魔術師達の放浪記

藤山かりん

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 クファルトス王国。多くの人でにぎわう街の中心で、ブレイズはきょろきょろとあたりを見回していた。

「すごい…。ここが王都か。」

 落ち着きなく視線を動かすブレイズの腕を、ライはぐいっと引っ張った。

「おい、迂闊にオレから離れるな。はぐれたら面倒だ。」
「し、仕方ないだろ。こんな大きな街に来たの、初めてなんだから。」
「オレの知った事ではない。それより、早く行くぞ。」
「え、何処に?」
「仲介所だ。」
「仲介所?」

 聞き慣れない言葉に、ブレイズは思わず聞き返していた。

「冒険者や傭兵、賞金稼ぎの仕事を斡旋する場所だ。ほとんどの者は仲介所で紹介された仕事で生活費を稼いでいる。」
「へえ。」
「元は商人たちが護衛依頼をするために酒場に頼んで傭兵や冒険者を紹介してもらっていたのが始まりだ。そこに他の商業団体や国際警察なんかも絡んできて、今の形態になった。ここを仲介した仕事は、ある程度素性の知れた依頼主からのものだから、報酬を踏み倒されたり犯罪に巻き込まれたりする心配が少ない。」
「なるほど。それじゃ、今から仕事を探しに行く訳か。」
「それもあるが、まずはブレイズを冒険者として登録する必要がある。」
「へ?何で?」
「仲介所に登録された者でないと、仕事を紹介してもらえないからだ。身分証明票は文字通り、その人の氏名・性別・生年月日その他の個人を照明するものだ。入国審査から報酬の受け取りまで、色々な手続きに必要なものだから、旅に出る前に作っておかないとな。」

 そう言って、ライはすたすたと歩いて行った。



 クファルトス王国の仲介所は、大通りを少し歩いて横道に入った場所にあった。くすんだ焦げ茶色の扉を開けると、がやがやとした喧騒が聞こえてきた。一見普通の食堂のようだが、酒と煙草のにおいが充満している。若干ガラの悪そうな客が数人ほど、睨みつけるようにブレイズ達を見てきた。しかし、ライは臆することなく正面のカウンターへと足を進めた。ブレイズも慌ててカウンターへと向かった。

「すみません。新規で身分証明票を作りたいのですが。」
「あ、はい。少しお待ちください。」

 若い女性店員が頬を染めながら戸棚から書類を引っ張り出す。

「こちらに必要事項を記入して下さい。」

 女性店員はライににっこりと笑いかけてペンを差し出した。

「ありがとうございます。ほら、ブレイズ。」
「あ、うん。」

 ライに促されて、ブレイズは店員からペンを受け取った。

「それと、仕事の紹介をお願いします。」

 ライは自分の身分証明票を懐から取り出すと店員に示した。

「は、はい。依頼書のリストはこちらです。」

 店員は慌てて分厚い紙の束を出してきた。

「どうも。」
「いえ…。」

 ふわりと微笑んだライに、女性店員はまたしても頬を染めた。その様子を、ブレイズは引きつった表情で見ていた。

「この、コマシ野郎…。」
「何か言ったか?」
「いや、別に。」

 ライは少し眉を寄せて不審気にしていたが、すぐに依頼書のリストに目を落とした。ブレイズが書類を書き終えると、ライはすぐさま店員を呼びとめた。

「すみません。登録書、お願いします。」
「はい。確認させていただきます。」

 女性店員は書類を確認すると、奥から引っ張り出した書類に更に何かを書き記した。ちらりとブレイズがその書類をのぞき込むと、『金髪』『赤眼』など身体的な特徴が書き込まれていた。

「それでは、登録用の写真を撮りますので、こちらへどうぞ。」

 言われてブレイズはカウンター近くの壁際に立った。女性店員はカメラを引っ張り出して数枚写真を撮った。

「証明票の発行は三十分ほどお待ち頂くことになりますけど、よろしいでしょうか?」
「ええ。構いません。」

 そう言うと、ライはブレイズに向き直った。

「証明票が出来るまで待とう。」
「ああ。」

 二人は壁際のテーブルに座った。ブレイズがふと他の席へ視線をやると、無遠慮にこちらを見てくる者が数名いるのに気付いた。

(俺らみたいに若い旅人が珍しいのか?)

 訝しみながらも、視線を逸らす。ライは手に持ったリストをぱらぱらとめくっていたが、呟くように言った。

「今後の予定だが、しばらくはお前の魔術の修行を優先させる。だが、一所に長居は出来ないし、追手の目から逃れるためにも野宿が多くなる。」

 ブレイズにしか聞こえない程度の音量で、ライは続けた。

「おそらくウェストがしくじったことはロマニア国に既に伝わっているはずだ。次の追手が来るのもそう遅くはないと思うが、それまでにお前に魔術の初歩を叩きこむ。」
「わかった。」
「それと、万が一オレとはぐれるようなことがあったら、迷わず近くの国に保護してもらえ。ロマニアの魔女狩りは、ほとんどの国から悪政と非難されていて、多くの魔術師が保護してもらっている。」
「そうなのか。もっと好き勝手にやってるものだと思ってたけど。」

 意外な事実に驚いたブレイズを、ライは冷ややかに一瞥した。

「だが、保護されたからといって安全が保障されるわけではない。事実、亡命した魔術師が内通者の手引きでロマニアの執行官に暗殺された事件もいくつかある。それに、お前の場合は執行官だけじゃなく、他の魔術師も敵になり得る。周りの人間は、全て疑ってかかれ。」
「わ、わかってるよ…。」

 ライの脅し文句に頷いて、ブレイズはふとリストに目をやった。

「なあ、修行を優先するって言うんなら、生活費はどうするんだ?仕事しないで大丈夫なのか?」
「ああ、それは心配しなくて良い。」

 そう言いながら、ライはリストから数枚依頼書を引き抜いた。

「荷物運びや採集など簡単な依頼を引き受ければ、小銭稼ぎぐらいにはなる。しばらくはこういう依頼だけで十分だ。」

 ライに手渡された依頼書を見ると、近隣の町への荷運びや薬の原料となる山菜の収集といった内容が書かれていた。

「へえ、結構簡単な依頼もあるんだな。」
「その分価格も安いが、比較的安全にできるから、旅の初心者は大抵こういった仕事で日銭を稼ぐ。」
「なるほど。腕を上げていけば次第に難しい依頼を受けていくってことか。」
「依頼書にもある程度ランクが付けられている。それを参考に自分の実力に見合ったものを受けるようにしていく。」

 そう言うと、ライは依頼書の左上に書かれた文字を指さした。

「ランクは一番下がF、一番上がSだ。ちなみにBランクからSランクまでは危険度が高いから、一定以上の経験のあると仲介所から判断された者だけが依頼を受けることができる。」
「ライはどのランクまで受けられるんだ?」

 ブレイズの素直な質問に、ライは一瞬答えに詰まった。

「……単独ならA、他の賞金稼ぎや冒険者と組んでならSもある。」
「やっぱり強いんだな。」
「言っておくが、Sランクの依頼はただ強いだけでクリアできるものじゃない。一緒に仕事をする仲間との連携が不可欠だし、死ぬ危険性もAランク以下に比べたら格段に跳ね上がる。……実際、オレが受けた依頼でも人死が出た。」
「………。」

 興味本位で聞いた話が深刻な内容につながり、ブレイズは沈黙するしかなかった。

「だから、滅多なことではSランクの依頼は受けない。ブレイズ、お前が修行を終えた後、オレみたいに賞金稼ぎになっても、出来る限りSランクの依頼は受けるなよ。」
「……わかった。」

 そうやって仲介所での仕事の引き受け方や安全な仕事の見分け方などを聞いているうちに、ブレイズの身分証明票が出来上がった。
 カウンターに呼ばれたブレイズは、差し出された証明票をまじまじと見つめた。

「これが、証明票…。」
「絶対に無くさないようにしろ。依頼を成功させればその証明票に記録されていく。仲介所でも同じ内容は記録してあるが、世界中の仲介所で情報が共有されるにはタイムラグがあるからな。新しく行ったところの仲介所で、その証明票の記録を確認してもらえば、自分の実力に応じた依頼を紹介してもらえる。」
「こっちは?」

 そう言ってブレイズが持ち上げたのは、薄い金属板が二枚通してあるネックレスだった。金属板にはブレイズの名前の他に生年月日や番号が記載してあった。

「これは認識票だ。万が一依頼の最中で死んだ時、このタグを仲間などが一枚回収して仲介所に届け出れば、死亡証明になる。これも常に身に着けていろ。」
「……何か、首輪みたいだな。」
「ある意味そうだな。今回作った身分証明票も顔写真付きで登録されるから、犯罪を犯せば即座に指名手配される。だが、オレ達みたいな旅人にとっては、唯一身元を証明してくれるシステムだからな。これがあるだけで信頼が得られることもある。」

 ライの言葉を聞いて、ブレイズは認識票を首からかけた。かちゃりと音を立てながら、タグをシャツの中へしまい込む。ひんやりした金属の感触が素肌に触れ、ブレイズは無意識に背筋を伸ばしていた。
 ブレイズの準備が終わったのを確認すると、ライは依頼書を二、三枚抜き取った。

「よし、早速修行がてら依頼に行くぞ。」

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