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1.ゴリマッチョオネエな魔法使いの素敵なお仕事

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 なんだか蒸し暑い。本日の気温は二十度もなく、涼しいくらいのはずだったのに。

「う……ん……?」

 大量の湿気を孕んだ、むわっとした空気が、顔を舐めている。のろのろと、スチューは体を起こした。
 草いきれの匂いがした。土の上に転がされていたようだが、見上げれば天井がある。室内にいるらしい。

「ここは……?」

 気を失う前になにがあったか、スチューは記憶を手繰った。

「あら、起きたの」
「!」

 声がしたほうを向くと、数m離れた先に、大きな花壇があった。そしてそこを、先ほど森で出会った男が、せっせと丹精している。

「……………………」

 スチューは立ち上がり、辺りを見回した。花壇のほかにも、あちらこちらに草花が植えられたプランターが並べられている。どうやらここは、温室のようだ。

「なぜジブンを、このようなところへ連れてこられたのか……。あなたは、ルパート・ルビート・アルファベジット様ではないのか?」

 スチューが問いかけると、男はくるっと振り返った。

「その名前は聞きたくないわ。アタシのことは、『ルンルン』って呼んでちょーだい!」

 男は近くにあった植木鉢を手に取り、ブスッとした顔で言った。彼の持つ鉢には、チューリップに似た植物が一本、植わっている。

「る、るんるん……」

「似合わない」などというレベルを超えた、災いをもたらす呪詛のようだ。しかしスチューが複雑な表情でその名を呼ぶと、ルンルンは澄ました顔で頷いた。

「ええ、そう。アルファベジットの名は捨てた。アタシはルンルン。文句ある?」

 今は「ルンルン」という強烈な名前を使っているようだが、彼こそがスチューの探している、ルパート・ルビート・アルファベジットで間違いないらしい。

「それで、用事はなに? ま、想像はつくけど。あんた細っこいけど、軍の関係者なんでしょ?」
「え?」

 なぜバレたのか。不思議そうなスチューに、ルンルンは呆れたように説明した。

「レザーの長袖Tシャツに、ロングパンツ。編み上げブーツに、腰には中剣。――あ、剣は、念のため、預からせてもらったわよ。とにかくそれ、フィロンフィア軍の兵装でしょ」
「!」

 スチューはルンルンの言うとおりの、自分の格好を確認した。確かに剣は奪われたらしく、丸腰だった。
 資金難ゆえに、フィロンフィア王国兵は、世界一装備が質素かもしれない。だからそこらの冒険者や探検者と、見た目は区別がつかないのだが。

「よく分かりましたね」

 感心するスチューに、ルンルンは胸を反って答えた。

「ファッションチェックはレディの嗜みよ。――で、軍の人が来たってことは、どーせ王族か貴族からの召喚命令でしょ? アタシに言うこときかせようって。魔法兵器の開発やら、兵強化のための呪文をかけて欲しいとか。違う?」
「それは……」

 スチューが仕える王様は、そこまで高飛車な御方ではないのだが。しかし、ルンルンの言うとおりではある。この奇妙な魔法使いを、なんとしてでも王宮に連れてきて欲しいというのが、王の願いなのだから。
 どう説き伏せればいいか、言葉に詰まったスチューを見て、ルンルンはふんと鼻で笑った。

「人にものを頼むっていうのに、なんなのかしらね、そういう態度! 腹立つわ~! アタシこれでも、一流の魔法使いなんだけど!?」
「王様はあなたの魔法がご入用というわけではなくて、あ、でも、アレは一応魔法なのかな……? ともかく、できるだけのお礼はすると仰ってましたし……! なにとぞ、ジブンとご一緒に」

 スチューは頭を下げるが、ルンルンは聞く耳を持たなかった。

「田舎者にお恵みをいただくほど、アタシは生活に困ってないの! お金なんて、むしろ余ってるくらいよ!」

 ルンルンの雄叫びは、しかし強がりではないだろう。実際この魔法使いは大国で名を馳せ、一生遊んで暮らせるほどの財を成したはずなのだ。

「――そうだ。そもそもなぜ、あなたはこの地にいらっしゃったのか? 我がフィロンフィア王国はめちゃくちゃ地味で、特に楽しめるような観光名所も、アミューズメント施設もないし……」
「……………………」

 魔法使いは、しばし沈黙した。
 彼の背後に広がる花壇には、背の高い植物が何本も植えられている。下を向いた縦長のつぼみを見るに、ユリだろうか。しかしそれにしては、大き過ぎるような――。

「住民も少ないし、知り合いもいないし、誰にも干渉されず、やりたいことがやれるからよ。空気も水も綺麗で、研究にもプラスに働くだろうしね」
「研究?」
「……………………」

 喋り過ぎたと思ったのか、ルンルンは口をへの字に曲げ、話題を逸した。

「だいたいね! アタシ、あんたみたいな奴、嫌いよ!」
「な、なにか不快にさせてしまっただろうか? ジブンのどこが――」

 尋ね終わる前に、ルンルンの持つ植木鉢に植えられていた植物が、蛇のようにしゅっと一直線に、スチューに飛びかかってきた。

「うわっ!?」

 植物は、スチューの胴体にぐるりと巻きついてしまった。スチューは剥ぎ取ろうとするが、逆に植物は彼をぎゅうぎゅう締め上げ、動きを封じてしまった。

「る、ルンルン様! なんのつもりだ! 取ってくれ!」

 懇願するスチューの前で、ルンルンはニヤニヤ笑っている。そして魔法使いの背後が、にわかに騒がしくなった。――花々である。花壇に鎮座していたユリに似た植物たちが、まるで眠りから覚めたように蠢き出したのだ。
 地中に根を張ったまま、茎から上をくねくねと揺らし――。見ればそれら植物のつぼみは、飢えた獣の口のように半開きになっている。スチューの背筋は、ゾッと冷えた。
 不気味な花々の中央で、それらを上回る妖しさをまとった魔法使いが微笑んでいる。――なんともオカルティックな絵面だ。
 やがてルンルンの後ろで踊っていた花の一本が、スチューに向かってしゅるしゅる伸びてきた。

「……?」

 スチューの目の前で、つぼみはくぱあと大きく開いたかと思うと、どろりとした液体を吐き出した。避ける間もなく、スチューはそれを浴びてしまう。

「わっ、なに……!?」

 直後驚いたことに、つぼみの吐いた液体がかかった、スチューのTシャツとパンツの一部は溶けてしまった。一応は戦闘服であり、衝撃や暑さ寒さから人体を守るよう、かなり丈夫にできているはずだったのだが。
 それはともかく、肌が露出して恥ずかしい。スチューは更に藻掻くが、胴に巻きついた植物の戒めは解けなかった。

「ほーらね。やっぱり女だった」

 ルンルンは眉根を寄せ、不愉快そうにつぶやいた。
 パンツと下着が溶けて、あらわになったスチューの股間には、あるべきものがついていない。――そう、スチューは女性である。フィロンフィア王国軍の、数少ない女兵士なのだ。

「それにしても、服だけを溶かすっていう、都合の良さ! スケベ絵巻では定番よね! 我ながらいい仕事だわ~!」
「くっ……!」

 スチューの上半身の衣服は、かろうじて溶け残っている。特にTシャツの中に着ていた下着は、無事だった。――が、そもそも、それを下着と言っていいのか……?
 スチューの胸にはシンプルな白い布、いわゆるサラシが、幾重にも巻かれていたのだった。

「まったく……」

 ルンルンは足音も荒く、スチューに近づいた。手にはナイフを握っている。

「く、来るな!」

 逃げるべきなのだが、しかしうら若き少女でもあるスチューは、裸身を隠すことを優先してしまった。内股をすり合わせ、なんとか男の視線から恥ずかしい場所を守ろうとする。しかしそのせいで、敵にあっけなく距離を詰められてしまった。

「こんなもん、滅ぶべーし!」

 ルンルンはナイフを振り上げ、スチューの胸に巻かれたサラシを切り裂いてしまった。途端、豊かな乳房がポロリする。

「うっ、わああああああ! な、なにするんだ!」

 暴かれた巨乳を、縛られているから晒すしかないスチューは、悲鳴を上げた。哀れな女兵士を、だがルンルンは叱りつける。

「あんた、なに考えてんの! そんな立派なおっぱい、押さえつけて! 型崩れするし、光の速さで垂れるわよ!」
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……! ともかく、服を着させてくれ!」
「アタシはねえ、せっかく女に生まれたってのに、キューティ・アンド・ビューティに生きない女が大っ嫌い! なんの努力もなく、女の子でいられるくせに……! アタシがかわゆくいるために、どんだけ苦労してると思うの!?」
「大きなお世話だ! 人がどんな格好をしてようと、勝手だろう!」

 多分にパニックになっていたせいで、スチューは国賓への敬意を忘れ、怒鳴り返した。ルンルンの眉がぴくぴく上下する。

「――これはお仕置きが必要ね」
「なに!? いいから早く! 服! 服を!」
「あとちょっとで研究が完成するってとこなのに、お偉いさんのご機嫌取りなんてやってる暇はないっつーの! だからあんたには、アタシの身の安全をはかるための人質になってもらうわ!」

 ルンルンが指を鳴らす。それを合図に花壇からまた伸びてきた植物が、わあわあ喚くスチューの口に、つぼみを突っ込んだ。

「むぐ!?」

 つぼみは先ほどと同じように液体を吐き出した。まさか口の中も溶かされてしまうのかとスチューは慌てたが、その心配はないようだ。スースーした清涼感のある匂いと味の液体が、口内を潤す。しかしそれが喉を滑り落ちていった瞬間、スチューの体はカッと熱くなった。

「なんだ、これ……っ!」

 身の内が焼かれるような感覚に耐えきれず、スチューは地面にへたり込んだ。
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