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 暑さがやわらぎ始めたと感じた頃、第三騎士団が魔獣討伐の任務を完遂し、王都へ戻ってくると蓮は耳にする。貴族とも接する機会の多いダーフィットに確認すると、「みたいだな」とやわらかな笑みを浮かべていた。

(そっかぁ、もうすぐか)

 ふわりと、テンションが上がる。顔が見られるのは数日後だろうな、なんて予想して、遠征中では食べられない物でも作ってやろうと、蓮はメニューを思い浮かべていく。

(うん、やっぱり甘い物だな)

 久しく見ていない、嬉しそうな顔が浮かぶ。
 その綻ぶ前の顔が、数時間後に蓮の目の前にあった。

「……え?」

 昼間にディルクのことを考えていたせいで、幻でも見ているのかと蓮は瞳を瞬く。けれど、消えない。

「もどりました」

 声も、しっかり聞こえる。反応のない蓮に、ディルクは少し困ったような表情を浮かべた。

 記憶の中にある姿より、痩せたようにも見える。ああ、本物だ――と蓮はやっと理解が追いついた。

 途端に、うまく言い表せない感情が胸に湧き上がってくる。綺麗な顔にも、身体にも、どこにも怪我は窺えない。安堵して、その勢いでうっかり飛びつきたくなるのを、蓮はなんとか堪えた。

 そんな光景、まるで少女漫画の一コマだ。

「ばっかだなぁ、ディルク。そーいうときは、両手広げてレンに飛び込んでもらうべきだろ」

 ないない、と蓮が心の中で否定していると、ダーフィットがそんなことを言い出す。わずかな間の後、ディルクが言われたとおりの行動を取るから、蓮は呆れた。

「やらねぇよ」
「残念」
 嘆息して、ディルクが手を下ろす。

「気が利かなくて、すみません」
 なんて、変な謝罪はいらない。

「てか、なぜに敬語?」
「あー、この一ヶ月、ずっとそんな感じだったんで、つい? そのうち元に戻ります」
「そっか」

 必要ないが、敬語を使うディルクがなんだか新鮮だ。
 普段あまり意識しないのに、急に年下感がでる。そのせいか、やけにかわいく見えた。
 可愛がりたい気持ちが、むくむくと湧き上がる。

「とりあえず、三日間の休みをもらいました」
「よかったな。ゆっくり休めよ。おつかれさま」

 無事でよかった。

 大丈夫だと思っていても、ふとした時に不安に駆られる。こうして無事な姿をみて、蓮はやっと肩の力が抜けた。

 明日、蓮は仕事なので、ディルクは久しぶりに一人でゆっくりできるはずだ。
 朝起きてくるようなら一緒に朝食を食べればいいし、寝ているようなら、朝食と昼食を用意しておこうと決めた。

「ディルク、二日な」
「三日」
「無理だって。二日が限界。レンに抜けられると、うちも困るんだよ」

 軽く舌打ちし、ディルクはしぶしぶ了承する。それが蓮の休みの話だと、やっと気付いた。

「え、俺も休みになんの?」
「まあ、がんばってきた若者に、褒美は必要だろ」
「褒美、になんのか?」
 俺が、と蓮は疑問しかない。まあ、面倒みてやれよ、とダーフィットが頷く。

「明日から?」
「三日目に飲み会があるから、明日からがいい」
「りょーかい。まあ、おつかれ」

 そんな会話をしたばかりなのに、休日なんて、あっという間に終わっていく。

 明日からは、ディルクも通常勤務に戻る。一度も寝坊することなく迎えた連休の最終日、いつものように朝食を一緒に食べ、仕事がある蓮は店に向かうのだが、なぜかディルクも着いてきた。

「家で、のんびりしていればいいのに」
「ひとりで家に居てもひまなんで」

 蓮を拾う前は一人だったはずだ。
 けれど考えてみれば、一緒に暮らし始めてからのディルクの休日は、いつも蓮とともに過ごしていた。

 向かう先はダーフィットのところなので、兄のところへ行くと思えば、納得もできる。この遠征で蓮が仮住まいにしていた部屋は、元はディルクの部屋だ。適当に寛いでいるのだろう。そんな予想は、あっさりと裏切られた。

 開店前の打ち合わせをしていると、なぜかディルクが手伝いを申し出る。戸惑う蓮とは反対に、ダーフィットが喜んでいた。

「最後の休日なのに、いいのか?」
「ああ、レンと一緒に働く」
「……まあ、いいならいいんだけどさ」

 雑用と、蓮に言いつけられる簡単な作業を、ディルクは黙々とこなす。今はクリームをホイップしていた。

 先に作ってあったガナッシュクリームを、一口サイズに焼いたダックワーズの生地の半分に絞る。もう半分を重ねながら、蓮は真面目な顔でクリームを混ぜるディルクの姿を眺めた。

 なんだか、おかしな気分になる。
 けれど、妙に楽しく思う気持ちが胸の内にあった。

 かたちがいびつになり、見た目が残念になってしまったダックワーズを蓮はつまみ、ディルクの口元へ持っていき開いた口に放り込む。最近売り始めたばかりなので、食べたことはないはずだ。

「働き者のディルクさん、どうですか?」
「うまい」

 似たようなやりとりを何回か繰り返し、微笑ましい光景として眺められているなど、二人はまったく気付いていなかった。

「兄さんとこで働くのも、悪くないな」
「雇わねぇよ! ……なんでだって顔すんな」

 はあ、とダーフィットが深いため息をつく。
 他の三人も似たようなもので、苦笑していた。

「騎士になれなかったなら、雇ってたかもだけどな。今のお前は断固拒否する」
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