魔術師達の放浪記

藤山かりん

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 思いがけない告白にブレイズは驚いた。

「か、母さんの使い魔!?」
〈そうだ。フレアが十五歳の時に出会った。〉
 
龍――クアンは昔を懐かしむように語り始めた。

〈何でもフレアの祖母がこちらの地域の出身だったらしく、フレアはたまたまこの湖に遊びに来たんだ。その時にフレアと出会い、彼女を気に入って使い魔契約を結んだんだ。〉
「そうだったのか…。」

 ブレイズは初めて聞く話に聞き入った。

〈なかなかにお転婆な女の子だったな。年頃の女の子だというのに野原を駆け回るのが好きな子だった。〉
「母さん、そんな人だったんだ。」
〈ああ。だが、ロマニアで魔術師狩りが始まってからは大変だった。〉

 憂うような瞳でクアンは言った。

〈家族とも離れ離れになってフレア一人で逃げることになって…。ロマニアの執行官に捕まりそうになった所をお前の父親のイェールに助けられたんだ。それから二人は付き合って、結婚して…。フェアリが生まれ、ブレイズ、お前が生まれた。あの時がフレアも一番幸せだっただろうな…。〉

 しみじみとクアンは言った。

〈だが、ロマニアの執行官がお前の存在を嗅ぎつけて、襲ってきた…。私もフレアもイェールも必死に抵抗したが、力及ばずにフレアとイェールは命を落としてしまった…。〉

 ギリリ、とクアンは歯を食いしばった。

〈フレアが死んだ後、私は元いたこの湖へと還って来た。だが、心の平穏を取り戻すことができず、フレアを助けられなかったことを思い出しては八つ当たりのように暴れていた。〉
「それでここに来る人たちを襲っていたって言うのか?」

 ブレイズから言われ、クアンは恥じるように立派な髭を萎れさせて答えた。

〈ああ。街の者達が楽しそうに過ごしているのを見るたびに、フレアと過ごした日々を思い出さずにはいられなかった。それが悲しくて悔しくて、やりきれなかったんだ。〉
「気持ちはわかるけど、八つ当たりはダメだろう。そのせいでクアンには討伐依頼まで出てるっていうのに。」
〈全くお前の言う通りだ。申し訳ない。〉

 クアンはブレイズに深々と頭を下げた。その様子を見て、ライが言った。

「……とりあえず、討伐はしなくて良くなったみたいだな。」
「そうだな。」
〈でも、ここにいたらまたすぐに八つ当たりしちゃうんじゃない?〉

 リアが指摘した。

〈だって、亡くなった契約者を思い出して暴れていたんでしょう?ここはその人との思い出の地でもあるんだから、また思い出して悲しくなったら暴れてしまう可能性はあるわ。〉
〈むう…。〉

 否定できなかったのか、クアンは唸ると黙ってしまった。

「魔界に還るのはダメなのか?」
〈できればこちらにいて魔力をもらいたい。ここにいるだけでも少しずつ魔力を溜めているからな。〉
「なら、ブレイズの使い魔になるのはどうだ?」

 不意にライが提案してきた。ブレイズとクアンは目を丸くした。

「クアンを俺の使い魔に?」
〈私がブレイズの使い魔に?〉
「ここに来る前に言っていただろう?万が一の場合はお前に契約してもらう、と。」
「いや確かに言っていたけども…。」

 ブレイズはちらりとクアンを見た。

「クアンは強い魔物だろう?俺が新しい契約者で良いのか?」
〈私は構わない。むしろ、フレアの息子であるブレイズと契約ができるなら大歓迎だ。〉

 クアンはニコニコとして言った。

〈それともブレイズは私と契約するのは嫌か?〉
「そんなことない!ただ、クアンは強い魔物なのに俺みたいな半人前の魔術師と契約して良いのかなって思っただけだよ。」
〈それなら問題ない。魔術師と使い魔の契約は両者の合意があれば問題なくできるからな。私とお前が契約を結びたいと思ったならそれで良いのだよ。〉
「ブレイズの魔力は十分余っているし、クアンのような上位の魔物でも問題なくできる。」

 ライのフォローにブレイズは安堵のため息をついた。

「それなら良かった。じゃあクアン、改めてだけど、俺の使い魔になってくれるか?」
〈ああ、もちろんだ。〉
「ありがとう。」

 ブレイズはクアンの返事に笑顔を見せた。

「それじゃ、早速契約するぞ。器にできるものはあるか?」
〈それならちょうど良いのがある。〉

 そう言ってクアンは湖に潜ると、口に何かをくわえて出てきた。

〈これを私の器に使ってくれ。〉

 クアンからブレイズが受け取ると、それはペンダントだった。ペンダントのトップには家の紋章らしき模様が彫られている。

「ペンダント?」
〈ああ。フレアとの契約で器にしていたものだ。フレアの家に代々伝わるものだそうで、あの子が亡くなってからは私が形見として持っていた。〉
「そんな大事なもの、器にしても良いのか?」
〈もちろん。自分の息子が使ってくれるならフレアも喜ぶだろうさ。〉
「わかった。ありがとう。」

 ブレイズはクアンに礼を言った。それを見て、ライは魔法陣を描く。描き終えると、ライはブレイズに声を掛けた。

「ペンダントを中央へ。」
「ああ。」

 ブレイズは魔術陣の中央にペンダントを置くと、ナイフで指先を切って血を着け、両手をかざす。

「オレの後に続いて詠唱しろ。」
「うん。」

 ライが口ずさむ詠唱をブレイズも一緒になって続けた。魔法陣が輝きを増し、クアンの体も光に包まれる。
 ドンッと大きな音がして、ペンダントへ流れ込む魔力が大きくなった。ブレイズは手を離さないように必死になって押さえつけた。次第に、魔力の流れが小さくなっていき、光が収まると同時に流れも止まった。

「成功した、か?」
〈ふむ。久しぶりの感覚だが、悪くはないな。〉

 カチャリ、と音がして、ペンダントからクアンの声が聞こえてきた。その声にブレイズはほっとした。

「大丈夫みたいだな。」
〈ああ。特に問題はないぞ。〉
「良かった。」

 ブレイズは魔法陣からペンダントを拾うと、目の前にかざして言った。

「改めて、これからよろしくな、クアン。」
〈こちらこそ、よろしく、ブレイズ。〉

 こうしてブレイズとクアンは契約したのだった。

◇◇◇◇◇

 ブレイズとライが依頼達成の報告のため仲介所に戻ると、諸手を上げて喜ばれた。

「本当にありがとうございます!長年悩まされていた問題がこれで解決しました!」
「いえ、俺も新しい使い魔と契約できたので良かったです。」
「しかし素晴らしいですね。あの魔物を使い魔にするなんて。どうやって倒したのですか?」
「いや、倒した訳ではなくて…。」

 仲介所の職員のキラキラした目にブレイズは耐え切れなくなって視線を逸らした。ライが苦笑して代わりに答える。

「魔物とちょっとした縁があって、話し合いの結果契約を結べただけですよ。」
「そうだったんですね。でも話し合いで使い魔契約までできるだなんて素晴らしいです。」

 それでも仲介所の職員は尊敬のまなざしをブレイズとライに向け続けていた。クアンがぼそりと呟く。

〈私は思いの外厄介者扱いされていたんだな…。〉

 ペンダントの中でしょんぼりしているクアンに、ブレイズはかける言葉がなく、苦笑するしかなかった。
 そこへ、二人に声が掛けられた。

「あ、いたいた!ライ、ブレイズ!」

 二人が振り向くと、そこにはテオが立っていた。ブレイズは笑顔でテオを呼んだ。

「テオ!久しぶりだな!」
「久しぶり!」
「妹さんは無事に送り届けたのか?」
「ああ、お陰様で。二人も元気みたいだな。」
「もちろん。」
「良かった。ところでライにお知らせなんだけど…。」
「何だ?」

 テオはポケットから紙切れを引っ張り出すとライに渡してきた。ライはそれに目を通すと、表情が険しくなった。

「……この情報、信頼できるんだろうな。」
「当然。情報屋なめるなよ。それで、その件に関してライに相談なんだけど…。」
「そっちで詳しく聞こうか。」

 ライはそう言うと仲介所の隅の机を指さした。三人揃って席に着いたのを確認すると、ライは盗聴防止の魔術を展開した。早速、話から置いてきぼりにされていたブレイズが尋ねる。

「なあ、何の話なんだ?」
「ドラル=ゴア王国ととある貴族の裏取引について、だ。」

 テオの言葉にブレイズは息を飲んだ。

「この国のとある貴族が、ドラル=ゴア王国と裏取引でつながっていて、表に出せない物を密輸しているらしいんだ。それで、裏取引の証拠を見つけ出したいと思っているんだ。」
「何でそんなことを?」
「ライからの依頼さ。ドラル=ゴア王国に関する情報があれば教えてくれって依頼されていたからな。」

 ブレイズはライを見たが、ライは気にすることなくテオに話しかけた。

「帳簿や密輸品のリストが出てくれば良いが、見つけるには手間がかかるだろう。どうするつもりだ。」
「今度、その貴族が屋敷で夜会を開くから、そこに潜入して夜会の間に探し出したい。」
「伝手はあるのか?」
「ああ。招待状はゲットした。ただ、男女ペアで来るように指定があって、そこをライに相談したかったんだ。」
「男女ペア?」

 ライは眉間にしわを寄せた。

「潜入捜査に付き合ってくれるような女性の知り合いなんていないぞ。テオ、適当な人はいないのか?」
「それがいないから相談したかったんだって。」

 テオは嘆いた。

「ライならそれなりに冒険者の知り合いいるかなって思ったんだけど…。」
「そもそも冒険者の知り合いに頼むのが間違っている。貴族の振りができる訳ないだろう。まだ女性の情報屋に頼んだ方が幾分かましだ。」
「頼んだけど全部都合が悪くて振られたんだよ~!」

 テオはわっと顔を覆った。ライが可哀想なものを見る目で見つめる。

「……人望ないんだな。」
「追い打ちかけないで!」

 しくしくと泣きながらテオは続けた。

「女性の知り合いがいないなら、使い魔を化けさせることは出来ないのか?」
「人に変身することはできるが、貴族らしい振る舞いができると思うか?」
「………。」

 ライの返答にテオは押し黙った。ブレイズはふと疑問を抱く。

「魔物って人に変身できるのか?」
「できる。だが、そこそこ魔力を使うから、普段から人間の姿を取る奴はほとんどいないな。」
「へえ。そうなんだ。」

 のんきな会話をブレイズとライが交わしていると、ゆらりとテオが顔を上げた。

「……こうなったら最終手段だ。」
「最終手段?」

 テオの不穏な雰囲気にブレイズとライは嫌な予感がした。

「そう。最終手段――女装しかない!」
「………お前、正気か?」

 ライが冷たい視線をテオに向けた。

「正気だよ!でもそうするしか方法がないのはわかっているだろう!」
「確かにそれが手っ取り早いが、お前が女装したところで体格を見たらすぐバレるだろう。」
「いつ俺が女装するって言った?」
「じゃあ、ブレイズか?」
「俺!?」

 思いがけない飛び火にブレイズは慌てふためいた。

「無理だって!俺この中で一番ごついんだぞ!それに貴族の振りなんかできないって」
「そうだな。」

 そこで、テオとブレイズの視線がライに集まる。二人の視線に気づき、ライはまさか、とテオを見た。

「……お前、まさかオレに女装しろとか言う気じゃないだろうな。」
「三人の中じゃ一番バレないって!女顔で綺麗だし!体の線も細めだからイケるって!」
「誰がやるか!」

 珍しくライが声を荒げた。

「でも他に方法ないだろう!?」
「正面から入らずとも警備の隙を突いて忍び込めるんじゃないか?」
「無理。魔術防御が張ってあるらしい。」
「ちっ、そういう事なら正面突破しかないか…。」

 ライは悔しそうに舌打ちした。

「魔術防御って?」
「不審者が侵入できないよう屋敷の周りに防御壁を張っているんだ。ところで、そもそも夜会はいつあるんだ?」
「二週間後。」
「ならそれまでに協力してくれる女性を探せば良い。まだ二週間あるなら何とかなるだろう。オレも出来るだけ心当たりを当たってみるから、お前も他の情報屋に頼んでみろ。」
「ライ~!ありがとうな~。」

 そう言ってとりあえずその場は解散となったのだが…。
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