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1.ゴリマッチョオネエな魔法使いの素敵なお仕事
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しおりを挟むカルルゴ大陸の南に位置するフィロンフィア王国は、代々温和な王と家臣によって治められてきた。その民草は、男も女も老いも若きも仲が良く、身分が上の者も下の者も、いたわりあって暮らしている。――そうでなければ、生活が成り立たないという事情もあった。フィロンフィア王国は目立った資源もなく、莫大な富をもたらすような生産物もない、吹けば飛ぶような弱小国だったからだ。皆が力を合わせていかなければ、周囲の列強の国々に、あっという間に飲み込まれてしまうだろう。
まあなににしろ、フィロンフィア王は民に慕われていた。しかしその王は、ここ数年、とある事柄について胸を痛めている。悩みに悩んだ王は、とうとう恥を忍び、ひとつの命令を下したのであった。
フィロンフィア王国の首都より南に丸二日、馬で移動した先にあるグーヨンの森。鬱蒼と生い茂る緑の中を往く、三人がいた。
「う……っ」
苦しそうに呻き、三人のうちの一人が膝をつく。「大丈夫か?」と言いながらその傍らにしゃがみ込んだもう一人も、顔色が真っ青だった。――この二人は今回の物語に関係がないので、「その一」「そのニ」と呼ぶことにする。
「無理はしないで、やはり引き返したほうが……」
不調な二人に対し、最後の一人が気遣わしげに声をかける。この少年は主人公なので、名を記そう。「スチュー」である。
同行の二人と違い、スチューは元気そのものだった。顔の血色も良く、動きにもキレがある。
「ああ、くそ! やっぱり朝に食ったタマゴ、あれが悪かったんだ! 宿の奴らめ、傷んだもん出しやがって!」
先に伏した「その一」が、悔しそうに毒づく。しかしその声には力がなかった。相当つらいのだろう。そんな彼に「そのニ」が手を貸し、なんとか立たせてやった。
「しかしなあ、食中毒にしては、上からも下からもなんも出ねえのは変じゃないか?」
「確かに……。だが歩けなくなるほど腹は痛えし、胸はムカムカするし。でも、熱はねえんだよなあ。なんなんだこれ。ヤバい病気じゃないだろうな?」
男たちは不安げに言い合いながら、額から滴り落ちる汗を拭った。「その一」の話のとおり、彼らに熱はない。が、火をつけられたように全身が熱いのだ。
男たちは、フィロンフィア王国軍の兵士である。中でもスチューたち三人は、精鋭部隊の一員だった。
――ただし。フィロンフィア王国軍は総勢千名ほどのこじんまりしたものであったし、だから精鋭部隊といっても、その呼び名のお尻に(笑)をつけるのがふさわしいような……。当の隊員たちだって、「俺らが不出来とは思わんけど、こんな田舎で精鋭部隊、キリッ! とかやっても~~~! 笑けるだけだよな~~~!」と笑い出してしまうような、まあそういった風の部隊である。
――話を戻すが、体が資本の彼ら軍人が、我が身を襲う得体の知れない症状に慄くのは、無理からぬことだ。
「思ったんですけど……。もしかしてこれ、今回のターゲットの仕業ってことはありませんか?」
「まさか……。いや、だが、そんな可能性もあったりする……?」
「魔法使いって、そんなすげー奴らなのかよ。こっえー……」
一見突拍子もないスチューの意見を、先輩である「その一」「そのニ」は一笑に付すどころか、逆にそう思い始めたようだ。
スチューたち精鋭部隊(笑)は、王から直々に、ここ「グーヨンの森」で暮らすという魔法使いを捜索、面会を果たし、王宮へ連れてくるよう命じられていた。早速、森へ赴いた隊員たちは、当初八名。ところが奥へ進むごとに体調不良を訴える者が続出し、とうとう残りはスチューたち三名のみになってしまったのだ。
「それにしても……」
痛む腹を忌々しげに押さえながら、「その一」はスチューをジロリと睨んだ。
「なんでてめえだけ、ピンピンしてんだよ!」
「なんでと言われましても。ジブンは人一倍丈夫なんでしょうかね?」
飄々と答えて、スチューは首を傾げた。自分だけ無事な理由が、本当に分からないのだ。
「ったく、チビでガリのくせに!」
いかにも軍人という堂々とした体躯の「その一」「そのニ」に比べれば、スチューは背も体の厚みも一回り、いや二回り小さい。それでもメンタルが強く、協調性があり、格闘センスに長けているこの少年は、精鋭部隊の期待の星なのだった。
「ともかく、お二人は宿に戻ってお休みください」
「お前はどうする気だ?」
「もう少しだけ、この先を探ろうと思います」
「一人でか? 危険だぞ!」
「作戦を再開したときのことを考えれば、もう少し情報があったほうがよろしいかと。特にジブンは、魔法使いのことをあまりに知らな過ぎますので」
「魔法使いのことを知らねえのは、俺たちもだけどな……」
呪文ひとつで竜巻、稲妻、業火を呼ぶ。万能の薬を調合する。無の場から、金銀財宝を生み出す……等々。フィロンフィア王国の民は魔法使いを、派手で怖い存在だと思っている。そこまでの能力を持つ魔法使いは滅多にいないのだが、フィロンフィアのような辺鄙な土地で暮らす者たちは実際の彼らを見たことすらなく、憧れと畏怖の念だけが大きく膨らんでいるのだった。
「しかし……」
「うう……」
「そのニ」とスチューが話し合っている間にも、「その一」の様態は悪化したようだ。「その一」に肩を貸しながら、「そのニ」は改めてスチューを見下ろした。
身長は百七十cmに満たず、体つきは細い。短い濃茶の髪に、黒い瞳。三ヶ月前に配属されてきたこの後輩は、幼く見えるが、もう二十歳だ。軍に入って五年になるというから、新人というわけでもないし、分別もつくだろう。
「――必ず一時間以内に撤退するように」
「そのニ」はスチューにそのように言い含めて、「その一」と共に来た道を引き返していった。
「お気をつけて!」
スチューはしばらく仲間たちを見送ってから、進むべき道に戻った。軽快な足取りで歩くこと三十分、ふと足を止める。
「ん?」
煙の匂いだ。
スチューは近くの手頃な木によじ登ると、腰に提げたカバンから双眼鏡を取り出した。レンズを覗くと、おおよそ百メートル先で、案の定、煙が立ち上っている。出処を探るため双眼鏡を下に向ければ、煙突、そして建物の屋根が見えた。
「あそこか……」
どうやら、魔法使いの住処を見つけたようだ。
それにしても、一番近くの町から軍人の足でも半日以上かかるような、随分と不便な場所に居を構えるものだ。魔法使いというのは厭世家なのか、それとも――。
「人の目から隠れなければいけないことを、しているのか……?」
木から降りると、スチューは木立に身を隠しつつ、慎重に謎の屋敷に近づいていった。単身だし、今回は軽く様子を窺うだけのつもりだった。正面から攻めるのは目立ち過ぎるから、屋敷の裏へ回る。
人の気配はなかった。事が起きたのは、スチューが木々の間から姿を現した、そのときだった。
「!」
狙い澄ましたかのように、なにかが降ってくる。スチューは咄嗟に背後に飛び、それを避けた――つもりだった。しかしスチューの真上から襲ってきたなにかは、彼の動きを読んでいたように落下の軌道を変化させ、まるで生きもののように追ってきた。
「鷲!? ミミズク!? いや――!」
正体を確かめる間もなく、落ちてきたなにかが地面にぶつかる。同時に、スチューの前後左右、頭上までもが、透明な壁に覆われてしまった。まるで逆さになった試験管の中に、閉じ込められているかのようだ。
「なんだ、これは……」
狭い空間の中で、声が反響する。スチューは五十cmほど先にある透明の壁に手をやり、触ってみた。石ほど硬くはないが、素手や刃物で破壊できるほど脆くもなさそうだ。よく見れば、壁の表面には小さな穴が無数に空いている。窒息する心配はなさそうだ。
「いいでしょ、それ。未来の素材、『プラッティック』ていうの」
「!?」
突然の野太い声に驚き、スチューが振り向くと、茂みをかき分けてなにか巨大な塊が近づいてくる。
クマ……だろうか。スチューは身構えつつ、接近してくるなにかを観察した。
「アタシが開発した魔法物質なの。プラッティック。軽くて丈夫、生産体制が整えば、安価で供給できるわ」
「プラスチック?」
「プラッティックよ」
スチューに接触を図ってきた「それ」は、どうやら獣ではないようだ。高度な内容の会話が可能で、二足でしゃなりしゃなりと歩き……、金色の髪を高く結い上げ……、ド派手なピンクのドレスを着て……、四角い顔に厚化粧を施す……。そんな動物はいないだろう。
が。
――クマのほうがまだマシだったかも……。
相手の容貌がはっきりすればするほど、スチューはそう思わざるを得なかった。
――獰猛な獣より、めんどくさいぞ、これは。
スチューは謎の生きものと、透明の「プラッティック」なる素材でできているらしい壁を挟んで、対峙した。
「ええと、あの……。あなたは人間ということでよろしいですか?」
「ちょっとぉ! 失礼なこと、ほざいてんじゃないわよ!」
身の丈二m、長槍でも貫けまいという分厚く逞しい体をした、しかし目が覚めるような鮮やかなピンクのドレスを着たそれは、腰に手を当てプンプン怒り出した。
「ま、アタシは並外れて美しいから、人ならざる者かも!? って疑っちゃうのは、しょうがないかぁ! 女神とか妖精とかと間違えちゃった感じぃ?」
「あ、はい、うん……」
――オークとかデーモンとかと間違えちゃった感じぃ……。
スチューは正直な気持ちを心の奥にしまった。
言葉遣いや仕草は淑女のそれだが、スチューの目の前にいるのは、まごうことなき男性である。
「まったくもう、『虫除けのまじない』をかけておいたのに、なんでこんなひ弱なのが突破できちゃったのかしら。変ねえ」
男はなにやらブツブツ文句を言っている。スチューは恐る恐る、彼に話しかけた。
「あの……。あなたは高名な魔法使いではありませんか? 北の大国『リュグット』にて、三ツ星の勲章を与えられた、ルパート・ルビート・アルファベジット様……」
その人物こそ、王に命じられ、スチューたちが連れ帰るべきターゲットである。
ルパート・ルビート・アルファベジット。しかしその名を出した途端、男の表情は険しくなった。
「――今の仕事が一段落つくまで、厄介事は御免なのよね」
吐き捨てるように言いながら、男はドレスのポケットから小瓶を取り出した。香水でも入っていそうな、美しい装飾のなされたアトマイザーである。男はその中身を、プラッティックの壁に向かって吹きつけた。
「うっ……!」
壁には穴が空いており、スチューは噴霧されたなにかを吸い込んでしまった。
甘い花の香りがする……と思ったところで、スチューの意識は途切れた。
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