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 護衛騎士に付き添われ、花が美しく咲き誇る温室に足を踏み入れる。そこに設えられたお茶の席に促され、座ったのはいいが、蓮は場違い感を強く感じた。

 面会を求められ、頷いただけなのになぜ? と首を傾げたくなる。これからのこと、もしくは王宮に滞在するにあたっての説明があるのだと受け止めたが、どうにも趣旨が違うように感じるのは蓮の気のせいだろうか。

 まるで、高級ホテルのラウンジの様相を呈している。アフタヌーンティの三段スタンドに並べられているものは、すべてが美しい。他にも、多くの品が並べられていた。

「あ、呼び出したのに、遅くなってごめんなさい!」

 数分、そんな感覚の後、現れた人たちの姿を目にして蓮は驚く。
 黒髪、黒い瞳の、懐かしくも見慣れた容姿を前にしたら、ふっと緊張感が霧散した。

「初めまして。この国に強制的に召喚されて、聖女を押しつけられた香坂澪こうさかみおです」

 ぺこり、と少女が頭を下げる。清楚で儚い印象とは違い、なかなかに辛辣だ。

「一緒に居て、巻き込まれた市川悠真いちかわはるまです」

 ふたりとも高校生、十六で、年下の二人が同じ世界で暮らしていることに、蓮は心強さを感じる。二人は恋人同士なのかなと、予想してみた。

「で、その頭に乗ってるのがグリューン、ハルのペットと化してるドラゴン」
「あ、そこに触れてよかったんだ」

 紹介されたこともあり、ついまじまじと見てしまう。目に入った時は驚いたが、触れてはいけない気がして、蓮は気にしないようにしていた。

 ドラゴンなど空想上の生き物だと思っていたが、存在していたのかと感心する。
 さすが異世界だ。子犬サイズで悠真の頭の上にしがみつくようにしているので、愛らしさが勝って恐怖心のようなものはわかなかった。
 むしろ、触りたい。

「食べもの、特にお菓子をあげると喜びます」
「へぇ」

 応えるように、グリューンはふわりと浮いて、悠真の足の上に落ち着く。テーブルの上の菓子を、ねだっているようにも見えた。

「アルフレッドさんから、異世界から来た人を保護したって聞いたんですけど」

 アルフレッド――第一王子殿下の名だ。

「そうそう。なんか、光る穴に落ちたらそこは異世界でした、な栗栖蓮です」
「は?」
「光る穴に落ちた?!」

 同じように自己紹介すると、二人が目を丸くする。だよな、俺も驚いたと蓮は苦笑した。

「どういう状況で?」

 当時の詳しい状況を話し、色々擦り合わせていくと、本当の意味で同郷だと判明する。途端に、澪が表情を険しくした。

「完全に無関係な! レンさんまで巻き込んでんじゃない!」

 しかも空から落ちるってなに!? と、澪が声を荒げて叫ぶ。思わず、蓮は目をしばたたく。

「えっと……?」

 どうやら蓮が落ちた光る穴は、二人――正確には聖女である澪をこちらへと召喚した際の魔力の残滓、名残のようだった。

「けど、時期がずれてない?」

 疑問が残る。蓮はこの世界へ来たのは夏の始まりで、二人は夏の終わりだ。
 現れた場所も、空と、王城内、まったく違った。

「不確定要素ありまくりの異世界からの召喚なんて、そんなもんでしょ。だって、召喚前のおおよその時間、場所、一致してるじゃない。あーもう、まじふざけんな」

 憤る澪を気にする素振りもなく、悠真は用意されている菓子に手を伸ばす。マイペースだなと見ていると、怒りが再燃しただけだから気にしなくていいと言われた。

「まあ、二人がちゃんと保護されてるようでよかったよ」

 二人が揃って、顔を見合わせる。息がぴったり、という表現が合う二人だ。

 気安い空気を感じるのは、この世界で知り合いが二人だけだったせいで距離が近づいたのか、元からなのか蓮にはわからない。
 けれど、気を許せる人がそばにいるのは、気持ちの持ちようが違う。
 いいな、と思った。

「レンさんて、すげぇいい人だろ」
「だよねぇ」
 思いがけないことを悠真に言われたと思えば、澪も同意する。

「フツーだろ?」
 普通じゃないと、二人が即座に否定した。

「だって、何も知らないまま空から落とされるとか恐怖でしかないし、そのうえ無一文で放りだされれば心細いなんてもんじゃない。そんな状況をレンさんは経験したのに、俺らは安全に王宮で保護されてて、それをよかったって言えるあたり、人間できすぎだろ」

 同じような経験をしなくてよかった、っていう話でしかない。

「だよね、ずるい! じゃないもん。俺はこんなに苦労したんだって、言ってもおかしくないのに」

 それは、保護してくれた人に恵まれていたからだ。
 衣食住を整えてくれて、仕事も、やりがいのあるものを与えてくれた。

 心の奥底に沈んでいた、蓮自身の望みを知るきっかけにもなっている。製菓の道がいやなのではなく、もっと近い距離で接したいのだと。

「レンさん、街で話題になってるケーキ屋で働いてたんでしょ?」
「ああ、俺元々実家が洋菓子店だから、偶然だけど慣れた職種で働けてよかったよ。楽しかったしさ」

 できることなら、そのまま働いていたかった。

「へえ。街のお店は、今度行くつもりだったんだ。でもレンさんの容姿じゃ、見かけてもわかんなかったな」
「俺はずっと裏方で、表には出てなかったんだ」
「そっかぁ、それじゃ偶然ばったりはなかったんだね。レンさんの実家のケーキ屋さんは、なんてとこ?」
「うち? メゾンドゥースって、洋菓子店やってんだけどさ」
「メゾンドゥースですって?!」
「あ、ああ」
 澪の剣幕に、蓮は驚く。

「超がつく有名パティスリーじゃない! 雑誌とかテレビとか、しょっちゅう特集組まれてて、ネットの評価もほぼ満点」
「え、まじか」
「そう! 憧れのお店だけど、カフェコーナーの方はいっつも並んでて、ショーケースのケーキだって、午前中には空に近くなるんだからね」

 力説されて、蓮はなんとなく気恥ずかしくなり、嬉しくもある。両親の作るスイーツを褒めてくれる人と、異世界に来て会えるとは思ってもみなかった。

「あーあ。メゾンドゥースのオペラ食べたかったなぁ」
「オペラ?」

 悠真の方は詳しくないようで、首を傾げる。知らない人にしてみたら、名前から想像するのは難しい。

「ケーキの一種。芸術的な美しさで、オペラと言えばメゾンドゥースって言われるほど有名だったんだよぉ。高校生が制服で気軽にお茶する雰囲気の店じゃないから、ハルのお姉さんと今度行こうって話してたのに!」

 テーブルの上にあるチョコレート菓子を、澪は口に放り込みながら嘆くから蓮は笑う。王宮のパティシエが作るものは、かなりクオリティが高かった。

「思い出したら食べたくなったよぉ」
「そんなに食べたいって思ってくれると嬉しいな。父の味には足下にも及ばないけど、材料と作る場所他提供してもらえるなら、なんちゃって程度なら再現できるよ」
「ほんとですか!?」
 澪の喰い付きがすごい。必死の形相だ。

「味の違いは、材料によるとこもあるけど。父は息子との雑談で、フツーに店のレシピを説明してたからさ。忙しい時期は、手伝いも散々させられたし」

 きらきらっと、澪の瞳が輝く。悠真の傍らにいるグリューンが、ぎゃあぎゃあと騒いだ。

「材料他、ね。まかせて」
 ふふ、と澪が不適な笑いを洩らした。

「また、悪い顔して」
「ほんと、ハルは失礼だな!」
「二人はつき合ってんの?」

 軽い気持ちで尋ねると、二人共が顔を歪める。ナイナイナイと全力で否定するからおかしい。逆に、疑いたくなるというものだ。

「ほんと違いますからね。ハルとは幼馴染みなんですよ」

 子どもの頃から家族ぐるみの付き合いで、家族枠なので誤解なきようと澪が説明してくれる。それで、と蓮は納得した。恋人と言われるより、家族と言われた方がしっくりくる。

「まあ、そんなのはどうでもよくて、オペラ、材料が用意できしだいでもいいですか?」
「いいけど?」

 やることも、やりたいこともない。
 話し相手になってくれるのなら、蓮としては喜んで、だった。
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