先生、わがまま聞いて

香桐れん

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<二> きっかけ

4 放課後の廊下

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     4 放課後の廊下
 
「たりぃなぁ」
 オレンジ色の夕日に染まる放課後の教室で、同じクラスの河村かわむらが両腕を上げて大きく伸びをした。
 瑛斗は河村とともに人気ひとけのない教室に居残って国語の宿題に取り組んでいた。
「だいたい春休み明けに小テストするの、反則だと思わねえ?」
 瑛斗たちの高校は文武両道を掲げており、体育会系の部活動が盛んであると同時に学力向上にも力を入れている。瑛斗と河村は小テストの点数でクラスの最下位を争った末、ふたり揃って補習代わりの宿題を課されていた。
「野球してえなぁ」
 目の前のノートからすっかり関心を失っている河村が大あくびをしながらぼやいた。
「それかシュークリーム食べたい」
「欲望が雑すぎ。あとでコンビニ行くか」
「いいね」
 河村はクラスメイトであり、瑛斗がこの春まで所属していた野球部の同期でもある。本来ならば放課後はすぐに部活に向かうところだが、数日前に脚を負傷したため休部を余儀なくされている。
 それでもトレーニングなどに時間をあてずに瑛斗と教室に残っているのは、ひとえに野球部を辞めたばかりで傷心している親しい同級生のことを気遣っているからだということを、瑛斗自身は気づいている。
 親身になって瑛斗の相談に乗り、「お前の気が済むなら」と退部に賛成してくれたのも、その後部内でちょっとした騒ぎになったのを鎮めてくれたのも河村だった。
 野球部の寮で夕食を摂る時、いつも河村が隣に座っていた。退寮前の最後の夕食の時、いつも飄々としている河村がほんの少しだけ目を潤ませてくれたことを瑛斗は忘れられない。
 寮で過ごしていた時のように、勉強以外のどうでもいいことをとりとめもなく喋りながらおざなりに宿題をやっつけていると、窓の向こうに見えている別棟の廊下に三田先生が現れた。
 廊下の奥から歩いてくる三田先生に、瑛斗の目は釘付けになった。
 三田先生は授業中には見せたこともないような幸せそうな微笑みを浮かべていた。上目遣いの大きな瞳を輝かせて、はにかんだように口元を綻ばせている。
 それはまるで、恋する相手を見つめる女子生徒のようだった。
「おい、口、開いてるぞ」
 呆れた様子の河村の声が聞こえたのとほとんど同時に、廊下の手前側からスーツの背中が現れたのが視界の端に見えた。
「佐上じゃん、あれ」
 瑛斗の視線と同じ方向へ河村が覚めた目を向けた。
「しゅーちゃんめっちゃ笑顔じゃん」
 さして興味が湧かなかったのか、河村はそう呟くなり視線をノートに戻した。
 気を逸らしてくれたのを良いことに、瑛斗は廊下のふたりを観察し続けた。
 ふたりは偶然鉢合わせた様子ですれ違いざまに立ち止まると、言葉を交わした。生徒が教室に残っていて、自分たちを見ているとは露ほども思っていない雰囲気だった。
 佐上先生の表情はこちらからは見えないが、胸元で本を両手に抱えた三田先生の、目の前の男を見上げる瞳は、いつも以上に大きく、キラキラと輝いて見えた。
 途端に、瑛斗の胸の中に原因のわからないさざなみが立った。
 目を逸らそうとした時、不意に三田先生の表情が曇った。
 眉を寄せ、怒っているような――授業中にはけっして見せないほどの強い眼差しで間近の男をめつけたかと思うと、さっと踵を返し、来た方向に早足で戻って行った。佐上はしばらく立ち止まっていたが、三田先生の姿が見えなくなった頃、何事もなかったかのようにいつもどおりの颯爽とした足取りで去って行った。
 誰もいなくなった廊下を瑛斗は延々と睨みつけていた。
 河村が「そろそろ行くかぁ」と荷物を鞄にしまい始めた。
「ごめん、俺ちょっと用事思い出したから先行くわ。シュークリーム今度おごるから」
「おう、別にいいけどさ」
 瑛斗は引っ掴むように自分の荷物を鞄に突っ込むと、目を丸くする河村を置いて教室を後にした。
 
 
 
 
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