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 異世界から聖女が召喚されたと、まことしやかに囁かれる噂をディルクは耳にする。箝口令が敷かれていない話に関しては、比較的王城内は情報が回るのが速い。

 いつもなら噂話など聞き流しているが、異世界から、というところが気にかかり、知っていそうなルイを捕まえた。

「めずらしいな、ディルクが噂話を気にするとか」
「……そうか?」
「まあ、聖女とか異世界とか、気になるよな」
「ああ」

 頷けば、ほんとどうしたおまえ、という顔をされる。軽く眉を寄せ、無駄口はいいから早く先を続けろと、ディルクは目で促した。

「もうー、睨むなよ。ただでさえ冷たい印象なんだからさ」

 なんて言いながらルイは笑っている。それなりに長い付き合いで、ディルクのぶっきらぼうな物言いも、睨むような眼差しも慣れっこなので、まったく気にしない。片手で足りる、ディルクが気を許す友人だ。

「結論から言うと、ほんとの話。異世界から召喚とか、王太子殿下すげえよな」
 召喚などできるのかとディルクが驚いていると、ルイが言葉を継ぐ。

「まあ、一緒に魔力がない男の人もこっちに来ちゃったんだけど」
「は?」
「ほんと、は? だよな」

 俺だったらぶち切れそう、と声のトーンを落としてルイが呟く。
 周囲に人はいないが、正直に言いすぎだ。心情としてはディルクも同意するが、王太子派閥の貴族に聞かれると面倒だった。

「巻き込まれたその人、第一王子殿下が護衛兼後見人に名乗り出て、貴賓室に滞在してるってさ」
「殿下が後見人?」
「ああ、ほぼ一緒にいるらしいぞ。親しげに話してたしな」
「おまえ、会ったのか?」
「会ったというか、この前聖女様と殿下とその人で、第二騎士団の演習場に見学に来たんだ。俺、黒髪に黒い瞳って初めてみたわ」

 きらきらっと目を輝かせるルイに、ディルクは無意識に蓮を思い出す。地毛である栗色の髪は、母国では目立つと言っていた。
 周囲はほぼ、黒髪に黒い瞳だとも。

 同郷、なのかもしれない。さすがに知り合いである確率はゼロに近いくらい低いだろうが、共通の話題はありそうだ。

 この世界へ来てからきっと、蓮は孤独で心細い日々を送っている。そばにディルクがいるとはいえ、手放しで信頼、安心できるわけがない。気持ちを張り詰めさせ、神経をすり減らしながら、笑顔でそれらを綺麗に隠していた。

 先日までは――。

 身体の方が先に、限界を訴えた。
 いつもの時間に姿を見せない蓮をディルクは訝しみ、部屋に様子を見に行くと、高熱を出し苦しげにしている蓮の姿があり、心臓が冷えた。

 そのときばかりは、察しの悪い自分がディルクは忌々しくなる。慌てて色々手配し、急遽休暇を申請して、そばについていたがこのまま目覚めない可能性がよぎり怖かった。

 こわい、なんて感情に久しく触れていなかった気がする。目覚め、潤んだ瞳がディルクを認識したときには、心底安堵した。

 熱のせいか、涙を見せる姿は寄る辺なく、ひどく胸が痛んだのを覚えている。その後遠慮がちに差し出された熱い手を握りしめ、ひとりではないことを知ってほしいとディルクは願っていた。

 ルイを捕まえ、話を聞いたその数日後、ディルクが珍しく噂話に興味を見せたからか、追加情報をくれる。第二騎士団の演習場に、その巻き込まれた人の方が走りにくると。

 後見人である第一王子は第三騎士団の副団長なのだから、出入りするなら第三の演習場じゃないのか? そんな疑問がディルクの頭を掠め、顔に出ていたようで、ルイが見解を添えた。

 第二は基本、剣を使用しての訓練で、魔法は主ではない。それに比べ第三は、魔法も剣も好き勝手に使い、合わせて試す者もいる。同僚にも注意をはらいながらの鍛錬はディルクに言わせれば珍しくもないが、ルイに言わせれば「俺は無理!」だった。

「そんな危険なとこに、大切な客人を案内してなにかあったらいけないだろ」

 言われてみれば、第三の演習場ではいつなにが突然飛んでくるかわからない。団員が飛ばされていくのを見た時は、さすがにディルクもぎょっとした。

 第二騎士団の団員の中には、親しくなっている者もいるようだが、第三所属のディルクでは接点の持ちようがない。それでも蓮と同郷かもしれないと思うと気になるし、話を聞いてみたくなった。

 しばらくすると行動範囲が広がったのか、ディルクでも見かけるようになる。遠目でも黒い髪なので、すぐにわかった。
 けれど彼は正式な客人として迎えられているので、一騎士でしかないディルクが、声をかけるなど許されない。それに大抵は第一王子がそばにいるので、遠くから眺め見るのがせいぜいだった。

 迷ったが、正式に聖女が召喚されたと発表されるまで、蓮には言わないでおく。知ればきっと心強いものがあるのかもしれないが、会わせることはできないのだから、よけいにもどかしい思いをさせる可能性もあった。

(全部、言い訳でしかない)

 会わせることは、きっとできる。渡り人だと、蓮のことを報告すればいいだけだ。

(けれど、その先は?)

 報告してしまえば、保護される。聖女も、共に召喚された彼も、王城内に部屋をもらっているのだから、蓮も王城に移ることになるはずだ。そうすればもう、ディルクは簡単には会えない。手料理を作ってもらうなど、もってのほかだ。

 結局は、ディルクが嫌なのだ。
 家に帰れば、笑顔で蓮は出迎えてくれる。その笑顔を、存在を、手放せない。手放したくなかった。

(勝手だな)

 玄関のドアの前で足を止め、はあ、と深く息を吐き出す。気持ちを切り替えると、ディルクはドアを開けた。

 食欲を煽る香りが、出迎えてくれる。まっすぐにキッチンへ向かうと、そこに蓮の姿はなかった。

「レン?」

 気配を探ると、水音が聞こえる。バスルームの方かと、妙な安堵を覚え、ディルクは手を洗いに行く。
 必然的に、水音が近くなる。うがいまで終えると、蓮の慌てる声が響いた。

「どうかしたのか?」

 軽く、ドアをノックする。ケガや、具合が悪くなったのなら、対処しなければいけない。

「え、ディルク?」

 予告なく、ドアが開く。それに驚いたのはディルクだ。
 風呂に入っていたのだから、当然蓮は服など着ていない。髪を濡らし、温まった肌がほんのりと赤く染まっていた。

 全裸の蓮に、ディルクは慌てて視線を外す。落とした視線に、濡れた蓮の素足が見えた。

「ちょうどいいとこに! シャワーのこれ、取れて止めらんなくなった!」
「え」

 よく見ると、お湯が噴き出している。それに気付いたディルクは、慌てて大元を止めた。
 ぽたぽたと雫が落ちる水音が響き、安堵の空気が流れる。想定外の状況だった。

「焦った……助かった。ディルク、ほんとごめん」
「いや、いい。それよりも、服を着ろ」
「え、別にいいだろー」

 けろりとしている蓮に、ディルクは目についたタオルを取りかぶせる。うわっ、と声を上げていたが、知ったことではない。無防備すぎる姿は、心臓に悪かった。

 本当に、濡れた白い肌が艶めかしいなんて、ディルクは知りたくなかった。
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