って、というよりは、単にラプシン様のことを心配してるみたいだな? キーラ」
「そっ、そんなことないけどぉ!?」
ジラントがやり返すと、キーラは口ごもった。
二人であれこれ言い合っているうちに、どうやらオルガ川の最上流部に着いたようだ。
暗黒竜ユランは、この辺りで目撃されている。
二人は足を止め、目を凝らした。
「うーん? あ……!」
前方に、黒く大きな塊が見える。
向こうもキーラたちに気づいたらしい。山のように大きななにかが、ズルリズルリと這い寄ってくる。
おぞましいその動きに、キーラの背筋は寒くなった。――本能的な恐怖を感じる。
「ひえっ……」
これまで威勢の良かったキーラも流石に顔色をなくし、金縛りに合ったかのように立ち尽くした。
徐々に、キーラたちに近づいてくる塊の正体が、明らかになっていく。
――竜だ。
「本当にいたんだ……!?」
「……!」
伝説に聞いたとおりの巨大な体躯。長い首の上には、恐ろしげな顔が鎮座している。立派なたてがみからは丸太のような太い角が、そして口元からは鋭く長い牙が覗く。瞳は血のように赤く光っていた。
これが、暗黒竜ユランなのか――。
何度も絵本で見させられた、形を持つ災厄。なんの罪もない人々を爪と牙で引き裂き、その悲鳴と恐怖ごと平らげた恐ろしき悪魔。
膝小僧がガクガクと笑い出す中、キーラはなんとか声を絞り出し、背後に立つジラントに言った。
「も、もういいよ、ジラント。あんた、帰んなよ。巻き添え、食らうかもしれないじゃん……!」
「でも……」
「私一人でいいって!」
永遠の別れはもうすぐだ。キーラは急いでつけ加えた。
「あっ、あと、ほんの時々でいいから、母様の様子を伺ってやって。あの人、最近、酒の量が増えてて、心配だからさ……」
「キーラ……」
ジラントが返事をする前に、キーラは前へ一歩、踏み出した。
「ほらっ! 来てやったよ! ユランって人――じゃない、竜か! 食うならさっさと食いなよ! そんで、お腹いっぱいになったら、とっとといなくなれ! カラツィフになんかしたら、祟ってやるからね!」
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