魔術師達の放浪記

藤山かりん

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「ラ、ライ…。」

 先ほど聞いた話を整理しきれていないブレイズを余所に、セドリックはライの前に立って睨みつけた。

「俺はセドリック・オーガン。この国の騎士で、ブレイズの兄貴分みたいなもんだ。」
「…初めまして、ライ・セラフィスです。」
「最近『炎獄の死神』って呼ばれてるのはお前だよな?」
「……そうですね。」
「自分のことなのに随分と他人事のようだな。」
「別に他人にどう呼ばれようともオレがやることには関係がないので。」

 興味なさそうにライが答えたのを見て、セドリックは眉をひそめた。

「…ブレイズの旅の護衛を引き受けたそうだな。」
「ええ。」
「その話、なかったことにしてくれるか?」
「セドリック!?何言ってんだよ?」

 セドリックの突然の申し出に、ブレイズは慌てた。ライはセドリックを見据えたまま尋ねる。

「…護衛は不要だと?」
「必要なら俺がやる。」
「……ブレイズから詳しい事情は聴きましたか?」
「いや。」

 セドリックの答えに、ライはブレイズをちらりと見て尋ねた。

「ブレイズ、彼は信頼できるか?」
「ああ。俺が小さい頃に狼に襲われた時に、助けてくれた恩人だ。」
「なら、お前から説明しろ。」

 ライはそう言うと、同じテーブルの席についた。セドリックはライとブレイズを見比べていたが、ブレイズが頷いたのを見て席についた。その瞬間、ライはテーブルの上に小さな魔法陣を展開させた。ほのかに光る魔法陣を見て、セドリックは目を見開いた。

「それは?」
「盗聴防止の魔術です。あまり周りに聞かれたくない話なので。」

 そう言って、ライは手で魔法陣を覆い隠した。

「ブレイズ、説明を。」
「おう。」

 ライに促され、ブレイズはセドリックに魔力を狙ってロマニアの執行官と盗賊が襲ってきたこと、魔術師に対抗するため魔術を習得する必要があるが執行官から逃れる必要もあるため、ライの旅について行きながら一年間魔術の修行をすることになったことを説明した。

「……なるほど。ロマニアの執行官が盗賊達に混じっていたのはそういう理由か…。」

 ブレイズの説明を聞いて、セドリックは深い溜息をついた。

「経緯はわかった…。セラフィス以外に適任者がいないんだな…。」
「ああ。」
「だけど、セラフィス。お前、色々と黒い噂があるだろ?」
「……噂とは、どんな内容で?」
「昔の『炎獄の死神』――アルバート・セラフィスが魔術で蘇ったのがお前だ、とか。」

 セドリックの問いにライはため息をついた。

「死者の蘇生は不可能です。黒魔術と呼ばれる禁忌に指定された魔術の中には、そう言ったものもありますが、術式だけで成功事例はありませんね。」
「じゃあ、昔の『炎獄の死神』とは、どんな関係だ?」
「オレが勝手に真似してるだけですよ。賞金稼ぎとして名前を売るなら、かつて活躍していた人物を真似してその威光を借りるのが手っ取り早いですから。」

 ライは飄々と答えたが、セドリックは納得しなかった。

「なんでわざわざ犯罪者になった『死神』を真似る?アルバートとのつながりを疑われるリスクを考えれば、面倒じゃないのか?」
「大昔の英雄を真似るより、ごく最近まで生きていた『死神』を真似た方が賞金首どもを威圧できますから。それに、賞金稼ぎとして活動して間もない時期に取り調べは受けました。昔の『死神』とオレとの間に何の関係もないことは、仲介所が保証してくれています。」

 からかうような軽い口調で話すライにセドリックは舌打ちした。

「お前、信用できんのかよ?」
「信じるかどうかは、依頼者が判断すべきことでしょう。自分は信用できる人間だと言う奴ほど、信用できないと思いますが。」

 ライの答えに、セドリックはブレイズに矛先を変えた。

「ブレイズ、お前はセラフィスを信用できるのか?」
「俺は、信頼してる。」

 セドリックは顔をしかめたが、ブレイズは真っ直ぐに彼の顔を見て言った。

「ライは俺を助けてくれたから。」
「助けてくれたからって、そんなあっさり信じるなよ…。」
「でも、ライを信じなかったら、俺は前に進めないし。」

 迷いのないブレイズの答えに、セドリックは頭をかきむしった。

「オレが信じられないのならば、旅の途中で別の魔術師に師事すれば良いだけの話です。オレとブレイズとの契約は、あくまでもブレイズの依頼で成り立っているものですから、ブレイズが破棄したければいつでも契約を終了できますよ。」
「それは絶対しないからな。」

 ライの投げやりな物言いにブレイズは思わずジト目で反論した。
 セドリックは二人のやりとりを見ながら言った。
 
「…悪いけど俺はそもそも魔術師っていう職業からして信頼できねえよ。」
「魔術師が少ない地域の人なら、当然でしょうね。」
「だからセラフィス、俺と勝負しろ。」

 唐突な要求にライだけでなくブレイズも呆気にとられた。

「は?突然何言ってんだよ、セドリック。」
「剣を交えればその人の人となりがそれなりにわかる。だから、俺がセラフィスを信頼するには、剣を交えて戦うしかないと思ったんだ!」
「いやいや、それどんな理屈!?」
「……脳筋。」

 ぼそりと呟いたライの突っ込みは幸か不幸かセドリックには届かなかったようだった。

「そもそも、オレが勝負を受ける理由がないですよ。オレは貴方に信頼されなくとも構わないのだから。」

 呆れたように言うライにセドリックは反論した。

「いや、ある。もしこの勝負を受けなかったら、俺もブレイズの保護者としてついて行く。」
「はあ!?何言ってるんだよ!」

 このセリフにはブレイズが反応した。

「セドリックは騎士としてもう働いてるだろう!騎士団を抜けるつもりか?」
「そうだ。大事な弟分が旅に出るのに、信頼できない奴に護衛なんか任せられる訳がないだろう。」
「そんな簡単に騎士を辞めていいのかよ?」
「大事な人を守れないなら、騎士団にいる意味はないしな。」
「おいおい…。」

 どう説得すべきかと頭を抱えたブレイズを横目に、ライはため息をついた。

「…わかりましたよ。勝負、受けましょう。」
「お、受けてくれるのか?」
「ブレイズ一人ならまだしも貴方までついてくるとなるとこちらも都合が悪いので。」

 そう答えるとライはおもむろに机の上の魔法陣を消すと、立ち上がった。

◇◇◇◇◇

 ブレイズ達は仲介所裏の広場に移動してきた。

「ここは?」
「冒険者や傭兵が手合わせや鍛錬をする時に使われる場所だ。」
 
 ブレイズの疑問に答えると、ライは広場の中央へ向かった。セドリックもそれに続く。

「手合わせは一回で良いですか?」
「ああ。構わない。」
「ブレイズ、審判を頼む。」
「あ、うん。」

 二人は剣を抜くとお互いに向き合った。漂う緊張感にブレイズも息を飲んだ。

「…それじゃ、始め!」

 ブレイズの開始の合図と共にセドリックはライに切りかかった。だが、ライは動じることなく受け流す。そのまま2合目、3合目と打ち合っていく。打ち合うたびにギィンと音が響いた。
 ぱっと見た印象ではセドリックが果敢に攻めているものの、ライに全て受け流されている。それに気づいたセドリックがライを挑発した。

「おい、真正面から打ち合って来いよ!」
「…それじゃ、遠慮なく。」

そう答えると、ライはセドリックへ切りかかった。思いのほか重い一撃にセドリックは動揺した。

「うお!?」

その隙を逃さず、ライはさらに追撃する。2撃、3撃と重ね、最後にはセドリックの剣を弾き飛ばした。カランという音と共に、二人から離れた場所へ剣が落ちる。その時にはライの剣の切っ先がセドリックの喉元を捉えていた。

「そ、そこまで!」

 慌てて終了を告げたブレイズの声に、ライの剣が下ろされた。セドリックは呆気にとられたまま、立ち尽くしている。ブレイズはセドリックの剣を拾うと彼に駆け寄った。

「セドリック、大丈夫か?」
「あ、ああ…。」

 しばらく呆けていたセドリックだったが、ブレイズから剣を受け取ると、ライに手を差し出した。

「やっぱり『炎獄の死神』の二つ名は伊達じゃないな。」
「どういたしまして。納得してもらえたようで何よりです。」

 ライもフッと笑って手を差し出し、握手した。二人の様子に、ブレイズは疑問を投げかけた。

「なあ、今の勝負でライのこと本当にわかったのか?」
「ああ。もちろん。なんとなくだけど、十分わかったよ。」

 そう言うとセドリックはライを見た。

「ブレイズのこと、よろしく頼む。」
「善処します。」

 ライの答えにセドリックは苦笑すると、ブレイズに向き合った。

「ブレイズもセラフィスに迷惑かけるなよ」
「う、分かってるよ…。」

 既に一人突っ走った後のため、ブレイズの返事は鈍かった。
 それに気付かず、セドリックはブレイズの頭をぐしゃぐしゃと撫でた。

「気を付けて行ってこい!」
「うん。ありがと。」

◇◇◇◇◇

 その後二人はセドリックと別れ、宿へ移動していた。
 ブレイズはライに言いつけられたとおり、フォン達に魔力を渡す練習をしていた。だが、ぼんやりしていたせいで、魔力量を間違えてしまった。手元で魔力がバチンと弾けた。

「いてっ!」
〈いたーい!〉
「ごめん、フォン!」
〈ちゃんと集中しろよな、ブレイズ!〉
「悪い、ちょっと考え事してて…。」
〈考え事~?〉

 トアの問いかけに頷くと、ブレイズはライに声を掛けた。

「なあ、ライ。」
「何だ。」
「ライが『炎獄の死神』を真似る理由って何だ?セドリックとの話を聞いてた時から思ってたけど、メリットよりデメリットの方が大きいと思って。」
「…話したとおりの理由だ。それ以上でもそれ以下でもない。」
「えー、でもやっぱりデメリットの方が大きいのに、わざわざ名乗るなんて、ライらしくないだろ。」
「賞金首がわざわざオレ狙いでやってくることもある。オレとしては楽して稼がせてもらっているつもりだ。」
「それって凶悪な犯罪者が向こうから襲ってくるってことだろ。ライ以上に強いやつだったらどうするんだよ。」
「今までは何とかなっている。心配いらない。」
「そうじゃなくて…。」
「そもそも、オレは自分から『炎獄の死神』を名乗ったことはない。元々偶然似ていて、そう呼ばれるようになったから利用しているだけだ。」
「偶然似てた~?」
 
 ブレイズの疑問の声に、ライは答えた。

「長髪、魔術師、使い魔が犬の姿を取る、適性属性は炎、剣を使う。ついでに姓も同じ。共通項がこれだけあれば自然と似て見えるだろう。」
「それは、そうかもだけど…。てか、名前くらい偽名で通せば良かったのに。」
「お前、仲介所の登録を偽造しろというのか。」
「じゃなくて、通り名を自分で名乗ればよかっただろ。俺と最初に会った時もセラトって名乗ってたじゃん。」
「あれは一時的に潜入するために使っていたにすぎない。それに、仲介所の登録と名乗っている名前が違ったら不審に思われるだろう。それこそ余計な手間が増える。」
「そんなものかな…。」
「そんなものだ。第一、最大の特徴は犬の使い魔を引き連れていることだから、名前が違っても『炎獄の死神』に似ているって言われていただろうな。」

 取り付く島もないライの回答に、ブレイズは項垂れた。

「そもそも、過去の犯罪者に似ているからといって自分を変える必要性はない。オレにやましいことはひとつもないからな。」

 ライはそう言ってふんぞり返った。

「はいはい、分かりましたよ。ライは偶然『炎獄の死神』に似てただけなんですね。」

 ふてくされたように言ったブレイズはそのまま修行に戻った。集中するブレイズを横目に、ライはぼそりと呟いた。

「…まあ、似ているのは当然なんだが。」
「ん?何か言ったか?」
「いや、別に。それより集中しろ。また痛い目に遭うぞ。」
「はーい。」
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