7 / 7
たどり着いた喫茶店
4
しおりを挟む
男性はふふっと笑って、エプロンのポケットから一枚の小さな紙をヒカルに手渡した。それは、白い色をしたシンプルなデザインの名刺だった。
「白石トウヤ、と申します。この店の店長……マスターって呼んで下さい」
「マスター……」
「まぁ、祖父がもともと経営していた喫茶店を引き継いだだけで、偉くも何も無いんですけどね」
どこか悪戯っぽく笑う白石のことを、しばらくぽかんと眺めていたヒカルだが、はっとして自身のジャケットのポケットを探った。
「えっと、名刺を貰ったら自分のも出さないと……あ、名刺なんて作ったこと無いや……」
肩を落とすヒカルを見て、白石は微笑む。
「学生さんですか? お若い見た目をされていますね」
「あ、はい。大学三年生です」
ヒカルは姿勢を正す。
「月城ヒカルと言います。こんな夜分に、えっと……お邪魔してすみません」
「そのことは気にしないで下さいね。本当に、日付が変わるくらいまで開けている時もあるんですよ?」
そう言うと、白石はヒカルに背を向けて、何やらごそごそと作業を始めた。その様子が気になったヒカルは、首を伸ばして白石の手元を覗き込もうとしたが――。
「ふふ、企業秘密ですよ」
「……っ!」
笑顔で振り向いた白石がヒカルの動きを止めた。失礼なことをしてしまったと、頬を赤くしてヒカルは俯く。そんなヒカルに、白石は優しく声を掛けた。
「ほら、顔を上げて下さい」
白石がそっとヒカルの前にホットのコーヒーが入ったカップを置いた。
「お砂糖とミルクはどうされますか?」
普段なら、砂糖もミルクもお願いしていただろう。だが、今は目の前のコーヒーそのものの味を知りたいとヒカルは思った。
「ブラックで良いです。いただきます」
ヒカルはカップを手に取り、ひとくちコーヒーを飲んだ。口の中にほんのりと苦みが広がる。だが、それは嫌な気分にさせるものでは無く、どこか心を落ち着かせるような苦みだった。熱さも口に入れるのにちょうど良い温度で、冷えていた身体が無理の無いスピードでぬくもりを取り戻していくのが感じられた。
「……美味しいです。それに、あったかい……」
「良かった。正直、コーヒーを淹れるのは苦手なんですよ。お口に合うものが提供出来て良かったです」
「え? こんなに美味しいのに?」
目を丸くするヒカルを見て、白石は苦笑した。
「ま、コーヒーの話は置いておいて……えっと、ヒカル君とお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、はい。あと、その……敬語とかも無しで良いです。俺の方が年下ですし……」
「年下……うーん、まぁ、それはそうですけど……まぁ、今は良いかな。それじゃ、こんな感じで話すね?」
白石はじっとヒカルの目を見た。
「ヒカル君、何かあったの?」
「え?」
「今はちょっと落ち着いてきたみたいだけど、店に入って来た時は、とても酷い顔をしていたから心配だったんだ」
「白石トウヤ、と申します。この店の店長……マスターって呼んで下さい」
「マスター……」
「まぁ、祖父がもともと経営していた喫茶店を引き継いだだけで、偉くも何も無いんですけどね」
どこか悪戯っぽく笑う白石のことを、しばらくぽかんと眺めていたヒカルだが、はっとして自身のジャケットのポケットを探った。
「えっと、名刺を貰ったら自分のも出さないと……あ、名刺なんて作ったこと無いや……」
肩を落とすヒカルを見て、白石は微笑む。
「学生さんですか? お若い見た目をされていますね」
「あ、はい。大学三年生です」
ヒカルは姿勢を正す。
「月城ヒカルと言います。こんな夜分に、えっと……お邪魔してすみません」
「そのことは気にしないで下さいね。本当に、日付が変わるくらいまで開けている時もあるんですよ?」
そう言うと、白石はヒカルに背を向けて、何やらごそごそと作業を始めた。その様子が気になったヒカルは、首を伸ばして白石の手元を覗き込もうとしたが――。
「ふふ、企業秘密ですよ」
「……っ!」
笑顔で振り向いた白石がヒカルの動きを止めた。失礼なことをしてしまったと、頬を赤くしてヒカルは俯く。そんなヒカルに、白石は優しく声を掛けた。
「ほら、顔を上げて下さい」
白石がそっとヒカルの前にホットのコーヒーが入ったカップを置いた。
「お砂糖とミルクはどうされますか?」
普段なら、砂糖もミルクもお願いしていただろう。だが、今は目の前のコーヒーそのものの味を知りたいとヒカルは思った。
「ブラックで良いです。いただきます」
ヒカルはカップを手に取り、ひとくちコーヒーを飲んだ。口の中にほんのりと苦みが広がる。だが、それは嫌な気分にさせるものでは無く、どこか心を落ち着かせるような苦みだった。熱さも口に入れるのにちょうど良い温度で、冷えていた身体が無理の無いスピードでぬくもりを取り戻していくのが感じられた。
「……美味しいです。それに、あったかい……」
「良かった。正直、コーヒーを淹れるのは苦手なんですよ。お口に合うものが提供出来て良かったです」
「え? こんなに美味しいのに?」
目を丸くするヒカルを見て、白石は苦笑した。
「ま、コーヒーの話は置いておいて……えっと、ヒカル君とお呼びしてもよろしいですか?」
「あ、はい。あと、その……敬語とかも無しで良いです。俺の方が年下ですし……」
「年下……うーん、まぁ、それはそうですけど……まぁ、今は良いかな。それじゃ、こんな感じで話すね?」
白石はじっとヒカルの目を見た。
「ヒカル君、何かあったの?」
「え?」
「今はちょっと落ち着いてきたみたいだけど、店に入って来た時は、とても酷い顔をしていたから心配だったんだ」
0
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
身体検査
RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、
選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる