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守ってあげる
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日ごとに秋が深まる海辺の小さな港町。
「月ノ輪高校」二年生の坂本宗一郎が所属する演劇部は、年に一度のコンクールの県予選を控え、毎日夜遅くまで練習を続けていた。
演じる場面ごとにグループを作り、グループのリーダーは台詞や演技を入念にチェックし、少しでもずれがあると容赦なく怒声を上げた。
宗一郎は去年、台詞を完全に覚えきれず、予選落ちの「戦犯」扱いされたこともあり、今年は早い時期から本腰を上げて練習してきた。
その成果もあって、今年は戸惑うことなく、順調に準備が進んでいるように感じた。
一方、宗一郎の隣で練習するグループからは、幾度となく怒声が聞こえてきた。
「何でこんなにバラバラなのよ!これじゃ、予選に間に合わないよ!?」
リーダーの藤木みなみが怒声を上げると、何人かの女子が一人の女子に冷たい視線を投げかけていた。
生徒たちの視線の先にいるのは、1年生の金成美月だった。
すると、藤木は生徒たちの間を縫うように早足で進み、視線を投げかけられた美月の前で足を止めた。
「美月がちゃんと声を出さないからでしょ?ちゃんとやりなよ!あんたが足を引っ張ってるんだからね!」
「ごめんなさい……」
「もっと声を出しなさいよ!さあ、もう一度行くよ!」
藤木が苛ついた様子でメガホンを叩くと、美月はうつむきながら、ぼそぼそと呟くかのように台詞をしゃべった。
「あ~もういいわ!ずっとそんな状況では他の子達の士気も落ちるし、邪魔なだけだから帰って!」
「すみません……」
美月は頭を下げ、鞄を持つと、とぼとぼと歩きながら部室を後にした。
「もう!何なのよあの子は」
「先輩、美月は訛りが出るのを気にして声を出せないんですよ~。大体、訛りを気にしてるのにどうして演劇なんてやろうと思ったんでしょうね?理解できないわ」
美月と同じグループの女子生徒達の不満は募るばかりだった。
美月は、二学期の初めに、北国の港町にある高校から転校してきた。
転校してすぐ演劇部に入ったものの、言葉の端々に北国の訛りがあり、そのことを同級生に指摘されてからかわれて以来、自分のしゃべりに自信を失ってしまったようで、次第に口数も減り、独り言を言うかのようなボソボソとした話し方に変わっていった。
午後八時を過ぎ、宗一郎は無事に練習を終えて学校の外に出ると、辺りはすっかり真っ暗で、地面すら全く見えなかった。
宗一郎は鞄から懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れ、白昼色の灯りを放ちながら長い坂道をゆっくりと歩き始めた。
学校から、宗一郎の自宅がある山中の一軒家まで続く坂道は、地元住民から「月見坂」と言われていた。
この坂の辺りは人家も無く、海から昇る月が唯一の灯りだったという言い伝えがあった。
今もこの坂道には電灯が数本あるだけで、宗一郎にとっては懐中電灯だけが頼りだった。
坂をある程度上りきると、宗一郎は後ろを振り返った。
夜空には大きな満月が輝き、どこまでも広がる黒い海をほの明るく照らし出していた。
「さあ、あとひとふんばりするか」
宗一郎は、大きく息を吸うと、力を振り絞って再び坂道を上り始めた。
その時、草むらからゴソゴソと音を立て、坂道に一匹の猫が飛び出してきた。
その後ろを、何匹かの猫たちが後を追うように追いかけてきた。
月見坂には、昔から猫たちが多く棲んでいた。
三毛猫も居れば、真っ黒な猫も真っ白な猫もいる。
仲間と追いかけっこする猫もいれば、石畳の上でずっとねそべっている猫もいる。
坂道をさらに上ると、目の前に沢山の猫たちが集まり、低い唸り声を出していた。
餌の取り合いだろうか?それともメスをめぐって言い争いになっているのだろうか?
宗一郎は後ろからそっと覗き込むと、一匹の猫が、沢山の猫たちに取り囲まれているようだった。
猫たちは唸り声をあげ、今にも飛びかかりそうな様子だった。
「ギャアアオ!」
大きな三毛猫が叫び声をあげ、先頭を切って突っ走っていくと、その他の猫たちもそれに続けとばかりに襲い掛かった。
「やめろ!可哀想だろ!あっちに行け!」
宗一郎は鞄をひるがえし、猫たちの頭上の辺りで何度も振りかざした。
猫たちは驚き、一目散に草むらに駆け込んでいった。
助けられた一匹の猫は、動かないまま坂道にぽつんと取り残された。
「お前、大丈夫かい?怪我はないのか?」
宗一郎は猫に近づくと、猫は「フニャーン」と切なそうに鳴き、その場から動こうとしなかった。
猫は、青みがかった灰色の毛並みと鮮やかな緑色の瞳を持った、この辺りでは見かけない種類の猫であった。
このままこの場に残しても、再び他の猫に取り囲まれてしまうと思い、宗一郎は猫を自宅に連れて行こうと、そっと手を差し伸べて抱きかかえた。
猫は暴れることもなく、宗一郎の胸の中でじっとしていた。
やがて宗一郎は、坂道を上りきった山中にある自宅にたどり着いた。
宗一郎は、この家に母親のさえ子と二人で暮らしている。
玄関を開けると、猫をそっと廊下に降ろした。
「ここなら大丈夫だ。今夜はここで過ごしなよ」
宗一郎の手を離れた猫は、フラフラと歩きながら、廊下の奥へと姿を消した。
その時、さえ子がタオルで髪を拭きながら、風呂場から出てきた。
「お帰り宗一郎、今夜も遅かったね。母さん待ちくたびれて、もう風呂に入っちゃったよ。冷蔵庫におかず入ってるから、適当に食べておくれ。あ、お鍋に魚のあら汁もあるから、そっちも適当に温めて食べて」
風呂上がりで食事を作る気力のない母親に呆れつつ、宗一郎は冷蔵庫から作りかけのおかずを取り出し、ダイニングテーブルに持って行こうとすると、さっきの猫がテーブルの前で待ち構えていた。
「お腹が空いたのかい?」
猫は、まるでその通りと言わんばかりの目つきで、宗一郎が持ってきたサバの煮つけを見つめていた。
「じゃあ、ひとかけらだけやるよ」
宗一郎は小さな皿にサバの煮つけの切れ端を入れると、猫は嬉しそうに駆け寄り、一心不乱に食べていた。
「お前……腹減ってるのか?」
宗一郎は、あら汁に入っていた魚の骨を取り出し、サバの煮つけの脇に添えた。
すると、猫は嬉しそうに骨を口にくわえ、ガリガリと音を立ててかみ砕き始めた。
「ははは、慌てなくていいぞ。ゆっくり食べないとむせるからな」
宗一郎がそう呟いた矢先に、グフッ‼という音を立てて、猫は喉につまった骨を畳の上に吐き出した。
「ほら、だから言わんこっちゃない!」
宗一郎は慌てて雑巾で畳をふき取ると、まだ時折むせる猫の様子を心配し、冷蔵庫から牛乳を取り出し、小皿に注ぎ込んだ。
「ほら、これ飲めよ」
猫は、相変わらずグフグフと音を立ててむせりながらも、小皿に顔を突っ込み、舌を出して何度も牛乳を嘗め回した。
「お前、変わった毛の色してるから、仲間じゃないと思われていじめられたんだろう?まるで人間と同じだな。僕のいる合唱部にも、はるか遠い町から来た子がいてね。言葉が訛っているとかでいじめられるうちに、怯えるようになった。お前の気持ち、分かるよ」
宗一郎が猫に語り掛けると、猫は時折まばたきしながら緑色の目を見開いて、宗一郎の顔をじっと見つめた。
「でも、もう大丈夫だからな。お前に何かあったら、この俺が守ってやるからな。さ、今日は遅いから寝るか。お前もこっち来いよ」
宗一郎は猫の身体をそっと抱き寄せると、猫は抵抗することなく宗一郎に身を寄せ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、気持ちよさそうに寝始めた。
「幸せそうな顔してるな、お前。そうだ、名前を付けてやる。灰色の毛並みだから、グレ子?何か微妙だなあ。目玉が緑色だから、ミントにしようか。よろしくな、ミント」
宗一郎は猫の寝顔を見ながら、そっと部屋の電気を消した。
窓からは、大きな満月がまばゆい光を放ち、窓の外では、猫たちがじゃれあう声が、夜中まで延々と続いていた。
「月ノ輪高校」二年生の坂本宗一郎が所属する演劇部は、年に一度のコンクールの県予選を控え、毎日夜遅くまで練習を続けていた。
演じる場面ごとにグループを作り、グループのリーダーは台詞や演技を入念にチェックし、少しでもずれがあると容赦なく怒声を上げた。
宗一郎は去年、台詞を完全に覚えきれず、予選落ちの「戦犯」扱いされたこともあり、今年は早い時期から本腰を上げて練習してきた。
その成果もあって、今年は戸惑うことなく、順調に準備が進んでいるように感じた。
一方、宗一郎の隣で練習するグループからは、幾度となく怒声が聞こえてきた。
「何でこんなにバラバラなのよ!これじゃ、予選に間に合わないよ!?」
リーダーの藤木みなみが怒声を上げると、何人かの女子が一人の女子に冷たい視線を投げかけていた。
生徒たちの視線の先にいるのは、1年生の金成美月だった。
すると、藤木は生徒たちの間を縫うように早足で進み、視線を投げかけられた美月の前で足を止めた。
「美月がちゃんと声を出さないからでしょ?ちゃんとやりなよ!あんたが足を引っ張ってるんだからね!」
「ごめんなさい……」
「もっと声を出しなさいよ!さあ、もう一度行くよ!」
藤木が苛ついた様子でメガホンを叩くと、美月はうつむきながら、ぼそぼそと呟くかのように台詞をしゃべった。
「あ~もういいわ!ずっとそんな状況では他の子達の士気も落ちるし、邪魔なだけだから帰って!」
「すみません……」
美月は頭を下げ、鞄を持つと、とぼとぼと歩きながら部室を後にした。
「もう!何なのよあの子は」
「先輩、美月は訛りが出るのを気にして声を出せないんですよ~。大体、訛りを気にしてるのにどうして演劇なんてやろうと思ったんでしょうね?理解できないわ」
美月と同じグループの女子生徒達の不満は募るばかりだった。
美月は、二学期の初めに、北国の港町にある高校から転校してきた。
転校してすぐ演劇部に入ったものの、言葉の端々に北国の訛りがあり、そのことを同級生に指摘されてからかわれて以来、自分のしゃべりに自信を失ってしまったようで、次第に口数も減り、独り言を言うかのようなボソボソとした話し方に変わっていった。
午後八時を過ぎ、宗一郎は無事に練習を終えて学校の外に出ると、辺りはすっかり真っ暗で、地面すら全く見えなかった。
宗一郎は鞄から懐中電灯を取り出すと、スイッチを入れ、白昼色の灯りを放ちながら長い坂道をゆっくりと歩き始めた。
学校から、宗一郎の自宅がある山中の一軒家まで続く坂道は、地元住民から「月見坂」と言われていた。
この坂の辺りは人家も無く、海から昇る月が唯一の灯りだったという言い伝えがあった。
今もこの坂道には電灯が数本あるだけで、宗一郎にとっては懐中電灯だけが頼りだった。
坂をある程度上りきると、宗一郎は後ろを振り返った。
夜空には大きな満月が輝き、どこまでも広がる黒い海をほの明るく照らし出していた。
「さあ、あとひとふんばりするか」
宗一郎は、大きく息を吸うと、力を振り絞って再び坂道を上り始めた。
その時、草むらからゴソゴソと音を立て、坂道に一匹の猫が飛び出してきた。
その後ろを、何匹かの猫たちが後を追うように追いかけてきた。
月見坂には、昔から猫たちが多く棲んでいた。
三毛猫も居れば、真っ黒な猫も真っ白な猫もいる。
仲間と追いかけっこする猫もいれば、石畳の上でずっとねそべっている猫もいる。
坂道をさらに上ると、目の前に沢山の猫たちが集まり、低い唸り声を出していた。
餌の取り合いだろうか?それともメスをめぐって言い争いになっているのだろうか?
宗一郎は後ろからそっと覗き込むと、一匹の猫が、沢山の猫たちに取り囲まれているようだった。
猫たちは唸り声をあげ、今にも飛びかかりそうな様子だった。
「ギャアアオ!」
大きな三毛猫が叫び声をあげ、先頭を切って突っ走っていくと、その他の猫たちもそれに続けとばかりに襲い掛かった。
「やめろ!可哀想だろ!あっちに行け!」
宗一郎は鞄をひるがえし、猫たちの頭上の辺りで何度も振りかざした。
猫たちは驚き、一目散に草むらに駆け込んでいった。
助けられた一匹の猫は、動かないまま坂道にぽつんと取り残された。
「お前、大丈夫かい?怪我はないのか?」
宗一郎は猫に近づくと、猫は「フニャーン」と切なそうに鳴き、その場から動こうとしなかった。
猫は、青みがかった灰色の毛並みと鮮やかな緑色の瞳を持った、この辺りでは見かけない種類の猫であった。
このままこの場に残しても、再び他の猫に取り囲まれてしまうと思い、宗一郎は猫を自宅に連れて行こうと、そっと手を差し伸べて抱きかかえた。
猫は暴れることもなく、宗一郎の胸の中でじっとしていた。
やがて宗一郎は、坂道を上りきった山中にある自宅にたどり着いた。
宗一郎は、この家に母親のさえ子と二人で暮らしている。
玄関を開けると、猫をそっと廊下に降ろした。
「ここなら大丈夫だ。今夜はここで過ごしなよ」
宗一郎の手を離れた猫は、フラフラと歩きながら、廊下の奥へと姿を消した。
その時、さえ子がタオルで髪を拭きながら、風呂場から出てきた。
「お帰り宗一郎、今夜も遅かったね。母さん待ちくたびれて、もう風呂に入っちゃったよ。冷蔵庫におかず入ってるから、適当に食べておくれ。あ、お鍋に魚のあら汁もあるから、そっちも適当に温めて食べて」
風呂上がりで食事を作る気力のない母親に呆れつつ、宗一郎は冷蔵庫から作りかけのおかずを取り出し、ダイニングテーブルに持って行こうとすると、さっきの猫がテーブルの前で待ち構えていた。
「お腹が空いたのかい?」
猫は、まるでその通りと言わんばかりの目つきで、宗一郎が持ってきたサバの煮つけを見つめていた。
「じゃあ、ひとかけらだけやるよ」
宗一郎は小さな皿にサバの煮つけの切れ端を入れると、猫は嬉しそうに駆け寄り、一心不乱に食べていた。
「お前……腹減ってるのか?」
宗一郎は、あら汁に入っていた魚の骨を取り出し、サバの煮つけの脇に添えた。
すると、猫は嬉しそうに骨を口にくわえ、ガリガリと音を立ててかみ砕き始めた。
「ははは、慌てなくていいぞ。ゆっくり食べないとむせるからな」
宗一郎がそう呟いた矢先に、グフッ‼という音を立てて、猫は喉につまった骨を畳の上に吐き出した。
「ほら、だから言わんこっちゃない!」
宗一郎は慌てて雑巾で畳をふき取ると、まだ時折むせる猫の様子を心配し、冷蔵庫から牛乳を取り出し、小皿に注ぎ込んだ。
「ほら、これ飲めよ」
猫は、相変わらずグフグフと音を立ててむせりながらも、小皿に顔を突っ込み、舌を出して何度も牛乳を嘗め回した。
「お前、変わった毛の色してるから、仲間じゃないと思われていじめられたんだろう?まるで人間と同じだな。僕のいる合唱部にも、はるか遠い町から来た子がいてね。言葉が訛っているとかでいじめられるうちに、怯えるようになった。お前の気持ち、分かるよ」
宗一郎が猫に語り掛けると、猫は時折まばたきしながら緑色の目を見開いて、宗一郎の顔をじっと見つめた。
「でも、もう大丈夫だからな。お前に何かあったら、この俺が守ってやるからな。さ、今日は遅いから寝るか。お前もこっち来いよ」
宗一郎は猫の身体をそっと抱き寄せると、猫は抵抗することなく宗一郎に身を寄せ、ゴロゴロと喉を鳴らしながら、気持ちよさそうに寝始めた。
「幸せそうな顔してるな、お前。そうだ、名前を付けてやる。灰色の毛並みだから、グレ子?何か微妙だなあ。目玉が緑色だから、ミントにしようか。よろしくな、ミント」
宗一郎は猫の寝顔を見ながら、そっと部屋の電気を消した。
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