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第3章 ふたたび、一瞬の夏

初恋の人

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 二人は手をつなぎ、夕暮れが迫る中、田園地帯の中を通り、集落へと続く田舎道を、ゆっくり歩きだした。

「ごめんな。俺、奈緒さんの気持ちも知らず、勝手なことして。」
「良いのよ。私も思わず感情むき出しで怒っちゃったからさ。心配かけちゃったね」

 奈緒と健太郎はお互い指を絡めると、奈緒は身体を傾け、摺り寄せてきた。
 奈緒の体温が、健太郎の体にもじわっと伝わってきた。

「健太郎さん、私、思い出したの」
「何?」
「健太郎さんって、高校の時に好きだった人にすごく似てるのよ。その人も、名前が『健太郎』っていうの」
「それ……俺かも」
「ウソ!?」

 奈緒は健太郎から腕を離すと、手で口を押さえ、目を大きく見開いた。
 その表情は、まるで、久しく会っていなかった相手に偶然出会った時のような、大きな驚きと懐かしさと、会えた嬉しさが入り混じったようなものであった。

「驚いただろ?俺は、奈緒さんも所属していた合唱部で、テナーやってたんだよ。俺が3年の時、奈緒さんは新入部員として入ってきたんだよ」
「あの藤田先輩が、健太郎さんなの?」
「ハハハ、年を取って、あの頃の面影は薄れてきてるかもしれないけど、同一人物だよ。ブツブツ顔で髪がちょっと天然パーマな所とか、昔と変わらないし」

 奈緒は、少し照れくさそうな表情で、健太郎の顔を見つめた。

「私が昔好きだった先輩と同じ人が、目の前にいるだなんて、信じられない。でも、名前が同じだから、ひょっとして?と思ったけど」
「俺もさ、去年会った時は、気が付かなかったよ。奈緒さんと合唱部で一緒だったのは、わずか半年足らずだし」

 奈緒は、その場に立ち尽くし、やがて大きな瞳から涙がこぼれ落ちた。

「私、藤田先輩が好きだった。でも、私から告白するのは照れ臭かったし、ほかの女友達からの評判が悪かったから、付き合うのをためらっているうちに、先輩が卒業しちゃって。その後、すごく後悔したの」
「成人式を迎えた時に、俺の家に来てくれたって、弟の幸次郎から聞いたよ。俺、大学の試験で帰って来れなかったんだ。ごめんね」
「成人式の日ならば、先輩たちがみんな遠くからこの町に帰ってくると思ってね。おまけに私、その当時、東京へ引っ越すことが決まっていてね。だから、約束も無しに失礼だけど、先輩の家に行ったんだ。このチャンスを逃したら、先輩に本当に逢えなくなっちゃうと思って」
「ごめんな。折角来てくれたのに」
「良いのよ。これで、先輩にはもう逢えないんだなって、良くも悪くもスパッと諦めがついたというか」
「みゆきさんが言うには、俺って、合唱部の「彼氏にしたい部員ランキング」の下位の常連だったみたいだし。そんな俺を、好きになってくれて、嬉しいよ」

 健太郎の言葉を聞いて、奈緒は髪をかき上げながら、大笑いした。

「そのランキングがあるせいで、私、なかなか告白できなかったし、堂々とお付き合いできなかったんだよなあ」
「というか、ひどくね?何だよそのランキングって。俺たち男子のいないところで、勝手にランク付けしてさ」
「思い返すと、みんなヒドいことしてたよねえ。確かにあの時、先輩は酷評されてたけど、私、見る目がないなあって思ってた。覚えてるかな?私、すっごく引っ込み思案だから、合唱部に入ってしばらくは馴染めなかったの。でもさ、先輩はそんな私に声をかけてくれたり、ジュースおごってくれたり、くだらないギャグ言って笑わせてくれたり。私、すごく嬉しかったんだよ」
 奈緒は、少しうつむき加減の姿勢で、目を閉じながら、当時の自分の思いを語ってくれた。

「確かにこの子、いつも表情暗いけど、大丈夫かな?って思ってさ。だから、ちょっと元気づけようと思ってたのかもしれない」
「嬉しかった。そしてその時好きだった人に、こうして再会できて、また好きになれて」
 奈緒は、顔を上げると、瞳を輝かせ、満面の笑みを見せた。

「奈緒さん。いや、あの時俺、奈緒さんのことを佐藤さんって言ってたかな?」
「うん。でも、私もう佐藤じゃないし。それにさ、正直言うと、佐藤さんとか奈緒さんって言われるのも堅苦しいって思うの。『奈緒ちゃん』とか、『奈緒』でいいよ」
「じゃあ、これからは、『奈緒』と呼んでいいかい?」
「うん。じゃあ私は何て言おうかな?ケンちゃん?ケン?」
「ケンは芸人さんに同じ名前の人がいるし、同じような名前の人も多いし…だから、『健太郎』でいいよ」
「じゃあ、『健太郎くん』にしよ。先輩なのに呼び捨てにするのは、ちょっと気が進まないから」

 そういうと、健太郎と奈緒は、お互いクスクス笑い合った。

「行こうか、奈緒」
「うん。健太郎くん」

 二人は手をつなぎ、夕陽が沈み、次第に闇が辺りを包み始めた田舎道を寄り添うように歩いた。
 やがて二人は、石垣に囲まれた、墓地へと続く小径の所にたどり着いた。

「じゃ、また明日、だね」
「ええ?帰っちゃうの?嫌だ。もっと健太郎くんと話がしたい」
 奈緒はむくれ顔で、子どものように駄々をこねた。

「ごめん。明日は盆踊りの準備で朝早く起きなくちゃならないんだよ。そうだ、明日は、奈緒も盆踊りに来なよ」
 健太郎は、奈緒の肩を手で触りながら、なだめるように話した。

「うん。去年と同じ場所だよね?今年も浴衣着て行くからね」
「うん。奈緒の浴衣姿、楽しみにしてるよ」

 すると、奈緒は足を伸ばし、目を閉じて、健太郎の顔のすぐ前に歩み寄り、唇を近づけた。
 健太郎と奈緒の唇が重なり合ると、そのまま二人はしばらく動かなくなった。
 夜の闇が辺りを包み、虫の鳴き声が響く中、二人は長く、深く、口付けあった。

「奈緒、ありがとう。おやすみ。また明日」
「うん。おやすみ健太郎くん。そして、大好き」

 そう言うと奈緒は、健太郎の頬にキスした。

「ウフフ、今度、健太郎君のほっぺにキスマーク付けたいな。1本だけ、真っ赤な口紅持ってるんだ」

 そう言うと、奈緒は手を振って足早に小径を駆けていき、闇の中へと消えて行った。
 健太郎の頬には、余韻を残したかのように、奈緒の唇の感触がいつまでも残っていた。

 
 □□□□□

 同じ頃、金子の経営するコンビニエンスストアに、つばの広い帽子をかぶった、白髪交じりの長い髪の女性が来店した。
 女性は、レジにそそくさと歩みより、買った商品をテーブルの上に置いた。

「いらっしゃいませ」

 その時、金子は目を見開き、仰天した。

「あんた、美江さんか!?一体、何でここに?」

 帽子をぬぎ、ニコッと笑った女性は、紛れもなく奈緒の母である美江だった。

「お久しぶりね。ちょっとお話したいことがあるの。いいかな?」
「何なんだい?奈緒ちゃんのことか?だったら何も話すことなんかないよ。」
「わかってるわ。それでも、お話したいの。いい?ちょっとだけでも、お時間いただけるかしら」
 張り詰めたような表情で、美江は金子に詰め寄った。

「奈緒が自殺する前、家出してここで暮らしてたじゃない?その時のことを、ありのままに話してほしいの。あの当時、私は取り乱して、話も聞かずあなたのことを犯人扱いしたけど、今は冷静に話を聞いてみたいの」

 金子はしばらく顎に手をあてて、どう判断すべきか考えた。

「わかった。じゃあ、奥の控室に入ってくれ」

 金子は、美江をレジの中へと通し、控室に案内した。
 すると美江は、そのまま何も言わず、スタスタと控室へと入っていった。

「あの女、今度は一体何が目的なんだ?」

 金子は、やれやれという表情で、後を追うように、控室に入っていった。
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