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たどり着いた喫茶店

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 男性はふふっと笑って、エプロンのポケットから一枚の小さな紙をヒカルに手渡した。それは、白い色をしたシンプルなデザインの名刺だった。

「白石トウヤ、と申します。この店の店長……マスターって呼んで下さい」
「マスター……」
「まぁ、祖父がもともと経営していた喫茶店を引き継いだだけで、偉くも何も無いんですけどね」

 どこか悪戯っぽく笑う白石のことを、しばらくぽかんと眺めていたヒカルだが、はっとして自身のジャケットのポケットを探った。

「えっと、名刺を貰ったら自分のも出さないと……あ、名刺なんて作ったこと無いや……」

 肩を落とすヒカルを見て、白石は微笑む。

「学生さんですか? お若い見た目をされていますね」
「あ、はい。大学三年生です」

 ヒカルは姿勢を正す。

「月城ヒカルと言います。こんな夜分に、えっと……お邪魔してすみません」
「そのことは気にしないで下さいね。本当に、日付が変わるくらいまで開けている時もあるんですよ?」

 そう言うと、白石はヒカルに背を向けて、何やらごそごそと作業を始めた。その様子が気になったヒカルは、首を伸ばして白石の手元を覗き込もうとしたが――。

「ふふ、企業秘密ですよ」
「……っ!」

 笑顔で振り向いた白石がヒカルの動きを止めた。失礼なことをしてしまったと、頬を赤くしてヒカルは俯く。そんなヒカルに、白石は優しく声を掛けた。

「ほら、顔を上げて下さい」

 白石がそっとヒカルの前にホットのコーヒーが入ったカップを置いた。

「お砂糖とミルクはどうされますか?」

 普段なら、砂糖もミルクもお願いしていただろう。だが、今は目の前のコーヒーそのものの味を知りたいとヒカルは思った。

「ブラックで良いです。いただきます」

 ヒカルはカップを手に取り、ひとくちコーヒーを飲んだ。口の中にほんのりと苦みが広がる。だが、それは嫌な気分にさせるものでは無く、どこか心を落ち着かせるような苦みだった。熱さも口に入れるのにちょうど良い温度で、冷えていた身体が無理の無いスピードでぬくもりを取り戻していくのが感じられた。

「……美味しいです。それに、あったかい……」
「良かった。正直、コーヒーを淹れるのは苦手なんですよ。お口に合うものが提供出来て良かったです」
「え? こんなに美味しいのに?」

 目を丸くするヒカルを見て、白石は苦笑した。

「ま、コーヒーの話は置いておいて……えっと、ヒカル君とお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、はい。あと、その……敬語とかも無しで良いです。俺の方が年下ですし……」
「年下……うーん、まぁ、それはそうですけど……まぁ、今は良いかな。それじゃ、こんな感じで話すね?」

 白石はじっとヒカルの目を見た。

「ヒカル君、何かあったの?」
「え?」
「今はちょっと落ち着いてきたみたいだけど、店に入って来た時は、とても酷い顔をしていたから心配だったんだ」
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