勇者の血を継ぐ者

エコマスク

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【206話】 街中のミノタウロス

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デュラハン退治から戻ってシルキーの屋敷で一泊して帰ってきたリリアはその後一週間程度のんびりと過ごした。
今回デュラハンは宣告の日に現れたが一週間程度出現が前後することもあり、大きくスケジュールを空けていた事もあり、街の収穫祭が近く事もあり、リリアがダラダラと過ごしたかった事もあるようだ。
「あれ?ペコとアリスはもう仕事してるの?スケジュール空けておかなかったの?」
リリアと違ってペコ達は少し休んだらもうクエストを受けて仕事している。
「ウチのギルドは大きくていくつもクエストを抱えているからそうそう休ませてもらえないよ。ウチらもルーダの風に移ってこようか?」
ペコ達はギルドからの指令があるようであまり休めない、その点リリアの所属するルーダの風では実質冒険者活動は全てリリアが自分で管理しているので自由に過ごせる。
「… それより… シルキーの館で何かあった?… なんか雰囲気が少し変わった… っていうか色気が出た気がする…」ペコがリリアに聞く。
アリスもじっとリリアを見つめている。
「え?… はぁ?何もないよ… 気のせい気のせい、えっへっへ」リリアは適当に誤魔化して笑う。
しかし、リリアも感づいている。以前よりバーでもてるようになった。お酒をご馳走してもらえる回数が増えた。


あの日、シルキーから銀のクサビを貰った。
「何かあった時にこれを持っていて、銀のクサビよ。私は銀に触れられないけど、包みを外すと魔力も発動するの、普段魔力は発動しないけど」
革に包まれた銀のクサビを渡された。ダガーと同じような大きさだが重さをあまり感じさせない。
革の鞘を外すと鈍く光るクサビが現れた。グリップにも革が巻かれグリップエンドは丸くアイズオブファイアーと呼ばれる宝石が施してある。
「これ何て書かれているの?」クサビの窪みに古代文字が見える、リリアは聞いた。
「ベルベットアーナ」シルキーが短く答える。
「…… 何であたしに?」リリアは当然の質問。
「アスタルテと同じような理由よ」
シルキーはそういうとちょっとうるさげに再びリリアに被さってきた。
その日以来、リリアはダガーベルトにこのクサビも持ち歩くようになった。


ルーダ・コートの街の収穫祭の日
午前中リリアはルーダ・コートの街のイベントに出席していた。
ルーダ・コート太守が広場でスピーチと一年のお祝いを述べて収穫に感謝する。このイベントから感謝祭のお祭り騒ぎが始まるのだ。
偉い人達のスピーチの後にルーダリア王国公認勇者として紹介される。ルーダリア家の紋章が入った真紅マントを着て手を振れば良い簡単なお仕事。
こう見えてもリリアは本当に本物の勇者なのは確かだ。

その後本当に本物の偉い人はセレブパーティーに呼ばれ、本当に本物の勇者であっても大して政治的に重要な意味を成していないリリアは解散。
まぁ、リリアとしては政治家の機嫌をとっているより自由な方が良いだろう。
リリアは他のギルメンと街中で感謝祭を満喫していた。


収穫祭の夜

リリアは公園のベンチで目を覚ました。
酔いと疲れでうっかり寝てしまったらしい。
“… あたし寝ちゃったんだ… ずいぶんと静かね”
ちょっと寝ぼけていたリリア、商業区はどこもバカ騒ぎで静かな場所を探し少しステータスの高い人が住む居住区にある公園までユイナと一緒に来たのだ。
ユイナもリリアの隣で寝ている。
“!?”
リリアは慌てて所持品を確認した。別に何か取られたりはしていないようだ。治安のよい場所で寝ていたのは正解だったが、リリア達の身分であまりこの辺にいても場違いな物を見るような視線を送られるだけだ。
「ユイナ、起きて、帰ろうよ」
マジックワンドを抱えて眠るユイナを起こすとリリア達は公園を出て住宅地を歩き始めた。

石造りの屋敷が並ぶ居住区を歩くリリアとユイナ。星の位置を見ると真夜中近いようだ。月が明るく、遅い時間になったとは言え商業区からはまだまだお祭り騒ぎの声が聞こえる。居住区の家々でもパーティーが開かれているようだ。
人々の笑い声、音楽…

「リ、リリアァ… わ、私まだいけるわよ、もうちょっと飲もうよ」
ユイナはリリアに肩を貸されてふらつきながらも強気に呟く。
「えっへっへ、まだまだ余裕そうだね。まぁ、もう遅いし危ないから飲むにしてもウチのバーで飲もうよ。コトロは商魂たくましいからまだやってるはずだよ」
商業区の中心に戻ったら面倒そうだ。ルーダの風は商業区の端っこにある。ここからなら居住区を抜けて近道がある。リリアはユイナと歩く。

「… 気のせいかな?」
リリアは足を止めた。悲鳴が聞こえた気がしたのだ。
治安が良い場所とはいえ酔っぱらって問題を起こしたりトラブルになったりすることもあるだろう。空き巣等かもしれない。
「… やっぱり、気のせいじゃない」
リリアに肩を貸しながら早足に声を探す。
「… えぇ?これって…」
リリアは再び立ち止まった。
複数の叫び声が耳に入った。しかもただ事ならぬ様子。
「… ユイナ!ユイナ!ちょっと… しっかり、何か事件みたいだよ」リリアは強くユイナに声をかけた。
急いだほうが良さそうだが酔ったユイナを放っておくのも安全ではない。
「… んー… リリア… 頭に響くよ…」
全く頼りない声が返ってくる。
騒ぎは1ブロックくらい先のようだ。ちょうどシルキーに屋敷周辺か?
酔っていても冒険者だ、ユイナなら少しの間くらいなんとかなるだろう。
行って大した事なければ衛兵でも呼んで戻ってくれば良い。
「事件かもしれないからちょっと見てくるよ。ユイナはここで待っていて」
リリアはユイナに気力回復のポーションを飲ますと街路樹脇に座らせ1ブロックをダッシュする。


「ヴェ?なにこれ…」
リリアは通りの角を曲がって足を止めた。
トロールよりまだ背が高く、オーガ等よりがっちりとした何かが武器を振るっている。
「おい、化け物だ、化け物がいるぞ」
「魔物だ!こんな街中に」
「人が殺されている、逃げろ」
リリアと反対方向に数名が叫びながら逃げて行った。
リリアは応援を頼むように指示を出すのも忘れて唖然としている。

“とにかく何とかしなくちゃ…”
我返ってリリアは接近しながら様子を見る。
屋敷が並ぶ通りで前庭のある家が続いている。見通しは良い場所。路上に何人か人が倒れているのが見えた。衛兵と住人だろうか?
惨殺されている。
リリアの登場と入れ替わりに逃げる人影が去ると辺りは少し静かになった。
路上にいた人間は殺されてしまったようだ。
周囲の家からは騒ぐ声、慌てて戸締りする音が聞こえ、月明かりの下で二階等の窓から外の様子をうかがう影が見えた。

「み、皆、家から出ちゃだめよ!隠れていて!それから、衛兵を呼んで!武器が使える人は応援に来て!」リリアは呼びかけ続けながら通りの様子を見る。

今日は感謝祭に遊びに出て来た。街の中のちょっとしたトラブルは想定していてもこんな事態に対応できる準備をしていないリリア、弓を持って来ていない。
持っているのは宣伝に持ち歩いていたリリアモデルの剣と…


リリアは安全を呼び掛けながら注意深く接近して観察する。
倒れている人達は救いようがないようだ。

月明かりの下で大きな影が低く唸りながらうごめいている。
大きな大きな体、三俣のフォークのような武器が鈍く光る。天に向かう角、毛の長い牛頭…

「これって… でも何で街中に…」リリアは自分の目を疑う


街のど真ん中にミノタウロスがあらわれていた
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