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第一話 バースデープレゼント
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2020年10月。とある地方都市の駅前商店街にあるスーパー「スマイルマート」。
桐原多恵は、このスーパーで夜十時まで、惣菜の調理の仕事をしていた。今日の仕事を終えて、黙々と調理場の掃除をしていた多恵に、同僚たちが耳元でささやいた。
「ねえ桐原さん、今日もあの人来てるよ。これで三日連続よね。一体何がしたいのかしら?」
調理場の窓越しに見ると、白髪を後ろで束ね、大きな眼鏡をかけた男性が、腰をかがめながらふらふらと陳列棚の間を行ったり来たりしていた。
「あの人、商品じゃなくて私たち従業員の顔を見定めてるのよね。気持ち悪いわよね。この辺りをウロウロしてるかもしれないから、桐原さんも帰る時気を付けてよ」
「うん……」
仕事が終わり、多恵はさっきの男性が辺りに居ないか気をつけながら、帰路についていた。
多恵の住む場所は、職場のすぐ近くにある築三十年以上経つ木造のアパートである。多恵はここで、給料とわずかな年金を元手に、独りで暮らしていた。夫とは結婚後数年で離婚し、一人息子の守は大学に進学して以来、家を出て行ってしまった。
多恵がアパートに辿り着いた時、郵便受けに運送会社の不在者連絡票が入っていた。
「一体、誰が?」
多恵は携帯電話を取り出すと、連絡票に書かれた電話番号にかけた。
しばらくすると、運送会社が小包を片手に多恵の元へやってきた。小包の送り主の欄を見ると、『桐原 守』となっていた。多恵は早速小包を開けると、そこには白い縁取りのゴーグルが入っていた。
「何?このスキーのゴーグルみたいのは?」
ゴーグルの脇には、封筒に入った一通の手紙が添えられていた。多恵は封筒から手紙を取り出すと、じっと目を凝らして読みだした。
『お母さん、お久しぶりです。俺の記憶が正しければ、今日で七十歳になるんだよね?おめでとうございます。女手一つでこの俺を育ててくれたことに、今も心から感謝しています。俺は今、会社の研究所でVR(仮想現実)の開発の仕事をしています。今日はお母さんへの感謝をこめて、VRをさらに進化させた新しいシステムを搭載したゴーグルをプレゼントします。このゴーグルには、自分の生きてきた過去のうちの一日へ時間旅行できるという、画期的な機能を搭載しています。悪用される可能性もあるので、まだ市場には出していません。仕事で毎日忙しいでしょうが、せめて一日くらいは、このゴーグルをかけて楽しかった頃の自分に戻ってみてはどうでしょうか? それでは、また。いつの日かきっと、会いに行きます 守 』
手紙を読み終わると、多恵は目頭を押さえた。
贈り物が何であれ、たまにしか帰らない息子が自分の誕生日をちゃんと覚えていてくれたことが、何よりも嬉しかった。
多恵はゴーグルを箱から取り出し、身に付けてみたものの、真っ暗で全く何も見えなかった。
「何よこれ。何も見えないじゃない?」
取扱説明書のようなものはないのか?多恵は箱の中をさぐると、箱の奥から一枚の手書きのメモが出てきた。
『VRゴーグル タイムトラベラーの使い方』
と銘打った走り書きのようなメモであったが、そこにはこのゴーグルの使い方について、順を追って記してあった。
「まずは、リモコンのボタンで自分の名前をローマ字で、生年月日を西暦で入れる……か」
多恵は、箱に同封されていたリモコンを取り出した。
リモコンには、アルファベットと数字が記載されたボタンが付いていた。
「うーんと、生年月日は1950年の10月10日、名前は…あれ、ローマ字でどう書くんだっけ?」
多恵は中卒であり、英語も中学程度の知識しかなかった。ボタンを押すたびにエラーが表示され、次第にイライラが募っていった。
「何考えてるのよ、守は。私みたいな年寄りに、こんなもの送りつけて来るんじゃないよ!」
我慢が限界に達したその時、リモコンが青白く点滅していることに気づいた。
「え?自分が戻りたい年と月日を入力してください?」
どうやら、多恵の入力した生年月日と名前は照合したようである。
次はいよいよ、自分が戻りたい時を入力することになる。
多恵は、そっと目を閉じた。今まで生きてきた中で、どうしても戻りたいと思う日を一日だけ選ぶとすれば……
それは、あの日しかない!
「1970年の……10月10日」
すると、確認画面が登場し、『この年月日でよろしいでしょうか?』
という文字が出てきた。
多恵は、たじろぎながらも『はい』のボタンを押した。
すると、畳においたままにしていたゴーグルが突然、何かを映し出した。
「あれ?さっきまで真っ暗だったのに?」
多恵は、慌ててゴーグルを顔に当てた。
すると、ゴーグルからは強風が吹き荒れている時のような轟音が響き渡った。
目の前の風景は、次第に、巻き戻したビデオのように猛スピードで戻り始めた。
逆回転する風景を見続けるうちに、多恵は気分が悪くなっていった。
あまりの気分の悪さに、ゴーグルを脱ぎ捨てようと思った瞬間、目の前の風景の動きが突然止まった。
「あれ?」
多恵は辺りを何度も見まわした。
そこは、今住んでいるアパートではなく、畳敷きの小さな部屋だった。
壁には、グループサウンズ「オーケーズ」のポスターが貼ってあった。
そこは、まぎれもなく、五十年前の多恵の部屋だった。
部屋の片隅に置いてあった鏡を見ると、そこには、汚れたポロシャツに絣のズボン姿の多恵が写っていた。
「私、本当に戻ってきたんだ……五十年前の世界に」
桐原多恵は、このスーパーで夜十時まで、惣菜の調理の仕事をしていた。今日の仕事を終えて、黙々と調理場の掃除をしていた多恵に、同僚たちが耳元でささやいた。
「ねえ桐原さん、今日もあの人来てるよ。これで三日連続よね。一体何がしたいのかしら?」
調理場の窓越しに見ると、白髪を後ろで束ね、大きな眼鏡をかけた男性が、腰をかがめながらふらふらと陳列棚の間を行ったり来たりしていた。
「あの人、商品じゃなくて私たち従業員の顔を見定めてるのよね。気持ち悪いわよね。この辺りをウロウロしてるかもしれないから、桐原さんも帰る時気を付けてよ」
「うん……」
仕事が終わり、多恵はさっきの男性が辺りに居ないか気をつけながら、帰路についていた。
多恵の住む場所は、職場のすぐ近くにある築三十年以上経つ木造のアパートである。多恵はここで、給料とわずかな年金を元手に、独りで暮らしていた。夫とは結婚後数年で離婚し、一人息子の守は大学に進学して以来、家を出て行ってしまった。
多恵がアパートに辿り着いた時、郵便受けに運送会社の不在者連絡票が入っていた。
「一体、誰が?」
多恵は携帯電話を取り出すと、連絡票に書かれた電話番号にかけた。
しばらくすると、運送会社が小包を片手に多恵の元へやってきた。小包の送り主の欄を見ると、『桐原 守』となっていた。多恵は早速小包を開けると、そこには白い縁取りのゴーグルが入っていた。
「何?このスキーのゴーグルみたいのは?」
ゴーグルの脇には、封筒に入った一通の手紙が添えられていた。多恵は封筒から手紙を取り出すと、じっと目を凝らして読みだした。
『お母さん、お久しぶりです。俺の記憶が正しければ、今日で七十歳になるんだよね?おめでとうございます。女手一つでこの俺を育ててくれたことに、今も心から感謝しています。俺は今、会社の研究所でVR(仮想現実)の開発の仕事をしています。今日はお母さんへの感謝をこめて、VRをさらに進化させた新しいシステムを搭載したゴーグルをプレゼントします。このゴーグルには、自分の生きてきた過去のうちの一日へ時間旅行できるという、画期的な機能を搭載しています。悪用される可能性もあるので、まだ市場には出していません。仕事で毎日忙しいでしょうが、せめて一日くらいは、このゴーグルをかけて楽しかった頃の自分に戻ってみてはどうでしょうか? それでは、また。いつの日かきっと、会いに行きます 守 』
手紙を読み終わると、多恵は目頭を押さえた。
贈り物が何であれ、たまにしか帰らない息子が自分の誕生日をちゃんと覚えていてくれたことが、何よりも嬉しかった。
多恵はゴーグルを箱から取り出し、身に付けてみたものの、真っ暗で全く何も見えなかった。
「何よこれ。何も見えないじゃない?」
取扱説明書のようなものはないのか?多恵は箱の中をさぐると、箱の奥から一枚の手書きのメモが出てきた。
『VRゴーグル タイムトラベラーの使い方』
と銘打った走り書きのようなメモであったが、そこにはこのゴーグルの使い方について、順を追って記してあった。
「まずは、リモコンのボタンで自分の名前をローマ字で、生年月日を西暦で入れる……か」
多恵は、箱に同封されていたリモコンを取り出した。
リモコンには、アルファベットと数字が記載されたボタンが付いていた。
「うーんと、生年月日は1950年の10月10日、名前は…あれ、ローマ字でどう書くんだっけ?」
多恵は中卒であり、英語も中学程度の知識しかなかった。ボタンを押すたびにエラーが表示され、次第にイライラが募っていった。
「何考えてるのよ、守は。私みたいな年寄りに、こんなもの送りつけて来るんじゃないよ!」
我慢が限界に達したその時、リモコンが青白く点滅していることに気づいた。
「え?自分が戻りたい年と月日を入力してください?」
どうやら、多恵の入力した生年月日と名前は照合したようである。
次はいよいよ、自分が戻りたい時を入力することになる。
多恵は、そっと目を閉じた。今まで生きてきた中で、どうしても戻りたいと思う日を一日だけ選ぶとすれば……
それは、あの日しかない!
「1970年の……10月10日」
すると、確認画面が登場し、『この年月日でよろしいでしょうか?』
という文字が出てきた。
多恵は、たじろぎながらも『はい』のボタンを押した。
すると、畳においたままにしていたゴーグルが突然、何かを映し出した。
「あれ?さっきまで真っ暗だったのに?」
多恵は、慌ててゴーグルを顔に当てた。
すると、ゴーグルからは強風が吹き荒れている時のような轟音が響き渡った。
目の前の風景は、次第に、巻き戻したビデオのように猛スピードで戻り始めた。
逆回転する風景を見続けるうちに、多恵は気分が悪くなっていった。
あまりの気分の悪さに、ゴーグルを脱ぎ捨てようと思った瞬間、目の前の風景の動きが突然止まった。
「あれ?」
多恵は辺りを何度も見まわした。
そこは、今住んでいるアパートではなく、畳敷きの小さな部屋だった。
壁には、グループサウンズ「オーケーズ」のポスターが貼ってあった。
そこは、まぎれもなく、五十年前の多恵の部屋だった。
部屋の片隅に置いてあった鏡を見ると、そこには、汚れたポロシャツに絣のズボン姿の多恵が写っていた。
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