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第6章 王都への帰還の前に

第六十三話 夢の中の少女

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 淡く輝き、果てしなく続く水平線の水面のような地面。それに対して、満天の夜空のようにきらびやかに数多の星々がまたたく空。地面が淡く光を讃え、空が美しい闇を携えている。
 そこは現実とは思えないほどの美しい世界であった。ほぅと息を飲む。
 水平線のように永遠に続く半透明な地面を彼女はすっと撫でた。地面はまるで水のように波紋を描く。
 半透明だけれど、その地面の先はぼやけていてまるで見えない。しかし、すぐ先の方はすごく綺麗に見えるのである。
 彼女はこの不思議な地面が好きであった。この地面の先には自分の大好きな世界が広がっているのだから。
 横たわっていた身体をそっと起こす。
 最近は特に体調が悪い。いや、体調が悪いというよりも動けなくなっているという方が近いのかもしれない。まぁ、もともとそんなに動くことは今までまるでなかったのだけれど。
 自分の身体に巻き付く長い銀髪をばっと跳ね除け、視界に入ってくる横髪を耳にかけた。
「なんじゃ?起きてしまったではないか。妾はもう少し寝たいのじゃが……」
 ふわぁと大きなあくびをする彼女。眠たそうである。
 最近はよく眠るようになった。体調というか、すごく強い眠気が常に襲ってくるのだ。
「年かのう………」
 年という割には幼いのではなかろうか。いや、どう考えても幼すぎる。
 銀糸のような髪に、さくらんぼのように赤みを帯びた小さな唇、色々な色にくるくると変わる宝石のような大きな瞳。瞳はまるで色々な色の空を写し込んだかのようであった。
 そんな美しい姿で口調も非常に大人びているのだが、彼女の身体は小さかった。まぁつまり、端的に言うと幼女である。……そう。幼女、なのである。
 彼女はやれやれとため息をつきながら自分を起こした元凶を見やった。
 
 パキンッ

 空の一部が引っかき傷でも付けたかのように亀裂ができている。割れた所からは星屑のような欠片がパラパラと落ちてきていた。
 むぅ。本当に厄介である。何度も何度も直しても壊れる空。
 星屑の小山が地面の上にできていた。赤。白。金。まるで宝石箱のようだ。しかし、キラキラ光るそれは一見ずっと眺めたくなるようだが、そのまま放置しておくわけにはいかない。
 だって、この星屑は世界の韻律そのものなのだから。
「はぁ………面倒じゃのう。何度もこう壊れられるとさすがに辛いのじゃが……」
 面倒だからと言っても自分しかこれを治すことができる者はいない。これは《a-e'v》としての役目でもある。彼女は渋い顔をしながら謳い始めた。

「a-524'x.-5h5bM:.-:xim-5h"ag4yaq524M」
 ー世界の理。命の基盤。韻律は命をかたどる神の言葉ー
「74z74z745fAgk.@YbMe8k74xgp/」
 ー戻れ戻れ元の姿に。あるべき場所に戻りたまえー
「a-5aghA2'zyp/k,F"n4ikn4i"Fk.@jg5Me8/474xjd-」
 ー世界の形が壊れる前に、全てを一つに一つを全てに。あなたの場所へと戻りなさいー

 謳いながら手を壊れた空へと向ける。彼女の声に空が反応して、またたいているだけだった星々がざわざわと光を放った。もともと綺麗であった空が宝石箱のように煌めいている。
 崩れて小山になっていた星屑も、彼女が空を撫でるようにするとサァと元の場所へと戻っていった。
 ジグソーパズルの小さなピースが空いている所に埋まるようにパチパチとはまる。
「ふぅ………こんなものかの。それにしても最近空が崩れやすいのう。まだマシじゃが、またいつ崩れるかわからぬ」
 本当にやれやれである。眠りが深くなるごとに崩壊の周期が早まっているのだ。これはいただけない。
 彼女は立ち上がって天の高い所を見つめた。
「妾に俯瞰図を見せるのじゃ」
 ぐんと視界が広がり、全てが視える。
 俯瞰図には世界の全てが詰まっているのである。過去や未来。この世界も。そして水面の下に広がるあの世界も。
 それは世界の構成要素や命の基盤たる韻律、果ては運命さえも書き込まれている壮大な設計図のようなものであった。そう。全てのために創られた大まかなあらすじ。
 細かいことは決まってなどいないし、その時々によって色々な要因が絡まるので運命というものは変わることなど多々あるのだ。
 彼女はそのくるくると変わる運命が大きく変わらないように調整する。滅びへと真っ逆さまに落ちないように少しずつ少しずつ調整するのだ。
 多少運命が変わろうとも、それは彼女からしてみれば知ったことではなかった。
 ただ調整して管理するだけである。
「……不具合はあそこじゃな」
 赤みを帯びた一つの星に目をやる彼女。彼女がその星を手で呼ぶと、空から赤い流れ星が落ちてきた。
 一筋の紅い帯となり彼女の掌へ真っ逆さまに降って来る。

 …………シャャャャャャャン………………

 鈴の音のような音が鳴り響く。
 彼女の小さな掌の上でパチパチと紅い光を弾けさせながら、流れ星はふるふると震えていた。流れ星から赤や白といった眩い光が放たれている。
 彼女はその華やかで宝石のようなそれを手の上でころりと転がした。
 あぁ、あった。傷である。
 これは治しておかなければ他の星にも影響を与えるだろう。そうなればまた世界が破綻する。
 彼女がそっと両手で流れ星を包み込むと、流れ星の傷はゆっくりと元通りになった。
 元の場所へと星を還す。
「これでしばらくは保つじゃろう。……ん~‼さて、昼寝じゃ昼寝じゃ♪」
 大きく伸びをしてバシャリと地面に倒れ込む。
 勢いよく倒れ込んだにもかかわらず衝撃はまるでないし、彼女の身を包む真っ白な布の服は濡れもしなかった。
 一仕事終わった後の一眠りは最高なのだ。この頃はいつも眠いからか、より一層幸せなのである。
 ふにゃふにゃとまどろむ彼女。横になったらもう襲ってくる眠気には逆らえない。
 しかし次の瞬間、カッと目を見開いた。
「むむっ⁉………おぉ、忘れておったわ」
 横たわっていた身体を軽く起こしながら、彼女は空を見上げた。遠くを見ているような近くを見ているような目を向けて、彼女は笑顔を浮かべる。
「すまんの。ついついうっかりしておったわ。気づいてはいたが、作業に集中しておったからの」
 恥ずかしそうに笑う。
「妾にはそなたに干渉するつもりはなかったのじゃ。じゃがの、そなたは妾の片割れのようなものじゃ。そなたが異なる世界からこちらに来た時に、妾と意図せず韻律を交えてしまったからのう。………妾が弱っているせいで、知らず知らずのうちにそなたとの距離が近くなってしまったようじゃの」
 少し俯きながらそう言う彼女。耳にかけられていた彼女のさらりとした柔らかい銀髪が一瞬顔を隠す。
「……すまぬ」
 いきなりしょんぼりと謝られても困るのだが……。
 呟くような小さな声だったが、静かなこの空間では丸聞こえであった。
「まぁ、せめてものお詫びじゃ‼妾の力でそなたは責任を持って還すぞ!あと、お土産とお詫びついでに、そなたにはいくつか便利機能を授けておこうかの。使い方はそなたの《鑑定+》にでも聞くがよい。無料割引特売大セールじゃ!喜べ‼」
 お茶目にウィンクしながらそう言われても……。
 まぁ、くれると言うのであれば有り難く貰っておこう。損はないはずである。
「うむ、成立じゃな。……あぁ、還す前にもう一つ。あまりこちらの世界には来ない方がよいぞ?今はまだそなたはそなたであればよいのじゃ。よいな?まぁ、妾も気をつけるがの」
 有り難い忠告である。
 言い終わると彼女は満足そうな顔でふたたび寝転がった。
 こちらを見つめたまま謳う。瞳が優しい色を奏でていた。

「2hw4@hw"ijEpe8_.@jg1cynax5qh".4bAsCy@hw4……」
 ーこちらとあちらを繋ぎましょう。あなたを送る光の道を。時が巡るあちらへと……ー

 その途端、ざぁと意識が遠くへと持っていかれる感覚がした。
 暖かい光が脳内に煌めく。視界が眩い光で埋め尽くされた。
 驚いて彼女を見る。
 最後に見た彼女は、あっという間にふにゃふにゃと眠っていた。それは何とも安らかで幸せそうな寝顔であった。



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