「実は」シリーズ短篇集

辰巳劫生

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 僕はろくでもない人間です。アニメとか小説を読んでいたら、結末を先に知りたくなります。結末を知ったらどうなるでしょうか。未知の結末に惹かれる莫大な感情はもう二度と戻ってきませんよね。
 僕たちは全てに対して不必然性を求めます。売れている小説、社会現象になるような漫画の、ヒロインと主人公が何事もなく結ばれたのを見た事があるでしょうか。
 一介の物書きとして小規模ながら活動している僕だからこそ、断言できます。少なくとも作者は、その莫大な感情に呼応する不必然を考えるのに必死です。結末を知ったまま読み進めるのは作者への冒涜と言えるでしょう。
 でも楽しければなんでもいいんです。楽しければ。


 そんな僕に今訪れているのは僕の人生で最大の「ネタバレ」への興味と葛藤です。






 僕にはずっと好きな人がいます。その好意の大きさたるや、自らを恐れてしまう程です。
 僕が小説を書き始めたのは高校二年の夏。あの日は趣もクソもない灼熱の太陽が僕を照りつけていました。中学の国語の先生から文才を認められ、「今まで教えた生徒の中で一番の才能だ!」と謳われた結果、見事に図に乗った僕は、将来は文章表現の世界に身を置いて、しっぽりさめざめとした、それでいて寂しさのない暖色の人生を送っていきたいと思うようになりました。
 原因がそれだけだったのであれば、この小規模の作家活動がここまで続いたでしょうか。

 時はさらに遡って高校1年の冬。これまた小規模ですが、男友達との友好関係は深まっていきました。所謂狭く深くってやつです。

「見てみ、あの子可愛いよ。」
「何組?」
「わかんねぇけどスリッパの名前には確か、、、」

枯れた桜の木に積もる雪。学校をあげて伝統を推すこの年季の入った高校に、優しく飾られた素朴な白。当時お年頃の少年だった僕は、その女の子を見て勝手に言葉で表していました。今考えると、だいぶキツイ。いや、当時考えついた時ですら、表現出来た高揚感と爽快感に負けないくらいの羞恥を感じていたような気がします。
 そんな羞恥に塗れた出来事こそが彼女との出会いでした。


 当時の僕は、自分で言うのはあれだけど割と容姿は整っていて話が分かったので、客観的に見ても悪くはない人間だった気がします。しかし僕は恋愛に疎かった。高校生の僕にとってそれは大きな人生の枷でした。
 移ろう桜の木の様子をその下で見守りながら、いつも想うのは彼女の事でした。たまに会話を交わす仲、それ以上でもそれ以下でもなかった僕たちの関係に何も進展がないまま高校を卒業しました。




 ふと高校の時を思い出すと頭に浮かぶのは、嘘コクという悪しき風習。僕の高校では罰ゲームでの嘘の告白が流行っていました。あらゆる事例に肯定的な顔をして嫌われないように過ごしてきた僕が珍しく否定した文化でした。
 彼女もその嘘コクを受けたうちの一人でした。彼女が当時気になっていた男が罰ゲームで彼女に告白をしたのです。僕が小説にするにしても可哀想なくらいの心情の落差。一度凄く喜んで告白を受けた時の彼女の気持ちは考えるだけで辛くなってしまいます。
 そんな事は置いといて、僕は24になった今でも彼女の事が好きです。卒業後も広くみんなに連絡を取り続ける彼女のその連絡網に僕は滑り込みで入ったみたいで、たまに味気のない連絡を交わしますが、彼女も男の一人や二人捕まえてお付き合いをしてるんだろうな、なんて思ってしまって関係の進展は全くありませんでした。
 どうにもこの恋を進展させる糸口が見つからない。そんな日々に飽きがきていました。

 そしてある日、僕の高校時代の狭い交友関係の中の一人が科学者になったという知らせが届きました。なんでも、開発しているのは「見たい未来が見える装置」だそうです。
 僕はここに目をつけました。この恋に終止符を打つのは今しかない。そんな想いで、僕はそいつに電話をかけました。

「もしもし」
「あぁどうした。」
「お前の開発してる見たい未来が見える装置の事なんだけど」
「あ、おう。試作品の試運転してくれるのか?」
「え、あ、その通りの頼みをしに来たんだが」
「ありがてえよ。ちょうど探してたんだ。そんな人。」

あいつは何故か分かっていたかのような反応を見せていました。

 八年の恋に終止符を打つ、そう思うと切ないです。目に電子ゴーグルのようなものをつけて、説明書を読みながらツマミを右に三回、左に四回。飛ばしたい年月と見たい人物を入力しました。


 ついに起動の時。彼女の隣に僕はいない、それは分かっています。ならなんで見るのか、そこには小説家として未知の結末に惹かれる莫大な感情があったからです。楽しければいいんです。僕はこの八年で彼女の居ない未来を楽しむ覚悟をしました。だからいいんです。終わりがない物語は間延びして面白くないでしょう。
 僕は起動ボタンを押しました。そこには確かに今と流行が変わったような景色、まだ知らない音楽、そして彼女と男の人が歩いていました。
 男の人の顔を見ましたが、やはり僕ではありませんでした。左手薬指には光る指輪がありました。期待に少しだけ胸が膨らんだ自分を咎めたい。全身に敗北感が湧き上がってきます。





そう思えたのもこの八年の片想いがあったからだと思います。
 このまま終わるつもりでしたが、最後に僕は彼女に気持ちだけ伝えて終わろうと思います。結果は分かっています。これは自分で自分に課した罰ゲーム、嘘コクなんです。切ない気持ちを押し殺して彼女を街の大きな樹の下に呼び出しました。


 数年ぶりの対面。八年間想い続けてきただけあって、このようなシーンはシュミレーション済みでした。

「来てくれてありがとう。同窓会ぶりかな。」
「うん、どうしたの急に。」

彼女は学生時代からモテていたので、もう察しはついていたのでしょう。いっそこの段階で僕をフッて欲しかったです。

「どうしても伝えたいことがあって。」

これを言ったら僕は走って逃げるつもりです。悲しい結論を二度も突きつけられるのは結構なので。

「なに?伝えたい事って」
「僕はあなたのことが高校時代からずっとずっと好きでした。返事は分かってるので要りません。急にごめんなさい。」

台本通りの完璧な台詞でした。僕の気持ちが全て乗っかった、八年間を象徴するような告白。そしてすぐ僕は彼女の元を去りました。もうこれで未練なんてありません。少ししか。喪失感を抱えた僕を支えてくれたのは公園のベンチ、枯れた僕に優しく乗った素朴な白い雪は果たして美しく見えたでしょうか。その時の僕にはそんな余計な事を考える事しか出来ませんでした。
 ある言葉のおかげで僕は小説家を目指したし、彼女との関係を終わらせる決断が出来ました。
「楽しければなんでもいい。」
僕がずっとずっと好きだった彼女の口癖でした。



 それからというもの、少しずつ自分の中から彼女が消えていく寂しさを噛み締めながら過ごしていました。あれ以来、彼女と連絡をとっていた携帯は空き箱に入れて使っていません。
 約二週間後、僕は現実を見せてくれた装置を作ったあいつと飲む約束を取り付けていました。あいつとならあの携帯をちゃんと直視できる気がしたので、切ない想いと共に飲みの席に持っていきました。

「気持ちは伝えたんだろうな。」
「おう、しっかり伝えたよ。」

僕の頬には少しだけ涙が伝っていました。昔からなんでも分かってくれたあいつと、二人で過去を消化しようと思って携帯を開きます。彼女とのメールを開きますが、目が霞んで何も読めませんでした。メールの内容があまりに酷かったのか、あいつは固まってしまいました。

「どうしたの。なんかまずい事でもあった。」
「おい。お前、この携帯二週間も見てないのかよ。」
「ああ、僕は残酷なネタバレを食らった後に続きを読める程強くない。」
「一つだけ言わせてくれ。すまなかった。俺が勘違いしていただけだったんだ。」
「何言ってんだよ。」
「彼女から連絡が来てんだよ。」
「なんて。」
22。」
「は?今日じゃねぇか。雪だぞ。そういう冗談はよしてくれ。辛いんだ僕は」
「冗談じゃないんだ。彼女はお前を待ってる。」
「行ってもいい事無いだろ。結論は見えてるし。」
「それがお前が見たあの未来は嘘なんだよ。とりあえず行ってこい。」

背中を押す力は強かった。
 僕は走った。バカだからまた蘇った一縷の望みを抱えたまま。






 真夜中母校の校庭。雪の中走った僕の身体は崩壊寸前だったと思う。何故か夜中になると意味もなく校庭に点く電灯、その下には僕がよくあの人を想った桜の木がある。そこに彼女はいた。

「はぁ、もう疲れた。」
「メッセージ読まれないから来ないかと思ったよ。こんなんで疲れてちゃダメだね。」

彼女が笑う。いつもその笑顔が僕には眩しすぎた。時計は22時13分を指す。

「遅刻じゃん。高校時代は全然なかったのにね。」
「なんで僕をこんなところに呼び出したの。」
「ちょっと見て欲しいものがあって。」

彼女は途端に桜の木の根元の雪を掘り始めた。学校の整備用スコップで豪快に掘り進める。何をしてるんだかさっぱりだ。

「私も昔ね、想いを伝えた人がいたの。」
「は?え、なんでそんな事を今」
「いいから聞いてて。」
「お、おう。」
「なんでそいつの事を好きになったのか自分にもよく分からないんだけどね。」
「僕は何を聞かされてるんだ。」

掘り進めているうちに雪は無くなり、地面にまで達した。

「でも伝えたつもりが伝わってなかったみたいなの。」
「そんな事があったんだな。」
「そうなの。そいつの鈍感さたるや、もう類をみなかったわけ。」
「なんでそんな奴を。」

地面を掘る手が止まる。

「あった!まだあったんだこれ。」

僕が彼女を想った桜の木の下。一枚の手紙のようなものが顔を出す。

「これ、埋めたの?」
「いいや、年月がこの手紙を埋めた。そいつが受け取ってくれなかったからね。」
「そんで、中身は。」
「一応耐水するためにクリアファイルで包んであるんだ。」
「ここに置いてたのか?」
「うん。置いてた。」
「ここにあれば僕が気づいたはずなのにな。」

彼女がその手紙を開いて中身を読み上げる。

「今日で私達も卒業だね。卒業したらみんなとはもう会わなくなるのかな。突然だけど私は君の事がずっと好きだったよ。高校にいる間ずっと。この想いを胸に秘めたまま大人になるのは難しいと思ったから言葉にしてます。」

彼女は想いを込めて読んでいる。僕は何を聞かされているんだろう。

「君はとにかく恋愛をしないし、昼休みも君の姿を見た事はなかった。なんで好きになったのか分かんない。でも君の意図しない優しさに気づけた自分を褒めてあげてもいい気がする。君が私の事どう思ってるかは分からない。でもずっと好きだった。あんまり言葉にするのは上手じゃないけどちゃんと受け止めて欲しいな。この想いに蓋をするのはもう嫌だから。最後にもう一度、私はずっとずっと君の事が好きでした。」

やっと終わる。僕のこの複雑な感情、一縷の望みすらもやっと終わるんだ。

「嘘コクが嫌いで、いつもこの木の下で思いに耽っている鈍感なあなたへ。この手紙を読んだらお返事ください。」

彼女が巻いているマフラーに涙をこぼす。僕は途轍もなく混乱していた。

「あなたの事が好きでした。本当に気づいてなかったんだね。鈍感なんだから。」

頬を赤らめる彼女。少しずつ理解が追いついていく。

「ちょっと待って、それって。」

今から自分の中でのイタい男像に綺麗に乗っかった発言をする。でも今だけは許して欲しい。

「僕の事が好きって事、、、?」
「そういう事以外に何があるのよ。」

思い返すのは卒業式の日。僕は心の中で彼女に別れを告げる意味を込めて、桜の木の下には行かなかった。点と点が線になった。

「ありがとう、なのか。僕の片想いが急に進展して脳みそが混乱を極めてる。」
「私の片想いも二週間前に大きく進展したの。両片想いなんて、面白いね。」

いつも僕が見蕩れていた彼女は、僕の前で、恥ずかしさと嬉しさと高揚の混ざった今までにない表情をしてみせた。
 僕が考えたどんな小説よりも不必然性を含んだこの人生は、沢山の必然によって動いていたみたいだ。

「僕はこんなに幸せになっていいのか?」

混乱が喜びに変わっていく事を実感しながら、僕がそう聞くと彼女は言った。

「楽しければなんでもいい。でしょ。」
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