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2.ゴリマッチョオネエな魔法使いの密かなお仕事

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 今までなぜか視認できなかった山々の隆起が、本日になって確認された。しかも二つである。
 そびえ立つそれらは巨大で、ぷるぷると柔らかそうだ。
 触りたい。揉みたい。
 醜い下心を隠すことなく顔に表し、男は隣席の人物の胸元を、何度もちらちら覗き込んでいる。
 男の視線の先にいるのは、フィロンフィア王国軍第二小隊所属のスチュー・ギルバイト。男の同僚であり、第二小隊では唯一の女性兵士だ。

 ――しかしどういうことだ、あのボインボインは……。

 男の名は、ウィリアム・アボット。先般の第一話では大した活躍もなく退場したために、名前を「その一」と省略された彼である。
 ウィリアムの後輩、スチューは、昨日まで任務成功の恩賞として、特別休暇を取得していた。
 休暇に入る前の彼女の胸は、確かぺたーんと平地そのものだったはずだ。それが休暇明けの今日、出勤時より、スチューの胸は遙かなる標高を誇っていたのである。Gカップか、Hカップはあるだろう。
 休暇の間の、たったニ週間程度であそこまで育つはずはないから、恐らくスチューは入隊時よりバストを押さえつけて、目立たないようにしていたのか。それがどうして今になって、隠すことをやめたのだろう。
 彼女の心境の変化は謎だったが、しかし今ウィリアムの脳裏に浮かぶことは、ただひとつ。

 ――こっそり触って、触って、触りまくってやろう。

「ふむふむ……」

 スチューは自分の休暇中に、ほかの隊員が順番で記した任務日誌を、黙々と読んでいる。
 彼女やウィリアムが所属している第二小隊は、軍隊内の精鋭が集められた部隊だ。そこに選出されただけあって、スチューは女性とは思えないほど腕が立つ。協調性もあり、勘も鋭い。しかし自身のことについては、どういうわけかどんくさいのだ。理不尽ないじめや嫌がらせにあっても気づくことさえ少なく、発覚してもなあなあで許してしまう。
 そんなスチューの特徴や性格を知っているからこそ、「ちょっとばかりイタズラをしても、流してくれるだろう」と。ウィリアムはそのように、高をくくっているのである。
 ちなみにウィリアムは二十八歳で、本来なら男として脂の乗っている頃合いだが――。見た目も悪くなく、兵士として優れていて、収入もそれなりの彼は、しかし性格に難があり、自ら女性とは縁遠い身となっていた。

「特に異状はなかったようですね」

 ずっと同じ姿勢だったから疲れたのか、日誌のページをめくっていたスチューの腕がスッと下りた。これでウィリアムから目標――スチューの胸、までの障害物は、排除されたことになる。

 ――今だ!

 ウィリアムは素早く、一直線に手を伸ばした。しかし彼の指先は、鉄板よりも硬いなにかに遮られたのだった。

「いって! いってええええ! 突き指した!」

 まんまと負傷したウィリアムが、絶叫する。
 いったいなんだ。ウィリアムは自分の攻撃を阻んだ物体を確かめようと、前方を見据えた。

「……!?」

 ウィリアムは息を飲んだ。
 眼前に立ち塞がるそれは、デビル、デーモン、バケモノ、モンスター……。そのような類の生きものに見える。
 よくよく観察すれば人間の男性だと分かるが、身だしなみがあまりに個性的過ぎて、魔性のものかと人々を惑わせるのだ。

「いいわよォ、好きなだけ触んなさい。アタシ本当はそんな、自分を安売りしないタイプなんだけどぉ。あんた、スイートハニーの先輩だもの。我慢して大サービスしとくわっ!」

 静かな怒りを湛えた能面のような顔の中で、青い目だけが爛々と光っている。
 似合っているとは言い難い派手なメイクを施し、目に痛いほど鮮やかな紫色のドレスを着て――突然現れた「彼」は、どう見てもまともとは思えない。
 正気に戻ったウィリアムは椅子から立ち上がると、攻撃の構えを取った。その場にいた第二小隊の兵士たちも、敵の襲来にざわめきたつ。

「なんだ、てめえ! どっから入り込んだ!」

 ウィリアムの声は、恐怖で裏返っていた。

「えー? 普通に? 入り口から?」

「彼」はしれっと答えた。
 身の丈二メートルに、分厚く頑強そうな体躯。数十本の槍で突いても、「彼」を倒すのは難しいかもしれない。
 強敵である。フィロンフィア王国軍第二小隊の面々は、緊張に包まれた。
 ぴんと張り詰めた糸を呆気なく切ったのは、スチューである。

「ルンルン! なんでここにいる!?」

 遅ればせながら事態に気づいたらしいスチューは、なにがしかの名前を呼んだ。
 ルンルン……。
 まさかとは思うが、その可愛らしい名は、この妖怪のものだろうか。
 侵入者改めルンルンは、スチューに振り返り、へにゃっと相好を崩した。

「スチュー、お仕事お疲れさま~! もうお昼でしょ? お弁当作ってきたの! 一緒に食べましょ」

 雰囲気がころっと変わったルンルンを見て、調子を取り戻したのか、ウィリアムは男にしては甲高い声で、キンキン怒鳴り散らした。

「おい、てめえ! この詰め所は軍関係者以外、立入禁止なんだよ! 勝手に入ってくんな! だいたいその言葉遣いに、格好はなんだ!? 気持ち悪ィ!」

 ルンルンは人懐っこい笑顔を引っ込め、一、ニ段は高い位置からウィリアムを見下ろした。――ウィリアムの背が低いわけではなく、ルンルンが平均よりもずっと大きいのである。

「あら、アタシに文句がおあり? セクハラ陰険野郎よりはマシだと思うけどぉ? それにアタシ、ちゃんと許可はもらってんのよね」

 言いながらルンルンは首から下げたカードを手に取り、ふりふりと振った。
 ウィリアムとスチューが、ルンルンのカードを覗き込み、改める。
 ルンルンのそれは来客用のカードで、確かに正規に発行されたもののようだ。

「『アタシのハニーがお仕事してるとこ見たいわあ』って言ったら、『ハイどうぞ~』って。あんたたちの国のお姫様がくれたの」

 ここ第二小隊の詰め所は、王国軍の基地内にある。基地は言うまでもなく重要施設であり、外部の人間が中に入ることは制限されていた。その許可を、ルンルンというこの怪しい男に与えたのは、フィロンフィア王国の次期王位継承者、フランソワ姫だという。

「てめえ、姫の名を出して騙るとは――!」
「ウィリアム、黙れ!」

 部屋の奥から駆けつけた男、バートン・レリューズは、いきり立ったままのウィリアムを無理やり自分の後ろに引っ込めると、腕を挙げ、ルンルンに敬礼した。

「失礼致しました。フランソワ姫の教育係に就任された、ルパート・ルビート・アルファベジット様でいらっしゃいますね。自分は、フィロンフィア王国軍第二小隊副隊長、バートン・レリューズです」
「この男が姫の教育係……!?」

 自分の背後から身を乗り出そうとするウィリアムを、バートンはごつんと殴りつけた。

「いてっ!」
「いいから、お前はすっこんでろ!」

 ちなみにバートンもまた、前回、名を「その二」と省略された男である。
 つまりウィリアムとバートンはこの間の任務で、現在目の前にいる、ルパート・ルビート・アルファベジットその人を探しに行ったわけだ。
 しかし、美容の大家とは聞いていたが、まさかここまで特殊な容貌をしていたとは――。
 ウィリアムは驚きと侮蔑の感情を正直に態度に出し、バートンは動揺を押し隠して、ルンルンこと、ルパート・ルビート・アルファベジット氏をまじまじと見詰めた。

「――アタシのことは、ルンルンと呼んでちょうだい。んで、レリューズさん、アタシの大事なスチューの近くに、そいつみたいなゲス男を置いて欲しくないんだけど。そんなのがいるのは、あなたの怠慢じゃないかしら?」

 ルンルンは顎で、ウィリアムを指した。

「それは……」

 バートンが返答に困っていると、スチューはルンルンに食って掛かった。

「ルンルン! 職場のことに口を出すな! 余計なお節介だぞ!」
「えぇ、だってえ~……」
「いいから! 自分のことは自分でするから。別に今だって、なにも問題はないんだ。うまくいっている!」
「それ、違うと思うけどぉ……。なんかモヤモヤするけど、とりあえず、はーい……」

 叱られたルンルンは、しゅんとうなだれてしまった。
 そんな悲しい顔をされると、スチューの胸も痛んでしまう。
 スチューはふうと息を吐くと、ルンルンの大きな手を取った。

「ほら、お昼を作ってきてくれたんだろ? 今日はいい天気だから、中庭に行こう」
「――ええ!」

 手を繋いだままスチューが中庭に向かって先導すると、ルンルンはすっかり機嫌を直し、弾んだ足取りで歩き出した。
 同僚と賑やか過ぎる客人が去っても、しかし第二小隊の詰め所には、なんともいえない微妙な空気が残ったままだ。
 フランソワ姫のために、高名な魔法使いが招致されたことは、皆が知っている事実だ。しかしやってきたのがまさか、ああいう癖の強いタイプだったとは……。

「ケッ、ただのカマ野郎じゃねえか! 王族が変態に教えを請うとは、世も末だな!」
「しかし諜報部の調査によると、ルパート・ルビート・アルファベジット氏の実績は大したものだ。魔法使いとしては隠居の身らしいが、その能力を欲する列強の国々は、彼のことを血眼になって探しているという。とにかくルパート――いや、ルンルン様のことは、国賓として扱うようにと、上からお達しがあった」
「ふん……」

 ウィリアムは納得がいかない様子である。ルンルンが面妖な人物だったことも衝撃的ではあったが、それ以上に、スチューと彼が親しげだったのが気に入らないようだ。

 ――スチューに目をつけたのは、俺のほうが先なのに……!

 あんな色気のない女は好みではないが、実は巨乳だったし、控えめな性格で、先輩を立ててくれるところは悪くない。全然好みではないが、向こうがどうしてもと言うなら、一回か二回、抱いてやってもいい。ちっとも好みではないが、セフレとしてならつき合ってやろうか。本当に好みではないのだが。

 ――少なくとも、あんなオカマ男に取られるのは癪だ!

 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら、ウィリアムは作戦を練り始めた。



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