魔女と王子の契約情事

榎木ユウ

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1巻

1-2

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「どうせこの先できるかどうか分からなかったんだから、キスできてよかったじゃないですか。それも、あんな素敵な王子様と」
「よし、今からリオネロの耳を魔法で伸ばして、それを伝って窓から降りよう。そうしよう」
「すみません。もう言いません」

 弟子でしのリオネロは、口は達者たっしゃだがすぐに折れる。謝ってきたリオネロを一瞥いちべつし、エヴァリーナはふんっと鼻を鳴らした。
 デメトリオを生き返らせてから、既に二日が経過している。つまり、同じだけエヴァリーナたちはここに閉じ込められていた。
 寝台しかなかった大きな部屋は、今では三つの部屋に分かれている。
 それらは全てエヴァリーナが魔法によって作ったものだ。
 この二日間、湯浴み等以外でこの塔から出られない状態だったため、居住環境を整えようと無駄に部屋の中を改造してしまったのである。
 もし誰かから苦情を言われたら、また魔法で元に戻せばいいだけだ。
 今のところ、扉の外にいる騎士から文句は言われていない。

「あ、そういえば、デメトリオ殿下を甦生そせいさせた魔法式って解読できた?」
「今頃? 今頃になって、それを聞きますか?」

 退屈でだらけきっていたエヴァリーナとは違って、リオネロはきちんと役目を果たしていたらしい。言われてみれば、日がな一日書物を山積みにした机で、ガリガリと何か書いていた。その書物も、もちろん、エヴァリーナが森の住まいから魔法で取り寄せたものだ。

「どう、全部解明できそう?」

 リオネロが書いている紙を横からのぞき込む。しかし、見たところで、そこに書かれていることをエヴァリーナはのだが。

「全部は無理ですね。これまでの中でも、最上級の難しさですよ、この魔法陣」
「まあ、人を生き返らせるようなものだからねぇ……簡単に解読できちゃったら困るんだろうねぇ」
「何、他人事ひとごとみたいに話してるんですか! あなたが作った魔法でしょうが!」
「だって、私、魔法式、読めないし」
「だからって、なんでもアリだと思わないでくださいよ! 大体これ……〝生贄いけにえ〟とか〝代替〟なんて文字が混ざってるんですよ。甦生そせい魔法のはずなのに、おかしくないですか?」

 魔法式の一部をペン先で叩きながらリオネロが首をかしげた。

「ふーん」
「ふーんって、エヴァリーナ様……」
「とりあえず生き返ったわけだし、結果が良ければそれでいいでしょ」
「うわー、出たよ。訳の分からないことはすぐ投げ出す癖……!」
「リオネロくん、がんばれ~」
「ぜんぜんっ、嬉しくないっ……!」

 リオネロは長い耳をぶんぶん回して怒るが、見ていて可愛いだけだ。
 退屈すぎて、一日に何度もこうして弟子でしをからかっている。だが、他にすることがないのだから仕方がない。そう思いつつ、エヴァリーナはふわああとあくびをした。

「しかし、頬を叩いたくらいで監禁なんて大げさすぎない?」
「相手は王族ですからねぇ……まぁ、僕は別の理由があるのではないかと思っているんですが」
「あ、やっぱり?」
「だってデメトリオ殿下の目、赤紫色に変わってましたよね?」
「あー……」

 それは、エヴァリーナも気になっていたことだ。
 デメトリオの目は、本来国王アドルフォと同じ綺麗な青色だった。
 一度死んだ人間が生き返ったのだから、多少何かしらはあると思っていたが、あの赤紫色の目は顕著けんちょな違いだろう。それが原因で、こうして監禁されているのだろうか……
 だが、リオネロはそれ以外の理由もありそうだと言ってきた。

「〝誠実の騎士〟と呼ばれるデメトリオ殿下が、突然エヴァリーナ様にキスをして『欲情した』とか言っていましたよねぇ……それって、ちょっとおかしくないですか」
「あー、思い出させないでぇ……」

 エヴァリーナは頭を抱え込む。
〝誠実の騎士〟というのはデメトリオの二つ名だ。
 彼は王子という身分におごることなく、騎士として兄王に仕えている。その忠誠心から、国王の懐刀ふところがたなとも言われている。
 また、美丈夫びじょうふっぷりで数多あまたの令嬢の熱視線を集めているが、彼女たちとの浮いた話はないらしい。聞いた話によると、彼は決して女性と遊びでつき合ったりはしないそうだ。
 まさに〝誠実〟。
 そんな男が、会ったばかりのエヴァリーナにキスをして、更に「欲情した」などと言うものだろうか。

「何か嫌な予感がするんですよねぇ……」

 リオネロがピクピクと耳を震わせてそう言った。

「やめて、縁起でもない」
「だから、この魔法陣をちゃんと解読したいんですよ! エヴァリーナ様、なんでもいいです。あの時、魔法陣に何を乗せたんですか?」

 真剣な顔で詰め寄ってくるリオネロの気迫に、エヴァリーナは気圧けおされる。

「うーん、生き返ってほしいとは強く思ったけど……」
「それ以外には?」
「それ以外も何も、それしか考えていなかったわよ」

 ただ、生き返ってほしかった。
 そのためなら、エヴァリーナはどんな代償でも払うつもりでいた。
 だが、これがもし、国王のアドルフォや、他の王子を生き返らせるのだとしたら、そこまで強く思えたかは疑問だ。
 デメトリオだから。
 だから、エヴァリーナの魔法は成功したのかもしれない。

「うーん……一途な心かぁ。それが加味されての、この乗算式なのかなあ……?」

 紙に書き起こした魔法式にリオネロが頭を抱えてうなっていると、トントントンと部屋の扉がノックされた。
 湯浴みや食事にしては珍しい時刻だ。
 二人が顔を見合わせていると、一人の騎士が扉を開けて入ってくる。

「失礼します。国王陛下がお二人をお呼びでございます」

 デメトリオを生き返らせてから二日。ようやく、国王との面会となった。


     ※ ※ ※


 最初に呼び出された謁見えっけんの間に案内されたエヴァリーナたちは、そこで気難しい顔をした国王・アドルフォと再会した。

「二人とも顔を上げよ。まずは博識の魔女・エヴァリーナ。デメトリオを生き返らせてくれたことに感謝する。人のたましいさえも呼び戻すその偉大な力、しかと確認した」
「もったいないお言葉、ありがとうございます」
「この二日、生き返ったデメトリオが、本当に彼自身であるか調べていた。それがはっきりするまでは、そなたたちにはあの塔にいてもらわねばならなかった。すまなかったな」

 どうやら頬を叩いたことで閉じ込められていたわけではなかったらしい。
 アドルフォの言うことも、もっともだったので、エヴァリーナはうやうやしく頭を下げた。

「それでデメトリオ殿下は、ご本人で間違いございませんでしたか?」

 すると、アドルフォが一瞬だけ眉間にしわを寄せる。
 エヴァリーナは、自分の魔法が失敗したのかとヒヤリとする。

「ああ。目の色は変わってしまったが、確かにあれはデメトリオだった。ただ、今朝から……少し体調を崩しておる」
「えっ……?」
「医師に見せたが、原因不明だ。一昨日おとといは健康体そのものだったのだが、どうにも……その、な……」

 視線をらしたアドルフォが言いよどむ。

(まさか、甦生そせいの魔法が完全じゃなかった?)

 医師に見せても分からないと言うのであれば、それは魔法の影響と考えられる。

「へ、陛下。あの、もう一度、デメトリオ殿下と面会させていただくことは可能でしょうか?」
「うむ。そのつもりでそなたたちを呼び寄せた。それにしてもエヴァリーナ、そなたは一体どのような魔法を使ったのだ? 死者の甦生そせいに関わる秘術なのは分かっているが、デメトリオの不調は魔法の影響かもしれぬ。よければ、魔法式を提出してもらいたい。その魔法式には、今回の王命とは別に褒賞ほうしょうを与えよう」

 魔法式は、いわば魔法のレシピのようなものだ。それを見れば、他の魔女や魔法使いたちも同じ魔法を使うことが可能となっている。
 そのため、大抵の魔女はおのれの作った〝魔法〟を、売ることで生計を立てていた。
 今回も本来なら、完璧な魔法式を提出すべきことは分かっていた。だが――

「申し訳ありませんが、途中までしか解読できておりません……」

 エヴァリーナがそう返事をすると、アドルフォはいぶかしげな顔をした。

「どういうことだ?」
「……私の二つ名、〝博識の魔女〟ですが、人によっては白い知識……〝白識はくしきの魔女〟と呼ぶ者もおります」

 国王の前ということもあり、エヴァリーナはあまり人に言いたくない事実を白状する。

「私は文字を理解できません。言葉として聞く分には理解できるのですが、紙などに書かれている文字は全て絵のようなよく分からない図形に見えてしまって、認識できないのです。当然、書くこともできません」
「魔女なのにか?」
「はい、魔女なのに、です」

 アドルフォが驚くのも無理はない。魔女は魔法を使う際、必ず魔法式を用いるため、文字の読み書きができないことなどないからだ。
 だから、読み書きのできないエヴァリーナは、極めて異端な魔女であった。

「そんなことがあり得るのか?」
「いいえ。おそらく私だけでしょう。私は魔法を使うことはできても、その魔法式がどんな文字で構成されているのか、理解することができません。ですから、私の魔法式は弟子でしのリオネロが代わりに解読しているのです」

 エヴァリーナが隣に立つリオネロを見ると、リオネロは緊張で身体を強張こわばらせながら頭を下げた。

「そうか。ではリオネロよ、此度こたびの魔法の魔法式はどこまで解読できた?」

 アドルフォに話しかけられて、リオネロは慌ててポケットから紙を取り出す。

「は、はいっ。途中までならここにあります! ただ、あの、エヴァリーナ様の魔法式はいつも複雑怪奇なのですが、今回は特にすごくて……おそらく全て解読するのは難しいのではないかと……」

 まさかここで国王に見せるとは思ってなかったのだろう。リオネロは震える手で、しわくちゃの紙を騎士の一人に渡した。騎士はざっとそれを確認してから、国王のもとへ持っていく。
 アドルフォはその紙を眺めて、ぐっと顔をしかめた。

「私にもある程度は魔法の知識があるが、このような魔法式は初めて見た。〝博識の魔女〟の魔法はこれ程までに面妖めんようか……」

 エヴァリーナは自分がどれ程の魔法を使っているのか分からない。だが、〝複雑怪奇〟やら〝面妖めんよう〟などと言われると戸惑ってしまう。

「ふむ……仕方ない。では、本人になんとかしてもらうしかないな……」

 軽くため息をついた後、アドルフォは独り言のようにそうつぶやいた。
 次いで出てきた言葉に、エヴァリーナは一瞬、国王の前だということも忘れて唖然あぜんとした。

「実は、デメトリオが発情している」
「ハツジョウ?」

 その言葉の意味を、頭がすぐに理解できない。

一昨日おとといはそうでもなかったが、徐々にたかぶりが強くなるようでな。こちらで女を用意したのだが、どれも駄目だという」

 女を用意……という言葉で、ようやくエヴァリーナはアドルフォの言葉を理解した。

「発情――っ!」

 一瞬でカアッと顔を赤らめるエヴァリーナを見て、アドルフォは少しだけ意地の悪い顔をする。

「ふむ。わざとそのような魔法をかさねがけしたのかと思ったのだが、そういうわけでもないようだな」
「そ、そんなことするわけありません!」
「だが、あれには王弟という地位がある。それを欲しがる女も多いのでな。生き返らせた代償に王子自身を要求してもおかしくはない……」

 国王の青い瞳が一瞬鋭く細められたのを見て、エヴァリーナは自分たちが塔に監禁されていた最大の理由に気づく。

甦生そせい魔法の他に、何かよこしまな魔法をかけた可能性があると思われていたのか……)

 誤解もいいところだが、それを主張したところでデメトリオがその状態では無駄だろう。

「あ――――!!」

 そこで突然、リオネロが大きな声を出した。
 リオネロは国王の前にもかかわらず、新しい紙をズボンのポケットから取り出して、うずくまってガリガリと何かを書き始めた。

「ちょ、ちょっとリオネロ……」

 小声で弟子でしたしなめるが、いったんこうなってしまうと何も聞こえなくなってしまうのだ。

「代償! そういう意味での〝生贄いけにえ〟と〝代替〟か! じゃあ、ここは乗算ではなくて減算だったのか……。本当にまぎらわしいんだよ、エヴァリーナ様の魔法式は!」

 最後、暴言が聞こえた気がしたが、今はそれどころではない。
 戸惑いながらアドルフォの方を見れば、彼は興味深そうにこちらをうかがっていた。

「ふむ。リオネロよ。魔女の魔法式、解読できそうか?」
「全部は無理ですけど、ほぼ分かりました! これ、〝契約魔法〟だったんです!」

 興奮で頬を真っ赤にしたリオネロが、アドルフォに言った。
 どうやら相手が国王だということも頭から抜けているようだ。アドルフォの傍に控えている騎士が顔をしかめるが、アドルフォがそれを制してリオネロに問うた。

「契約魔法とは?」

 リオネロの無礼にヒヤヒヤとしていたが、それはエヴァリーナも知りたいところだ。

「死んだ人を生き返らせることなんて、そもそも無理な話なんです。たましいをこちらに呼び戻せたところで、一度離れたたましいと身体をつなげられない。でもエヴァリーナ様は、それをみずからの生命力で無理やりつなげたんです! つまりデメトリオ殿下のたましいを定着させるためには、エヴァリーナ様の生命力が必要! そういう契約魔法なんです!」
「あ」

 エヴァリーナは甦生そせい魔法を使った時のことを思い出した。あの時、自分とデメトリオの胸の間を、赤い稲妻いなずまのような光がつなげていた。

(もしかして、あれ――!)
「生命力……それは具体的にどうデメトリオに作用しているのだ?」

 アドルフォは真剣な表情でリオネロに続きをうながす。
 リオネロは顔も上げずにものすごい速度で紙に魔法式を書いていく。

「はっきりしたことはもっと魔法式を解明してからでないと分かりません。ただ、定期的にエヴァリーナ様の生命力をデメトリオ様に与える必要があるようです。そうしないと、デメトリオ様のたましいが身体から離れてしまいますね」
「そんな、せっかく生き返らせたのに!」
「ふむ。それは困るな。して、その生命力を与える方法とは――?」
「性交です」

 リオネロがきっぱりとそう断言した。一瞬、エヴァリーナは何がしたのか分からず、首をかしげる。だが、アドルフォは非常に納得できたらしい。

「なるほど、だからこその発情か」
「そうです。デメトリオ殿下の身体がエヴァリーナ様の生命力を求めてらっしゃるんですね」
「そうか。他の女では駄目なはずだ」
「え……」

 何が駄目なのか、恐ろしくて聞けない。先程赤くなった顔は、嫌な予感で青ざめている。

「まあ、一度死んだ者を生き返らせるのだから、それなりに代償は必要なのかもしれぬな……」
「ね、ねえ、リオネロ。それって……あの、どういうこと……」

 恐る恐る問いかけるエヴァリーナに、リオネロはキョトンとした後、呆れながら言う。

「エヴァリーナ様、まだ分かんないんですか? エヴァリーナ様がデメトリオ様とエッチしないと、デメトリオ様はまた死んでしまうってことですよ」
「は――!?」
(せいこうって……)
「性交のことか!」

 思わずで突っ込めば、リオネロはケロリとした顔で答える。

「だから、さっきからそう言っているじゃないですか」

 エヴァリーナはアドルフォの前ということも忘れて、頭をぶんぶんと強く振った。

「いやいやいや……私そんな魔法唱えてないし」
「唱えてないじゃないですよ。ここの式、減算な上に括弧かっこくくってあるでしょう? これがまぎらわしいんですが、ここが作用しなかったら、デメトリオ殿下は生き返ってなかったと思いますよ。ホントすごい魔法ですね、これ」

 リオネロが感動したようにそう言ったが、エヴァリーナの心中はそれどころではない。

「それにこれ、エヴァリーナ様の寿命にも関係してそうですよ……本当に命がけでデメトリオ殿下をよみがえらせたんですねぇ……僕、もう少し詳しく契約内容を解読してきます。たぶん明日の朝にはお知らせできると思いますが、大丈夫ですか?」
「うむ。しかと契約内容を解読し、私に届けよ」

 アドルフォがうなずくと、リオネロはペコリと頭を下げて塔へ戻っていく。

「ちょ、リオネロ、待って、私も――」
「博識の魔女・エヴァリーナ。そなたには別の仕事があるだろう」

 駆け出そうとした背に声がかけられる。エヴァリーナは、顔を引きつらせながらゆっくりとアドルフォを振り返った。

「べ、別の仕事ですか?」
「そなたは王命によってデメトリオを生き返らせることを承諾した。ならば、そのめいを最後まで遂行せよ」

 りんとした国王の声は、エヴァリーナに他の選択肢を許さない。

「エヴァリーナ、デメトリオのとぎをせよ」
とぎ……!)

 あまりにもはっきり告げられた言葉に、エヴァリーナは泣きそうになった。しかし、エヴァリーナがそうしなければ、デメトリオはまた死んでしまう。

「ぎょ、御意ぎょいにございます」

 エヴァリーナは苦渋くじゅうに満ちた声でそう返事をするしかなかった。


     ※ ※ ※


 まるで初夜のようだ――とエヴァリーナは思った。
 謁見えっけんの間を出たエヴァリーナは、ただちに女官たちに捕らえられ、くまなく身体を洗われた。
 貴族でもないエヴァリーナに対し、女官たちは一切の無駄口を叩かず、時間をかけて彼女を磨き上げた。

「これでもいつもの半分の時間なんですよ」

 仕上げに薄化粧をしながら女官が不満そうに言うのを、エヴァリーナは聞き流した。

(帰りたい……むしろ消えてしまいたい……)

 肌が透けそうな薄い夜着を着せられ、その上に厚手のガウンをまとう。そうして、案内されたのはデメトリオの部屋の前だった。
 覚悟を決める間もなく部屋の中に押し込まれ、バタンと扉を閉められる。

「エヴァリーナ殿……」

 低くかすれた声で名を呼ばれて、びくりと肩が上がった。
 デメトリオは部屋の奥にあるソファーに座っている。こうして彼と会うのは二度目だ。

「あの、この間は、叩いてしまって申し訳ありませんでした」

 先日の非礼をびると、デメトリオは立ち上がって首を横に振る。

「いや、気にしていない。それより、陛下より話は聞いた……私のためにすまない」

 赤紫色の瞳が悲しそうに揺れる。

「いえ……その、逆にすみません……私の魔法のせいで……」

 まさかこんなことになるとは……
 すると、デメトリオはまた首を横に振った。

「こうして生き返ったことが奇跡なのだ。なのに、あなたに更なる無理をいることになってしまって、本当に申し訳ない……」

 デメトリオがこぶしを握って目を伏せた。その顔にはおのれの不甲斐なさを恥じるような様子が見られ、エヴァリーナこそ申し訳なくなってしまう。
 それきり二人は口を開かず、部屋の中に沈黙が訪れる。チラリとデメトリオを見れば、デメトリオもエヴァリーナを見ていた。だが、彼はすぐに目をらしてしまう。

(どうすればいいんだろう……)

 エヴァリーナはつい二日前までキスの経験もなかった処女だ。それどころか、男性とつき合ったことすらない。だからこういう時、一体どうすればいいのか、皆目見当がつかなかった。

「エヴァリーナ殿……」
「は、はいっ!」

 声をかけられて慌てて返事をすると、デメトリオが苦笑しながら口を開いた。

「もし嫌ならば、ここから逃げてもらって構わない。私は本来死んでいる身だ。あなたを犠牲にしてまで生き延びるべきではないだろう」
「そんなことありませんっ!」

 思わずエヴァリーナは声を張り上げていた。

「犠牲なんて言わないでください! 私はデメトリオ殿下に生きていてもらわないと困るんです! だって私、あなたに言いたいことがあったから……!」
「言いたいこと……?」

 首をかしげるデメトリオに、エヴァリーナは口を押さえて目をらした。

「なら、その言いたいことを聞こうか。そうしたら、ここから帰ってもらっても――」
「だから! あなたに死なれては困るんです!」

 伝えたい言葉は、デメトリオが生きていてこそ意味のあるものだ。
 彼がいたからこそ、彼がいるからこそ、伝えたい言葉――

「ならば……あちらの寝室に、一緒に……行ってもらえるか?」
「……っ!」

 吐息をらすような甘い声でそう問いかけられて、エヴァリーナの身体が熱を持ったように赤くなった。

「本来なら……私があなたの手を引いて案内したいところだが……すまない。……たぶん今触れたら我慢がまんができなくなる」

 デメトリオが切羽詰せっぱつまっているのは見ただけで分かる。それなのに、エヴァリーナにうかがいを立ててくるとは、なるほど確かに誠実の騎士らしい。

(ああもう……リオネロ、明日覚えてなさいよ……!)

 自分を置いて行った弟子でしに悪態をつきつつ、エヴァリーナは意を決して寝室の方へと歩いて行く。
 重厚な扉を開けると、エヴァリーナの家より広い寝室が現れた。すぐに部屋の中央にある豪奢ごうしゃな寝台が目に飛び込んできて、気持ちがひるむが時既に遅し。

「きゃっ……!」

 寝室に入った途端、背後からデメトリオに抱きかかえられ、そのままなだれ込むように寝台に押し倒された。ガウンはその過程で床に落とされ、薄い夜着越しにきつく抱きしめられる。

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